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さて、インドの天文学者の中に、ヴァラーハミヒラという名の人物が二人現れます。一人は 202年頃、もう一人は 505年頃に生きていたと言われています。そのうち後者は、初期のインド天文学の著述家の中で最も有名です。 著作としては、占星術と天文学とを扱ったパンカ・シッダーンティカー(Panca Siddhan-tika)という著作が最も有名です。 彼はギリシア人の著作を評価し、次のように語っています。「ギリシア人は不純ではあるが、尊敬しなければならない。なぜなら、彼らは学問において訓練されており、その点で他の者たちより優れていたから。」 彼はヒンディーの教えが純粋だと考えていたのでギリシア人のことを不純だと言っていますが、学問の高さを評価していたことは注目に値すると思います。 ヴァラーハミヒラは、地球が球形であることを教えたそうで、この点は、中世のほとんどのヒンディーの天文学者たちに受け入れられていました。二つの著作がアルベルニ(1000年頃)によってアラビア語に訳されています。インドとギリシアやアラビアとの関係は、私たちが考えているよりは、近い関係であったようですね。
「アテネ、8月15日--アテネのアメリカ古典研究学校の考古学者たちは、今日、古代アテネの主要な公共の広場であり、世界で最も古い絶えず人の住んでいた場所の一つである、アゴラでの第12シーズンの発掘を終えた。」 特に何も言うことはありませんので、続きをいきますか。 「On the site of the museum the archaeologists this year found several hundred ostraka, pieces of pottery on which the Athenians of the fifth century before Christ scratched the names of persons they wished exiled for ten years. Themistocles, Hippocrates and Aristides were among the names.」 「ostraka」というのは、ギリシア語のοστρακον= a piece of earthware(陶片)の複数形で、貝殻(陶片)追放で用いられたものですね。Themistocles=テミストクレス、Hippocrates=ヒッポクラテス、Aristides=アリスティデスは、その陶片に書かれた名前だということです。背景知識としては、世界史の教科書でも開いてみてください。
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「是(ココ)を以て大学の始めの教えは、必ず学者をして凡(オヨ)そ天下の物に即(ツ)きて、其の已に知れるの理に因(ヨ)りて益(マス)ます之を窮(キワ)め、以て其の極(キョク)に至るを求めざること莫(ナ)からしむ。力を用うるの久しき、一旦豁然(カツゼン)として貫通しるに至りては、則ち衆物(シュウブツ)の表裏精粗(ヒョウリセイソ)、到らざる無く、而(シコウ)して吾が心の全体大用も明かならざる無し。此れを物格(モノイタ)ると謂い、此れを知の至(イタ)りと謂うなり。」 大学の教えの神髄ともいうべきものが簡潔に述べられている部分ではないでしょうか。 この著者は、「われわれは、格物をあまりに今日風に理解してはならない。それはやはり「読書」--それはもちろん経書をよむことである--もしくは日常の生活実践というものがあくまで中心であったのであって、例えば自然科学的研究という風なものは、その関心の主要部分をなしていたわけではない。」と書いておられるのですが、文献学的古典研究という立場からはそうだとしても、他の分野でも十分耐えられる内容ではないかと考えています。 今回は、島田虔次著「大学・中庸」(朝日新聞社)の「大学 伝第六章」からです。 「所謂誠其意者。毋自欺也。如悪悪臭。如好好色。此之謂自嫌。故君子必慎其独也。」
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