農地・農業用施設の被害と災害復旧


T はじめに
  我が国は、モンスーン地帯に位置し、梅雨前線の停滞による豪雨、台風通過による風水害、加えて地震と、災害を受けやすい環境下にあると言われている。とりわけ今年は台風の上陸回数が多く、さらに新潟県中越地震という大きな災害の発生もあり、多くの尊い命が失われ、社会資本の被害も甚大なものとなった。
 国土の保全と安全の確保に係わってきた技術者にとって、堤防を越流する洪水や、川をせき止める程の土砂崩れは驚異であり、決壊した堤防や寸断された道路は見るに忍びないものがあったと思う。
 我々農業土木が係わる農業・農村においても大きな被害が生じており、新潟県中越地震による農林水産被害は1995年の阪神・淡路大震災を上回り、戦後最大になったと報道されている。
 ここでは、今年発生した農業土木に関する被害額、現行の災害復旧制度を把握し、今後の農業土木技術のあり方を考察する。

U 農地・農業用施設の被害
  今年発生した自然災害による農林水産被害のうち、農業土木の係わる農地・農業用施設の被害額をまとめてみた。
災害名 被害ヶ所数 被害額 (百万円) 主な被災地域    
農地 農業用施設等 農地・農業用施設 その他 合計
台風6号 773 619 1,771 18,340 20,111 兵庫県、和歌山県、徳島県、高知県、岩手県
梅雨前線豪雨(7月) 4,285 5,717 24,779 43,214 67,993 新潟県、福井県、山形県、福島県
台風10号 2,019 1,862 6,285 17,440 23,725 高知県、徳島県、愛媛県、広島県、岡山県
台風15号 1,157 878 3,841 51,267 55,108 香川県、兵庫県、愛媛県、宮城県、高知県
台風16号 4,934 3,828 16,210 79,865 96,075 宮城県、大分県、鹿児島県、愛媛県、熊本県
台風18号 1,645 1,660 7,122 169,738 176,860 宮城県、鹿児島県、熊本県、山口県、大分県
台風21号 7,795 6,356 24,821 57,024 81,845 兵庫県、三重県、愛媛県、岡山県、岩手県
台風22号 415 488 2,592 9,408 12,000 静岡、千葉、福島県、宮城県、長野県
台風23号 28,366 20,522 83,346 121,212 204,558 兵庫県、香川県、京都符、岐阜県、長野県
新潟県中越地震 3,985 10,867 89,578 40,976 130,554 新潟県、福島県、長野県
合計 55,374 52,797 260,345 608,484 868,829

 上表は、農林水産省がHP上で公表している「災害関連情報」の資料を集計したもので、表の被害額で「その他」としたものには、農作物、営農施設、林地荒廃・林業用施設、水産関係施設が含まれる。
 この表に見るように、農業土木関連の被害額は2,603億円であり、台風23号と新潟県中越地震の被害額の合計が全体の約7割を占めている。ここで、2,603億円といっても実感として把握できないため、現在実施されている国営の農地防災事業の事業費をまとめて見たところ、全国8農政局の農地防災事業15地区に於いて事業年度で単純割りした年間事業費の合計は約360億円であった。つまり2,603億円の被害額は、年間の農地防災事業費の約7年分にあたる膨大な金額なのである。もっとも、この災害の復旧は全て国が行うわけではなく、防災事業と自然災害の被害が直接関係する物ではないため、この数字は単なる目安であるが、いかに大きな被害であったかが分かると思う。
 では、今年の農地・農業用施設の被害額は、過去の被害と比べてどうなのか? 農林水産省・農村振興局・整備部・防災課のHPにある「農地・農業用施設等被害額の推移」をみると、昭和57年に3,000億円を超える被害、平成5年に本年をやや上回る被害があったようで,昭和56年以降としては3番目に大きな被害であったようである。
 昭和57年は長崎県 諫地方に梅雨前線停滞による豪雨があった年であり、平成5年は北海道南西部沖地震、雲仙普賢岳の土石流、広島の豪雨などによる被害が大きかったものと思われる。阪神・淡路大震災のあった平成7年の被害額は2,000億円を切っており、他の自然災害が少なかったのか農地・農業用施設の被害としてはそれほど大きな年では無かったようである。
 
V 災害復旧事業
  災害復旧事業は異常なる自然現象によって災害を被った農地・農業用施設を原形に復旧させることを原則としているが、それが不可能であったり、不適切であったりした場合には、被災前の施設の機能を限度として、形状、材質を変えた形で復旧したり、これに変わるべき代替施設、例えば以前頭首工であったものを今度は揚水機場として復元したりするということも可能である 1)。また被災農地とその隣接する農地を含めた一体的な区画整理や、残存施設の補強工事なども災害復旧工事と合わせて行う事が出来る。これらは主に、都道府県及び市町村が事業主体となり国の補助を受けて行うことになるため、「災害査定」という行為が必要になる。
 この「災害査定」では、異常なる自然現象の要件(対象となる主な災害原因)、復旧の対象の条件事業採択条件が審査される。
 この審査をクリアーしたものが災害復旧工事として行われるが、農業生産活動の早期復帰や社会生活への影響を少なくするため、スムーズかつ迅速に工事を進めなければらない。今年のように災害が連続し、かつ大規模である場合、復旧工事の労働力不足対策や被災農家の経済的救済処置が必要となる。これに対し国は「台風及び地震等被災地域における農業農村整備事業等の執行について」と題した通達を各地方農政局等に出した。その内容は次の通りである

1.未契約工事にあっては、早急に執行するよう事務処理の促進を図るものとする

2.工事施工に当たっては、効率的な施工に配慮しつつ、台風及び地震等被災地域における農林魚家の就労希望者を優先的に雇用するよう努めるものとする。

3.比較的軽易な工事を地域の農家等の参加により実施する直営施工(労務費支払方式)の積極的な活用を図るものとする。

 上記の2.は「救農土木」といわれ、自然災害や不作で収入が絶たれた農家に現金収入の道を開くため、1976年まで公共事業として行われてきた土木事業 2) の考え方を取り入れたものと思われる。しかし、この事業は土木工事が作業の機械化などで雇用効果が減ったため、その後廃止された経緯があり、現在において、どれだけの効果が見込めるか疑問な点もある。
 3.の直営施工については、公共工事のコストと農家の負担を減らす目的で平成14年に導入された制度で、災害復旧に限らず認められる工事であるが、特に今年のような大きな災害時には有効になると思われる。

W 今後の農業土木技術のあり方
 (農業新聞 2004・11・8 より)
 これは、新潟県中越地震による液状化で浮き上がった排水路である。水田にも土砂が噴出した穴が残り、暗渠排水管も地上に露出しているらしい。来年の田植えに間に合わない可能性も出てきたという。
 農地、農業用施設の被災は、農業生産基盤が損なわれると同時に農村社会全体に大きな影響が及び、さらには食料供給と言う重要な機能にも支障をきたすことになる。
 農業土木の技術は、自然災害から農地を守り、効率的で安定した食料の供給を目指してきたが、この写真に写し出されたような災害を防ぐことは出来なかったのだろうか?。勿論、技術的には可能である、しかし、この程度の排水路で液状化まで考えた設計はしていない筈である。この例だけでなく、殆どの農業用施設は「非常時には壊れてもしかた無い」という設計思想がその根底にある。これは、農業土木事業が農家の申請事業であり、農家の負担金を伴う事業であるため、その負担を軽減する構造とする必要があったり、比較的小規模な構造物が多いため、その構造物の損壊により人命にかかわるような大きな災害が発生する可能性が少ないことが理由と考えられる。 しかしながら、いざこれが損壊すると、その影響は国民社会全体におよぶ大きなものとなる。
 このことを考えると、農業土木の技術は、通常の条件のもとで、安価で安全な施設を作ることを目指すのはもちろんであるが、これが壊れたときの事も考えておく必要があるように思える。
 上の写真をみて、「この水路が組立水路(柵渠)であったらなら復旧が楽であっただろうに」と思ったのは結果論であり、設計時には水理的条件等考慮して構造決定がされたのであろうが、先に述べた復旧作業への農業者の参加や直営施工を考えると、今後考慮すべき課題であると思われる。
 また、阪神・淡路大震災では、被災したため池の復旧工事は速やかに行われたが、潅漑期までに水が溜まらないことによる被害があったようだ3)。農業用施設の復旧は復旧工事の完成で全てが終わらないことが特徴であり、工法的な対応以外にも、非常時の水源確保や、水配分の手法の確立なども、今後必要になると思われる。

X おわりに
 農業土木技術を始め、土木技術は全て経験工学である。過去の災害の経験を礎に常に成長してきている。土木学会が新潟県中越地震の現地調査を行った結果の報告によると4)  急峻な自然斜面では、尾根の山頂から大規模に崩壊するヶ所が多かったため、道路や河川に大きな被害をもたらしたものの、「盛土被害の殆どは、従来の工学的経験の範囲内の現象で、トンネルや河川堤防、橋梁などの構造物の被害も甚大では無かった」としている。マスコミが報じるショッキングな映像の陰に、土木技術で守られた多くの社会資本があることを、技術者達は誇りに思っても良いのではないか。
 国土の保全、安全を確保する技術は進歩している。しかし、技術は自然を制御することは出来ない。自然災害と闘って行くことは、人間社会の宿命とも言える。 環境保全、自然との共生が叫ばれる昨今であるが、自然との共生とは自然を思いやる事ではなく、自然の力の大きさを知り、自然と対等に戦う心構えを持つことである。




参考文献
1)水土里ネットいしかわ http://midori-net.jp/mamezo/key1002.htm
2)日本農業新聞 2004・11・10
3)農業土木学会誌 04/11 震災後のため池貯水量の低下と田主の対応
4)建通新聞 2004・11・18