51話「大国主命」

50話「因幡の素兎(しろうさぎ)」

 スサノオの命(みこと)の神裔(しんえい)を語る系譜伝承では、スサノオの命とクシナダヒメとの結婚によって、ヤシマジノ神が生まれ、この神の五世の孫として大国主命(おおくにぬしのみこと)が生まれることを語っている。「古事記」では、大国主命はスサノオの六世の孫とされているが、「日本書紀」本文ではスサノオの子と記し、書記の一書(あるふみ)では六世の孫とも七世の孫とも伝えている。要するに、大国主命またはオオナムチノ神は、スサノオを祖神とする直系の出雲系の神格とされたのであって、中間に現れる神々には名義未詳のものが多く、またそれらの神々には後から系図に挿入したものであろう。

古事記(上)解説より・講談社学術文庫・次田真幸著。

 ところで、この大国主命の兄弟はたくさんいた(八十神・やそがみ)。しかし、みんな、国の支配権は大国主命に譲った。その譲った理由というのが次のようなものである。

 その多くの兄弟の神々は、因幡の国の八上比売(ヤガミヒメ)と結婚したいという心があって、一緒に因幡に行くとき、オオナムチ(大国主)に袋を背負わせ、従者として連れていった。ちょうど気多(けた)の岬についたとき、赤裸の兎が伏せっていた。そこで、多くの兄弟の神は(一説には80人とも?)、その兎に、海水を浴びて、強い風にあったって高い山頂で寝ているがいいと嘘を言った。

 その通りにした兎の身体の皮は、ひび割れ、痛くて仕方がなくなった。それで「えーんえーん」泣いているところを、一番最後にやってきた、オオナムチが見かねて、どうして泣いているのかとたずねた。

 そこで兎は次のように答えた。

 「わたくしは、実は、沖の島に住んでいたのですが、この本州の地にわたろうと思いまして、海の鮫(さめ・古事記ではワニ)をだまして、『俺とお前と競争して、どちらの種族が多いかを数えたいと思うが、どうか。そこで、お前は、自分の種族のすべてを連れてきて、この沖の島から気多の岬まで一列に並ばせろ。そうしたら、俺は、お前達の背中を踏んで走りながら、数を数えることにしよう。こうすれば、俺の種族とお前の種族のどちらが多いかを知ることができるだろう』といいました。鮫はわたしの言葉にだまされて、一列に並びましたので、わたしはその上を踏んで、一つ二つと数えて、いままさにこの地に着こうとするときに、わたしは『お前はわたしにだまされたのだ』、と言ってしまいました。言い終わるやいなや、一番端にいた鮫がわたしを捕まえて、すっかりわたしの着物をはぎ取ってしまいました。そう言うわけで、なき悲しんでいましたところ、先に行かれた兄弟の神々が『海の水を浴びて、風に拭かれて寝ておれ』 と教えてくださったので、その教えのようにしていますと、わたしの身体はますます痛んでどうしようもなくなったのでございます」

 その話を聞いて、オオナムチは、兎に教えてやった。

 「いま、急いで、この川口に行って川の水で、身体を洗うんだ。そして、すぐに、その川口の蒲(がま)の花粉を取り、敷きちらして、その上に寝転がるがよい。そうすれば、お前の身体はもとの肌のように必ず治るだろう」

 そこで、兎は、オオナムチの教えの通りにすると、その身体はもとの通りになった。これが因幡の素兎である。そこで、その兎は、大穴牟置(オオナムチ)に「あの兄弟達は絶対にヤガミヒメを得ることはできないでしょう。袋を背負って、家来の役目をなさっていますが、あなたがきっとヤガミヒメを娶るでしょう」、と予言した。

次回に続く。

[その51でーす] /welcome:

 知恵ある陸の動物が、愚かな水中の動物をだまし、川を渡ることに成功すると言う筋書きは、インドネシアや東インド諸島にあるそうだ。兎とワニ(古事記ではワニ、梅原猛古事記では鮫)の話が、インドネシア方面から伝わってきたことは明らかであると思われる。

 オオナムチ(大国主)の神は、民間で医療の神として信仰されていたので、白兎の話にこの神を登場させて、オオナムチの神が医療の神であったことを語ったのであろう。未開社会では、医療を施す能力は、民衆から特に尊敬されたのである。呪医が酋長となり、さらに王者となることは、未開社会(本文は、土人社会)では珍しくなかったという(昔は、未開人のことを”土人”と言った、が、目くじらを立てないでね)。

 この話の次の「根の国訪問」へ続くに際して、オオナムチが大国主になるまでの成長過程が語られているわけだが、オオナムチが医療の神であったことは大国主命となるための資格として必要であったのだ。

 なお、オオナムチと兄弟(八十神・やそがみ)とが、ヤガミヒメに求婚に出掛けるというのは、妻争いの説話形式によったものである。兎の予言を待つまでもなく、意地の悪い冷酷な八十神にたいして、オオナムチは慈愛に満ちた、妻争いの勝者となるにふさわしい神として描かれている。

 さて、兎の予言は見事的中。ヤガミヒメは八十神立ちの申し出に答えて、「あなた方の言葉なんか聞きたくはございません。わたしはオオナムチの妻になりたいの」、と、けんもほろろのごあいさつ。八十神である兄弟達は「あの野郎、生かしちゃおけねえ、たたっきてやる」・・・もうほんと、柄悪いんだから。神様のくせに(ーー;)。

 次回は、「八十神の迫害」の前に、復習をかねて「ちょいと一服」です。