11月16日

歴史に残る1日がやって来た。日本サッカー史に残る試合。その証人に俺はな る。

13時、スタジアム到着。この時点ではサポーターはそれ程、並んでいないので 早めの位置をキープできた。

雨が降ったり、晴れたりを繰り返す。ツアーバスが続々到着。サポーターが集 結してくる。ここがマレーシアとは思えない。

開門前からの盛り上がり。勝利の女神、小宮悦子登場。小宮コールが湧き起こ る。月光仮面も出没。

18時開門。ゴール裏へ。
スタジアムを日本の横断幕、サポーターで埋め尽くし、完全に日本のホームを 作り上げた。2万2000人収容のスタジアムに、日本人2万人が集結。
必勝日の丸はちまき、水色のビニール袋、左腕には呂比須 母の喪章。

←日本の勝利を祈って闘志を燃やす。
応援で力の限り選手をサポートする。勝つ!

夜になった19時、俺たちサポーターの応援が始まった。
ウエーブでスタジアムに青い波を作る。ドラエモンの巨大旗がサポーターの上 を通過していく。

日本選手の練習に合わせて、サポーター全員で手をつなぎ、「翼をください」 を歌う。
♪おおお 日本 日本 日本 夢を叶えよう  おおお 日本 日本 日本 フランス 行こうぜ 必ず♪  必ず。

サッカーW杯 アジア最終予選
日本VSイラン

勝って日本初のW杯出場を決めるのだ。

選手入場。君が代斉唱。マレーシアの夜空に日本人の歌声が響きわたる。もう 泣きそうだが、涙は勝利の瞬間までとっておく。

1997年11月16日21時、試合開始。
舞う紙吹雪。

2トップはカズ、中山。中盤は北沢、中田、名波、山口。DFは相馬、井原、 秋田、奈良橋。キーパー川口。
イランのアジジはやっぱり出場してきた。

いきなりイランのDFがクリアミスで、自殺点。と思われたが、オフサイドだ った。


↑前半終了、1対0。日本リード。

一進一退の攻防が続く。
なかなか形が作れない日本。得意の左サイドからの攻撃ができない。今日は右 サイドから奈良橋を使おうともしている。

イラン選手にイエローカードが何枚か出た。イランのキーパーはダエイの頭を 狙ってロングボールをあげてくる。それをダエイが落として、アジジが走り込む 。ダエイが脅威。秋田とダエイのバトル。
イランの決定的な場面。危ういシュートがポスト横を通り過ぎていった。ふー 、サポーターのどよめきが起こる。

前半も終わりかけた頃、イランのシュートが日本のゴールポストに当たり、跳 ね返る。ツイてる。天は日本の味方だ。直後に攻める日本。イランのゴールネッ トが揺れた。
うっしゃあああーーーーー!揺れるスタンド。周りのサポーターと抱き合って 飛び跳ねる。まず先制点。中田のパスから中山のゴール。

ハーフタイム。サポーターたちのタバコの煙が夜空に白く漂う。城と呂比須が シュート練習をしていた。紙テープが配られる。サポーターで手をつないで歌う 。♪おー フランス みんなで行こう フランス♪


後半開始。
あれっ あれ あれあれ、、、、決められた。静まり返るスタンド。うーーー。 アジジにやられた。まだ開始1分経っていなかった。
実は日本が勝って、試合が終了した瞬間に、皆が紙テープを投げ入れて、ゴー ル裏に大きなフランス国旗を作る予定だった。試合終了後と言われたのに、キッ クオフで投げ入れるサポーターが何人もいたので、皆が「やめろ、やめろ。」と 注意して、気を抜いていたのだ。その時に点を取られた。サポーターが気を抜い てしまった。一瞬のスキだった。悔しい。ドーハの時も、気を抜いた一瞬のスキ だった。もうあんな悔しい思いをしてたまるか。これからは絶対気を抜かないぞ 。

日本コールで選手を励ます。まだ引き分けだ。前半は声を出しているだけだっ たが、後半からは想いをのせて応援。

しかし、、しかし、、後半10分頃、ダエイに完璧に頭で合わせられた。イラン の追加点。1対2。スタジアム内の時が止まって見えた。動いているのは、こぶ しを突き上げて疾走するダエイと、それを追うイラン選手。そして僅かなイラン 応援団のみ。日本サポーターは固まった。

気を奮って選手を励ます。そのためのサポーターだ。「下を向くなー。上を向 け!」声が飛ぶ。

追い込まれた雰囲気での応援が続く。このまま終わってしまうのか?中東勢相 手に先行されて、追いつく精神力を日本は持っているのか?俺は何のためにマレ ーシアに来たんだ?オーストラリアが一瞬、頭をよぎる。

岡田監督は思いきった采配に出た。カズ、中山を2人いっぺんに変えて、城、 呂比須を投入。沸き上がる歓声。そう、それでいいんだ。攻めるしかないんだか ら。やってくれ城。そして呂比須、母さんにフランスを贈ってあげてくれ。


↑後半終了、2対2。

リードされていることで、サポーターの応援が本物になった。俺は精一杯声を 出すだけでなく、魂を込めた。家族を思い浮かべ、友達を思い浮かべ、日本とい う国を思い浮かべ、自分の好きな日本という国を勝たせるために、一心に応援を 繰り返した。サポーターの応援が一つになった。前半はまとまっていないと感じ ていたが、今は皆の想いが通じ合った。団結のパワーを感じた。これがナショナ ルゲームだ。国の名を懸けた試合なのだ。
日本で応援している人たちの想いも通じたに違いない。日本という国の魂が選 手をサポートした。

ゴーーーーール。GOOOOOAL!!同点、同点、同点。ベンチの前後を飛び回り、抱き合って吠える。後半30分過ぎ、城のヘディン グ。城はこの日、動きがキレていたが、やってくれた。このゴールで日本ペース へ。行くぞー。盛り上がる応援。声はもうつぶれている。そのまま後半終了。

ものすごい試合になってきた。延長戦だ。勝負はVゴールで決まる。決めた方 が勝ち。そしてW杯出場だ。もちろんそれは日本に決まっている。サポーターの 熱気がスタジアムを覆う。

23時(日本時間0時)延長前半開始。岡野がついに登場。浦和レッズサポータ ーの俺にはたまらない。走り回れ、野人、岡野。今まで溜めてきた力を爆発させ ようぜ。これでFWは城、呂比須、岡野の3人。

日本、怒濤の攻め。いい形は作るんだけど決められない。キーパーと1対1に なった岡野がシュートせずに、中田にパスして阻まれる。自分でシュートしろー 。頭を抱える岡野。俺たちサポーターもだ。あー。ため息。
イランキーパーの時間稼ぎが甚だしい。何度もグランドに倒れ込んでいる。イ エローが出る。
チャンスは何度もあるが、岡野が決められないまま、延長前半終了。

攻めているだけに、カウンターで一発やられるのが怖い。とにかく決めてくれ 。フランス行きのチケットは、もうそこにあるんだ。手を伸ばせば届く位置まで 来てるんだ。

延長後半開始。何度もコーナーキックやチャンスがあった気がする。見ること しかできないカズが苛立っているのが分かる。前半に岡野が決定的チャンスを外 した時、カズはペットボトルを地面に叩きつけていた。ボールがラインから出る とカズが走って取りに行く。ベンチの選手も総立ち。

イランは守ってばかりで全然攻められない。ダエイが機能していない。しかし 、1度だけ日本の決定的ピンチ。ダエイが抜けて川口と1対1。すれすれでポス トの横をボールが抜けていった。悲鳴に近い声。崩れ落ちそうになった。ここま で攻め続けて取られたら、、、。

延長後半も残り8分。川口はPKの準備か、体をしきりにほぐしている。でも 、Vゴールで決めてほしい。


↑試合終了、3対2。勝った。

スタジアムにいるサポーターの祈り。日本で応援している人の熱き想い。日本 人の魂を込めた叫び。俺は必死で選手の動きを追った。向こう側のゴールに日本 の選手が走る。日本という国の魂を受けて走る。シュート。キーパーがはじいた 。シュート・・・・・

ゴール。

うおおおおおおおーーー!!!



周りの日本人と誰かまわず抱き合った。
ついに、ついに決めてくれた。決めた。
W杯初出場決定


↑左から、俺、木村君、今関。


俺は溢れるをこらえることはしなかった。自分の感情に素直に泣いた。涙は自然に流れ落 ちた。ぬぐうこともしなかった。周りの日本人も泣いていた。今関も木村君も泣 いていた。

日本国旗に顔をうずめて泣く呂比須を見て、また涙した。3日前に母が死んだ ばかりの呂比須。母の死を聞いても、ブラジルに帰らず、日本人としてチームに 残り、プレーした。母さんにW杯出場という最高の贈り物ができたね。

俺は選手に向かって、無意識のうちに「ありがとう」と言っていた。W杯とい うまだ見たことのない舞台に連れて行ってくれる。俺たちにはできない夢を叶え てくれた。素晴らしい感動を与えてくれた。
「ありがとう」




ものすごい試合だった。歓喜→消沈→絶望→魂→感動→涙。ドラマチックだっ た。試合の流れもすごかったけれど、この予選期間の日本チームも激動だった。 フランスの道は長く、険しかった。苦労が多かった分、喜びも大きい。ドーハの 悲劇がやっと今、シナリオになった。

サポーターは興奮冷めやらない。暴れる人。泣く人。記念撮影する人。雄叫び を上げる人。「20年間この時を待ち続けた、、、」と、感極まる初老の男性。熱 かった。
皆で歌う。「幸せなら手を叩こう」♪おー フランス みんなで会おう フラ ンス♪

選手がサポーターに挨拶に来た。カズが駆け寄ってくる。秋田が、山口が、名 波が、岡野が、呂比須が、、、。城が深々とおじぎをする。踊る中山。マリオ、 フラビオコーチが舞う。

俺はこの瞬間にこの場所にいたこと、自分の恵まれた環境を、とても、とても 幸せに思う。サッカーW杯出場という、今まで越えられなかった壁をついに越え た日。その場に俺はいた。歴史の証人になった。これ程の黄金体験は、人生でそ うはないはず。
そして、「日本」という国をさらに好きになった。

スタジアムを後にし、夜1時、インド広場へ。
サポーターズ ナイトM
勝利の美酒だ。集まったサポーターと飲む。飲む。飲む。皆でビールをかけ合 う。
1時間ですっかり出来上がった俺たちは、場所を変え、違うサポーターの集団 に乱入。飛び入り大騒ぎ。歌う。ビールをかぶる。

3時過ぎ、完全燃焼した今関が、一人でホテルに帰っていく。全然関係ないマ レーシア人と握手しまくっている。あんなにはしゃいだ今関を見たのは初めて。



残ったサポーターで試合の復習。最後のVゴールは岡野。岡野だからこそ、あ の場所にいた。
サポーターはアジアを越えたので、とにかく満足。フランスは楽しんで見るこ とができるでしょう。世界の舞台で日本はどこまで活躍するのだろうか?
話しているうちに、世界がぐるぐる回り始めた。

朝5時、店が閉まるので引き上げる。

部屋に戻ると、今関が素っ裸で、満面の笑みで寝ていた。
俺は体じゅうビールでグショグショのまま、ベッドに倒れ込んだ。

ホント、ここまで来た甲斐があったよ。幸せ。




     
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