<メコンデルタ源境ツアー・ホア タン村・訪問記>


●訪問日程:2001年12月24日(月)〜12月25日(火)
●訪問者:多久春義(テイエラ)、  他日本人8名
●訪問地:Dong Thap(ドン タップ)省 Hoa Tan(ホア タン)村


 このベトナムで、日本人にして個人で旅行会社を設立して運営している人は少ないが、今回はその一人である日本人・新堂勤さんが経営する「T&Tトラベル」のツアーに参加して来た。このツアーは1泊2日で、メコンデルタの田舎の村に宿泊して、ボートトリップをしたり、満天の星を眺めたり、森の中へ分け入り空気銃でバード・ハンテイングに行くなど、ありきたりのツアーとは少し企画・内容が違い、面白そうなので体験してみることにした。参加費用は1人40ドルと、他のツアーと比べると高い(Sinh Cafeだと夕食抜きで15ドル)が、どういう付加価値があるか大いに楽しみなツアーである。

 新堂さんはベトナムに来て約5年で、個人で旅行会社のツアーを手掛けてまる4年になる。新堂さんのパートナーである、ベトナム人のメコンデルタの田舎に、日本人観光客用にロッジを建てて2年半経つ。1回のツアーが最大で11人までの少人数のツアーにしぼっていて、それが割りとアツト ホームな雰囲気で好評を博して来ていて、少しずつ口コミで日本人旅行者の間に広まって来ているらしい。外に向けては、大した宣伝らしい宣伝はしていないが、旅行雑誌の「地球の歩き方」にこのツアーが紹介されていて、それを見て参加してくる人が増えて来ているという。今回私が一緒に行くことになった日本人の人たちも、全員そのルートで参加して来ていた。

 新堂さんがその宣伝パンフレットに書いている初めの部分が、白人の人たちが多く利用するSinh Cafeのツアーとは、また違うコンセプトがあって面白いので引用して見る。

 「ベトナムに興味を持ち旅する人にとって、この源境ツアー・ホア タン村への旅こそが、この国に求めていた何かの一つではないでしょうか。文明の利器や便利な生活に慣れきっている今の日本人からすれば、ちょっと驚いてしまうことがあるかもしれませんが、日本の30〜40年前の生活を想像させてくれ、な ぜか妙に懐かしく感じてしまうこと請け合いでしょう。人も優しく、時間もゆ っくりと流れるメコンデルタ農村生活を是非、体験してみて下さい。」

<2001年12月24日(月)>サイゴン→Dong Thap省 ホア タン村へ
 朝7時15分、T&Tトラベルの事務所に集合。事務所は3階にあり、1階の半開きになった鉄のトビラを開けると、2人のベトナム人がまだ寝ていた。1人は木で出来た固い長椅子の上、もう1人は何とこれまた固い事務机の上である。私が入ると眠たい目をコスリながら2人ともようやく起きてきた。ベトナムでは普通の小さなホテルでも、従業員がこういうふうに入り口近くにゴザを敷いて寝ていたりする。しかしさすがに大きい、有名なホテルではこういう光景は見かけないが。

 3階に行くと、新堂さんと2人の年配の日本人の夫婦が来ていた。聞くと横須賀から来たそうで、職業は2人とも小学校の先生をしていて、冬休みの休暇を利用してベトナムに昨日着いたのだと言う。この人たち以外にも今回は若い3人の学校の先生が来ていた。全員が一週間から十日の休みを取った今回来たらしい。現場の学校の先生がこうやって海外に自分で出かけて、いろんな見聞を広めるのは良いことだな〜と思う。2人の年配の日本人は、名前を一ノ瀬さんと言い、毎年ネパールに出かけて、ヒマラヤのトレッキングをするのが趣味なのだという。

 7時半に全員集合して、12人乗りのワゴン車で出発。DongThap省HoaTan村はサイゴンから南西に約150km。今回は特にアテンドしてくれる案内などはなく、ベトナム語しか出来ない運転手のHieu(ヒユ・日本語で孝)さんだけ。Hieuさんは36才で、良く話しを聞いてみると以前カンザーに行った時、浅野さん(アクトマン)が日本人の団体を連れて行くのに彼に頼んだのだと言う。私が彼に「私もカンザーには、仕事で良く行くんだよ」と言うと「へ〜、そうか」と嬉しそうな顔をする。車中では朝食も準備してあり、全員にフランスパンに具を挟んだサンドウイッチとアイス・コーヒーの入った袋が配られる。このパンがこれまた美味しい。

 バスはちょうど10時半にメコン河に新しく掛った、大きい橋My Thuan(ミー・トウアン)に到着。前から見たいと思ってはいたが、なかなか訪れる機会がなくついに今日見ることが出来た。全長1,535m、橋の幅24m、河から橋げたまでの高さ37,5m、河から橋脚のてっぺんまで116,5mと、今のベトナムでは例の無い規模の、近代的な橋である。これに掛った工期は、1997年6月から2000年5月までというから約3年になる。オーストラリアの援助による。

 実際にこの橋を渡るとそのスケールの大きさ、そして美しさに圧倒される。この橋の真中あたりでは、この橋を目当てに来る観光客のための物売り(果物や飲料水)がいて、少しバスのスピードを緩めると駆け寄ってくる。さらには写真屋さんまでいる。この橋が開通した当初はここが一大観光名所になり、ベトナム人がこの橋の真中に車を止めて橋を眺めたり、写真を撮ったりしたので交通渋滞と、交通事故が頻発したという。今はこの橋の上で停車が出来ないようにしているのでそういうことは無いが、まだ物売りさんは健在らしい。

 この橋をバスが渡ってすぐの所で、新堂さんのパートナーで、ベトナム人の女性Thuy(トウイ・日本語で水)さんが乗り込んで来た。Thuyさんは25才でここの生まれで、我々が今日泊まるロッジの管理人の仕事をしている。南の女性らしい、明るい気さくな性格をしていて、日本語も少しは分りすぐ若い日本人の人と打ち解けている。彼女の話では、このツアーは今月は6組くらいの日本人のツアーが来たが、9・10・11月は毎月15組くらいのツアー参加者がここに来たという。何日に出発と決まっている訳ではなく、人数が揃って定員になりしだいツアーを実行するという。私の場合も、出発2日前に新堂さんから電話が掛ってきた。

 この後はこの近くの大きい市場・Vinh Long(ヴィン ロン)市場に寄って、今日の夜の食事の買い出しに行くという。市場の近くに車を停め、彼女は大きいビニールの買い物カゴをぶら下げて行く。その後に我々もついて行く。ここはメコンデルタの中でも有数の大きい市場で、果物や魚類なども種類が多いがそれ意外にもサイゴンではあまり見かけない生き物がいる。大きいトカゲや、表面がヌメヌメした河ヘビなどがオリの中やカゴに山ほど入っている。彼女はいつもここに来ているので顔見知りが多いらしく、気安く市場の売り子たちと話している。

 今日の夕食のメニューは新堂さんからもらったパンフレットを見たが、その種類の多さには驚くばかりである。夕食のメニューとして書いてあるのを列挙してみると
・ 茹でカニ ・淡水産手長エビチリソース ・焼きカブトガニ ・アヒル粥
・ 雷魚の岩塩焼き ・うなぎのカインチュア(スープ) ・赤貝の炭火焼き
・ 鶏の姿蒸し(ココナッツミルク入り)・アヒルのレモングラス煮
・ 蒸し大タニシ(塩コショウ、ライム)・ベトナム素麺 ・菜っ葉の糠漬け
・ フルーツ各種                     
                           などである。

 断り書きに   *買い出し具合により多少の変更あり とはあるものの、それでもこれだけの種類を食べれるだろうか、おそらく食べれないだろうなと思う種類の多さである。

 彼女が最初に足を止めた所は、いろんな種類の魚が大きい洗面器に一杯入っている場所で、ウナギや雷魚などがその中でうごめいている。その洗面器の中を彼女は指差して、雷魚を一匹とウナギを二匹買った。雷魚はすぐ頭を木の棒でガツンと叩いて絞めて、解体にかかる。ウナギは洗面器から取出すと、シッポのほうをつかんですごいスピードでコンクリートの床に頭を叩き付けた。みんな(これが今日の私たちの晩ごはんのオカズになるのだな〜)と思いながら見ている。

 そしてさらにそのそばに魚介類やエビ・カニが山ほど売っているので彼女が品定めをして、いつもの如く値段の交渉をして次々と買い上げていく。エビは手長エビを15匹、カニも15匹くらい買っている。そして貝も2kgほど買う。ここでは生きた手長エビは1kg(4匹)で約110,000ドン(約950円)なので、彼女が言うにはサイゴンで買うよりはるかに安いのだという。ちなみにサイゴンでは、生きたままだと1kgで150,000ドン(約1,300円)を超えると言う。

 ウナギの入っている洗面器の横には大きいカゴがあり、その中にはこれまた体の表面がヌメヌメとした、黒いヘビのような生き物がいる。ヘビには違いないが、体が濡れているので「これはどこに棲んでいるヘビなの?」と聞くと「このメコン河に棲んでいる」という。これも食用である。このヘビには毒は無いというので、ここの若い女性の店員がカゴから1mもあるそのヘビをズルズルと引きずり出し、日本人の首に掛けてくれる。
                          
 若い日本人の女性はさすがに「キャー」と言って、首に掛けてくれたそのヘビを手で振り払っているが、男の子や一の瀬さん夫婦は平気で首に巻き付けて記念写真を撮っている。それを見て若い女性も勇気が出て来たか、おそるおそる首に巻き付けてみる。このヘビは案外おとなしく、口を開けて噛み付いたりしないので、慣れてくると手に持ったり、首に巻いたりしてみんなが平気で写真を撮り始めた。それを見て市場の人もニコニコ笑っている。

 ここでの買い出しが終了して、あと竜眼やチョムチョムなどの果物を買ってバスに戻ることにした。バスが止まっているほうに帰りながら、私がThuyさんに「カブトガニは今日は買わないの?」と聞くと、「今のこの時期はない」と言う。それは残念なことをした。ベトナムではカブトガニを食べるのは知っていたが、私もまだ食べたことが無く、「いつかは食べたいな〜」とは思いつつその機会がなかった。今回このツアーのパンフレットの夕食メニューにカブトガニが有ったので、いよいよ今回食べられるのかと期待していたのだが…・・。Thuyさんに「いつが食べられる時期なの?」と聞くと「4月だ」という。また次の機会に再挑戦ということになった。

 市場を出た後は、そのまま昼食を摂るために近くの大衆食堂へ行く。「何を食べたいですか?」とThuyさんが聞くと、4人は「フォーがいいです」と言う。残りは普通のご飯と雷魚の鍋を頼む。ここで食事をしながらお互い自己紹介も兼ねて雑談をする。これからどこに行くべきかを聞いてくる人もいる。この時出て来た雷魚は少し生臭く、匂いが鼻について食べれない人もいるが、そういう人でもスープをご飯に掛けて食べるとサラサラと掻き込んでいる。

 そこで食事を終え、トイレも済ませて12時15分に食堂を出る。この後はボートに乗ってHoa Tan(ホア タン)村へ行く予定である。その前にまだThuyさんは買い出しがあるらしく、しばらくバスを走らせたあと、バスを降りて一人で出て行ってなかなか帰ってこない。20分ほどしてまた両手に大きい荷物を抱えてバスに戻って来た。その荷物の中を見ると、鶏の肉が3匹ぶんと生きたアヒルがビニールに包まれて、首だけ出して「ガー・ガー」と鳴いている。「この生きたアヒルも、今日の夕食のおかずになるの?」と聞くと「そうです。ただし皆さんの夕食ではなく、ニシキヘビの夕食ですが…」という返事。
                          
 広い舗装された道から、田舎道の土ぼこりの舞う細い道に入り走ること10分。一旦バスから皆んな降りて、小型のボートに乗り換えて30分ほどボートトリップをしながら、目指すHoa Tan村に行く予定。ここのクリークは幅が約30mくらいで、川岸にはヤシの木が並び立ち、川に面した家の門先には赤いブーゲンビリアの花が咲いていて大変美しい。川の中ではオジサンが、頭や体に石鹸をつけてゴシゴシ洗っている。典型的なメコンデルタの風景である。子供たちがボートの中にいる我々に手を振ってくれる。

 ボートに乗ってちょうど30分経つと、目的地に着いたようでボートを川岸に接岸する。着いたそこにはベトナムの普通の民家があり、そこの家族が出迎えてくれた。あとで聞くとThuyさんの家族らしい。「どこにロッジが?」と辺りを見まわしてもそれらしき家は見当たらない。「こちらへ来て下さい」というThuyさんの案内で、皆んながその後に付いていく。家の裏の方に回り、30mも歩くと今日泊まるロッジが現われた。家のすぐ横には、オリの中に大きいニシキヘビが飼われている。

 そのロッジは2階建てで、壁や床はすべて木造りになっていて、黒い色調で統一されている。田舎の自然の雰囲気を壊さないように、ケバケバシイ色は避け、すべての色の中で黒を選んだのだろうと思う。この建物は1999年7月に出来たそうで、まだ新しい。広さは126平方メートルで、1階が食堂・ビリヤード・厨房・トイレ・シャワー室・従業員部屋。2階がすべて客室で全部で4部屋あり、大きいべッドや小さいベッドが入れてあり、最大14人までは収容出来そうである。

 さらにこの2階には広々としたテラスが有り、竹製のリクライニング・チェアが6脚据えてある。そこに寝そべりながら、目の前を見るとマンゴーの木が植えてある果樹園があり、さらにその向こうには最近植えたばかりの田んぼが青々とした色をして広がっている。その上を白サギが2・3匹飛んでいる。田園を吹きぬける風が涼しい。その風で竹で出来た風鈴が「カラン・カラン」と音を奏でる。夕方にはこの方向に、赤い大きな夕陽が沈んでいくという。

 回りには大きい建物が有る訳でもなく、車やバイクの音もせず本当に「静かな田舎」というべき場所である。特に滝や密林があるわけではなく、ワニや熊が出て来るわけではないが、ここを「源境」と言うならメコンデルタの静かな田舎と言う意味での「源境」であろうか。

 しばらくは外の陽射しが強いので、このロツジでゆっくり寛ぐ。ここには空
気銃も2つあり、15mくらい先に的のかわりにペツトボトルが竹に挿してあり、自由に撃てる。空気銃を撃つのも小学校以来だから、ずいぶん久しぶりである。明日の午前中に希望者は、この空気銃を持ってバード・ハンテイングに行く予定だという。ビリヤードもあるので、若い人たちはそれで遊んでいる。あまりアチコチと移動せず、ここで「ゆっくりくつろぐ」ことがこのツアーのコンセプトらしい。

 3時半になり、陽射しもすこし弱くなったところで、Hieuさんが「この近くにオオオニバスのある古い寺があるので、そこへ見物に行きましょう」と、今日の唯一の観光に案内してくれる。またボートに乗り10分ほどで着いたそのお寺には、岸から上がった所にPhuoc Kien Tu(福景寺)1962とベトナム語と漢字で書いた門がある。このお寺自体は「ここに建って、130年経つ」と住職さんが言っていたから、この1962年というのは、この門をその年に建てたということだろう。

 しばらく歩くとレンガとコンクリートで出来た、10m四方の小さな池がありその中に確かにあった、あった、そのオオオニバスが。大きい皿のような形をしたハスが、この時ここには16個あった。大きさはまちまちで、大きいのは直径が約1m20cmはあろうか。この上に小さい子供だと立つことが可能らしい。事実お寺の中には、子供がハスの上で立っている写真が何枚も額に入れて置いてある。子供の時このハスは写真では見たことはあるが、実物は今日初めて見た。このハスをどこから持って来たのかは、今の住職さんも誰も知らないという。

 その大きいハスの、葉と葉の間には白いハスの花が咲いて、ちょうど今花びらがすべて開いていて美しい。さらには池の中には、体長が約30cmはある大きい亀さんが首だけ出して、私たちをジッと見ている。ここの住職さんの話では、この亀さんは1948年生まれだというから、今年53才。私より年長である。ベトナム戦争の時もこの池の中かどこでかは知らないが、生きていたわけである。アメリカ人にも殺されず、ベトナム人にも食べられず、良くぞ今日まで生きて来たものである。それに敬意を表して、その亀さんの頭をナデナデしてあげると、恥ずかしそうに水の中に潜ってしまった。

 さらに先に進むと、こんどは先ほどの池より3倍ほど大きい、見たところ人工的ではない自然の池があり、そこにもオオオニバスがさらに数多く池の
中に浮いている。ハスの花も咲いているが、ここのは赤い色をしている。池の中には人が歩いて行けるように、コンクリートで橋を掛けてある。この池のまわりには多くの種類の果樹が植えられている。

 ヤシ、竜眼、バナナ、ジャックフルーツの木などがこの池を囲んでいる。いつもはハスの上に乗ってくれる子供がいるのだが、今学校に行っていないのだという。しばらく木陰で待ちましょうということになり、このお寺の人がいろんな果物を皆んなのために持って来てくれた。竜眼やジャックフルーツやバナナなど。さらに池の中に生えているハスの実を採ってくれた。ハスの実は少し青クサくて、日本の栗を生で食べる時の味に近い。特に美味しいというほどでもないが、時々サイゴンでも路上で売っている。ジャックフルーツも慣れれば美味しいが、匂いが鼻に付くという人もいる。

 しばらく待つがなかなかハスの上に乗ってくれる子供も帰らないし、果物も食べたし、Hieuさんにそろそろ帰りましょうと促す。帰る前に果物まで頂いたお礼を皆んなで言い、寺の中にある鐘の中に寸志を一人ずつ入れて、住職さんにも別れを告げる。

 そして帰る途中に、小さな池がまた民家の横にあり、そこに壁だけをヤシの葉で囲ったトイレがある。肩から上は道路からも、丸見えである。地元の人は毎日ここで用を足し、下に落ちた人様のモノは池の中にいる魚のエサになり、この池の中で消滅してしまうという非常に環境に優しい(のかな?)リサイクル・システムである。そして何年かして大きくなった魚は市場に持って行って売り、いくらかの現金収入になるという。しかしさすがにここの人たちも、この池で育った魚を自分たちでは食べないらしい。そういう生育状況を知らない大都会(サイゴン?)の人たちの胃袋の中に入っていくのだろうか。

 ここに来た記念に私が「あの池のトイレの中にしゃがんで、首から上だけ出して写真を撮りましょう!」と勧めるが、誰もすぐには「はい!私がやります」とは言わない。「それを年賀状の写真に添えて出せば、カグワシイ年賀状になるのでは…」と水を向けると、一人の女性が「私が挑戦します!」と名乗り出て来た。カメラを構えて、池の中にあるトイレに形だけ、首だけ出してポーズを決めて、「カチャリ!」と写真を撮ってあげた。この年末さぞ面白い、皆んなが首を傾げる、良い写真が仕上がるに違いない。

 またボートに乗り込む。そのボートのすぐ横では、オジさんが上半身ハダ
カになり、頭を石鹸でゴシゴシ洗っている。ここらへんの人は日本みたいに風呂を沸かす必要もなく、目の前の川が風呂代りになり、経済的なものである。4時40分にロッジに帰る。

 ロッジに帰った後は、シャワーを浴びて2階のテラスで夕涼み。夕方の涼しい爽やかな風が心地よい。5時20分頃、映画で見るような大きさではないが、赤い夕陽が地平線に沈んでいく。その光景をジッと見ているだけでいい。

 6時から夕食の予定だが、夕食前にHieuさんがニシキヘビに例の生きたアヒルをエサに与えるので、みんな見に来るように誘う。Thuyさんが昼間買って来たアヒルちゃんが、いよいよ今からニシキヘビのエサになろうとしている。このニシキヘビの胴体は大きく、大人のモモの大きさはある。ビニール袋から出されたアヒルちゃんは、本能的に自分の身の危険を察知したのか「ガー・ガー・ガー」と大きな声で鳴き喚く。

 そこの男の従業員がオリを開けて、アヒルちゃんを放り込む。しかしここのニシキヘビは、動物園の虎やワニのようにすぐ獲物を襲うようなことはなく、何の反応もない。おそらく今オリの中にエサが入ったことすら気付いていないのだろう。従業員がオリの外から小枝でその胴体を突ついて、アヒルの存在を知らせる。しばらく経つとニシキヘビも気付いて、ペロペロと舌を出してきた。そして胴体でアヒルちゃんを押さえ付けて動かないようにした。

 一回は大口を開けて、アヒルちゃんを飲み込もうとしたが、上手く飲み込めないらしく、胴体の下に押さえ付けたままそのままジッと動かない。従業員の話では、このままゆっくりと時間を掛けて飲み込んでいくので、一時間以上かかるだろうと言う。そこまでして見るほど面白いものでもないし、夕食前にヘビがアヒルを飲み込む姿はあまり気持ちの良いものでもない。あまりじっくりと見ていると、夜中に自分がニシキヘビに飲み込まれる夢にうなされそうで、みんなまたテラスの方に戻っていく。

 6時に夕食の時間になり、Hieuさんがテーブルの上のランプに明かりを灯す。ここには電気は来ているのだが(実際厨房は蛍光灯が点いている)、食堂には敢えて蛍光灯を入れず、ランプの幻想的な明かりの下で食事をし、酒を飲み、かつ語り合い、蛍が飛ぶのを眺め、満天の星を見上げるという新堂さんのコダワリらしい。
                          
 実際ランプの明かりでも、しばらくすると目が慣れて来るので充分明るい。生まれた時から明るい蛍光灯の下で育ってきた今の若い人達には、案外こういう趣向が新鮮なのかも知れない。田んぼも近くにある田舎だから、さぞ夜は虫が多いだろうなと予想したが、時期にもよるのだろうがこの時、虫はほとんどいなかった。

 出された料理もテーブルに所狭しと並べられ、とても全部は食べれそうにはない種類の多さと量である。蒸しワタリガニ、手長エビ、ウナギと雷魚を油で揚げたもの、ニワトリのカラ揚げ、アヒル粥、貝の蒸したもの、ブン(米の麺)を肉や野菜と一緒に炒めたもの、フランスパン。大きいボール一杯のスープ、漬物、果物など……。時間はあるし皆さんゆっくりと食べましょう。

 さらにはビールと果実酒は飲み放題なので、酒好きな人には嬉しい一夜が過ごせるだろう。皆んなも着席し、料理も出揃ったところで乾杯の挨拶をする。そしてまだ皆んなが料理に手を付ける前に、全員が記念写を撮りたいという。テーブルに並べられた料理の写真も、友人同志の写真も、暗い中でフラッシュを焚いて撮る。日本人全員が収まる写真はHieuさんに頼む。

 Hieuさんもいつものことで慣れているのか、気安く引き受けて全員が出来るだけ入るようにと、少しでも後ろに下がる。それでもまだ全員が入らないらしく、外の手すりを片手で握りながら、カメラを構えている。その位置だと何とか全員が入ったようで「OK、いくよ〜、いいかな!1・2・3」と大きい声を上げて、我々にポーズを促す。みんな暗い中でHieuさんが構える、カメラの赤いフラッシュの方を向きポーズを決める。

 「1(モッ)・2(ハイ)・3(バー)」とHieuさんが大きい声で、最後の「3(バー)」と言う声を上げた途端、突然「バリ・バリ・バリ〜」という大きな音とともに、いきなりHieuさんが左手でつかんでいた手すりが、根元から折れて取れてしまったではないか。可哀想にも、そのまま彼は下に落ちてしまった。しかし下に落ちる瞬間にカメラだけは部屋の中に放り投げて、それは運良く床にも落ちず、人の手に収まった。

 部屋の中にいる我々はHieuさんが落ちた時、外が暗くもあり一瞬何が起きたのか良く分らないでいたが、「Hieuさんが手すりから下に落ちちゃったあ〜!」という女性のワメキ声でようやく状況が分ってきた。すぐ私が手す
りの方に駆け寄り、「大丈夫か?」と聞くと、彼自身も一瞬何が起きたのかしばらくピンとこなかったようでポカンとしている。

 「ケガは無い?」と聞くと「大丈夫みたい」と返事が返ってくる。彼が落ちた所は手すりから1mくらい下だが、そこはいつも水が浸った粘土質の状態で、ズボッと足が練り込むようなところである。40cmくらい足が練り込んでいるので、彼も自力では抜け出ることが出来ない。私が両手をつかみ、片足ずつ引き抜いて、手すりの所までようやく上がって来た。膝から下はガタまみれで臭い。臭いのはいいが、心配なのはケガである。ズボンを良く見てみるが血が出ている様子も無いし、彼もどこにもケガはないという。たまたま運良く彼が落ちた所には、ガラスや木の切り株などの危険なものが無くて、泥しかなかったようで不幸中の幸いというべきである。

 Hieuさんのどこにもケガが無いと聞いて、皆んな一安心してテーブルに戻る。Thuyさんは彼がどこもケガが無いと分ったからなのか、落ちた時のことを思い出したのだろう、「ア〜ハァハァハァ〜」と大声をあげて腹を抱えて笑い出した。しばらくは笑いが止まらない。しばらく経てば私も可笑しくなってくるとは思うが、彼はまだ泥だらけのズボンも洗っていない、この時である。ここらへんはいかにも南国の人というか、明るく・カラッとしている。

 さて一大ハプニングが無事何事もなく解決し、Hieuさんもズボンを洗って戻ったところで改めて食事の開始。ケガでもしていたら食事どころではなかったが、これで安心して美味しいご馳走が食べれる。最初に手を出すのは何と言っても手長エビだ。今日のはThuyさんが選んだだけあって、大きいぞ。
カラをはずす。ここにある脳みそが美味いんだな〜。しかし今日は少し煮過ぎたようで、この脳みそ特有の柔らかい部分が飛んでしまっている。それでも身は肉が詰まっていてうまい。

 エビの次は渡りガニだ。カニを手に取って腹の部分を見ると、半円形にスカートをハイテいる状態なのでこれはメスである。カニに関しては私も、日本ではいつも10月・11月と田舎でモズクガニ(私の故郷の熊本ではヤマタロウガニと言う)を食べていたからまあまあ分る。皿の上にいる他のも見るとほとんどがメスで、オスは私の近くの皿の上には一匹しかいなかった。オスはフンドシを締めているという。腹の真中にフンドシ状の形をしたのが付いている。カニは何と言っても、タマゴを抱えているメスが断然美味い。
                          
 みんなも大体同じ順番で食べているらしく、エビやカニを食べている間は無言である。それを食べ終わるころから、お互いの自己紹介が続いていく。いろいろみんなの話を聞くと、まだこの後ハノイや中部に行く人もいる。若い人はいろんな国を回っていたりしていて、話を聞いていると楽しい。

 ここには焼酎で漬けた果実酒もあり、これも飲み放題である。マンゴーやアセロラ、パイナップル、ランブータン、竜眼などがある。良く漬かって果実の甘い芳香がするのもあれば、まだ漬けたばかりなのだろうか、まだ焼酎の匂いがキツイのもある。みんなビールを飲み、果実酒を舐めながら談笑し夜が更けていく。時々酔いさましにビリヤードをして、若者を相手に遊ぶ。11時ころになり空を見ると、サイゴンで見るよりははるかに多くの星が瞬いている。しかし期待の蛍さんには、私はこの日はお目にかかれなかったが…。ほかの何人かの人は見たらしい。私は12時には大イビキをかいて爆睡してしまった(らしい)。 

<2001年12月25日(火)>Hoa Tan(ホア タン)村→サイゴンへ

 朝7時半に外に朝食に出かける。出掛ける前に入り口にあるニシキヘビのオリを見ると、昨日のアヒルは影も形も無く、ニシキヘビの胴体が大きく膨らんでいるから、そこに収まっているらしい。ここの従業員の話では一週間に一匹、このようにしてアヒルをエサに与えているが、一ヶ月に一匹でも充分生きていけるという。やはりヘビという生き物は、生命力が強いのだろう。

 ボートに乗って10分ほどで朝食の場所に着くが、そこはこの村の市場らしい。バスもここに止まるらしく、客待ちのバイクタクシーの運転手が、路上でコーヒーを飲みながらたむろしている。そこにある路上の麺屋さんで、みんな同じものを頼む。食べたのはフーテイウという、フォーよりは少し硬い麺である。ここには何をするでもなく30人くらいの人たちがたむろしている。宝くじ売りもいれば、バイクタクシーの運チャンやバス待ちの人たちもいる。

 外国人が集団でここに来たので、みんな物珍しそうに我々が椅子に座っているのを見ている。若い人たちは近くにいたベトナム人と肩を組んで写真を撮っている。そのたびに若いベトナム人の女の子などは、キャーキャー言って騒ぐ。朝食のフーテイウの麺を食べ終えても、まだそれだけでは物足りないらしく、何人かはさらにサンドウイッチを買いに小銭を握り締めて出かけていく。ちょうど我々が食事をしている頃から、市場の前の空き地に人が集まり始めて、ワーワーと騒がしくなってきた。
                         
 食事を終えて、みんなで見に行くことにした。そこには60代のおじいさん・おばさん夫婦が2人いて、地面には大きいニシキヘビが横たわっている。おじいさんがテキヤの口上を述べる役割で、おばあさんは商品を売る役目というところだろうか。まあ日本の大道芸とほとんど変わらない。おばあさんの足元にはニシキヘビの干した皮が、紙のように、小さく畳まれて何枚か置いてある。さらに小さいビンには(ニシキヘビから採った油なのかどうか分らないが)白い油のカタマリのようなものが詰めてある。

 Hieuさんに「あれは何に使うの?」と聞くと、干した皮は滋養強壮のクスリとして使い、ビンに入っているのはヤケドをした時に使うという。おじいさんはこの2つの商品を売るために必死になって、いろんな芸を皆んなの前で披露する。まず宝くじ売りの少年を前に出し、その少年が手に持っている一枚の宝くじを長細い薄い木の箱に入れ、2回ほど宝くじのままであることを皆んなに確かめさせた後、3回目にひっくり返すと、その宝くじが20,000ドン札に変わっているという良くある手品である。その変わった20,000ドン札はもちろん、おじいさんがそのまま自分の胸ポケットに入れる。

 さらにまた一枚預かり、同じように2回ひっくり返すと今度は50,000ドン札に変わった。それもまた同じように自分の胸ポケットに入れる。それを見た別の宝くじ売りの少年が、自分の持っている厚さ2cmはある宝くじを全部おじいさんに差し出して「これを全部50,000ドン札に変えて!」と言う。おじいさんも笑い、まわりの観客も笑う。最後は変えた50,000ドン札、20,000ドン札をまた箱に入れて、今度はそれを逆に宝くじに変えて子供に返して終わり。

 次の芸は中がガランドウの鉄の筒の下にまず紙を張り、いろいろ口上を述べながら中には何も無い状態を皆んなに見せて確かめさせたあと、さらに筒の上のほうにもまた紙を張る。「今は何もこの中には入っていないよ〜」ということを皆んなに思わせておいて、またしばらく面白いことを話したあと、その少年に「紙を破って手を中に入れろ」と言う。少年は恐る恐る手を入れるが、何か妙なモノを触ったのか「ギャッ」と言って悲鳴を上げる。

 「何も無いはずだろうが?」とおじいさんが言うと、子供が「何かいるよ!」と答える。「どれどれ…・」とトボケながら、おじいさんが筒を両手に持ち、紙を破って下に揺すると、中からなんとVinn Long市場で見たあの河ヘビが出て来たではないか。少年が怖がるはずである。この2つの芸を披露して、おじいさんの手品は終わるのだが、みんなそれが終わると、見るものは見てもう用は無いとばかりに、サッサと散り始めた。

 おじいさんはこの後先ほどの2つの品物を売ろうとするが、誰も足を止めないし、誰も買わない。さすがにおじいさんの表情は、さっきまでのニコニコ顔から少し怒ったような顔に変わる。それを見るとこちらは可笑しくなる。まあ到る所でこういう芸を披露しているだろうから、おじいさんも本気で怒っている訳ではないだろうが…。

 朝から大変面白いものを見せてもらい、皆んな喜んだ後、しばらくその市場を見学して、またロツジに帰る。そして9時半から希望者だけで空気銃を使用してのバード・ハンテイングに出発。空気銃を使用するに当たっては、@人がいるような所(林・田んぼ)では撃たないA人には絶対向けないなどの念書を書いた上での参加許可をもらう。危険感知能力が低い今の子供たちには、こういう遊戯は無理かも知れない。全員で5人だけが参加して、ボートに乗り込む。ボートはさらに小さいクリークに入っていく。

 クリークをボートで走っている時も、小鳥が遠い先の小枝に止まる。Hieuさんが「あそこだ!撃て!撃て!」と指差すのだが、5人とも誰も全く当たらない。ロッジで練習した時はペットボトルの大きさだったから面白いように当たったが、屋外に出るとやはり勝手が違い、的も小さいし、鳥自体が動くし、なかなか当たるものではない。しかしロッジには実際撃ち止めた鳥をぶら下げた写真が貼ってあったから、その人たちはよほど腕が上手いか、よほど運が良かったのかのどちらかだろう。

 30分ほどボートの上から撃つが当たらない。ボートで進んで行くうちに、Hieuさんの知り合いの家が近づいてきたようで、クリークの中に向けて釣りをしているおばあちゃんに挨拶をしている。そこには小さな家が一軒あり、Thang(タン)さんという47才の男性とこのおばあちゃんがいた。この家のまわりには竜眼の木がいっぱい植えてある。そこらへんから熟れているのを引きちぎってみんなに「食べろ」と言ってくれる。Thangさんはここで果樹を栽培したり、魚やエビを養殖して暮らしているという。

 みんなは木陰に腰を下ろして竜眼を食べ始めたが、私はせめて一匹くらいは小鳥を空気銃で仕留めて昼の焼き鳥にしたくて、竜眼を食べるのは有り難く断って再度炎天下の中に出かける。だいぶ遠い先には、白サギが田んぼに
いる。ゆっくり狙って撃つがやはり当たらない。それどころか白サギは空気銃の音を聞いただけで、そこにいた白サギの全部の群れがさらに先の遠いところまで飛んで行ってしまった。仕方がないので、近くに飛んでいる鳥が小枝に止まるまではジットして動かず、何もしない状態で待つこと15分。ようやく30mくらい先の小枝に小鳥が一匹止まった。

 あわてず、騒がず、ゆっくりと弾を込め、ゆっくりと引き金を引く。「バン」という鈍い、空気を割く音がした。狙った目標を見る。やはり当たっていない。しかもこの鳥は射撃の音の後でも逃げない。さらにまた撃つ。また当たらない。結局ポケットに入れていった20発ほどの弾は、全て撃ち尽くしたが一発も当たらない。弾が無くなれば戻るしかない。帰るとみんなはまだ竜眼を食べて休憩している。「どうですか〜?」とみんなが聞くが、「だめですよ〜」と答える。さらに15発ほど弾をもらい再挑戦。こんどは果樹園の先にある田んぼの方に場所を移す。
 
 歩いて行く途中で、白サギが竜眼の木の枝からバタバタと羽根を広げて飛んで行く。この白サギさんは異常に警戒心が強いらしい。落ち付いて空気銃で狙う前に遠くに飛んで行ってしまう。もう白サギは諦めて小鳥を狙うことにして、じっとまた待つが田んぼの方は小鳥さんもエサが少ないのか、それともここまで来たくないのか、さっぱりと飛んで来ない。じっと待っていると暑さで頭がボーッとして来た。もう小鳥を撃つのは諦めて、みんながいる所に戻ることにした。今回は残念ながら、自分が撃った小鳥の焼き鳥は食べるチャンスが無かった。

 そこのおじさん・おばあちゃんに別れを告げると、去り際に竜眼をビニール袋に入れてお土産に持たせてくれた。帰る途中でThangさんが養殖しているエビ池を見せてもらう。まだ造って一年くらいしか経っていないそうで、さほど大きくはない。またボートに乗り宿舎の方に帰る。今回は小鳥は一匹も獲れなかったが、ボートでこうやってクリークの中をノンビリとこの村の中を訪ね、果物を食べながらベトナムの人と話すというだけで思い出深い体験をさせてもらったということであろう。

 11時15分にロッジに着いて、シャワーを浴びて帰る支度をする。12時から食事になる。メニューは白ご飯、豚肉のヌックマム揚げ、ニワトリのカラ揚げ、エンドウ豆を豚肉炒め、春菊のスープ、ココナッツミルクを使った大
根とニンジンのスープなどである。この昼のメニューも腹いっぱいである。

 食事を終えてHieuさんに「何時にここを出ますか?」と聞くと「2時に出ます」と言うのでそれまでは皆んな、ゆっくりと寛ぐ。みんなで写真を撮ったり、住所を教え合ったりしている。するとThuyさんがやって来て、「この後ここに残りたい人はいますか?」と質問してくる。みんな全員今日サイゴンに帰るつもりでいたので「え〜、まだここに居ることが出来るんですか?」と驚いている。

 彼女の話ではもしまだあと一日ここに居たければ、さらに20ドル払えば明日の昼までOKだと言う。それを聞くと若い人たちは少し未練があるようで「チョツト考えさせて下さい」と言って相談している。30分ほど相談して、結局4人だけここに残ることになった。ただサイゴンのホテルには今日帰るということで予約を入れていたり、そのホテルに荷物を預けているのでみんなはそれが心配だと言う。

 それでThuyさんに、サイゴンにいる新堂さんに電話を掛けてもらい、ここに更に延長して残るメンバーの名前を伝えてもらう。そして彼等のホテルへの連絡の件を、新堂さんから直接彼等のホテルに連絡を入れてもらい無事解決。4人だけ残して我々は予定通りサイゴンへ帰る。残りの4人はロッジから、我々がボートに乗るところまで見送りに来てくれる。Thuyさんと別れる時も名残惜しさに、涙を流している人までいる。6時サイゴン到着。

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 静かなベトナムの田舎の村のたたずまい。そしてその村の中での人々との出会い。のんびりした時間の流れ。ランプの中での食事。田舎で見る星の輝き。落ち着いた、静かな旅を求める人には心惹かれる、ここHoa Tan村かもしれない。
 


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