おまたせいたしました。涌井のルーツを探れ第2弾! 今回は「実地調査編」です。

2000年7月29日に結婚式を終えた私たちは、その2日後である7月31日、8月1日に「涌井家歴史探訪ツアー」と銘打った1泊2日の新婚旅行(?)にでかけました。目的の場所は前々から気になっていた長野県豊田村にあります「湧井・涌井家発祥の地」。書物でしか見たことのない碑と、碑文をこの目で確かめたく、涌井家に嫁に来たARARAを連れて行こうと思い立ったのでした。そこには大きな驚きと新たなる発見が・・・。


豊田村マップ(長野県下水内郡)

北には斑尾山がそびえ、東には千曲川が緩やかに流れる。丘陵地帯にあるこの村は、稲作とリンゴ栽培が盛ん。エノキダケなどキノコ類も特産品となっている。文部省歌「故郷」「春の小川」を作詞した高野辰之生誕の地でもあり、詞に歌われた情景が現実となって、目の前に広がっている古き良き日本の故郷のにおいがする村である。
東京からは関越自動車道から上信越自動車道に分岐して豊田飯山IC下車、そこから約1分のところに道の駅「ふるさと豊田」がある。そこから、野尻湖方面に向かう県道を上がっていくと小さな小さな涌井集落にたどり着く。


道の駅「ふるさと豊田」
北信濃の豊かな自然の恵み、素朴で心のこもった手業のあれこれ。味わって、買って、のんびり休んで・・・。豊田村のことならなんでもおまかせ。旅情報の発信基地です。まずはここで村内地図をもらい、お目当ての涌井集落への道のりを確認します。


涌井集落の目印
車は野尻湖方面にぐんぐん山道を上っていきます。道も狭くなり車のすれ違いもスレスレ。道の駅から約20分、涌井せんたあの看板が見えました。ついに涌井集落に到着です。


涌井せんたあ
涌井家の歴史をひも説く前に、まずは腹ごしらえ。旅行雑誌「るるぶ北信濃」にも掲載されていた「涌井せんたあ」のおそばを食べようと、のれんをくぐります。


こりゃうまい!
メニューはいたってシンプル。ざるそば500円・大ざるそば750円・かけそば500円・野菜天ぷら1人前250円のみ。写真はざるそば1人前ですが、そのボリュームの多さにはびっくり。軽く2人前はありました。大ざるそばなんて頼んだ日には・・・。地粉を使い、たっぷりのお湯で茹で、山から吹き出した湧き水(もしかして涌井の水)で冷やしているから、コシがあってシコシコしているのだという。涌井集落で食べた涌井そばは文句なしに美味しかった。
ちなみに余談ですが、ここの店主さんは涌井さんではありませんでした。


こんなところにも涌井の名が
涌井せんたあの店の人に涌井の碑のことを尋ねてみた。すると「ここから歩いて10分くらいの所にある」と教えてくれた。場所は涌井せんたあ前の県道から、30メートルほど上ったところに右に曲がる道がある。この消防団の小屋を目印に右に曲がって100メートルくらい坂を上ると右側にひっそりと「湧井・涌井家発祥の地」の碑がたたずんでいた。


ついに見つけた湧井・涌井の碑
やっとの思い出たどりついた、涌井家発祥の地。我が家の神棚に飾られている由緒正しき書物の中に出てくる碑が眼前で輝いている。立派な石碑である。表にはこう書かれていた。                     
わく井友の会碑

湧井寺址
訪れ行けば時鳥
 鶯も鳴く
御山斑尾

出水池
涌井の水は
千曲川信濃となりて
 海につらなる

               昭和57年8月14日
                   わく井友の会建之


裏側には「涌井」の地名の由来が
さらに裏側にまわってみると、そこには涌井の歴史を知るべく重要な碑文が刻まれていた。この集落「涌井」の地名の由来である。裏側はちょっとしたガケになっているので、少々見づらかったが、草をかきわけて回ってみた。
「涌井」の地名の由来

この地は、湧井・涌井氏の発祥の地・涌井である。もと鎌倉幕府執権六代・北条長時、弟、六波羅探題五代・北条時茂の流れ、飯山常磐牧常岩中条の城主 至徳四年(一三八七)高梨村上同心輩に襲われ、中条を逃れこの地を開き、出水池の湧き水にあやかり湧井氏を稱し栄えたが、豪雪と寒氣のため斑尾山を乱伐し、雪崩に悩まされ、この地を放棄した。涌井の地名はその名残りである。
ここに同族の有志、わく井友の会を結成し、この地との親睦を深め、この碑を建てたものである。
             
昭和五七年八月一四日
             わく井友の会々長 湧井雄山撰文


ご先祖様にお祈りを・・・
「涌井家の人間になりました。どうぞよろしくお願いいたします・・・」涌井発祥の地の前で妻がお祈り。新婚旅行で来たなんて、ご先祖様もさぞかしびっくりなさったことでしょう。



豊田村のお隣、三水村にも涌井集落が!
涌井発祥の地より県道96号線を野尻湖方面に進み、峠を越えると、三水村に入ります。入ってすぐのところの道路標識には「涌井」の文字が。我が名字が地名になっている場所は全国どこを探しても、ここしかないでしょう。なんだかうれしくなってしまい、思わずパチリ。


第二の目的地・妙高赤倉温泉 ワクイホテル
ワクワクドキドキワクイずくしの旅、宿だってこだわっちゃいます。なんと、妙高赤倉にはワクイホテルという名のホテルが。インターネットを通して予約可能。ここのホテルでは年1回「ワク井会」が主催する総会の会場になったこともあるそうです。赤倉温泉の中でも歴史のある由緒正しきワクイホテル。なんだか初めて来た気がしませんでした。
                              赤倉ワクイホテルのHPへ



海の幸・山の幸がいっぱいの夕食
夕食は鮎の塩焼きを始め、カニ、肉、山菜、刺身など、食べきれないほどの料理が出てきて大満足。すべてたいらげてしまいました。おいしぃ〜



えっ、ワクイホテルの若社長が・・・
左はワクイホテルの若社長の「涌井大輔」さん。衝撃的事実!そうなんです。なんとなんと私と同姓同名の方がいらっしゃったのです。昨年、インターネットを通じて同姓同名だということが判明。ついに念願かなって1年後、感動の対面を果たすことができたのでした。どっちも涌井大輔だなんて、すごく不思議な気分。「涌井大輔兄さん、お会いできてうれしかったッス」


あとがき

 「涌井涌井涌井涌井・・・」涌井ずくしの今回の旅、目的は十分に果たせたと思います。とうとう念願の涌井家の祖先と出会うことができました。
 長野県豊田村は日本の古き良き風景が今もなお残されていました。文部省唱歌「ふるさと」を作詞した高野辰之がこの地を見て作詞したのもうなずけます。こんな静かな村でひっそりと暮らしていた涌井のご先祖様。その後、涌井の血は耐えることなく現代まで脈々と受け継がれているそうです。
 行き当たりバッ旅も私たちの得意とする旅のパターンですが、今回のようにテーマをもって探訪する旅もまた、さまざまなな発見があって楽しいものだと思いました。それにしても、やっぱり本州の暑さはキツかった〜。
 涌井家の方でなくても、北信濃には魅力的な場所がたくさんあります。ぜひとも機会があれば涌井発祥の地ツアーに行かれることをおすすめします。涌井せんたあのそばは絶対おすすめです。妙高赤倉のワクイホテルさんは、全国「ワクイ会」の会場にも
なったそうです。ワクイの歴史に関する情報がたくさん聞けるかもしれませんよ。