耐震強度とは

Tはじめに
 最近巷では耐震強度の偽装問題が話題になっており、「震度5強で倒壊の恐れがある」などと報道されているが、我々が通常行っている地震時の検討は、どれくらいの震度を対象としているのか? そもそも耐震強度とはどういうものなのか?
 普段の業務では、基準で定められた方法で検討し、その条件を満たしていれば地震に対して安全であるとしてきたが、「安全である」との判断はどのような根拠に裏付けされているのか、農業土木における現行の耐震設計の考え方を基に、これを考察してみることにする。

U震度とは
 地震の強さは通常、気象庁の定める震度階によって公表される。かつて、震度階は体感および周囲の状況から推定していたが、平成8年(1996年)4月からは、観測点における揺れの強さの程度を数値化した計測震度から換算されるようになった。 1)
 現在の震度階は「気象庁震度階級関連解説表」に示されてるように、震度0から7まであり、震度5と6については「弱」と「強」に区分されている。この表を見ると震度5弱から、建物やライフライン、地盤・斜面に影響が出始めるようである。
 一方、地震動の強さを表す尺度として 最大加速度がある。 旧震度階は最大加速度を震度に換算する方式であり、震度と最大加速度の関係が示されていたが、 現在の震度階は観測記録にフィルターを掛け、かつ継続時間を考慮したもので 最大加速度に対応していないため、震度階級関連解説表には加速度との関連が示されていない。 普段行っている地震時の検討がどの程度の震度を対象にしているかの目安を知るため、旧震度階に示された最大加速度との関係を現在の震度階に合わせてみると下表のようになる
                        
震度階と最大加度のおおよその相関関係
震度階 加速度(gal)
0 0.8≧
1 0.8〜2.5
2 2.8〜8
3 8〜2.5
4 25〜80
5弱 80〜250
5強
6弱 250〜400
6強
>400

 ここで、農業土木で扱う一般の構造物では震度法によって地震時水平力を求めるが、このときに使う設計水平震度は次式で示される。2)
  Kh=αh/g
     ここに Kh : 設計水平震度
         αh : 地震の加速度     
         g  : 重力の加速度 (=980 gal)
 たとえば、設計水平震度 Kh=0.2として設計した場合、αh=196 gal となり、おおむね震度5程度の地震を対象としていることが分かる。

V 設計水平震度を決定する要素
 現行の農業土木基準における水平震度算出方法の主なものを下表に示す
   設計基準「水路工」H13.2 設計基準「頭首工」H7.7 設計基準「ポンプ場」H9.1 設計指針「ファームポンド」H11.3
算定式 Kh=Cz・Cs・Kho Kh=Cz・Cg・Ci・Ct・Kho Kh=Cz・Cg・Ci・Ct・Kho Kh=Cz・Kho
地域別補正係数 Cz 1.0,0.85,0.7
の3区分
1.0,0.85,0.7
の3区分
1.0,0.85,0.7
の3区分
1.0,0.85,0.7
の3区分
地盤種別基準水平震度 Kho 0.16,0.20,0.24
の3区分
      0.16,0.20,0.24
の3区分
地盤種別補正係数 Cg    0.8,1.0,1.2
の3区分
0.8,1.0,1.2
の3区分
  
重要度係数 Cs 1.0,0.7〜0.8,0.5〜0.7の3区分         
Ci    1.0を標準とする 1.0と0.8の2区分   
固有周期別補正係数 Ct    固定堰は1.0
可動堰は固有周期算出
1.0を標準とする
(特別な場合 1.25)
  
標準設計震度 Kho    0.2 0.2   

 ここで、「頭首工」「ポンプ場」に示された算定式は河川の基準の表現 であり、「水路工」「ファームポンド」は道路橋示方書の表現 になっているが、前者の Cg・Khoが後者のKhoに対応しており、前者の算式で重要度係数を1.0とすれば値は同じになる。
 また、「水路工」および「ファームポンド」における Kho(地盤種別基準水平震度) は「道路橋示方書・同解説X耐震設計編」における「震度法に用いる設計水平震度の標準値」のうち、対象とする構造物の固有周期が十分に小さいと考えて、固有周期によって定まる基準水平震度の最小値を用いている 。
 固有周期別補正係数 について、「頭首工」では固定堰は一般に堰高が低いので Ct は1.0とし、門柱を有する可動堰など、固有周期別補正係数が必要な場合は計算することとしている。「ポンプ場」では ポンプ場における土木構造物は1.0を標準としているが 特別に大規模でかつ影響の著しいものおよびその他特別な理由のある場合は 1.25とすることになっている。
 「頭首工」p213 表-12.6 を見ると固有周期が大きくなるほど補正係数は大きくなり設計水平震度が大きくなる、つまり地震時の水平力が大きくなることが分かる。この固有周期
 T=2.01√δ 
  T:固有周期
  δ:構造物の変位 (水平変位・回転変位・曲げ変形・回転変形を合わせた値)
 で表される。3)  この式から分かるように固有周期は耐震設計地盤上の構造物変位に起因するものであるため、同一の材質、断面形状(水平断面)であっても、地上からの突出が大きいほど、また地盤が悪いほど固有周期は大きくなる。このため、「ファームポンド」では標準的には固有周期を十分小さいとしているが、T種地盤上にある壁高5.0mを越える逆T式擁壁については、割り増しを行っている。4)

 このように、設計水平震度は、地域別補正係数、地盤種別、重要度、固有周期によって決定されるが、通常規模の鉄筋コンクリート構造物では、実質的には地域別や地盤種別によって決定されている。ここで、地域別補正係数は地震の発生頻度で区分されているもので、地盤種別は、イメージとしては地盤の固さで区分されている(実際には弾性波速度により決定される)。
 前述のように、設計水平震度は構造物に加わる加速度に比例しており、加速度と震度階に相関があることから、設計水平震度は震度階に相関してくる。 よって、同構造、同規模の構造物であっても地震の発生頻度が高く、軟弱な地盤に築造する構造物ほど設計水平震度は大きくなるから、大きな震度を対象として設計されていることになる。具体的な数字を見てみると
対象とする震度の設計基準による比較
      設計基準「水路工」 設計基準「頭首工」 設計基準「ポンプ場」 設計指針「ファームポンド」
水平震度 min 0.06 0.11 0.09 0.11
max 0.24 0.24 0.24 0.24
加速度 (gal) min 55 110 88 110
max 235 235 235 235
おおよその震度 min 4 5弱 5弱 5弱
max 5強 5強 5強 5強

 この表で水平震度を比べてみると、最大値と最小値の比は、2倍以上であり、地震発生頻度が高くかつ軟弱な地盤上に築造される構造物は、地震頻度が低く頑強な地盤に築造された構造物の2倍以上の水平力を与えて設計されていることが分かる。このため、農業土木構造物が一概にどれだけの震度に対応しているかは言い難いことではあるが、おおよその震度で示すなら、「水路工」で扱う重要度の最も低いもの除き、通常規模の構造物は震度5程度の震度を対象としていると言ってよいのだろう。

W 耐震強度とは
 農業土木では、「水道施設耐震工法指針」及び「道路橋示方書」にならって、2段階の地震力と3種類の耐震性能を耐震設計の基本としている。5)
耐震設計の基本
地震動 耐震性能 解析手法
レベル1 @健全性を損なわない 許容応力法
レベル2 A限定された損傷にとどめる
B致命的な損傷を防止する
保有水平耐力法 
限界状態設計法
応答変位法
 ここで、
 ベル1は対象となる構造物の供用期間中に1〜2回発生するレベルの地震動とされている。 構造物の供用期間がどれだけに設定されているかも明らかでなく、とらえどころの無い表現であるが、解析手法を許容応力法としていることから、前述の設計水平震度で地震時の検討を行う範囲を対象としていると考えられ、震度階としては、概ね震度5強までの範囲と考えられる。
 レベル2については供用期間中に発生する確率は低いが大きな強度を持つ地震とされ、関東大地震や兵庫県南部地震を考慮している。 関東大地震(プレート境界型)は地表面加速度 300〜500galであり 震度6強から7、兵庫県南部地震(内陸直下型地震)は地表面加速度 400〜800gal であり震度7以上に相当する。5) 頻度については、駿河湾から四国沖にかけての南海トラフ沿いの地域では、100-150年間隔でマグニチュード(M)8程度(兵庫県南部地震 M7.2)の地震が発生しているという 6) ことから、100年に1回程度か、それより低い確率で発生する地震を対象としているものと思われる。
 また、耐震性能において
 @健全性を損なわないとは許容応力の範囲内で設計される耐震性能で、降伏状態を越えるような損傷を生じない状態にあることである。  
 A限定された損傷にとどめるとは主要構造部材の耐力が低下し始める手前の状態にあること(構造物全体の崩壊も防止する) 
 B致命的な損傷を防止するとは施設の機能の回復をより速やかに行うため、Aの状態より余裕をもった状態にあること。残留変位が許容以内にあることを意味している
設計指針「ファームポンド」では、「ファームポンドに水密性を阻害するようなひび割れや目地の開きが生ずるとは認めるが、内容水の急激な漏洩による二次災害が発生し、構造物が破壊するようなことがあってはならない」状態と表現している

農業土木の構造物でレベル2の地震動を考慮するもの
  ・ 基幹農道以上の道路橋および二次災害の影響の大きい水管橋、水路橋
  ・ 門柱を有する頭首工(小規模の者は除く)
  ・ H=8.0m以上かつ二次災害の影響の極めて大きい擁壁
  ・ 一定の形式、規模を越えるファームポンド
  ・ φ2000以上のパイプラインで二次災害の影響の極めて大きいもの 
  ・ 二次災害が大きいと予想されるボックスカルバート
  ・ 大規模もしくは二次災害の影響が極めて大きいポンプ場基礎
 
この中で 耐震性能ABが求められるのは
  ・ 基幹農道以上の道路橋および二次災害の影響の大きい水管橋、水路橋
  ・ 門柱を有する頭首工(小規模のものは除く)
 で、他はBのみである
   
  耐震設計は構造物の重要度に応じて、作用させる地震力も耐震性能も異なっている。 レベル2の地震力で設計してあるからと言って、震度6や7の地震で 無傷のままであることは保証されていない。また、レベル1の地震力については、許容応力の範囲内で地震力に持ちこたえる事になっているが、地震時の検討では許容応力を1.5倍し、かつ荷重の組み合わせを変えている。たとえばSD295の鉄筋を使用す場合、常時の1.5倍の地震時許容応力はσsa=264N/mm2であり、これは降伏点応力の90%に相当する。つまり降伏点にほぼ近い所まで発生応力を許容している。許容応力の安全率低減については地震力が一時的な荷重であることが理由であるが、荷重の組み合わせで自動車荷重を無視したり、地下水位を無しとすることは地震との必然性がない。このことを考えると、レベル1の範囲内での検討で良しとされている構造物も、決して十分な安全率を有して「健全性を損なわない」状態が保たれている訳でもない。

X終わりに
 公益を確保し秩序ある社会基盤整備を行うためには、確立された理論で、定められた基準を満たすよう設計を行わなければならない。しかし 基準の枠から出て、設計計算の意味や信憑性を考えると実に曖昧で捕らえどころのない仮定や前提条件のもとで数字を処理している事に気づく。耐震設計もこの一つで、基準に従って計算するとは簡単であるが、その安全度を認識するのはなかなか難しい。
 もし、私が民家に近接する壁高の高い擁壁を設計して、そこの住人に技術者として説明することになったら 、
「設計基準に従って、レベル2の地震動に対して設計してあります。レベル2の地震とは関東大地震や兵庫県南部地震のような大地震を想定したものですから、十分な耐震強度を持っています」
と言うであろうが
 自分自身がそこの住人であったら、例え、構造計算書が偽装されてなく、ミスも無いとしても、擁壁の建設に強く反対すると思う。



参考文献等
)http://www.kishou.go.jp/know/shindo/shindokai.html
2)「よりよき設計にためにそこが知りたいQ&A」設計一般 問16
3)「道路橋示方書・同解説X耐震設計編」p20
4) 土地改良事業設計指針「ファームポンド」p34
5)土地改良事業設計指針「耐震設計(案)」資料
6) http://www.fdma.go.jp/html/hakusho/h15/html/15172130.html