第16話・「ステータスな酒」

 先日、財前直美の「お水の花道」を観ていたら、せっかくスカウトされた銀座

の高級クラブ「花園」を財前明菜はあっさりやめてしまう。明菜曰く「わたしは

銀座のステータスを選ぶより、人間らしい生き方を選ぶ」と公言して憚らない。

 いやー、りっぱ、りっぱ(ぱちぱちぱち)。あの一言を聞いて「ウオーター・

ビジネス(水道局の方はちゃうよ)」の人たちは、録画したビデオを夜中に観な

がら、一斉に溜飲を下げたのではないだろうか(わしは泣いた、ううう)。

 さて、その「ステータス」。最高の品を持って象徴とするもの。クラブと言えば

銀座、銀座と言えば超高級クラブ。有名な作家、政治家、大会社のおえらいさん。

そんなVIPな人達が、銀座銀座と草木もなびくである。

 銀座で有名なママと言えば、作詞家でもある「山口洋子」女史の「姫」、そして

和田浩二の奥様だった田村順子ママ。有名人でさえも、銀座のママに憧れるのだ。

 ところで、酒で(ウイスキーで)ステータスと言えば、どのような銘柄が取り沙汰

されたのだろう。今から30年前、わしら団塊の世代が20代前半のころは、学生が

飲み屋でキープすると言えば「サントリー・ホワイト」かニッカの「黒の50」だっ

た時代。今と違って、スコッチのブレンデッドが主流で、その中でも特に憧れたのは、

「ジョニーウオーカーの黒」その「赤」でさえも、なかなか飲めなかった。その後は

日本列島改造論の田中角栄氏が毎晩飲んだという「オールド・パー」、ロッキード裁判

の時は、さすがの角さんもボトルの減り具合が日毎に速くなった。このパーの方は

ジョニ黒ほど陳腐化は進んではおらんが、若干値段が下がったそうな。ちなみに、

ジョニ黒の親戚である「スイング」も、昔は1万5千円くらいしておったが、現在

は5.6千になっておる。スコッチでもう一本「バランタイン17年」という珠玉

の酒と言われる逸品がある。現在でも1万3千円ぐらいで、ステータスを維持して

いるのだが、最近飲む機会があった。それを濃いめの「水割り」でやったが、それ

はそれは口に含んだ瞬間、まろやかさで陶然としてしまった。無理に高い値段払って

バランの30年を飲むこともないだろう。

 さて、時代は80年代。わしが店を開いた頃なのだが、その頃はそろそろスコッチ

「ブレンディッド」に変わり、バーボンの時代に入ってきた。それまで、若者達は

日本のウイスキーか、スコッチの「カティーサーク」「ホワイト・ホース」はたまた

「ヘイグ」「J&B」が主流であったが、徐々にバーボンに変わっていった。ちなみに、

スコッチ時代は、バーボンを飲む人は少数派で「あんな臭いモン飲んで」と変わり者

扱いを受ける時代だった。それが、「IW・ハーパー」「フォローゼズ」「アーリー・T」

「ワイルド・ターキー」テネシーの「ジャック・ダニエル」等々。特に「ターキー」は

12年ではない8年が1万円で木箱に入っておりそれはそれは高級品だった。いまじゃ

8年は3千円ぐらいでも手に入り「ステータス」はなくなった。ちなみに12年のこと

を、わしらはあんまり飲みやすいもので「マイルドターキ」なんて言っておった。その

12年も今では6千円ぐらいで手にはいる。

 さて、バーボンではないが、テネシーウイスキーで「ジャック・ダニエル」、昔は木

箱に入っていて、重々しい雰囲気。見ただけで高価って感じ。実際、わしが始めてこの

酒を飲んだとき、真実、ウイスキーにこんな酒があるかって衝撃のボトルだった。20

年ぐらい前だと思うのだが、これを「バーボン」だと言ったら、知り合いのマスターに

「ばか、この酒はバーボンじゃなくて、テネシー、テネシーだよ」って怒られたのを思

いだす。その怒ったマスターは、今では「BAR」をやめて、レストランをやっている。

怒られた本人は今「BAR」をやっている、おもしろいね。さて、その「ビロード」のよ

うな味わいのその酒は、一体今は、どのくらいで手にはいるのでしょうか。当店には、

その「ジャック・ダニエル」は置いてなくて、「ジャック・ダニエルマスター」そして

「ダニエル・シングルバレル」が置いてある。

 さて、現在は何が「ステータス」なのだろうか。ワインでは・・・日本酒では・・

 ウイスキーでは、確実に「ジョニ黒」の様な、「ブレンディッド」でもなく、「バ

ーボン」でもない。それは、お里帰りの「シングル・モルト」である。

 3月14日(日)に、石川県の金沢に「土屋守」さんの講演に行くのだけれど、

土屋さんの著作の「モルト・ウイスキー大全1995」には、”シングルモルトの

時代が来た”としっかり記されておる。ただ、わしが思うには、これまでのウイスキ

嗜好に一石を投じたのは、きっと、12.3年前に発売されたニッカの「ピュアモル

ト」の、あの可愛らしいボトルではなかっただろうか。ただ、ボトルの可愛らしさ

の方が注目されて、中身の方まで浸透したかどうかは、はなはだ疑問ではあるが

さすが、竹鶴さんの「ニッカ」だ、時代の趨勢をしっかり把握しているなと、関心

したものじゃ。そして、今、静かなる「モルト」ブーム。バーボンの時代のように

派手さはないが、着実に落ち着いた年代層に支持されている。たんなる「ブーム」

ではなく、なにか「普遍的」なものを感じるのは、わしだけではないだろう。

かつての「コニャック信仰」のようなものに確実に近づいてきているのではないか。

 ただ、一つだけ言っておきたいのは、確かに「シングルモルト」が見直されている

事は確かだが、かといって、「ブレンデッド」がよくないと言うことは決してない。

これは好みの問題で、先ほど述べたように「ブレンデッド」には、時代を超えて、

いつまでも、輝きを失わないすばらしいものがそれこそたくさん存在する。

 そんなわけで、これを機に、ブレンディドVSモルトと言うことで、ウイスキーを

今まで以上に、楽しんでもらえれば、それこそ望外の喜びである。

「知ったかぶりの注釈」

 ちなみに、太宰治、坂口安吾、織田作之助は、現在も存在する銀座5丁目の

「ルパン」に、足繁く通っていたそうな。特に太宰がカウンターにあぐらをかいて

いる有名な写真も現存する。

 銀座6丁目のサンスーシ(クールの古谷緑郎さんが修行されたお店)と言う店名

は谷崎潤一郎が命名したと言われ、そこには谷崎の他に菊池寛ら文士の溜まり場と

して、一世を風靡した。現在も存在すると思います?

 さて、ルパンにも足繁く通ったと言われる織田作之助だが、彼が最後に愛したと

言われる、織田昭子さん。彼女が経営していたお店「アリババ」。このお店には

三島由紀夫が常連として名を連ね、彼がお気に入りのマイドリンクは「グリーン・

シャルトリーズ」のフラッペであった。彼は、お店では文学の話しは一切せず、

たんなる世間話に終始していたそうな。