農業水利施設の予防保全
●はじめに 現在、農業用水利施設の整備はほぼ完了しており、今後、新たな施設の建設は殆ど考えられない。一方、現在ある施設の多くは耐用年数を迎えており、その更新が必要となっているが、景気の低迷と農業所得の低下により、その事業化が容易で無くなっている。このため、国は今後の農業農村整備事業の展開の中に「ストックマネージメント導入による農業水利施設の有効利用」を掲げ、施設の予防保全(施設が致命的な損傷を受ける前に適切な対策を実施すること)を行うことによって大規模な更新事業の低減を図る施策を打ち出している。 ここでは、今後、増大すると予想される、このような事業に対しての基礎知識となるであろう内容をまとめる。 ●農業水利施設の現状と今後の事業展開 1)2) 国営土地改良事業等により造成されている基幹的な農業水利施設は、ダム1,022ヶ所、頭首工3,011ヶ所、用排水機場2,508ヶ所、農業用排水路は全国で延長約4万kmにのぼると言われている。 こうした施設の多くが、耐用年数の経過により順次更新時期を迎える事になるが、これらを即時に再建設するのではなく、施設の長寿命化を図り、既存ストックの有効活用を実現することが国民経済的視点から不可欠とされている。 このため国では、長寿命化に向けた予防保全の観点から、機能診断、更新時期の判断を行い、予防保全基本計画を策定する「国営造成水利施設保全対策指導事業」、予防保全基本計画を踏まえて、施設管理者が新技術等を活用しつつ、長寿命化のための劣化原因の除去や劣化防止対策等を実施する「国営造成施設保全対策事業」を今年度から実施する。 一方、県営造成施設については「農業水利施設保全対策事業」としてH14年度より事業が実施されている。 また、機動的な更新整備の観点から、老朽化の度合いに応じた事業分割により、効果の早期発見と償還ピークの短縮を図るため「国営かんがい排水事業」の拡充、県営造成施設について、緊急的に更新整備をしなければならない、地域の用水機能に大きく支障を及ぼす頭首工、用排水機場等の点的施策を対象として緊急かつ集中的に更新整備を行う「農業水利施設緊急更新整備事業(H14~)」が進められている。 ●農業水利コンクリート構造物の予防保全 3) 4) ◆コンクリート構造物の劣化の実態 農業用施設の多くはコンクリート構造物であり、予防保全の対策を考える時、コンクリート構造物の劣化が主な対象となると思われる。1999年に行われた全国的な調査によると ①ジャンカ・変色による外観変状、ひび割れ、剥離、さび汁、鋼材露出は施工年度が古いほど悪化している。 ②設計基準強度とかぶり最小値が規定された1978年以降に竣工した構造物については、コンクリートの密実性やかぶり不足に起因する中性化による劣化事例は少ない。 ③塩害については、1986年の塩分総量規制以降に竣工した構造物については問題無かった ④アルカリ骨材反応に関しても、この対策が制定された1986年以降の構造物について劣化の事例は認められなかった。 このように、近年に施工された構造物については、中性化、塩害、アルカリ骨材反応による劣化は少ないが、現在耐用年数を迎えている構造物については、劣化の原因に種々の要素が含まれていると考えられる。 ◆ひび割れの種類と工法の選択 コンクリート構造物の劣化を示す最も明確な現象が、ひび割れである。ひび割れは、その発生原因から次の3つに大別される ①施工時に発生した乾燥収縮、温度応力によるもの(初期欠陥) ②衝突や地震により発生したもの(損傷) ③中性化の進行やアルカリ骨材反応によるもの このうち、①と②については、今後のひび割れの急速な広がりは考えがたく、②については今後、時間の経過に伴って成長する可能性がある。 ひび割れに対する補修・補強の対策は、ひび割れの発生のメカニズムを踏まえた工法の選択が重要である。 ①温度応力によるひび割れ(通常、壁スパン中央付近などに躯体を貫通して発生する) これについては、漏水を止める線的な補修をすれば十分である。 ②中性化によるひび割れ(鉄筋が腐食し体積膨張してそのかぶり部分に顕在化する) 中性化によるひび割れ補修は、劣化の進行状況に合わせた方法で行う。劣化の進行が軽微な場合は、透気性の小さい被覆材をコンクリート表面に貼って、また劣化が鉄筋にまで進んで いる場合は、鉄筋の腐食を抑制するために、透気性・透水性がともに小さい被覆材を貼って進行を止める。鉄筋の腐食が進んでコンクリートにひび割れや剥離が生じている場合は、そのコンクリートを取り除き、鉄筋の錆をよく落と したうえで、モルタルやエポキシ樹脂モルタルなどを充填してから被覆材を貼る。 ③アルカリ骨材反応によるひび割れ(躯体内の反応生成物が膨張して亀甲状に発生する) アルカ骨材反応による劣化の補修の基本は、外部から水が補給されなくすることである。ひび割れ注入工法、表面処理工法、充填工法などの補修工法がある。劣化は開始期、進展期、停止という経過をたどるので、補修対象がどの時期にあるかを判断することが、補修材料の選択・工法の選定には重要となる。 ●農業用管水路の予防保全 5) 農業用施設の老朽化が進む中、管水路(パイプライン、暗渠など)についても例外ではなく、その機能保持のための補修・改修が必要になっている。管水路の補修では、下水道分野で開発された非開削の補修工法である「管更正工法」の採用が増加の傾向にある。 ◆管更正工法の概要 管更正工法はその施行方法によって下記の4タイプに大別される ① 反転工法 熱または光等で硬化する樹脂を含浸させた材料を、人孔やスタンド等から既設管内に空気圧や水圧を用いて反転加圧させながら挿入し、加圧状態のまま樹脂を硬化させて更正管を構築する工法。 ② 形成工法 更正材を加圧して既設管内径まで拡張し、温水、蒸気、光等で圧着硬化させる工法と、加圧拡張した材料を冷却して硬化させる工法があり、用いる材料に応じて使い分けられる。 ③ 製管工法 既設管内で硬質塩化ビニル材等をらせん状に巻き、嵌合させて製管を行い、この管と既成管との間にモルタルを充填し、一体化した管を構築する。 ④ 鞘管工法 既設管より小管径のパイプ(新管)を挿入、接合し、既設管との間隙に充填材を注入して一体化させる工法 ◆工法選定上の注意事項 ①強度と耐久性 反転工法や形成工法などの現場硬化型よりも、製管工法や鞘管工法などの工場成形型の方が信頼性が高いと考えられる。特に、不飽和ポリエステル樹脂は水分による硬化障害が多く、注意を要する。 ②管通水断面の保持 反転工法と形成工法は既設管の内側に沿う形で更正されるので管径の縮小は少ないが、製管工法と鞘管工法はその工法特性から確実に1~2サイズ管径がダウンする。 ③耐内水圧性能 反転工法や形成工法の自立管タイプ、及び複合管タイプである製管工法、ならびに新管を用いる鞘管方向は外圧にたいして自立可能であるが、内圧に対する安全性の確認が必要である。 ④環境への配慮 不飽和ポリエステル樹脂を用いる現場硬化型の反転工法と形成工法には、低粘土化のためのモノマーとしてスチレンが配合されている。このスチレンが硬化時に揮発して環境問題を引き起こす事があるので注意を要する。 ●予防保全の技術 ネット上に紹介された、予防保全に関する技術を下記に示す
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参考文献 1)農林水産省 関東農政局利根川水系土地改良調査管理事務所ホームページ 農業用水利施設の予防保全 2) 農業土木技術士会総会講演資料 3) 農業土木学会誌 02/12 「農業水利コンクリート構造物の更新と維持管理」 4) 石川県土地改良事業団体連合会ホームぺージ コンクリート構造物の補修と補強~その2~ 5) 農業土木学会誌 02/12 「農業用水管水路の改修工法」 |