私はこうして合格した

● 私は合格した
  私はこの度やっと技術士になることができた.。そのことを仕事上の関係者に伝えると、「よく受かったなあ」という言葉が返って来る事が多い。これは「下請なのに、技術的体験が重視される経験論文のある試験に、よく受かったなあ。コンサルにいる自分たち(または部下達)でも難しいのに」と言う意味が込められていると思われる。以前、「下請じゃあ、技術士は無理だ」とはっきり言われたこともあった(その人は、何度も挑戦してまだ合格していない)
 実際、最初に受験を志した時、一番のネックは経験論文のネタであった。下請では計画から入るような業務は少なく、あったとしても小規模なものしかない。急ぎの図面、数量ばかりやっいる下請屋には、誇れるような業務など何もない。しかし、私は合格できた。ボーダーラインぎりぎりの点数だったかも知れないが、とにかく合格できたのである。
 ここに示す内容は、私の「自慢話」でしかないが、同業者や中小コンサルの方で技術士受験を躊躇している方や諦めかけている方がいたら、是非、参考にしていただきたいと思っている。

● 合格の経緯
◇1回目 (H12年度)
 経験論文のネタは、「下水処理水を取り込むファームポンドの設計」 一見、立派な業務のようだが、実際やったことは大したことは無かった。しかし、他にネタが無いのでこれで行くことにした。
答案用紙を書き尽くせば合格できると考え、筆記速度を上げる訓練をしたが、書けたのは経験論文だけで、その他の記述問題は筆記速度以前の問題で答案用紙を埋めることができなかった。
 
◇ 2回目 (H13年度)
 経験論文のネタは1回目と同じとしたが、再度読み返して見ると今ひとつインパクトがない。そこで、関連資料を集めて、かなりの厚化粧をした。その他の問題についても、前回の反省から想定問題を2から3パターン用意し、これを何度も読み返し、暗記して試験に臨んだ。
 この年から択一式が取り入れられ、農業一般の記述問題の回答枚数が減ったため、時間的に楽になり答案は全て書き尽くす事ができた。しかし、結果はNGであった。理由としては、誤字、脱字の多さがまず思い浮かんだが、それだけでは無かったようだ。

◇3回目(H14年度)
 2回めの不合格の原因を考えてみた。まず、経験論文。読み返してみると立派なことが書いてあるが、技術論のみで今ひとつ何かが足りない、料理で言えば、コクとウマ味が無いような感じである。そして、何よりも飾りの多すぎる文章には説得力がない。
 経験論文以外の問題では、答案用紙を書き尽くしたことに満足していたが、暗記したものをそのまま書いていたため、冷静に問題文を読み返すと、問題の趣旨に合っていない回答を必死になって書いていたことに気付いた、つまり、何の役にも立たない作業に無駄な時間と体力を費やしていたのである。
 3回目の挑戦は、このような反省から始まり、結果、筆記試験の合格通知を受け取ることが出来た。胃の痛む思いで望んだ口頭試験も何とかクリアー出来て、やっと技術士になれたのである。
3回目の挑戦にあたっての具体的な内容を以下に紹介する。

経験論文について
 2回目までのものは、業務内容自体は特異な事例として仕上げたが、それに取り組んだ役割が技術士としてふさいと言うにはインパクトが欠けていた。さらに、業務を行った年度が古く、仮に合格点が取れたとしても口頭試験で
「こんなに昔の業務を取り上げたのは何故ですか?」
「はい、その後、ろくな仕事してませんので」
「そうですか、では、不合格です」
となってしまい、また、無駄な努力を繰り返すことになる。かといって、ネタになりそうな業務が思いつかない。そんな時、たまたま近くを通ったので立ち寄った、以前、設計したファームポンドを眺めていたら、「これでいけるかも知れない」と思えてきた。
 この業務は道路工事にともなうファームポンドの移設工事の設計で、設計そのものは大したものでは無かったが、発注形態が複雑であったため、移設工法の検討や、施工方法などの検討で随分苦労した。「このことをまとめれば経験論文になる」 再チャレンジするためには、そう思うしかなかった
 まず”技術士としてふさわしい点”を何にするかを整理した。所詮小さなファームポンドの移工事であるため、高度な技術は必要とされなかったが、強いて挙げれば
1.移設工法の検討を行い経済的で有効な工法として、2連式のファームポンドを考案した。
2.工事期間中の仮ファームポンド容量決定にあたり、設計基準等による決定法ではなく、水使用の実状を考慮した容量決定を行った。
3.既設のファームポンドが満水状態のとき、これに接して新設のファームポンドを施工する仮設工法を考案した
 以上、3点ぐらいが使えそうだったので、これを元に、新しい経験論文を作ってみた。結果、前回に比べアピールするものが明確な論文となり、自分なりに満足出来るものになった。

 試験が迫ってきたころ、経験論文の暗記を始めようと再度読み返してみたら、何かまだ物足りなさを感じた。試験で問われるのは、技術的体験、専門知識及び応用能力である。
◇技術的体験→農業土木の業務を責任ある立場で履行したことは書かれている
◇専門知識 →畑かん用水の水使用の時間的集中を考慮したこと、仮設工法を考えるときの構造に配慮などで専門知識は表現してある。   
◇応用能力→移設工法や仮設の工法を考案したことが応用能力のつもりでいた。しかし、単なるアイデアでは応用能力ではないうえ、施工法や仮設に関する考察は、土木技術であり農業土木の技術ではない。

 十分満足していたはずの経験論文であったが時間をおいて見直してみるとまた違ったところが見えてくるものである。そこでもう一度”技術士としてふさわしい点”の見直しを行った。発注形態が複雑であったため苦労したことを思い出し
○事業費の出所であり、ファームポンドを道路建設の障害物としか考えず、経済的な移設工法の検討を強く要望した県土木部
○移設工事は農業サイドに何ら利益をもたらすものではなく、いわば迷惑行為であるとの認識から、何らかの補償行為を求める、施設の管理者であり、直接の業務の発注者である土地改良区
 この両者の勝手な意見に振り回されて苦労したことを、「認識の異う両者の意見を聞き、客観的立場で判断し、公平かつ有効な設計を行った」と表現し、これを”技術士としてふさわしい点”とし、それぞれへの説明を行った体験の中に、経験に培われた農業土木の応用能力を織り込むよう、再度、書き直しを行った。
 また、H13年度には、設問のなかに波及効果を問う表現があり、最後のまとめ方に困った経験があったため、結びの形を「現時点の評価及び今後の課題」とするものと「現時点での評価と波及効果」の2タイプを用意した。

試験当日は、丸暗記した原稿をひたすら書いただけで、時間は十分あり、2回読み返してもまだ余るほどの余裕であった。
 
専門選択問題
  専門選択問題は経歴や役職に関係なく勉強すれば点を取れる問題であり、経験論文がどんなにすばらしくても、ここで合格点が取れなければ始まらない。経験論文はあらかじめ用意したもので勝負出来るが、この問題はそうはいかないため、実力が問われるのはむしろ専門選択問題であるといえる。

◇T-2-1 (一般的専門知識を問う問題)
 前年度の問題や話題性を考慮し、学会誌や農水省HPを参照しながら次の3つの想定問題に対する回答を作成した。
   ○農村整備及び自然環境の保全又は整備(13年度問題)
   ○ 土地改良施設の環境保全機能について (上記からの予想問題)
   ○土地改良施設の適正な管理について(13年度問題)
  これらに絞った根拠は、前年に土地改良法の改正があり、環境への配慮や、土地改良施設についての報文が学会誌等に多く見られ、資料収集が楽であったこと、同理由により問題として取り上げられる可能性が高いことから、こららの内容を含む3パターンの回答例を作っておけば、当日、問題文の表現に応じて多少の修正を加えることで対応できると考えたからである。なお、何故3案かと言うと、それ以上用意しても覚えられないからであった。

実際の試験では、「次の中から、1つを選び、農業土木技術の役割及び展開方向について、あなたの意見を述べよ」として、7つの選択肢があったが、この中で答えられそうなのは
  ○自然環境との調和に配慮した農村の整備
  ○土地改良施設の管理と更新
であった。このうち、後者のほうが原文に近い形で回答が可能であったため、管理について書いた原文に、更新の言葉を所々追加して、悩むことなく回答文を書き上げることが出来た。要するに、ヤマがあたったのである。

◇T-2-2(専門知識を問う問題)
  この問題は毎年2問選択して、その技術的問題点を述べる形式となっており、その選択肢も毎年ほぼ同様の工種となっている。しかし、よく見ると問題文の表現が微妙に違う。
農道についてみると
 12年度は、路線選定及び幅員の決定にあたっての注意事項
であったのに対し
 13年度は、路線選定及び舗装の決定にあたっての注意事項
となっていた。
 前回試験では「ため池」と「農道」を準備していたが、この微妙な変化についていけず、農道に関する問題に十分な回答が出来なかった。この問題は、工種の選択はあらかじめ可能ではあるが、その内容についてかなり広範囲の知識が無いと対応出来ないようである。
 
 前回の失敗を踏まえ、今回は農道をやめ、
  ○ため池改修工法の決定に当たり技術上留意すべき点
  ○環境との調和に配慮した水路の設計について技術上留意すべき点
 の2つを準備した。前者については、農防災の一工種として「ため池改修」を取り上げるもので、実務での経験も多かったことから、初回から回答例を作成しており、留意する事項が調査・設計であろうが、工種選定であろうが、何でも対応可能であった。
 後者については、農道について計画レベルからの経験が無く、現時点での知識や資料に限界を感じたため、話題性があり、T-2-1用に用意した資料や知識が利用出来る、環境関連の技術にヤマをかけてみたのである。

実際の試験では、まず「あなたがT-1(経験論文)で取り上げたもの以外の2つを選び」の文章に戸惑ってしまった。この文章の意味を経験論文で書いた「ファームポンド」ととるか。専門とする事項で挙げた「かんがい排水」ととるかで悩んだが、選択肢の内容からして「かんがい排水」ととるのが妥当と思われた。となると、「ため池」は農地防災にするとして、環境に配慮した・・・は「水路の設計」であり「かんがい排水」に含まれてしまう。しかし、回答が出来るのは
 ○農地防災・保全事業の1工種を挙げ、調査・設計における技術上の留意すべき点を延べよ
 ○農業土木工事の1工種を挙げ、環境に配慮した又はコスト縮減に考慮した設計・施工について技術上留意すべき点を延べよ。
の2つしか無かった。

前者については、ため池について用意した原文にたいし、調査・設計と言う言葉を表に出す形でまとめたが、内容的には殆ど準備した通りのものだった。
後者については、問題文への配慮から
「環境との調和に配慮した水路(環境対策として)の設計・施工について技術上留意すべき点」
と題して、準備した内容に施工に関するものを若干付け加えて対応した。このことが試験官にどう解釈されたのか分からないが、結果的には合格点がもらえたようである。
     
必須問題
 これは農業部門全体にわたる一般的専門知識を問う問題であり、農業土木のコンサルにいても計画部門担当でないかぎり普段縁の無い世界であるため、苦手分野と考える人も多いことと思う。しかし、これについても合格点をとらなければ、他の問題にかけた努力は酬われない。
  
◇U−1 択一式
  択一式の導入により、記述式問題にあった時間の壁が取り除かれたが、反面、出題範囲が無限に広がり、その対応に苦慮させられる結果となった。
 私はこれを、「勉強しても仕方ない」状況と受け止め、試験直前に農水省HPからダウンロードした農業白書の要約版を読んだだけだった。結果、15問中7問しか出来ず、これによる点数不足を心配したが、記述式との点数配分が低いのか合計では合格点に達していたようだ。

◇U−2 記述式
 毎年「食料・農業・農村基本法」の基本理念に関する問題のため、「自給率向上」「食料の安定供給」「農業の持続的発展」「多面的機能の発揮」についてまとめておけばよいと思われたが、全部用意しても頭に入らない。第1回目からの準備で、個々について一応は回答例が出来ていたため、それを読み返して、一番まとまりのあると思われた「農業の持続的発展」と、BSE問題に端を発して話題になっていた「食の安全」を扱った次の2つの想定問題を準備した
  ○農業の持続的発展について
  ○安全な食料の供給について
  
 ところが、実際の問題の選択肢に、「持続的発展」や「食の安全」を含む項目はなかった。以前作成した回答例で対応出来そうなものはあったが、今ここで回答文が作れるほど記憶に残ってはいない。とにかく準備してきたもので何とか勝負しようと選択したのが
  ○食料自給率と食料安全保障
 苦肉の策として、「持続的発展」のために準備してあった生産に関する内容から「自給率向上」について書き、「食料安全保障」については、食の安定供給と安全な食料供給の2つの側面があるとし、最近の社会情勢に鑑み「安全な食料供給」について述べると断って、準備した原文を要約する形で答案用紙を埋めた。この答案を描き終えた時に感じた達成感は、その夜の酒をとても旨いものにしてくれた。

3回ではなく3年
 私は3回目で合格したのではなく、3年かけて合格出来たのだと思っている。3回目の挑戦では、想定問題のヤマがほぼ当ったことが幸いしたのだが、ヤマの根拠となったのは、学会誌を読み、農水省のHPや農業新聞に目を通して、農業及び農業土木の現状をとらえてきた3年間の時間の積み重ねである。これに要した時間は、口頭試験で役に立ったばかりでなく、実務面でも自分の携わる業務の価値や位置づけを認識する上で役立っている。
 どっこいしょと立ち上がると何をしに立ったのか忘れてしまうほど記憶力の落ちた業界最末端の下請屋でも、3年かければ合格出来る。また、試験の為に勉強する事は決して無駄ではない。私はこのことを強調したい。