さくら物語
「さくら物語」
2004/06/28
家族の用事で青山の赤坂支所へ行く事になった。かなり歩いた。次の日、ホンダのトップサラリーマンであった○○さんの主催するセミナーにお邪魔した。彼はPrudentialにトレードされ、現在新しいビジネスを行っているらしい。その会場を捜しあぐね、かなり歩いた。その後新宿の紀伊国屋で△△さんと待ち合わせをし、現地へ行くのに走った。かなり走った。結局その日は、駅の階段を上りエスカレーターを降り、曲がって登って道を尋ね、またまた歩き回った。新宿の約束の時間に間に合わずダッシュダッシュの一日。何処を見ても人、人、人で真っ直ぐに歩けない、ぶつからないで走れない。こんなに走ったことは最近にない。福井では人密度が薄いから(私の住んでいる所なんて一日に人が30人くらい通ったら人ごみだ、と思う。でもこちらの人達は私の住んでいる所は町だと言う)何時もせいせいとしていて車での行動だから、こんなに歩いた事は久々であった。ようやく△△さんに再会し、アカシヤという洋食屋さんに案内してくれた。「ここの隣りが『Stick』といってJazz喫茶やっていた所なんだよ」すると60年も続いているというアカシヤの、なかなかモダンな白髪のオーナーが「DIGもあった。DUGもあったねぇ」洋食屋なのにBeerだけを飲んでいる私達に嫌な顔も見せず、柿の種をビールの前に置いた。私は新宿の地下から東口へそして紀伊国屋まで走り続けていたから、汗ダクで、よく冷えたビールが身体に染み渡りすぐに酔いは周り始めていた。「ねぇ、洋食屋さんなんだから何か食事しない?」お昼を食べそびれた私がそう言うと「いいよ、別の所でたべようよ」。オーナーが傍に居るのにと思いながらカウンターの中の彼をちらっと見る。直立不動である。私は△△さんの顔を見る。暫く会話が途切れ一本目のビールはすぐに無くなった。すると、△△さんは「Beer、もう一本ちょうだい」またしても料理じゃない注文。二本目を飲み始める。私はすでに目の前がグルグルと回り、早くここを出て正当な食事が食べたいと思っている。目の前の柿の種に手を伸ばしあたりを眺める。こげ茶色の木の柱やテーブルが置いてあり年代を感じさせる落ち着いた雰囲気の内装だ。私はこの店内を見て、ふと渋谷に有った『響』というクラシック喫茶を思い出した。店に入るとラフマニノフのピアノコンチェルトか何かが大音量でかかっていて、そこで人々はコーヒーを飲んだり、新聞を読んだり、待ち合わせをしたりしていた。店の端っこに階段が有り、そこから二階へと繋がっている。勿論、手すりも階段もこげ茶色の木で出来ていた。店の隅々にまで音は響き渡り気分はすっかりロシアになる。________
このアカシヤという洋食屋にも同じような階段が有る。二階が有るのかと思い階段の続く行き先を仰ぐと閉鎖されている。もう使われなくなってから久しいようだ。細長い店内は食事をするお客様で満席になっている。「洋食ーーーーオムライス、洋食ーーーーカツカレー、洋食ーーーー今日のお薦め、、、揚げソーセージ。??、一体何だろう」そうこうしているうちに二本目のビールが無くなり、△△さんの一方的な話も終わっていた。「出ましょう?何か食べに行こう。」そう言うとバッグを持ち足早に店内を出た。またここでビール飲まされたら堪らない。
外は相変わらずの人込みでビルの合間を縫って靖国通りに出る。「Dance」の看板を横目に仰ぎ歌舞伎町を通リ抜ける。たまに山姥族を見かけ「おぉ、まだ健在か」と△△さんに話し掛ける。ゴルフの打ちっぱなしの近くに来ると「ほら、ここ、JazzWorldの□□さんが演奏していた所」「あぁ、知ってる知ってる。昔のBandmanって********だよなぁ」「そうそう。***の大家」「ねぇねぇ、みんな死んじゃったよね。」「コルゲンでしょ、トコちゃんでしょ、エルビン、、、」「そうそう、この間○○さん来たよ、元気だったよ。ねぇ、ねぇお腹すいたから何か食べない?」酔いと空腹で会話に集中できないのか、私がそう言うと辺りはすでに韓国料理街。「なんか美味しそうだよ。『家庭の味』って書いてあるよ」私が言う。「もうちょっと捜してみようよ、他にもまだ有るよ」____おいおい、一体何時になったらご飯が食べられるんだ。まだ歩くのかい。_____「ね、ここに決めよ?美味しいよ。きっと『家庭の味』って所」「じゃ、その隣り行こう」「うん、もう何でもいいよ。ね。」
横開きの屋台を改造したような、決して綺麗とは言えない扉を開けると韓国語で私達を迎えた。ちょっと斜めになったテーブルに座るとメニューを探し「何にする?」とお互いに聞き合う。「ここってひょっとして焼肉屋じゃないの?」私が聞くと「ひょっとも何も焼肉屋だよ」____(--
;)
現在私が住む近所には焼肉屋さんがかなり多いのだけれど何処も低価格でとても旨い。兎に角、北陸に住んでいると舌が肥えてしまって都会の不味さが目立って仕方がない。不味い、高い、が東京の定番だから期待の無いまま出て来るメニューを待っていた。美人の韓国姉さんが外から七輪を運んでくると狭いテーブルの上に置き、手際良く店内を一人で切り盛りしていた。七輪の中の炭が赤々と燃え盛りその上に乗せられた網は今や遅しとばかりに焼かれる肉を待っている。「はい。おまちどさま、ロースね。」待ち焦がれた肉がようやくやって来た。しかし次の瞬間そのお皿を見て私は自分の目を疑った。な、なんと肉が4枚。たったの4枚だ。しかも薄い。こ、これで\1,200−?私は目の前に座っている△△さんをマジマジと見た。△△さんは慌ててメニューを取り出し金額を確認しているようであった。そして「こ、これロースだよねえ」「うん、ロースみたいだよ。」そうこう言っているうちに「はい、タン、おまちどさまあ」韓国訛りの綺麗なお姉さんは淡々と運んでくる。今度はその皿を二人で覗き込んでしまった。「タンだよね?」「うん。タン。」「何枚?」「1,2,3,4、、、5。5枚だ1枚多いよ」と私。またしても△△さんはメニューを出して来て金額を確認している。「タン、、、えっと、、\1,500-」「高いんじゃない?」と私。だがそんな事は言っていられない。空腹には勝てずそのわずかな肉を網の上に乗せ始めた。火力が強いせいか、肉が薄いせいかすぐに火は通リ、やがてあっという間に口の中に消え、大きな皿だけが残った。「他に何頼んだ?」と△△さん。「野菜サラダ」と私。「焼酎頼もうか。他にも頼んでいいよ」そう言うと美人の韓国姉さんを呼び寄せた。「すみませ〜ん、あの、焼酎って何が有るの?」と△△さん。「はい、しょちゅうね。かんこくのお、さけ」そう言うとガラス張りになっている小さな冷蔵庫から緑色のビンを取り出した。「それいくらですか?」と△△さん、「えっとお、ごひゃくはちじゅえん」「じゃ、それください。」
酔いはだんだんに回って来てお互いに銘々、違った話をしている。それでも共通のJazzという話で繋がっているのでなかなか心地良いものがある。「さくらちゃんの住んでいる所はどうなの?Jazz盛んなの?」「う〜ん、プロでやっている人は私の知っている限りでは一人しか居ないと思うけど。他はみんな『俺はJazzやってるんだ。他のアマチュアとは違うんだ。』でもそれ以上を要求されると『楽しけりゃいいんだ、俺には他に仕事が有るんだ』って開き直っちゃう人が多いね。だから自分は行動出来ないけど与えられればやってあげますよ、みたいな姿勢、、、。それに人口少ないから案外大事にされちゃって、結構いい思いもさせてもらったり、ギャラなんか貰っちゃたりすると、もうすっかり気分は芸能人。それに言われ慣れてないからちょっと何か言われると逆ギレするみたいな。男尊女卑も強くて信じられないような立場の人までセクハラばんばか(笑)でもこういう人ってセクハラ的判断で物事を言っている時点で、もうすでに、おやじモードなんだから若い感性なんて取り入れられるはずもないよね。永久に。頭が固まっちゃてるんだから。演奏が物語ってる(笑)そもそもチューニングが全然アマいの。でも平気で演奏してんだよね。どういう神経してんのかなって時々頭ひねっちゃうんだけどね。そうじゃない人も居るけどね。本当に音楽を愛していて音楽に熱心な人もいるよ。感謝の心も忘れないしね。」「じゃあリーダー大変だねぇ」「う〜ん、だからすぐに解散したくなっちゃうらしいよ」「昔は結構イビリなんか有ったりしてねえ、先輩後輩の立場もきちんとしてたけどね」と△△さん。「でもその周りのJazzや音楽を盛り立ようとしている人達は熱心でいい人達が多いよ」と私。
そうこうしているうちにお腹も一杯になり美人の韓国お姉さんの居る店を後にした。元来た道を戻り雑踏の中を楽しくうねっていると「ラーメン食べよう」と△△さん。「桂花」という店に入った。メニューは三種類しかなく桂花ラーメンを注文する。出て来ると豚骨仕立てらしくスープが白い。私は豚骨は苦手なので1/3しか食べられなかった。それに酔い過ぎてしまって世間も他人もあったものではない状態。久々の都会の空気や雑踏が気持ち良く、この集いがアルタの前で解散した後も一人東口の広場でトロトロとしていた。終電に向かうべく大量の人々が駅へと雪崩れ込む。それはまるで民族の大移動のようでもある。広場はストリートライブの歌とギターで賑やかな群集を作り上げ、都会の夜は終わらない。______私の今住んでいる所、、、、この間『蛍』を生まれて初めて見た。そのささやかで優しい光を見て感動してしまった。足元の近くに寄って来て光を放ち、少しも逃げようとしないその蛍を見ていて涙が出て来てしまった。____そんな事をふと思い出し都会のネオンと対比させている。私は都会が好きだ。無関心だけれど自由な都会の気質が好きだ。人と人がぶつかる程に近いのに、心同士の距離が適当にある、そんな気質が好きだ。蛍のいる所は人と人が遠いのだけれど、でもいつも隣の人の事が気になって心の中にズカズカと入り込んで来る。蛍の居る所は空気も良いし、水も食べ物も美味しい。東京の魚は生臭い。肉も薄い(笑)。
ストリートライブの渦から遠巻きに、私はドームの周りのコンクートリに座り込む。そんな事が ああでも無い、こうでも無いと脳裏を掠める。左隣りは髭ぼうぼうの浮浪者。右隣りはMailのやり取りに余念の無い人。都会は色々な人が蠢き犇めき合っている。
ビジネスはどうなのだろうか、、、。兎に角仕事をしなければ生きて行けない。国民年金も払えなくなる。ばばあだから企業にも就職出来ない。(笑)数字は苦手だから音楽しか出来ない。「私はマルチモードでなんか決してない」目の前を通リ過ぎて行く人々を眺めながら静かに呟いていた。だがかなり酔っている為しっかりとした言葉になってる訳ではない。もうこうなると始末が悪い。(笑)バックベルトのヒールを脱ぎ捨てるとコンクリートの椅子に座り直しバックから携帯を取り出す。実際にはPHSを持っているのだが「何でPHSなの?」と友達に聞かれると「病院の中でも使えるからよ」と答えている。そのPHSを取り出すと400件からの登録の中からカラミ専門の人にカーソルを充てボタンを押す。都会の騒音とストリートの音楽でコール音があまりよく聞こえない。相手はなかなか出てこない。「ばかやろう、早く出ろ!」と言った途端に「もしもし」。「あのねえ、今電話してんの」酔っている為ちゃんとした言葉にならない。「どっから電話かけてるのかな?」と相手。「新宿だよ。し・ん・じゅ・く。酔っ払っちゃったんだよね」そんな事言われなくても聞けば分る。何しろまともに話が出来ないのだから。更に訳の判らない喋りは続く。さくら自身は現場中継ならぬ現地のリポートを織り交ぜた話を続けているらしいのだが、ライブの音と騒音で実況中継など要る訳がない。暫く聞いていた相手も「早く電車に乗りなさい。俺ね、これから風呂に入るんだ。ね?」そうだよ、この暑さだもの私だってお風呂に入りたい。絡みたいと思って電話したのにすぐに納得してしまったのか、電話を切ると、足元に散らばった靴を突っ掛けるように履いた。目の前の群集の流れに吸い込まれると、そのままJRの駅まで押し込まれるように消えて行った。
「さくらちゃん、こんにちは。何しとるんや?」
「あ、おばさん、暑いね。もうダレまくってるのよ」
「本とやあ。暑いのお。さくらちゃん、うちで取れたインゲンなんやけどお、食べんか?」
「あら、おばさん、有難う。食べ物は大歓迎よ。取れたてだからきっと美味しいに決まってる。」
「さくらちゃん、最近仕事に行かんみたいやけどどうしたんや?止めたんか?」
「うん。まあ、そんなとこかな。会社都合の退職にして貰おうと思って有休使ってるのよ。」
「会社止めるんか。なんでや。食べて行かれんやろ?」
「うん。でもいいのよ。あたし、、、資格持ってるけど、、、、数字苦手でしょ?それにあたしって不器用だから、色々な事出来ないんじゃないかと思って、、、。それに音楽の方が今忙しいのよ。」
「そやけどお、安定せんやろ?」
隣りに住む洗濯屋のおばさんはフェンス越しに15坪程の畑を持っている。春になると土を耕し、草を毟り、実りの時期の喜びを知っているのか、いつも手入れには熱心であった。今年は空梅雨の為、早めの収穫となったのか出来たてのパリパリとしたインゲンを持って来てくれた。
「会社辞めてえ、この後どうするんや?」フェンスの隣りは駐車場になっていて、最近、毎日さくらの車が止まっているのを知っていた。
「うん。音楽一筋よ。」
「昨日、さくらちゃん、大きく新聞に載っとったねえ。コンサート有るんやってねえ。」
「うん。有難。」
「そうや。うちの連れ合いがのお、采静会に通ってるんや。」
「おじさん、何処か悪いの?」
「そうなんや。3年位前にの、ガンになってえ、手術して、今采静会病院に通ってるんや。さくらちゃん、采静会でもピアノ弾いとるんやってね。この間、うちの連れ合いが言うとったわ。」
「そうなの?少しも知らなかったわ。で、おじさん、今は良いの?」
「うん。今はすっかり元気になって、毎日のんびりと好きな事やっとるわ。」
「そお。良かったわ。おじさんが采静会病院に来てるなんて全然知らなかったわ。たまには声かけてね。」
「そうやねえ。ほんと、ほんんと。でも、好きな事も何でもお、身体が動くうちしか出来んからの?身体あ、動かんようになってからあ、あれもやって置けば良かったとかあ、これもやりたかったんや、とか言うてもの?遅いやろ?せいぜい、さくらちゃんも頑張ったらええんや。」
「はははは。そうだよね。やがては皆、動けなくなるね。はははは。動けなくなるまでピアノ弾くよ。」
「ははははは。私は畑やるでの?しかし、暑いのお。身体気いつけや。じゃ。」
そう言うと隣りのおばさんはまた畑仕事に戻って行った。
実際、数字に追われプレッシャーを感じながら送る日々を考えたら精神衛生上、今の生活の方がどれだけ良いか分らない。今年のように毎日、晴天に恵まれ爽やかな朝を迎えていると楽天もビーンズも後回し、という気分のさくらであった。
__そう、いいのよ。もう会社辞めたんだから、、、。だって見て御覧なさいよ。数字ばかり考えている人達の顔。帳面ズラの数字は上がってるかも知れないけれど、実際の儲けって少ないのよ。じゃ、誰が一番儲かってるのかしら、、、それはやっぱり企業の上層部と中間搾取者よ。私は演奏家だからそんな事まで考える必要も無いのよ。そんな事を余り考えていると感性が摩滅するわ。テクニカルな部分を維持して行くだけだって大変なんだもの。ピアノを弾くってすごく体力が要るしね。それに耳も疲れるし余り長く聴いていると、どんな音でも耳に入って来てイライラしてくるから、静かな所で神経を休ませてるのが丁度いいのよ。頭はマルチでも身体は一つ。_____そんな訳の分らない事を考えながら床中、所狭しとばら撒かれた譜面をチェックしていた。電脳箱には「Finale」という譜面ソフトが昔から入れられてあるのに、さくら自身は「何だか重たくて使いずらくて、それに電磁波も気になるし、、。」とそう言いながら、結局手書きで済ませてしまっている。「私、手書きが好きなのよ。何だか譜面に音楽が乗り移って行くような気がして」 そんな事が有るはずもない。各パート譜を一人づつ書かなければならない作業時間を考えたら馬鹿々々しい事をしているものだ。さくら自身も確かにそれを感じていながら、手書きを止める事が出来ないでいた。
そうこうしているうちに辺りが急に暗くなり稲妻の音が外から響き出した。ゆっくりと青い空を食べるようにやって来た黒い雲はやがて空一面を覆い尽くすと稲妻が一直線に横に走った。「きゃーっ。私雷嫌いなのよ」そう言うと一目散に干していた洗濯物を取り込みに外へ出た。ゴロゴロゴロゴロ、、、、。空がピカっと光った。次の瞬間ドッカーンともの凄い音がした。大自然の脅威を思い知らされる一瞬である。「そう言えば、稲妻が横に走ると地震が有るって何処かで聞いた事があるんだけれど、、、。横に走ってるよ、横に。大丈夫かなあ。何処かで地震が無ければいいのに。」そう言いながらさくらは洗濯物が濡れないように慌てて部屋に戻った。やがて雷の凄まじい音と共に大粒の雨がパラパラと降り出して来た。やっと雨が振り出して来たのだ。何しろ今年は梅雨の時期なのに、毎日のように猛暑に見舞われ人も動物も作物も、皆この雨を待っていたのだ。さくらの友人、香奈枝は空が暗くなるとわざわざ電話をかけて来た。「さくらちゃん、今に雨が降るよ。窓はしっかり閉めて置いた方がいいよ」「え?雨が降るの?良かったねえ。これで少しは涼しくなるね」「いいから、これから始まる稲妻ショーを見ててご覧」そう言うと電話を切った。確かに香奈枝の言う通り、凄まじい閃光と地の底まで沈み行く雷鳴がまもなく始まった。それはまるで神から使わされた龍が奏でる天空の舞の様でもあった。土地の人達は自然と共に共存し、生活している為かまるで猫のように天候には敏感なのだ。___入道雲が出て雷が鳴り夕立が降って来る。___こうした出来事はさくらの子供の頃、夏休みによく見られる光景であった。夏休みの宿題には決まって入道雲と麦藁帽子の絵を書いていたものだ。しかし最近都会では余り見かけない。
雨が止むと多少涼しくなり、遠くから選挙カーのスピーカー音が聞こえて来た。「最後の御願い、、、今度の日曜日は○△※□をどうぞ宜しく御願いいたします。」選挙の御願いは何処も同じようである。「不信感を払拭すべく、、、、どうか皆様ご理解を賜りまして、、、、」____理解をしてもう何年経つと思っとるんや。____以前、同じような選挙演説に対してこんな事を言っていた人が居た。全くだ。何をどお理解せえ、と言うんや。「私はやっぱりK党だ!!」などと一人ブツブツ言いながら、たまに見るTVのコントローラーを捜すさくらであった。そしてまたもやエアーコンディショナーのコントローラーをTVに向けているさくらでもあった。
ここの処、コンサートが近い為か毎日のようにピアノに向かうさくらではあるが「やっぱり田舎ってつまんないな。」とボヤキ始める。練習に疲れると身体を休めるか、或いは他の刺激を求めて家中をウロウロする事がある。刺激といったらたまに覗く近所のローカルネットのローカル毒舌くらいの物なのだ。しかもこれが酷い。お互いに知り合いとみえて言いたい事を言い合う仲のようなのだが濃き折しに輪を掛けて誹謗や中傷は茶飯時(日常茶飯事)なのだ。更にエスカレートし殆ど会った事も無いような人達の事まで書きまくり、平然としている。これじゃまるで町内会の回覧版のようだ。どうやら福×は知名度の薄さNo1だけでは無く、マナーの悪さもNo1のようなのだ。(笑)そして更にここの管理人がまたすごいらしい。見ていると本人はかなりの金持ちの御曹司で、著名人を山ほど知っていて、多くの人に施しをする程に善良で、動物や自然をこよなく愛し、人の倍は働いて、尚且つ趣味も高尚で、何より目立ちたがり、というイメージらしいのだ。もしそのイメージから少しでも外れるような書き込みが他からあったりすると、大変なのだそうだ。相変わらずの毒舌と誤字脱字による書き込みでそれはもう、大騒ぎになるらしい。さくら自身、そんな事しか刺激にならない環境に苛立つ事も有るのだが、ここの蛍と食材の旨さについ長居をしてしまっている。そして何より、さくら自身も最近はこの田舎気質に漬かり始めているようだ。そうしないと生きて行けないからなのだろうか。(ヤバイ)何故こんな気質なのだろうか、、、。さくらは練習の合間にこんな事を考える。__雨が降ればドカーっと降り、夏になれば容赦無く太陽が照りてけ、冬になれば水分の多く含んだボテっとした雪が何時までもいつまでも降り続き、大そうな雷が鳴り、更には震災に見舞われ、コツコツコツコツと働く事しかやって来なかったからなのだろうか。繊細でデリケート、ナイーブで神経質なんていう部分は人々の身体の中には必要無いのかも知れない。自然が厳しいから生きて行くのに精一杯だから、文化だ芸術だ、などと言っていられないのかも知れない。「清貧」なんて言葉はこちらには無いのかも知れない。___どうやら、ここの気質がそんな風にさくらの心には映るらしく、都会とは大分違う刺激のあり方に大きな戸惑いを見せているようだ。都会は色々な考え方の出来る場所で、こちらのように、実際の「家」に執着したり「お金」に執着するという事が余り無い。勿論、都会は物価も高く北陸でのアパート代が都心の駐車場代と同じ位なので家や車に執着していたら人生を何回やっても幸福な人生にはならない。そういう事を都会の人達は知っているのだろう。人それぞれの人生において皆、それぞれ、執着する部分が違う。違って当然で町内会全部が一緒、という事はまず有り得ない。勿論、都会特有の「お受験」や一億総芸能人のような所はあるが、ミーハーばかりで出来上がっている集団でもない。本当の知識人が居るし、本当のエリートが居る。本当のお金持ちが居て、本当に才能のある人達が沢山いる。よく都会は表面ばかり着飾って実が無い、表面のかっこ良さがステータスになっている、と思われがちだが、巨大な都市が洗練されて行く事に抵抗を感じる人々は誰もいない。さくらは以前こちらでエイト○レブンの筆頭株主だという人に会った事があるのだが、確かに10億円の家を自慢していた。だがお茶を入れる急須はP2で買った¥290ーの急須であった、といつも友人に話している。どうやらさくらはこちらの人々の心や価値観や生き方が、まだまだ多様化されていない処に、苛立ちを覚えているのかも知れない。さくらの会った筆頭株主(個人)は最後にさくらにこう言ったそうだ。「こうやって、何でも周りに有ると人間、何にもせんもんじゃのお。いつでも出来ると思うんやろね。ザイゴ(田舎)やでの。」
_____(これはフィクションであり、登場する、人物、名称、団体等、実在のものとは一切関係有りません)____