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さて、前回の訳からいきましょう。 「ヘドニズム「ルバイヤート」は詩の傑作であるが、その懐疑主義とヘドニズムは、多くのよきヴィクトリア朝時代人にとっては、それ以後の他の多くの人々にもそうであったように、嘆かわしいものに思われた。」 で、今回はこれです。 「LUCULLAN The picture of overstuffed American capitalists sitting down to Lucullan feasts would be accepted readily by many Soviet citizens.」 ルキヌス・リキニウス・ルクルス(Lucius Licinius Lucullus)は、紀元前1世紀の有名なローマの将軍ですが、人生のよきものを楽しむのが好みでした。軍事から退役したあと、彼は贅沢三昧に身を委ねます。プルタルコスはこう語っています。「彼の日々の楽しみはこれ見よがしに贅沢で、紫のカヴァーレットや宝石のある食器一式、踊り子や劇の朗読暗唱だけでなく、この上なく多様で手の込んだ料理があった。」 ある時、彼が一人で食事をしたとき、料理人は飾り付ける必要なないと考え、単純な1コースの食事を出しました。すると、ルクルスは料理人を非難して、次のように言ったと言われています。「何!、今日はルクルスがルクルスと食事をするということを知らなかったのか。」
今回から2度にわたって、比較・選択の構文の諸形式を書いておきます。 苛政猛於虎也(苛政は虎よりも猛なるなり)「於」の字を挿入。二つのものの比較。 名重太山(名太山より重し) 上の構文から「於」を省略。 百聞不如一見(百聞は一見に如かず) 二つのものの比較 知臣莫如君(臣を知るは君に如くは莫し) 養心莫善於寡欲(心を養うは寡欲より善きは莫し) 多くのもののうちでの比較 亡南陽之害小、不如得齊北之利大(南陽を亡(ウシナ)うの害の小なるは、齊北(セイホク)を得るの利の大なるに如かず) 禮奢而備、不若倹而不備之愈也(禮奢(オゴ)りて備はれるは、倹にして備はらざるの愈(マサ)れるに若(シ)かざるなり) 「百聞不如一見」の形式が複雑になったもの
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この世紀(14世紀)イギリスでは、優れた才能をもつ数学者を生み出しています。そのうち一人を除いて、みな疫病の発生以前に著作を著しています。 ウォリンフォードのリチャード(Richard of Wallingford)(1292年頃生まれ、1336年没)は、オックスフォードで自由学芸(liberal arts)について講義し、三角法と算術について著述しています。彼は、この時代最もよく知られた数学者の一人であったように思えます。ジョン・マンドゥイス(John Manduith)(1320年頃活躍)が彼の足跡を追い、オックスフォードで三角法と天文学とを講義するようなったのは、疑いなく彼の影響でした。 14世紀イングランドの数学者の中で最も優れているのは、「奥深い学者(Doctor Profundus)」として知られる、トーマス・ブラッドワーディン(Thomas Bradwardine)です。彼は、オックスフォードの神学教授であり、聖パウロ大聖堂の尚書院長(?)(chancellor)であり、リベラリズムの支持者であってカンタベリーの大司教として没します。 数学に関しては4つの著作を書いています。彼の「純粋(思弁的)算術(Arithmetica Speculatiua)」では、数の理論だけの著作であるボエティウスのモデルに従っています。彼の他の著作は、「比例論(Tractatus de proportionibus)」「純粋幾何学(Geometria speclativa)」と「円の求積について(De quadratura circuli)」でした。
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