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hokkaido-mark-l.gif (1866 バイト)移住いたします!

 

  4月から長年住み慣れた茨城を離れて、単身北海道へ移住を決意いたしました。

 

でした。北海道に住むことが。こんな素晴らしい土地で生活できたらどんなにいいことか。北海道を訪れるたびに思ったものです。だったら住めばいいじゃないか。やりたいことがあるのなら、今しかありません。涌井大輔、24歳。仕事も決まらぬまま北海道へ移住を決意いたしました。

対に北海道へ行くんだ!と、わめき続けて約2年。さまざまな紆余曲折をへて、言い続けてきた戯言がなんと現実のものとなってしまった。10月あたりからだろうか、愛宕中の職員室で「涌井先生本当に北海道に行っちゃうの?」と聞かれるたびに「行きます」と断固絶対任務遂行至上命令的に頑なに答え続けてきたのだが、ウソにならなくてよかった。今はホッと胸をなでおろしているところだ。
 さて、おそらくこのページを見た方は「なんで北海道に移住なの?」とお思いになっているであろう。単なる憧れ? いやいやそれとはちょっと違うかも。じゃぁ、いったいなぜ? うーむ、それは実を言うと「ぼくもわかりません」なのである。その理由を今から話そうと思う。

うなのだ。この質問「なんで北海道なの?」の答えはこれから探すのである。なぜ北海道に行くのか。それは「何か」があるのではないかという期待感から生まれたものなのである。だから今はお答えできないが、そのうち生きているうちになんとなくわかるのではないかと考えている。なんとも無責任な話だ。でも、きっと答えは「人生」というものと強く結びついているのではないだろうか。一度きりの人生、そんな楽しみを持ちながら生きたっていいじゃないですか。「おいおい、オレの人生これからどうなっちゃうんだろ」涌井大輔の心の天使が叫んでいます。「知るかそんなもん。なんとかなるんだよ!」

宕中学校の送別会。お世話になった先生方にあいさつする場面があった。
「ぼくが今心の中で大切にしているキャッチフレーズがあります。皆さんも聞いたことがあるかと思いますが『試される大地 北海道 〜一歩前にでる勇気があればきっと何かが始まる〜』という言葉です。北海道へ行くことに対して不安になったり、わからなくなったり反対されるたびにこの言葉を思い出して心の中で念じていました。一歩前に出る勇気さえあれば、何かが始まるんじゃないか。きっとぼくはこの「何か」を探しに北海道へ行くのだと思います。そしてそれが「何か」なんて誰にもわかりはしません。未来なのですから。「孤独・挫折・感動・幸福・愛情・人情」さまざまです。移住したらきっと今までにはない何かが始まるのだと思います。今は「やってやろう」という気持ちでいっぱいです」
 キッパリと言い切った。終わった瞬間、ものすごく高揚していることがよくわかった。「言っちゃったよ、おい」。そして自分でも、どうやらやる気だけはあるようだということだけは確認することができた。なんだか胸がスーッとした気分になった。「そうだ、これから北海道へ行っても何が起こるかわからないけど、何が起こっても驚かないようにしよう。そして、自分の生きる道をよく考えながら模索していこう」。2次会のカラオケボックスに向かう車の中でそんなことを考えていた。

月6日は記念すべき日となった。名付けて「道民記念日」。龍ヶ崎市役所に赴き、龍ヶ崎市民から余市町民になるという書類上の手続きを済ませたのだった。なんだか手続きをおえた瞬間、別の人間に生まれ変わったような気がした。そして、さらにさらにもっとどでかいことをやらかした。それは転籍届。なんと本籍までも北海道にしてしまったのだ。「一度籍を離すと、もう二度と家族と一緒の籍に戻れなくなりますがよろしいですか?」市役所の職員に聞かれた。一瞬ためらったのち「はい、かまいません」別に家族と仲が悪いわけではないので断っておく。移住なのだから完全道民化しなくてはしっくりこない。ちょっとしたこだわりもあった。そうか、これで籍は一人になっちゃったけど、結婚すれば同じ戸籍に入るわけで家族ができるってことか。すなわち「入籍」。当たり前のことだが、初めて戸籍を実感したような気がした。4月6日は心が道民になったそんな一日だった。

生にシナリオがあるとしたら、きっと北海道移住は第2部にあたるのではないだろうか。人間として生きるための力をつけてきた24年間。いろいろなことを経験し失敗し喜び泣き笑い生きてきた。しかし、このまま流されるままに生きていいのだろうか。今の自分は「生きている」であって「生きる」ではない。それは自分で「生きてやろう」と思っていないからである。
 文部省がしきりに「生きる力」をつけさせろ、と提言している。教える立場になって生徒には生きるための力をつけられるよう努力してきたつもりだが、自分には果たして「生きる力」がついているのだろうか。ついていなければ、生徒に教える資格なんてないだろう。そんな自分を試す時期がきたのではないか。生徒に生きることを教える前に、自分がまず生きる見本を示すこと。まったく未知の環境に自分を置くことによって、おのずとその答えが出てくるはずである。まさに試されるWAKUIだ。
 しかし「生きる」ということは、一人で達成できるものではない。そのことを肌で感じたのが今回の移住であった。「生きてやる」ということに反比例することになるのだが「自分は人に支えられて生きるのだ」ということを改めて痛感したのだった。家族を始めとして、この移住に関してはいろいろな方々にお世話になった。いろいろな人に励まされ、迷惑をかけてきた。ここまでたどりつけたのは、他でもないぼくの周りにいた人たちのおかげである。絶対にこのことだけは忘れてはいけない。自分を理解してくれる人がいるということ。なんと幸せなことだろうか。
 人生の第2部はまったく先が見えない。ただ、わかることは一つ。新しい「何か」を見つけるための大きな胎動が始まったということ。そしてその舞台が北海道であるということ。ただ、それだけだ。第1部で培ってきた勘と経験を頼りに、この広大な大地に挑戦したい。不安よりもむしろワクワクするような期待感の方が大きい。北海道というとてつもない広いフィールドの中で人生を楽しむのだ。きっと何かが見つかるはずである。一度きりの人生、たとえ無茶であろうと何だろうと自分を信じて力の限り生きてやるだけだ!

 明日の朝、ぼくは苫小牧行きのフェリーで北海道へと旅立つ。

 

       大空と大地の中で          松山千春

         果てしない大空と 広い大地のそのなかで
         いつの日か幸せを 自分の腕でつかむよう
         歩き出そう明日の日に 振り返るにはまだ若い
         吹きすさぶ北風に 飛ばされぬよう飛ばぬよう
        凍えた両手に息を吹きかけて 縛れた体をあたためて          生きることがつらいとか 苦しいだとか言う前に
         野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ

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いろいろお世話になりました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。