空対空ミサイルは、一般に「比例航法」で目標を追尾します。比例航法というのは、ミサイルからターゲットをにらんだ目視線が、双方の移動に伴って回転する、その角速度に比例して旋回する、というもので(わざとわかりにくく言ってたりして^_^))、いろいろ但し書きが付くものの、さしあたりもっとも効率のいい誘導則とされています。
この「目視線の角速度」をどうやって出すかというと、単純に目視線の向きを毎サイクル算出しては、その差分から単位時間当たりの変化率を出してもいいと思うのですが、一般には、ベクトルの微分式に基づいた、もう少し高等な計算式を使っています(そんな長いものではないのだけど、私は始めこの式を見せられた時、自分では導出できなかったので、「高等」であることにしておきます)。ところが、この計算式には、目標の位置座標と、速度ベクトル3成分の値が含まれています。
現代の戦闘機では、パルスドップラレーダが標準装備ですから、目標の位置情報や速度情報は確かに手に入ります。でも問題もあります。ひとつは、パルスドップラレーダの基本的な弱点として、自機に対して垂直方向に飛ぶ目標機が見えない、ということです。
因みに、この弱点は、レーダ反射波をドップラーシフト量でフィルタリングすることに起因するので、グランドクラッタの恐れのない中高々度では、フィルタリングを止めてしまうことで解消できます。聞くところによれば、最近のF-15のレーダは、自動的にそうしたモードの使い分けをしてくれるそうで、導入当初にはどうにもならなかった「ビーム機動する目標」も、今は、中高々度ならまず逃さないのだそうです。F−2はどうなっているのでしょうね。
話を戻しますが、例えそういう賢いレーダで目標を捕まえることができても、ドップラモードではないので、相手の速度情報が手に入りません。そうすると、これは恐らくですが、ピュアパーシュートモードで撃つことになるでしょう。ピュアパーシュートが比例航法に比べて劣るのは、2つの理由により、射程が縮退するということです。1つは、至極単純に、「遠回り」になるということ。もう一つは、比例航法がコリジョンコースを目指して飛び、目標が機動しない限り、後半はほぼ直進することになるのに対し、ピュアパーシュートは、後方に回り込む形になるので、目標に接近するに従って、より急激な機動を要するようになる、ということです。それが何故いけないのか?
ミサイルは、推力重量比が非常に高い(20〜30)ので、ロケットモータが燃えている間は、余程過激な機動(ざっと20G以上)をしない限り、速度が落ちる事はありません(因みに、最近のSRMは40Gとか50Gとかかけられると喧伝されていますが、そんな高荷重が要求される局面は殆どないか、あっても瞬間的なものでしょう)。加速しながらガンガン機動することができます。もうイケイケです。しかし、通常、ミサイルのロケットモータは目標に到達する前に燃え尽きるので、後半は惰性で滑空します。この「グライドフェーズ」で大きなgを かけると、迎角大→抵抗大→減速→迎角大→…という「悪循環」にハマるので、あっという間にエネルギを失い、失速してしまいます。従って、同じ機動をするなら、ロケットモータが燃えているうちにやってしまう方が絶対にいいのです(勿論、追われる戦闘機の側にしてみれば、ミサイルがグライドフェーズに入ったあとは、機動によってかわせる可能性がぐっと高くなります)。
また、話を戻します。比例航法をやる上での、もう一つの問題ですが、赤外線ホーミングの短距離ミサイル(SRM)の場合は、母機から離れたが最後、目標の位置情報も速度情報も持たない(方位情報しかない)ということです。ですから、一般には、SRMは始めから比例航法ではなく、ピュア・パーシュートで飛ぶものだといわれています。
実は、以前、計算機上で戦闘機の取っ組み合いシミュレーションをして遊ぶために、知り合いのミサイル屋さんから某SRMのシミュレーション用モデル(プログラム)の作り方を教えてもらったことがあるのですが、こいつは何と比例航法をします。誘導則の部分には、しっかりこの「目標の位置」や「速度」が使われています。ちょっと常識のある人なら「うそだろ−!」てなものですが、何も考えない私は、そのままプログラム上にこのミサイルのモデルを作成(何しろ、シミュレーションの世界ではどんな情報でも手に入ります)。動かしてみると、これがもう当たる当たる。このミサイルさえあれば戦闘機の性能なんてどうでもいいと言われかねない位に当たるのです。そりゃそうだわ。
その後、上記の「知り合いのミサイル屋さん」と連絡を取りづらい事情もあって、この件の実状は未確認です。実はやっぱりピュア・パーシュートで、私がディスインフォメーションを食らっただけなのか、或いは、始めの方で触れた、相対方位ベクトルの変化から直接角速度を出す方法でも取っているのか、大いに気になってはいるのですが。
私は、ミサイルのよけ方について定量的に厳密な検討をしたことは有りませんが、さすが我が国には、こういう方面にもちゃんと権威がおられて、古くから最適制御理論を使った研究をなさっています。なんでもバレル・ロールが有効なんだそうですが、私には全然りかいできません。ただ、この方々の比較的最近の論文*の中に、面白い記述(必ずしも本題ではありませんが)を見つけたので、ここでは、それに限ってご紹介します。
ミサイルというのは大体軸対称に見えますから、鼻先を振る(=機動を掛ける)時も、飛行機のようなピッチ・ヨーの区別はないだろうと、私は勝手に思っていました。だから、機動のコマンドも、周方向何度(飛行機でいえばφ)に何G、という「極座標」方式であろうと思っていました。
ところが,この論文中のミサイルのモデルは違います。ちゃんと垂直(ピッチ)方向と水平(ヨー)方向を分けているんです。あくまで直行座標系なのです。そして!これが最大の発見でした。制御則にはミサイルの機動を制約するGリミッタが入っていますが、これがピッチとヨーと、別々にかかっているのです。両リミッタの間に相関はありません。独立しています。つまり、ミサイルの荷重制限範囲は長方形(正方形)なのです。
ということは、です。仮にこのミサイルのピッチヨー、各々の制限が20Gだとして(低すぎる?)、斜め45°方向にはその1.4倍、28Gがかけられることになります。そのミサイルの弾体が28Gに耐えるかどうかは別として、それだけのコマンドが出る、という事です。ですから、このミサイルから逃げる時は、坂井三郎氏の真似をして左斜め宙返りにいれる、なんてことをしてはいけません。最も成功の可能性が高い回避機動は垂直ループか水平旋回なのです!
(最も、ファントム無頼の真似をして「高いGをかけさせてミサイルをへし折る」つもりなら、逆に斜め45°旋回がよろしいわけですが)
因みに、本論文の著者の一人、上原祥雄氏は、防衛庁の技術研究本部長を勤められた方(現三菱重工顧問)ですから、信頼度は抜群です。ただ、知識が国内事例に偏っているということはあるかもしれません。どなたか外国製のミサイルに撃たれてこれを振り切った経験のある方、おられましたら是非ご意見を賜りたいところですが、いかかでしょうか。
* F.Imado and S. Uehara, Proportional Navigation Versus High-G Barrel Roll Maneuvers From Optimal Control of View, AIAA-96-3839
ついでに話が飛びますが、上記論文のミサイル・モデルを見て驚いた事が、もうひとつあります。重力の効果を考えていない事。つまり、比例航法によって差し示される方向へ飛ぶために、そっちよりちょい上を狙ってG旋回する(予め重力で落ちる効果を見越して補整する)、ということをしていないのです。
するとどうなるか。
落ちます。当然です。狙ったところより僅かですが下に飛びます。すると、どうなるか。
さっきより、目標が上に見えることになります。目視線が上向きに回転します。「上にいけ」と比例航法がコマンドを出します。ミサイルは上昇して目標に向かいます。
結局、重力の効果を無視した事により、ミサイルは本来飛ぶべきラインより、ほんの少し低いところを通り、最後の方で突き上げるように目標に命中します。ま、ミサイルの誘導装置は30Hzとか50Hzとか100Hzとか、多分その辺で動いていることと思うので、殆ど見た目には変わらないようです。面倒な「フィードフォワード」をやっても甲斐がない、ということで、誘導則のフィードバック能力に任せてしまっているのですね。