蒸留酒と醸造酒

 発酵の現象が微生物の働きによって起こることは、パスツールによって1876年に証明されました。それまでは酒が出来るのは「神の手」によるものとされてきました。また、パスツールは、生命は生命から生じることを確認し、その後、低温殺菌法を発明しました。低温殺菌法というのは、日本酒の「火入れ」と言う手法のように、経験的に行われていたところもありますが、理論的に解明されたのはパスツールが最初です。ぶどう酒を瓶に詰め、摂氏55度で数分間熱すると腐敗することがないという保存法です。では発酵とは具体的にどういうことを言うのでしょうか。いろいろと書物に書いてはあるのですが、実際に自分の目で確かめられないのでわかりませんよね。一応は、微生物の働きで物質が変化し、人間の都合のいい物が出来ることを発酵と言い、具合の悪い物を腐敗というのだそうです。アルコール発酵は、酵母が生活したり繁殖したりするとき、糖をアルコールと炭酸ガスに分解して、その時生じるエネルギーを利用する生命活動によって行われると言うことらしいのです。ぶどうのような水気の多い果実の果汁を絞ると、簡単に発酵します。また、麦やトウモロコシの種子に芽が生えると、酵母自身が作る酵素によって、種子の中に貯蔵している澱粉を糖に分解します。このような生物のエネルギーを利用して出来る酒のことを醸造酒と言います。そして、この醸造酒で得られるアルコール度数は18度から20度くらいが限度です。つまり、酵母は自分の造ったアルコールで殺菌されてしまい、成育や繁殖を停止させられてしまうのです。

それでは、ウイスキーやブランデーのような40度とか50度とか言う酒を造るのはどういう方法なのでしょうか。簡単に言えば、発酵によって出来たアルコールをいわば濃縮した物と思えばいいわけです。アルコールを濃縮させる方法としては、水分を凍らせて取り除く方法と、もう一つは、水とアルコールの沸点の差を利用することです。水は海抜0メートルであれば摂氏100度で沸騰します。エチルアルコールは摂氏78.5度で沸騰します。この差を利用するわけです。つまり、アルコールは沸騰するが、水は沸騰しないと言う温度に暖めると、アルコールは蒸気になってどんどん蒸発していきます。この蒸気を集めて冷却すればアルコール蒸気はより強いアルコールに戻るわけです。このようなアルコールの高くなった酒は、生物が紛れ込んでも繁殖はおろか生存さえ出来ないわけです。蒸留されたウイスキーやブランデーなら何年、何十年たっても心配はありません。バーが長く続けられるのも商品が腐らないと言うことが一つの理由かも知れませんね。

少し休憩しますか?

 さて、この方法は紀元前800年ころインドにあったと言います。インドから中近東にかけてアラックという蒸留酒があったことは確かだそうです。イギリスのウイスキーは、ケルト語でウスケーボ、「生命の水」といいます。ケルト人がイギリスに渡ったのは前5世紀頃のことで、それ以前は南ロシアあたりにいたようですから、中近東のアラックの製法を覚えた可能性はあります。ちなみに、アルコールという名前は、アラビア語のアル、クフルからきたものです。アル、クフルというのは、アラビアで女の人がお化粧のアイシャドウに使ったアンチモニーのことです。これを溶かす溶剤としてアルコールを使ったので、いつしかその溶剤自体がアルコールと呼ばれるようになったと思われます。

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