呼吸不全患者の
民間航空定期便による航空搬送の経験


目次


1.背景


 病気や怪我で入院している患者さんが、特別な治療をうけたり、あるいは 親族のそばで長期療養するため帰郷する目的で、長距離を移動したいという 希望を持つことがあります。しかし、このような長距離の移動にはさまざまな 困難を伴います。例えば、移動に要する時間や費用、移動の間の医学的管理 などが問題として考えられます。

 平成8年1月に、茨城県内の病院(A病院)から近畿地方の病院(B病院)へ、 入院患者を旅客機を使用して航空搬送しました。この際の経験を、旅客機で遠方へ 移動しようとする患者さんおよびそのご家族、移送を検討して いる医療従事者の方の参考とするため紹介いたします。円滑な移送の参考となれば幸いです。
なお、患者さんおよびご家族より、同様困難にであうだろう将来患者さんのために 経験を生かして欲しいと、搬送経過について公表することに御同意をいただいています。

この文章ページに含まれるいかなる情報についても、方法を問わず複製を禁じます。

 このページでは、実際に行われたことを時間を追って紹介しますが、まとめを別な ページに作成しますので、そちらもご参照ください。

注意事項

  1. 患者さんのプライバシーを保護するため、細部にわたる情報は省略し たり、また医療行為に関する事実関係を一部変更している部分があります。
  2. 症例報告として必要な医学的厳密さより、臨床診療上で行われる搬送の 参考とするためpracticalに役立つことを意図して、医師以外の医療従事者にも 理解できるような表現をしています。
  3. このページでは、搬送した際に実際に実際に考慮した問題、生じた問題、事実を 記しています。ここで示した手順を遵守すべきであると、私が主張する訳では ありませんし、またここに記された問題点ですべての問題点が尽くされているわけでも ありません。
  4. ここにしるされた情報は、読者の責任において参考として用いてください。


2.患者の状態


 患者さんは、40台の男性で、悪化しつつある慢性呼吸不全で茨城 県内の病院に入院中でした。
 入院中の病院近隣には親族がいないため、親族が多くすむ地域(K市)の 病院で診療をうけることを患者さんが希望なさり、科内で議論になりました。 搬送にともない、患者さんの病状が急激に悪化し、生命に関わることになる かもしれない程度の重症であることを患者さんやそのご説明しても、なおご 希望には変わりがありませんでした。そこで、転院を具体的に計画することに なりました。
 この患者さんは、地上でも2l/分(経鼻カニューレ)の酸素投与が必要で、 たとえこの量の酸素を投与しても身体を動かすと、血中酸素分圧を必要な 60mmHg以上に保つことが困難な状態です。このため、寝た状態での搬送を 前提に考えなければなりませんでした。また、患者さんの呼吸状態は徐々に 悪化しており、搬送をするのであれば早期に行う必要がありました。

3.計画の立案・実行経緯


月曜日(搬送4日前)


患者さんの要望を受けて、転院の具体的検討が始まったのは月曜日の午後4時 でした。

[自動車搬送の検討]


 A病院からK市まで患者さんを搬送する方法としては、当初患者さんの親族が 運転する自動車を使うことが親族から提案されました。この方法では搬送に 要する時間が8〜10時間程度かかり、1)十分な安静を確保できない、2)交通渋滞な どにより搬送時間が延長した場合であっても対応できるだけの十分な酸素ボンベを 搬送することが難しいという2つの問題があり、不適切と判断されました。 酸素ボンベ付き患者輸送用寝台車を全行程で利用する案も検討しましたが、 やはり十分な安静を確保することは難しいと考えられました。

[新幹線利用の検討]


 次に東京からK市近隣の新幹線の駅まで、新幹線で運ぶ案が検討されました。 A病院から東京駅までは、民間の患者輸送用寝台車を利用し、新幹線で移動し、 B病院近隣の新幹線の駅からB病院までは同様にして車内から搬送するという案で す。

 この案を検討してみると、各病院と各駅ホームまでの間は、酸素の確保についても 問題なく、駅に着いてからもエレベータを使ってホームまで上がれますので問題 は無いように思われました。しかし、駅で寝たままの患者さんをどのように車内 に搬入するか、車内で安静を保つ方法、車内で使用する酸素ボンベの確保と運送 方法の3点に問題があることがわかりました。

 問題点を具体的に記すと次の通りです。
 駅のホームから列車内に寝たまま担架あるいは車輪付き担架(ストレッチャー) で搬入するために必要な十分な通路が確保出来るかどうかがはっきりしませんで した。
 車内では、列車が加速・減速する際にも安定した状態で、寝た状態を保つ必要が あります。列車の3人掛けの椅子については肘掛けをあげることが可能ですが、 患者の姿勢を保持するために必要なベルト等の固定装置が確認出来ませんでした。
 車内で使用する酸素ボンベは500l用のものが2〜3本必要と予想されました が、この酸素ボンベをどこで調達し、車内でどのように安全に固定し、使用後誰が 運送して業者に渡すかという問題も解決出来ませんでした。
 このため、新幹線の利用は今回は出来ないと判断されました。

[航空搬送の検討]


 このため、十分な酸素を投与しながら、短時間で安静を保ちながら搬送する方法 として航空搬送が検討されました。

<ヘリコプター搬送の検討>


まずヘリコプターでの搬送が検討されました。

A病院からA病院近隣のヘリポート(Aヘリポート)まで救急車
AヘリポートからK市近隣のヘリポート(Bヘリポート)までヘリコプター
Bヘリポートから受け入れ先病院まで救急車

 ヘリコプターの機種にもよりますが、今回の飛行時間は片道約2時間30分から3時間 程度と考えられ、前後の地上搬送にそれぞれ1時間を要しても、合計5時間程度で 搬送出来るだろうと見込みました。
 問題となったのは費用です。地上搬送部分は、同一都道府県内の近距離なので 高額の費用を請求されることはないと考えていました。一方、ヘリコプターに ついては、今回のケースでは酸素ボンベ等医療用機器を搭載したヘリコプターを 片道2時間30分から3時間程度の距離を飛ばすと考えられる今回の場合、 ヘリコプターの使用時間は7時間程度と考えられ、運輸省認可料金で280万円 程度との見積もりを頂き、実際には若干の割り引きがあるようですが、200万 円以上は負担が必要とのことでした。

 この費用負担は患者とその親族には重く、現実的ではないと考えられましたので、 以下の旅客機による輸送計画を検討し、旅客機による案と同時に患者とその親族に 提案しました。

<民間定期便旅客機での搬送の検討>

 A病院からもっとも近い空港新東京国際空港(成田空港:NRT)あるいは次に 近い東京国際空港(羽田空港:HND)とB病院に近い大阪国際空港(伊丹空港:ITM) あるいは関西国際空港(関空:KIX)の間を、民間航空会社の定期便を利用して 搬送し、病院と空港の間を患者輸送用寝台車で搬送するという案を検討しました。

 計画を作成するに当たっては、まず次の3点が問題になりました。
 (1)まず、通常搬送の受け入れ側病院では、搬送中に患者の状態が悪化しても 出来る限り速やかに対応をする必要があるため、通常の診療時間(平日日中)の早い 時間帯に受け入れたいと考えるものです。この条件に当てはまるように、計画を たてることが望まれました。
 (2)A病院から空港まで搬送する場合には、成田空港までの行程では渋滞は 無いものと予想されましたが、羽田空港まで搬送する場合には首都高速自動車道 の渋滞をさける必要があります。
 (3)成田空港から関西空港までの国内線定期便は無く、成田から伊丹空港ま では夕方の便しかありません。

A病院−>
  羽田空港(HND)−>
    伊丹空港(ITM)または関西空港(KIX)−>
      受け入れ先病院

の経路で搬送するという前提での、所要時間は羽田空港までの搬送に2時間、 羽田空港での待ち時間1時間、空港間所要時間1時間、到着空港から病院までの 搬送に1時間30分を合計し5時間30分程度と推算しました。

[航空会社の選択]

 次に航空会社の選択を始めました。国内で東京・大阪間の定期便を就航させている 航空会社は3社ありますが、この いずれもが身体に障害を持つ人の搬送については配慮をしている旨の案内を時刻 表に掲載しています。しかし、患者搬送については時刻表には各社とも案内は掲 載されていませんでした。
 搬送を検討した時点では、身体に障害をもつ人専用の 窓口を設けて案内しているのは日本航空(JAL)のみ(プライオリティー・ゲ ストサービス/プライオリティー・ゲスト予約センター)でした。さらに、Internet 上のWorld Wide Web( http://www.jal.co.jp/jalpri/index.html)では、プライ オリティー・ゲストサービスの詳細な案内が公開されており、医療上特別な対応を 要する旅客への適切な対応が期待できるものと思われました。
 現在は、全日空でもストレッチャー搬送・医療用酸素の手配等が必要な場合の 専用相談窓口が設けられており、迅速な対応が期待できるものと思います。

[航空会社への問い合わせと必要書類請求]

 以上の検討が固まったのは月曜日の午後7時でした。
すでに、JALの プライオリティー・ゲスト予約センターの受付時間(9:00〜17:00)を すぎていましたが、対応が可能かの打診と、必要な書類の入手、伊丹・関空と K市とのアクセス等の問い合わせのため、電話をしてみました。電話は すでに案内テープに切り替えられていましたが緊急の場合は一般向けの 予約センターでも対応するとの案内があったため、国内線予約ダイヤルへ 電話をしてみました。
 一般の国内線予約センターでは、速やかに対応していただき、 必要な書類をファクシミリでA病院に送付頂きました。またK市へは、 伊丹空港からの方が便利と思われる旨のアドバイスをいただきました。
 また、費用は患者さん本人と付添人の人数分の大人普通運賃とストレッチャー 料金(大人の普通運賃の約2倍)がかかり、「このほかにも費用が発生する 可能性はあるが」との前置きはありましたが、東京−大阪(伊丹/関空)では 患者1人+付添人2人+ストレッチャーで片道約8万弱程度とのことでした。

   旅客機で寝た状態の患者を搬送する際には、ストレッチャーと呼ぶ 航空会社が用意する簡易ベットを利用することになります。さらに、今回は酸素 吸入が常時必要な状態ですが、これも航空会社が用意する酸素ボンベを利用する ことで吸入を継続できます。このような特別な手配を必要とする人の搬送は、国 内線で出発の48時間以上前、国際線では72時間以上前に必要書類を添えて 予約をする必要があります。必要書類は、所定様式「診断書」と「必要な手配に ついて」で、この書式はファクシミリでお送りいただきました。
 これらの書類はIATAで標準化された書式で、 航空各社共通の様式を使用しています。( JALプライオリティーゲスト予約センターのホームページでも入手できます。)

[搬送日時便の検討]

   今回搬送した患者さんの呼吸状態は徐々に悪化していたため、早期に搬送を することが望ましいと考えられていました。この週のうちに搬送するためには たとえ搬送を金曜日の朝とする場合でも、水曜日の朝までには予約しなければ なりません。空港までの渋滞をさけるためには早朝に搬送する必要があります ので、実際には火曜日の夜までに予約をする必要があります。
 金曜日の早朝に羽田から伊丹まで搬送することにして、空席状況をみながら JL101(6:55発7:55着)を第1希望として準備を進めることにしま した。金曜日のJL101便に乗るためには、水曜日の午前6時55分までに 予約をする必要があり、予約受け付けの時間を考えると、実際は火曜日のうちに 予約をする必要があります。

火曜日 (搬送3日前)

[搬送方法の決定]


 費用の概略、搬送計画の概要を患者さんと家族に説明し、費用の面から 民間定期便旅客機による搬送を行う方針が、患者さんと家族から要望され この方針で計画の手配をすることにしました。

[患者の状態監視手順の検討]


 この日、搬送中の患者の状態をどのようにモニターするかを決めました。 ジェット(ターボファン)機は比較的静かとはいえ、機内ではエンジン音の ため聴診をすることは困難です。そこで、患者の状態を監視する手順を考えて おかなければなりません。もちろん、自動血圧計や心拍監視装置を持って いくことも選択肢の内にはありますが、病床でそのような監視を行っている 訳ではなく、また現実的に搬送する上からも困難です。何より重要なこと は、機内で電子機器を使用する場合には、航空機の電子機器(主として 航法装置)に影響を与えない必要があるため、原則としてFAA(Federal Aviation Agency)のテストに通り承認された機材であるか、あるいは 航空会社が承認した機材であることが必要であることです。(日本の 運輸省航空局(CAB)がこの様なテストを行っているか否かは不明です。) したがってこのような機材を短時間に入手することは困難です。
 そこで、小型軽量で運搬がきわめて容易なパルスオキシメータ (帝人Pulse-OX)を持参し、心拍数の監視と酸素分圧の監視を行うことに しました。帝人のPulseOX-SPにはプリンタがついていて、記録が残せるように なっています。機内ではプリンタの使用が禁止されているため、今回は 誤って作動させないようにはずしておくことにしました。なお、今回は 航空会社に、この付属のプリンターを使用しても良いか否かの確認は、 行いませんでしたので、機内で使用できる可能性はあります。
 また、呼吸数についても監視を行うことにして、これは目視で行うことに しました。循環状態を確認し、医薬品の投与経路を確保するために 中心静脈ラインを留置する提案も科内からありました。これについては、 気圧の変化に伴いボトルからの輸液が急速に行われた場合や、逆流時の 対応が困難であるとともに、ボトルの数と管理が困難になるのは輸送上も 不利であるとの判断から中心静脈ラインの留置はしないことにしました。

 監視間隔は、地上では30分毎、機内では機内に到着時、さらに飛行機の 出発(block out)から到着(block in)までは連続監視としました。

[転院先の確定]


 まず、転院の受け入れ先を確定するために、受け入れてもらえそうな病院を リストアップし、受け入れの打診をし、内諾を得た病院(B病院)に患者さん の親族に行っていただきました。最終的に受け入れの承諾をいただいたのは、 午後5時になっていました。

[病院−空港間搬送の手配]


 次に、寝台車の業者の手配をしました。航空会社と患者輸送用寝台車の 業者間で空港での患者さん受け渡しの打ち合わせをする必要があるため、 飛行機の予約をする際には寝台車の業者が決まっていなければならないから です。A病院から羽田空港までと伊丹空港からB病院までの寝台車の手配が 終わったのは、午後7時になっていました。

[飛行機の予約]


 再びプライオリティー・ゲスト予約センターの受け付け時間外になって しまったので、国内線予約センターへ電話し、金曜日のJL101便の 予約をしました。この際、前日ファクシミリで送付を受けた「診断書」 および「必要な手配について」に必要事項を記入してファクシミリで 送付しました。
 以上の手続きを済ませた上で、航空会社の方から、予約の記録は作成 するが、最終的に予約を受けられるかどうかは翌日プライオリティー・ ゲスト予約センターで判断するので、水曜日に改めてプライオリティー・ ゲスト予約センターへ電話をしてほしいとご案内をいただきました。

水曜日 (搬送2日前)


[予約の確認]


 前日の予約の際に打ち合わせたとおり、プライオリティー・ゲスト予約センターへ 電話し、手配の内容の確認をしました。

<搬送当日の空港での手順>


 航空会社側からは、当日羽田到着から伊丹を出るまで手順について次のような 説明を受けました。
  1. 一般の旅客の搭乗前に、機内に搬入するため、空港には出発予定時刻の1時間前に 到着していてほしい
  2. 空港で航空会社の職員と待ち合わせ、機体の脇まで寝台車のまま直接患者を搬送する
  3. 寝台車から機内に患者を乗せるための専用の車に患者さんを乗せ換えて、旅客機の 出入口までもちあげる。準備や手続きのために約20分(最大30分)待たせる場合が あるので承知してほしい
  4. あらかじめ作成してある簡易ベッドに患者さんを移動する。
  5. 着陸後、こんどは逆の手順で旅客機の脇まで入っている寝台車に患者さんを移す。
  6. 搬出は、一般の旅客が機外に出た後に行う。

 空港についてから機内搬入、機内からの搬出から一般道までの搬出の詳細は、患者 輸送用寝台車の業者と航空会社で今までの経験があるので十分打ち合わせるとのこと でした。

<酸素の手配/考慮事項>


 酸素ボンベは、保安上の問題から航空会社のものを使用することになりました。 酸素ボンベは飛行中でも動かないように座席に固定されているとのことでした。
 さらに、このとき酸素ボンベの1本あたりの容量を尋ねましたが、正確な返事は 得られませんでした。このため、航空会社からの1l(毎分)で8時間は持つとの 説明は受けたので、480l程度以上と想定してボンベの数を試算しました。
 機内で必要な酸素の流量は、地上で必要な流量をそのまま当てはめるわけには 行かないと考えられています。国内線でもジェット旅客機は最高で30000ft (1万メートル)程度まで上昇します。東京−大阪間は短距離なのでこれよりも 低い高度(23000ft程度)を飛びますが、外気の気圧は地上の気圧の10% 程度になります。機内の気圧は地上に近い状態にまで与圧されていますが、それ でも地上の80%程度になるといわれていました。したがって、血液酸素分圧が 地上の80%になっても、大丈夫なだけ余計に酸素を投与しておく必要があ ると考えられました。
 患者さんはこの時点で2l/分(nasal cannula)の流量で血中酸素分圧(PaO2) が60mmHgを保てる程度の呼吸状態でした。酸素を3l/分(nasal)投与すれば、 PaO2が75mmHgを保てることを確認していましたので、巡航高度でも 75mmHgX0.8=60mmHgが保てるものと考えらます。

 必要な酸素量を決めるためには、投与時間もきめなければなりません。この投与 時間を見積る際には、単に出発時刻から到着時刻(所要時間)で計算する のではなく、出発地空港で機内に搬入されてから出発するまで、また目的地 空港に到着してから、機外に搬出されるまでの間の時間を加算した、 全機内滞在時間で計算する必要があります。この時間に加えて、気象条件に より着陸が遅れたり、目的地が変更(divert / air turnback)された場合にも 対応できるだけの余裕を見込む必要があります。

 なお、「実際の飛行時間」は、時刻表上の「出発時刻から到着時刻」とは 違いますので注意が必要です。飛行機の出発時刻とは、スポット(駐機してある場所)から 飛行機が動き出す(Block Out)時刻を言います。このあと、飛行機は誘導路へ運ばれ(push back)、 誘導路を走り(taxing)、滑走路に入り離陸します。この間に要する時間は、空港に 離着陸する飛行機の混雑状況により異なりますが、早くても5分以上かかり、 多くの場合は10分から20分必要です。到着時刻も同様で、スポットに 飛行機が入り止まった(Block In)時刻を言います。着陸したあと、飛行機は 誘導路を走行し、多くの場合は自力でスポットに入りますので、出発〜離陸まで に要する時間ほどの時間はかかりませんが、やはり着陸後5分から10分程度は かかります。

 実際に、気圧の低下により血中酸素分圧の低下が問題となるのは、飛行中だけで 地上走行中は問題が無いのですが、酸素投与量を増加してから、血中ガス分圧が 安定するまでの時間を考慮すると出発時刻までには、飛行中と同じ酸素投与量に しておくことが望ましいと思います。

 今回搬送が行われた羽田から伊丹までの所要時間は時刻表上60分で、飛行時間は 実質40分程度です。しかし、機内では外部から持ち込んだ酸素ボンベではなく 航空会社が準備した酸素ボンベを使用する必要があるため、機内に早く搬入され かつ機内からの搬出が遅れた場合を想定して出発到着前後に各45分余裕をみま した(通常のdelayへの対応)。さらに、羽田出発後 伊丹空港が何らかの理由で閉鎖されるなど、到着地変更がある場合も考えなければ なりません。伊丹空港行きの便の到着地変更先としては関西空港(divertとなる)ある いは、羽田空港(air turn backとなる)が考えられますが、羽田へ戻る場合でも最大 40分で戻れるものと考えました(特別なdelayへの対応)。したがって、時刻表上の 所要時間は血中酸素分圧を安定させるために酸素を3l/分投与することとすると、 必要な酸素量は 2 X 90 + 3 X (60 + 40) = 480 lとなります。この計算のみでは、 時間的余裕を見ても酸素ボンベは1本で足りると考えられます。

 一方、患者さんの呼吸の状態は、前週から徐々に悪化しつつありました。前週の 末の時点では酸素投与量は1l/分出会ったにも関わらず、月曜日に2l/分と なっていました。月曜日の時点の呼吸状態を基礎に以上の見積もりをしたのですが、 搬送予定の金曜日朝までにはさらに状態が悪化するものと考える必要があります。 逆に、順調に搬送できた場合、酸素ボンベ1本で何リットル/分の酸素を流すことが 出来るかを考えてみなければなりません。搬入・搬出にそれぞれ30分、空港間の 所要時間を60分として、500 / (60 + 30 + 30) = 4.17 で、4l程度までは、 1本で対応できるものと思われます。

 この見積もりを、プライオリティー・ゲスト予約センターの人の話を伺っている 間に試算して、余裕がないと判断し、ボンベを2本積んでいただくよう航空会社に 依頼しました。酸素マスクは、ボンベとともに準備されると説明されました。

<機材使用の承認>


 帝人のPulseOX SPをモニターに使用することを伝えて、承認を得ました。JALでは 過去にPulseOX SPを機内で使用した事例があり、問題がないことが確認されていた 様です。

 以上の手配についてプライオリティー・ゲスト予約センターと打ち合わせたあと、 プライオリティー・ゲスト予約センターから航空会社の車内で手配をして、手配が 問題なく完了したことをプライオリティー・ゲスト予約センターで確認できた後、 改めて手配完了の連絡を頂き、予約手続きの最終的な完了という説明をいただきま した。この電話を切ったのが午前10時30分頃でしたが、午後0時30分頃には、 手配完了のご連絡をいただきました。

[航空券(ストレッチャーを含む)の準備依頼]


 航空券は、市中の旅行会社あるいは航空会社の窓口で、日本全国どこでも買う ことができるとの説明をいただきましたので、同行していただくご家族の方に購入 してきていただく様お願いをいたしました。

[患者運送用寝台会社との打ち合わせ]


 A病院から羽田空港まで、伊丹空港からB病院まで、それぞれA運送会社、 B運送会社に患者運送用寝台車を手配しましたが、これらの業者に旅客機の 予約が確定したことを伝えるとともに、寝台車に積まれている酸素ボンベの 種類と、その量、マスクとの接続口の形状を確認することにしました。

 A社には、私が直接連絡を取り、酸素ボンベは2種類2800lのものと 500lのものがあると説明をうけました。A病院から羽田空港までは、 道路が渋滞しなければ60分間でつくことが出来ます。渋滞に出会った場合でも 最大2時間30分程度で到着できます。この時間であれば車内に2800lの 酸素ボンベが1本あれば十分対応できます。A社には、車内から機内への 患者搬送中に使用することも、想定して2800lのもの(大型であるため 車内に固定されて使用される)を1本、500lの物(携帯可能)を1本、 寝台車に搭載していただくように依頼しました。また、酸素マスクなどは 寝台車に用意してあるとのことでした。

 伊丹空港からB病院までの搬送を担当するB社に電話したところ、空港内 での患者の受け渡しについては伊丹空港の担当者とは十分な連絡がすんでお り、問題ないとのことでした。また車内には伊丹空港からB病院までの間の 十分な量の酸素ボンベが積んであるので問題ないとの回答を得ました。機内 から寝台車までの間の酸素についても、問題ないとの返事でしたので、これを 信頼することにしましたが、後で後悔することになりました。

[患者の病状悪化]


 この日の夜、患者の呼吸状態はさらに悪化し、酸素投与量は経鼻カニューレで3l/分に まで増量されました。

木曜日 (搬送前日)


[病状の確認]


 主病変の状況を確認するために胸部のX線撮影を行うと共に、airを含む dead spaceの存在を確認するために腹部のX線撮影を指示しました。airを含む dead spaceが存在すると、客室内の気圧の減圧にともない容量が増大し、疼痛 等を生じることがあります。

[食事の確認]


 今回の搬送にあたり、病院出発は4時、到着は10時を予定していました。したが って、患者さんは前日に夕食を食べたあと、早朝3時ころに覚醒してから食事を とらないで搬送されることになります。
 今回搬送した患者さんは、食欲があまりない状態になっていたため、耐え難い空腹 になるとは考えにくいと思われましたが、搬送経路の中では落ちつけるのは機内なので、 身体状態がゆるしてかつ食欲があれば、早朝の便で提供される軽食をとることを検討する ことになりました。航空会社に尋ねると、提供されるのはロールパンにハムや野菜等を 挟んだサンドウィッチと飲み物で、ハムが咬みきれるかが懸念される旨の説明を受けま した。この患者さんは、食事は通常の形態のものを食べているため、問題は無いものと 考え、もし可能であれば、機内で軽食を食べていただく予定にしました。

[携行品の確認]

 看護婦さんがいりそうなものを、あらかじめ準備してくれていたので携行品の準備 と確認は速やかにおわりました。

 準備した携行品は次の通りです。

 点滴ボトル 1本
(細胞外液タイプ/患者が病棟出発の時点で点滴されている予定のもの)
 輸液ライン 2本(精密点滴用、一般用各1)
 静脈留置針 2本(22ゲージ)
 三方活栓  2個
 エキステンション・チューブ 2本
 注射針 18ゲージ、23ゲージ、26ゲージ各2本
 注射筒   1ml 2本
     2.5ml 2本
       5ml 2本
      10ml 2本

 紙テープ、布テープ 各1
 緊急用医薬品(呼吸賦活剤、エピネフリン等)
 紹介状、病歴要約、X線フィルム等の診療情報 
 内服、外用薬

<カバン>


 このほかに、看護婦さんはカバンも準備してくれていました。
 このかばんは「診療用カバン」とよばれる、よく医師が往診に行く際に 使用する革製の堅い手提げ鞄でした。患者の搬送時は出来る限り両手を あけておきたいことと、患者搬送にあたっては受託手荷物(航空会社に 預ける手荷物)は回収するのに時間がかかると思われたため、出来る限り 機内にすべての荷物を持ち込みたいと考え、肩からかけることも、 背負うことも出来るような形の、自分が持っている布製カバンを利用する ことにしました。

[休息]


 夕方、主治医にその時点での血液ガス分圧の分析を依頼して、私は 休息をとるために自宅にもどりました。

金曜日 (搬送当日)


午前2時に起床して、目的地到着まで何も食べられない可能性も考え 軽く食事をとり、自宅から病院へ出かけました。

[最終打ち合わせ]


 病院について、主治医と前日の血液ガスのデータ等について話し合いました。 木曜日の15時30分の時点のデータでは酸素3l/分(マスク)でPaO2 73.8で あり、酸素投与法方を経鼻カニューレからマスクに変更することで十分な血中 酸素分圧を保つことが可能と考えられました。

 午前3時に患者さんのご家族、主治医と私は病棟集まり、最後の打ち合わせをしました。 現在の患者さんの状態、B病院までの搬送に伴い生じる可能性のある状態の変化、搬送 中の治療はきわめて限られることなどを説明し、ご了解をいただきました。また、今回の 搬送の経験を、今後あらわれるだろう同様の患者さんを搬送する際の参考として、情報を 医療従事者や患者さんそのご家族と共有するために記録をとらせていただきたいことと、 患者さんの氏名・住所などの秘密をまもった上でその記録を公表することについてお許し いただきたい旨お願いし、ご快諾をいただきました。さらに、患者さんご本人に、ベッド サイドで同様の説明申し上げ、記録とその公表を含めてご了解をいただきました。

[診察と搬送開始の決定]


 午前3時20分の時点でやや発熱が見られましたが、これは約1週間まえよりほぼ変化が ない状態で、血圧、呼吸数、心拍にも異常はありませんでした。出発直前の午前3時20分に 血中酸素飽和度を測定したところSpO2=92であり、さらに呼吸状態は悪化しており酸素3l/分 (マスク)でも、飛行中は血中酸素分圧が60を保てないことが判明しました。このため、 酸素投与量を5l/分(マスク)に増量し、血中酸素分圧、炭酸ガス分圧が適正な範囲に あることを確認して、最終的に搬送を始めることを決めました。搬送中の酸素投与量は、 常時5l/分マスクとすることにしました。

[携行品の最終確認]


 このあと、携行品の最終確認を行いました。

[予定スケジュール]


 午前4時00分 A病院 出発
 午前5時30分 羽田空港到着
 午前5時55分 航空会社職員と合流
 午前6時25分 搭乗
 午前6時55分 出発(Block Out)
 午前7時05分 離陸(Take Off)
 午前7時45分 着陸(Landing)
 午前8時00分 降機開始
 午前8時30分 伊丹空港出発
 午前9時30分 B病院到着

[搬送]


<空港まで>


午前4時 5分
    A社のストレチャー(車輪付き寝台)に患者さんを移し、病棟を出発しました。

午前4時10分  
 寝台車内へ患者収容し、病院を出発しました。

午前5時15分  
 首都高速6号向島線で渋滞に入りました。

午前5時35分  
 箱崎で渋滞を抜け、以降羽田(空港中央)まで順調に走行しました。

午前5時55分  
 羽田空港1階南側業務用出入口前に到着し、航空会社職員と合流しました。

 同行する家族が変更となっていたため、航空券の変更手続きおよび、 患者・同行家族・同行医師(私)の搭乗手続きのために、同行する家族 の方がカウンターへ行きました。
羽田到着時の様子


午前6時15分  
 業務用車両入り口から、業務用車両駐車場へ車を進めした。
 同行する家族の方が車に戻ったあと、金属探知器による身体検査をうけました。
業務用駐車場入口

午前6時30分  
 航空会社職員が車に同乗し、航空会社の車に先導され業務用駐車場 からランプ(駐機場)へ移動しました。機体の脇に寝台車がきた際、 寝台車の運転手が最短距離で患者さんを機内に搬出できるようにと 気を利かせて、車の後ろが機体側を向くように車を止めたところ、 航空局の職員に「誰が車をここにとめろといったの?だめじゃないか。 ちゃんととめて」と苦情を言われていました。(後ろ向きで車を 進めると、他の車両や機体にぶつかる恐れがあるので、駐機場内では 車両は前方向に走らせるのが原則ときいたことがあります。)

<機内への搬入>

      
 患者さんを機内に搬入するため、酸素を車に備え付けの2800l 酸素ボンベから500l酸素ボンベ(A社で準備したもの)に切り 替えました。寝台車のストレッチャー(車輪付き寝台)を寝台車から 出し、客室サービス車に搬入しました。
さらに客室サービス車にとりつけられているストレッチャー(担架)に患者さんを移動した あと、リフトアップしてJL101 Boeing 747-400にR2より搭乗しました。
R2からはギャレーを通り、機体左側に前後方向3席、左右2席のスペースを利用して 架設されていたストレッチャー(簡易ベッド)に患者さんを移動しました。
患者さんの頭側が前方になります。
(搬入時に使う客室サービス車と機内で使用するストレッチャーの写真は、 JALプライオリティー・ゲスト予約センターのページにもあります。)

<ストレッチャー・座席の配置>


機体の向かって左側の前方から2つめの出入口(L2)の直前の 前後5X横3=計15席の予約が止められており、このうちストレッチャーが 中央部窓側6席を使用し、周囲1席分ずつが同行者の席および 酸素ボンベ等の資材を固定するためのスペースとして提供されました。
(JAL Boeing 747-400Dのcabin configuration CODE/R40の14A,B,Cから18A,B,Cの 15席で、ストレッチャーは15AB,16AB,17ABに架設されました。)
酸素ボンベ1本には消毒済みの酸素マスクが各1個添付されており、 このマスクを機内では使用することにしました。

<点滴ボトルの固定>


 患者さんの脱水を防止し、病状が急激に変化した際の医薬品の投与のため 静脈注射(点滴)を行いながら搬送しましたが、この点滴ボトルを機内で 固定する場所がありませんでした。そこで、客室乗務員より、ストレッチャーに つけられたカーテンレールに、点滴ボトルをテープで固定する方法が提案され、 その様にして固定することになりました。

<酸素流量の確認/飛行計画の確認>


 機内に用意されていた酸素ボンベの酸素流量を5l/分に設定、酸素ボンベを 切り替えました。血中酸素分圧が安定するまでの数分の間に、客室乗務員から 資材の配置の説明や使用できる空間の説明を受けるとともに、客室乗務員に 伊丹空港の気象状況、飛行ルート、予想飛行時間を確認し、divert等の可能性が きわめて低いことと酸素所要量の推定の根拠となった数字から大きく離れてい ないことを確認しました。

<窓>


 搭乗時、ストレッチャー側の窓は閉じられていました。これは、早朝の flightであり、太陽の角度が低く臥床した患者さんにはまぶしいのではない かと、さらに搬送中患者さんが安静を保てるようにとの配慮から、客室乗務員 の方が御準備頂いたものと思います。患者さんは、会話が可能であり、通常の 病室で療養していたため、必ずしも明るさが変化することが問題となる程の 安静を保つ必要はありませんでした。そこで、患者さんに外の景色が見える 方がよいか、まぶしくないよう光が当たらない方がよいかを患者さんに 伺ったところ、外を見たいとの御希望だったので窓をあけました。
 重症で、生命予後があまり期待できないことを自覚なさっている患者さんに とって、外をみることで最後の旅行を少しでも楽しんで頂けたでしょうか。

[flight]


午前6時45分  
モニター開始。血中酸素飽和度は97〜98%で予想された値よりかなり 高い値をしめしていました。血中酸素分圧では90mmHg程度と考えられ、 上空でも十分な血液の酸素化をはかることができると判断できました。
一般旅客の搭乗開始。一般旅客に周囲を取り囲まれる形となりました。
一般旅客の方達は、搭乗の案内が遅くなったためあわただしく搭乗を していらしゃいました。ストレッチャーをみると少し驚かれた様子を 見せた方もいらっしゃいましたが、次々と着席されていきました。

午前6時54分  
ドアクローズ

午前6時55分  
定刻通り出発(block out)
push back, engine start, taxing

午前7時02分  
離陸(HND RWY 34)

午前7時05分  
離陸後約3分でSpO2 96%となる。

午前7時12分  
離陸後約10分でSpO2 95%。
このとき、点滴が落ちていないことに気づく。点滴ボトルから患者の 注射部位への落差が小さいため、輸液ラインが凝血のためにつまった ものと考えられた。離陸時・離陸後も状態は安定しているため、機内 では巡航高度(cruizing altitude)に達したら輸液ラインを抜去するにとどめ、再度、輸液 ラインの確保することは行わず、伊丹空港に到着後にラインを確保す ることにする。

午前7時15分  
離陸後約13分でほぼ水平飛行に移行し、cruizing altitudeに達した ものと思われた。通常の運行の通り。
SpO2 95%
輸液ラインを抜去した。
軽食のパンと飲み物が配布されたが、患者さんは食欲がわかないとの ことで召し上がらなかった。午前6時服薬分の内服薬を内服。この際、 マスクをはずし、さらに咳が誘発されたため一時的にSpO2 75%にまで 低下。その後SpO2 95%まで回復した。

午前7時35分
降下開始

午前7時44分
最終進入(final approach)

午前7時45分  
伊丹空港に着陸(RWY 32L)

午前7時53分  
到着(Block In) SpO2 96%

[降機からB病院まで]


<降機>


 一般旅客の降機後、ストレッチャー(簡易ベッド)より客室サービス車に 備え付けのストレッチャー(担架)に患者さんを移動しました。このとき、 患者さんは酸素を投与しない場合PaO2は40台程度となると考えられる状態に もかかわらず、B社が携帯用酸素ボンベを持参していないことがわかりました。 幸い、機内で使用していた酸素ボンベは軽量で持ち運びが可能であり、ボンベの 1本目にまだ10分程度の酸素残量がある状態で、座席との固定は直ちに 外せそうに考えられたため、客室乗務員と交渉し機内で使用していた酸素ボンベを B社寝台車まで借用することになりました。
 中央の座席を10列ほど倒して、そのうえを担架を通して患者さんを出入口 (R1)まで搬送しそこでB社ストレチャー(車輪付き寝台)に移しました。
この時、立入禁止区域立入許可と記された腕章を航空会社職員より渡され 着用するように求められましたので、これをつけ客室サービス車に移動し、 lift downし、Ramp上へ移動。Rampに入っていたB社寝台車に患者さんを 搬入しました。

<空港外へ>

 ここで機内で使用した酸素ボンベから寝台車の酸素ボンベに酸素を切り 替え、機内で使用した酸素ボンベをAGS(機体整備などを請け負う会社)の人 に寄託しました。この後、航空会社職員が同乗して寝台車は出発しました。 車のフロントグラスの内側には外からよく見えるように、黄色い幕がおいて ありました。(立ち入り許可とかかれていたように見えた。)
午前8時05分  
 車は伊丹空港正面にでて、腕章と黄色い幕をはずし航空会社職員に渡し、 航空会社職員をを降ろした。この後この場所で駐車し、輸液ラインを入れ直しましたた。

午前8時13分  
 伊丹空港を出発

午前8時55分  
 B病院に無事到着しました。

所要搬送時間 計4時間50分


 所要搬送時間は計4時間50分でしたが、この時間はヘリコプターを 用いて搬送した場合の予想搬送時間5時間と比較して大きな差は出ませ んでした。これは、ジェット旅客機の巡航速度がヘリコプターの巡航速 度に比べ早いため飛行時間が短くてすんだことによります。


4.反省と提言


  • [準備で気づかなかった点]

    [寝台車走行ルートの確認]

     渋滞をさけるために早朝出発したにもかかわらず、首都高速6号向島線の 渋滞のため、中央環状線−湾岸線経由で想定した時間より搬送が遅延しました。渋滞をさけたルートを事前に確認し、 そのルートを遵守することが必要であると考えられました。

    [点滴の高さの確保]

     点滴ボトルを固定する場所が機内になく、ストレッチャー(簡易ベット)の カーテンレールに固定しましたが、この高さでは安定した輸液を行うのに必要 な臥床面との高低差が確保できません。後で調べたところ、この問題は以前よ り指摘されており、過去にはオーバーヘッドストレージを開けておき、こ こに固定した事例もあるようです。しかし、いずれにせよ輸液ボトルが十分に 固定できず、安全性の確保に問題があるものと考えられます。
     ストレッチャーと構造上一体化しうるボトルの固定装置が準備されることが 望まれます。

    [手配の具体的内容の確認不十分]

     B社と航空会社に対し、酸素が常時必要であることとその必要量を連絡して ありました。B社と航空会社の間で空港での患者の機外への搬出、寝台車へ の搬入については双方経験があり十分打ち合わせるとの説明を、B社、航空 会社双方から受けたので、伊丹空港での移乗については手配の具体的内容を 確認しませんでした。
     しかし、B社が携帯用酸素ボンベを持参せず、急遽機内用酸素ボンベを 借用することになるというトラブルが生じたことを考えると、搬送に同行する 医師は、手配の具体的内容を全面的に自分自身で確認する必要があると考えら れました。

    [機内常備品についての情報不十分(予備用酸素ボンベ)]

     搬送後、旅客機の整備に関する資料を読んでいたところ、航空機内には 機内で急病人等が生じた場合に用いるための予備用の酸素ボンベが1本以上 搭載されていることがわかり、準備する酸素ボンベの数を節減することが できたことがわかりました。
     このような情報が航空会社より搬送を計画する医師に提供されることで、 被搬送者・航空会社双方にとって効率的な手配が可能となるものと思われま した。

    [残りの医療用資材と精密機器の取り扱い]

     患者を搬送したあと、帰りは関西空港から羽田空港まで別な航空会社の旅客機を 利用しましたが、この際の物品の取り扱いに問題がありました。搬送途中で患者の 状態が変化したときのために注射針や注射筒(注射器)、ガーゼやパッケージを 切るための鋏や、気道確保のためのスクレーパを持参しましたが、帰路は一般の 旅客として乗るために機内持込制限品となるため寄託しました。一方、パルス オキシメータは、精密機器であり受託手荷物とした場合の取扱に不安があるため、 機内持ち込み手荷物にしました。
     パルスオキシメータを入れた鞄を持ち込むために、荷物検査に預け金属探知器のゲー トを通った際に、財布が入っていたためにチェックに掛かり、もう一度通ることになり ました。そして、チェックをパスしたあと荷物を受け取ろうとしたところ、もう一度 検査したいと空港職員が荷物を持っていき、断りもなく鞄を数回振ったり転倒させて 再度X線検査装置に通しました。
     パルスオキシメータのプローブ部分は壊れやすく、ケーブルの断線にも注意を払う 必要があります。また、機内持ち込み手荷物は貴重品や取り扱いに注意を要するものが 多いにも関わらず、このような乱暴な取り扱いを受けることがあります。したがって、 医療用器具など高価で破損しやすい物品は機内持ち込み手荷物にして、X線検査を拒否 し目視による検査を要求するか、あるいは不注意な扱いをしないように厳重に警告して 検査に回した方がよいでしょう。また、機内持込制限品についても、壊れやすい場合に はコンパクトにまとめておき、受託手荷物としては寄託せずに機内持込手荷物と一緒に security checkまで持ち込みそこで、航空会社側に機内持込制限品として別扱いしても らった方がよいかもしれません。

    5.謝辞


     今回の搬送に際して懇切丁寧に相談にご回答いただきました、日本航空国内線予約 デスクの皆様、プライオリティー・ゲスト予約センターの担当者に感謝致します。 また当日搭乗しました便の客室乗務員の皆様の暖かく、迅速なご配慮とご助力に感謝 申し上げます。このほか、今回の搬送にさいして頂きました諸種のご協力に感謝申し 上げます。
     最後に、今回の記録の公表にご同意頂きました患者さんおよびご家族に深謝申し上 げます。


    長瀬 啓介
    (呼吸器科 医師)
    E-mail: nagase@mxw.meshnet.or.jp
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