| a nanny mouseさんからのおすすめ作品 |
| Salt by Adam Roberts 一面の塩に覆われた惑星での、イデオロギーのぶつかり合いを描いたSFなんて、一体どこが面白いのかと思うのだが、抜群の筆力を持った作家の手にかかると、これが宝石に変わるのである。これがデビュー作とは思えないほどに磨き上げられた作者の筆によって、微妙な陰影を施されたシンプルなプロットは、叙事詩的な高みにまで登りつめる。 閉鎖的になった地球を離れ、十二組の宗教集団が新天地を目指す。恒星間飛行の推進力は、楕円軌道から解き放たれた彗星である。それぞれの集団を乗せた十二機のロケットは、ケーブルで彗星にぶら下がり、目的地へと牽引されていった。だが、事前調査では地球型の惑星だと思われていた植民先は、一面が塩化ナトリウムの結晶で覆われた不毛の地であった。 十二組の集団のなかには、航行中から歯車の噛み合わなかった、両極端ともいえる二つのグループがあった。原理主義のセナールと、宗教集団を擬して一団に紛れ込んだ無政府主義者の集まりアルスである。セナールは一同のリーダー、バーレイのもと、階級制度に基づいた管理社会を築いていく。一方、アルスは、個人の意志を絶対なものと考え、電子的なクジによる作業割り当てに従い、リーダーを持たない自由社会を目指した。ストーリーは、バーレイと、アルスの一員ペーチャの視点から交互に語られていく。 個々のイデオロギーはさておき、一致協力して開拓にあたるべきだと考えるバーレイは、周辺の植民都市にも働きかけ、鉄道や道路、風を遮る土手や水を供給する運河など、社会基盤の整備を進める。遠隔地に植民したアルスにも、当然のこととして交流を迫る。だが、総意を求めないアルスは、判断は個々人の意志によるものとして、一向に反応を示さない。特に、航行中の業務割り当てによりセナールと交渉に当たったことのあるペーチャは、バーレイからはアルスの代表者と見なされて、繰り返しアプローチを受けるが、何等行動を取ることはなかった。 そして、父系社会のセナールが、航行中にセナールの男がアルスの女性に産ませた子供たちの親権を主張し始めたとき、緊張は最高潮に達した。次第にエスカレートしていく角突き合いは、工業力を背景としたセナールによるアルスの空爆へと発展し、ついに業を煮やしたペーチャは、全力をあげてのゲリラ戦へと突入する。 微視的に見れば、小さな誤解の積み重ねによる破局の構図である。巨視的には、自己の正当性のみに基づいた異文化の衝突のアレゴリーであるといえるかもしれない。作者の筆は、どちらかの社会に肩入れすることもなく、淡々と双方の思想と、他者を理解しようとする発想の欠如を語っていく。語り手の立場の違いにより、同じ出来事が全く違う意味合いを見せる構成は、スリリングでさえある。また、最初は純粋な理想主義者だったバーレイが、次第に事故正当化の凝り固まりである狂信者に変わっていく過程と、無気力に見えたペーチャが、冷徹なテロリストに変貌を遂げる様子は、多分にブラック・ユーモアを含み、よく練られた小説を読む醍醐味を味わわせてくれる。 設定や構成には、『デューン』や『所有せざる人々』が影響を与えているそうだが、新天地でのイデオロギーのぶつかり合いということでは、『JEM』や『レッド・マーズ』を思わせるところもあり、また作中のワン・シーンには、『闇の左手』を想起させる部分もある。とはいえ、押さえた筆致による政治的なモチーフとブラック・ユーモアは、多分にイギリスSFの伝統を感じさせる。アイデア豊富な重厚なスペース・オペラの対極に位置する、ミニマリズムSFの秀作とでもいえようか。 ■ジャンル:SF 2004/4/8 投稿していただいた方のページにもどる ホームページにもどる | 書名タイトルリストへ | 著者名リストへ |