食の安全と日本の農業 T はじめに 食料は人間生活に欠くことのできないものであり、健康で充実した生活の基礎である。この食料を生産供給する農業は、時代とともにその姿を変えてきており,現在では、消費者の健康志向、安全志向等、多様化する消費者ニーズに答えるため様々な対応が必要になってきている。特にBSEをきっかけとした食の安全に対する関心の高まりは、今後の農業に大きな影響を与えるものであり、生産、流通、加工の各層に大きな変化をもたらすものと考えられる。ここでは、このような状況の中で、今後の農業がどう変わっていくかを考察してみることとする。 U 食の安全の現状 BSE(牛海綿状脳症)問題をはじめ、大規模な食中毒事故、安全性未確認の遺伝子組換え農産物の食品への混入、食品の偽装表示、輸入農産物の残留農薬問題など食の安全を脅かす出来事が相次ぎ消費者の食の安全に対する関心が増大している。 このため政府は、平成14年4月、消費者に軸足を移した農林水産行政の方向を示す、「食」と「農」の再生プランを打ち出した V「食」と「農」の再生プラン このプランは、農林水産政策の抜本的な改革を進める上での設計図として提案されたもので 食の安全と安心の確保、農業の構造改革の加速化、都市と農山村漁村の共生・対流についてそれぞれの方針が述べられている。 ここでは、食の安全に関する項目について、その概要を示す。 ◇食の安全と安心のための法整備と行政組織の構築 リスク分析の考え方を踏まえ、関連する法整備や食品安全行政組織の構築を行う ◇「農場から食卓へ」顔の見える関係の構築 ・「農場から食卓」まで生産情報を届けるトレーサビリティシステムの導入 スーパー等に並んでいる食品がいつ・どこで・どのように生産・流通されたかなどについて消費者がいつで も把握できる仕組み(トレーサビリティシステム)を15年度に導入する。 ・食品産業の担う「農場と食卓をつなぐ」機能の強化 食品産業による消費者・生産者の仲立ちの推進などを通じて、より消費者のニーズに即したフードシステ ムの実現 ◇ 「食の安全運動国民会議」の発足 ・食のリスクに関する徹底的な調査と情報開示 安全な食品提供の前提となる食品リスクの実態把握、これらの情報の積極的な開示や、「食の安全月間」 を設けることなどにより共通理解を醸成し、リスクコミュニケーションを形成する ・「食の安全運動国民会議」の発足(「食育」の促進) 子供の時から「食」について考える習慣を身につけるよう「食」の安全、「食」の選び方や組み合わせ方など を子供たちに教える「食育」を促進 ◇ JAS法改正で食品表示の信頼回復 ・わかりやすく信頼される表示制度の実現 ・不正を見逃さない監視体制の整備 ・虚偽表示に対する公表やペナルティの強化 ◇ 新鮮でおいしい「ブランド日本」食品の提供 ・新鮮でおいしい「ブランド日本」農水産物の供給 日本ならではの食文化や地産地消の取組などの特色を活かした新鮮でおいしい農水産物を消費者に供給する「ブランド日本」戦略を産地毎に策定し、新鮮でおいしい「ブランド日本」農水産物の供給体制を確立 ・生産・流通を通じた高コスト構造の是正 コスト削減のための革新的な生産技術の導入・出荷から小売まで一貫して効率的な流通システムを確立 ・消費者ニーズを踏まえた品種育成等の技術開発 ゲノム(遺伝子)情報の解明を進め、消費者ニーズを踏まえた新品種の開発と栽培技術の確立 V 農産物貿易の現状 我が国の食料事情は食生活の変化から輸入農産物に依存するところが多くなっており、食の安全に対する不安を助長するばかりでなく、国内農業への影響も懸念されている。 最近の食料輸入は、穀物や油脂類はほぼ横ばいになっているが、野菜、肉類が増加している。特に生鮮野菜の輸入量は過去5年間に1.5倍に増加、中でも中国からの輸入が急増している。輸入品目はネギ、生シイタケ、のほかゴボウ、玉ネギ、シュウガ、ニンニク、サヤエンドウ豆、サトイモなど、日本人の食生活になじみの多きものが多くなっている。 W 新しい農業への動き 消費者ニーズの変化と農政の改革、貿易の自由化による国際競争のなか、日本の農業は自力で新しい活路を見いだす必要に迫られている。これからの農産物に必要とされるものは、 低コスト、高品質、高付加価値である。政府の行った世論調査の結果では、消費者が国産の食料品を選択する理由として「安全性」と「新鮮さ」が上げられており、食の安全の保証は、今、農産物の大きな付加価値となっている。 これに着目した取り組みとして次のようなものがある。 1.地産地消への取り組み 地域で生産された農産物を地域で消費する事は、安全で新鮮な食料供給の基本であり、地域の活性化にもつながる。 地域の特産物の学校給食への使用等、行政としての取り組みもあるが、生産者、小売業者、加工業者等が自らネットワークを組んで取り組んでいる例もある。 2. インターネットによる産直販売 生産者個人がインターネット上にECサイトを開き、消費者への直販を行う例が多く見られるようになった。ここでは、Eメールや掲示板などで双方向的に情報交換が成されるため、「顔の見える関係」が築かれ、消費者は安全で質の高い農産物を手に入れることが出来る 3. 契約栽培 小売り業者や食品加工業者が農家に農産物の栽培を契約するものである。生産段階から品質管理が徹底されるため消費者に安全な食料の供給が可能となる。 X おわりに 日本の農業はこれまで安価で安定した食料供給をすべく努力してきたが、大量生産と効率重視の農業が、食の安全を害してきた一面もある。 今、食の安全への関心が高まる中、生産者サイドにおいても、これに対応した新しい形の農業が展開されようとしているが、これらは農業経営の安定を保証するものではない。 インターネットによる直販の場合、流通が個人から個人となるため、輸送コストが割高になる上、梱包などの手間が増大する。さらに需要量が推定出来ないため、生産量との調整が困難である。 また、契約栽培においては、依頼側の要求する品質や数量の条件を満たすことが必要となり、効率的な大量生産が不可能になる。このため、契約の仕方によっては、農家に十分な利益が与えられない場合もある。 このように、最近見られる農業の新しい動きは、今後の農業の将来性の全てを包含する物ではないが、輸入農産物が増大するなか、今後の農業の生き残り策としては、有効な一方策である。今後の農業は、自給率向上のため、大規模な農地で効率的な大量生産を行う農業と、多品種少量生産で消費者と直結した農業の二つのタイプが存在していくものと思われる。 |