サーチさんの ポール・オースター氏との遭遇記 ![]() 私はポール・オースター氏とニューヨークで2回遭遇しています。1回目は彼自身の朗読ではなかったのですが、私にとって印象深かったのでそちらの遭遇を書きます。 時は2003年3月13日木曜日、場所はアッパーウェストサイドの82丁目のブロードウェイ沿いにあるBarnes&Noble店内。 その日はポール・オースター氏の奥さんSiri Hustvedtさんの新作「What I loved」の朗読会が予定されていました。シリさんは日本では白水社から「目かくし」という本が出てますし、柴田元幸先生が最近出された「ナイン・インタビューズ」という本でもインタビューされているなど徐々に日本でも有名になっています。が私はその時は、「もしかしたら、ポール・オースター氏がついてくるかもしれない」という不純な動機で席をとりました。 ![]() もともとこの書店の朗読会のスペースはそんなに大きいものではなく50人ほどの席で一杯になってしまうくらい。30分ほど前に行ったのですが、まだ席はがらがら。2列目の端から2つ目に席をとりました。 5分ほど前になって、私がその日の朗読される作品を一応手に取り、席に座っていると、うしろから声がかかります。「このとなりの席、空いてる?」「あいてますよ」見上げながら答えて思わず凍りついた私。その声の主はなんとポール・オースター氏。なんと、隣に座られたのでした! ポール・オースター氏は背が高く、がっちりしてました。そして、紺の厚手のオーバーに印象的なほど赤い薄い布地のマフラー。 写真をみればわかるようにとても特徴的な顔をしているポール・オースター氏なのに私は今のシチュエーションが信じられないため思わず「ポール・オースターさんですよね」とたずねる大失態を演じる。そうすると演台の方を恥ずかしそうに示して「あれはぼくの・・・」と声を濁してこたえられたのでした。 そのうち奥さんのシリさんが朗読を始めたのですが、1時間ほどの間、奥さんの読む文章にとてもよく反応していました。笑ったり、うなずいたり。私はもう朗読どころではなくどきどきしているばかり。あとでこのことをすごく後悔することになります。何故ならこの朗読された作品「What I loved」を日本でペーパーバックスで読んだのですが、ニューヨークを舞台として2つの夫婦を主人公にしたとてもおもしろい作品だったからです。後で、サインももらわなかったことも大後悔。 ![]() シリさんの朗読が終わり、質問も終わって一段落してからポール・オースター氏と話す。日本から英語の勉強に来ていること。 彼の作品の名前をあげ、どの作品もとてもおもしろく私を魅了していること。その剣幕にというよりそんなに熱心に彼の作品を読んでいることにとても驚いている様子でした。 そして、万が一彼に会えるかもという想いで持っていった「The Book of Illusions」にサインをもらう。名前をきかれ私の名前もいれてもらう。ついでに写真もとってもらう。 後はそのころニューヨークで公開されていた「戦場のピアニスト」の話、ポール・オースター氏は原作 も読んでいたらしく「あれは原作の方がいいよ」と強調。その間にも、他のポール・オースター氏のファンが彼にサインを求める。彼は嫌がらずにサインをしていた。そのころ「The Book of Illusions」を読んでいた私は「今度の作品はいつもの作品と少し違いますね?」と気になっていた点を尋ねると「君の考え方しだい」と笑って答えられる。 最後に「バイ、ヨーコ」と名前まで覚えてもらって大満足の私。 ニューヨークに行く前に冗談で友達に「ポール・オースターに会ってくる」と言っていた私ですがまさかそれが現実になるとは・・・。でも、ニューヨークに長いこと住んでいる友人に言わせるとこういう出来事こそがニューヨーク的なんだとか。一生の思い出です。 2005年2月 ◆サーチさんへのおたよりはこちら HOME BACK |