農業土木の配筋計画

Ⅰはじめに

 農業土木における鉄筋コンクリート構造設計は「水路工」を基本としており、この「水路工」はコンクリート標準示方書に準拠し、他の建設系基準との整合も図っているため、基本的な部分は国交省管轄の土木分野(以下「一般土木」という)と変わりないが、実務的には、配筋計画を行う上での構造細目に違いが生じている。
 これは、国交省がだした「土木構造物設計マニュアル」(平成11年に土工構造物・橋梁編、平成14年に樋門編が出された)によるものが殆どである。平成13年に改訂された現在の「水路工」が、既に公表されていた「土木構造物設計マニュアル」の考え方を取り入れていない事から、農業土木は一般土木と違った方針で配筋計画を行う事となっている。
 農業土木と一般土木では事業の性格も違い、対象とする施設の重要度や規模も異なるため、構造基準が異なるのは止むを得ないが、農業土木も一般土木も両方こなさなければならない中小コンサルの技術者にとっては、この違いに戸惑うことが多いと思われる。そこで、ここでは配筋計画を行う上での農業土木と一般土木の相違点を上げ、その影響と対応の仕方を考察してみることとする。

Ⅱ配筋間隔

 昔、農業土木では300ピッチ及び150ピッチの配筋図をよく見かけた、これは主筋の最大配筋間隔が300であったことと、最小鉄筋量がコンクリート部材断面積に対する比率で決定されており、部材厚20cmであればD13@300(As=422mm2)で最小鉄筋量が確保出来ていたからである。これに対し現在の「水路工」では配力筋の最小鉄筋量を500mm2以上と規定したため、配力筋の最小配筋としてD13@250(As=507mm2)が用いられるようになり、必然的に主筋の配筋間隔も@250と@125を用いるようになった。これにより、農業土木は一般土木との違いを意識して配筋計画をする必要が無くなったかに思えたが、「土木構造物設計マニュアル」の出現により、また、農業土木は独自の配筋計画を行う事となってしまった。
 「土木構造物設計マニュアル」では、『鉄筋本数の低減』とうい名目でD19以下では@125を用いず、@250のみとしている。農業土木ではこれを規定していない上、鉄筋の段落としの設計方法で、異径鉄筋の組合せを取り上げているため(これは以前からあった事だが)これも考慮すると、鉄筋径と配筋間隔の選択肢が一般土木に比べてかなり多くなる。
 下図は農業土木と一般土木の鉄筋径と配筋間隔を比較したもので、横棒グラフが農業土木の鉄筋径・配筋間隔に対する鉄筋量、赤の折れ線が一般土木の鉄筋径・配筋間隔に対する鉄筋量を示している。
  


 この図を見ると、一般土木は農業土木に比べ不経済な配筋となる可能性が大であるが、その度合いはどのくらいかなのか?農業土木と一般土木で異なる配筋となる場合の延長10m当たりを比べてみると
農業土木配筋 一般土木配筋 H(m) 加工・組立費(材工共)  (円/10m)
農業土木 一般土木
D13@125 D19@250 3.0 26,268 29,700 3,432
D13,D16@125 D22@250 3.0 33,726 40,128 6,402
D16@125 D25@250 3.0 41,184 52,536 11,352
D13,D19@125 D25@250 3.0 42,834 52,536 9,702
D16,D19@125 D25@250 3.0 50,292 52,536 2,244
D19@125 D29@250 5.0 99,000 110,880 11,880
D16,D22@125 D29@250 5.0 101,200 110,880 9,680
D19,D22@125 D22@125 5.0 116,380 133,760 17,380
D19,D25@125 D32@250 5.0 137,060 137,060 0
D22,D25@125 D25@125 5.0 154,440 175,120 20,680

 上表は、単純に縦方向長さ3.0m及び5.0mの鉄筋をそれぞれの鉄筋径・配筋間隔で延長10mに配置した時の金額を比較をしたものである、ここで縦方向長さ(H)は配筋量に対する構造物規模を考慮したものであり、金額は110,000円/tとして算出し、差は、(一般土木-農業土木)の値である。 
 表の金額差を評価するには、本来全体金額に対する比率で考えるべきであろうが、通常の構造物を前提にこの金額差 を見る限り、必要鉄筋量が2,500mm2(D29@250程度)以下で延長の短い単体の構造物であれば、施工性も含めて考えると、異径鉄筋の組合せは考えなくて良く、単一径の@125配筋も状況に応じて採用すれば良いと思われる。ただし、必要鉄筋量の大きくなる構造物では、異径鉄筋の組合せも考慮したほうが良さそうである。

Ⅲ 鉄筋の段落し

 「土木構造物設計マニュアル」では段落としは行わない事としているが、「水路工」では『高さが1.5m以上で延長も長く、段落としを行うことが現場条件や経済性、施工性を勘案して有利と判断される場合に行う』としている。これより、高さ1.5m以上で連続する水路や擁壁は通常、段落しが必要となる。
 そこで、先の表と同じ条件で段落しの鉄筋長を元の長さの1/2とした場合(異径組合せの場合は太い径の長さを1/2)について比較してみると

農業土木配筋
(段落し有り)
一般土木配筋
(段落し無し)
H(m) 加工・組立費(材工共) (円/10m)
農業土木 一般土木 比率
D13@125 D19@250 3.0 19,701 29,700 9,999 1.51
D13,D16@125 D22@250 3.0 23,430 40,128 16,698 1.71
D16@125 D25@250 3.0 30,888 52,536 21,648 1.70
D13,D19@125 D25@250 3.0 27,984 52,536 24,552 1.88
D16,D19@125 D25@250 3.0 35,442 52,536 17,094 1.48
D19@125 D29@250 5.0 74,250 110,880 36,630 1.49
D16,D22@125 D29@250 5.0 67,760 110,880 43,120 1.64
D19,D22@125 D22@125 5.0 82,940 133,760 50,820 1.61
D19,D25@125 D32@250 5.0 93,280 137,060 43,780 1.47
D22,D25@125 D25@125 5.0 110,660 175,120 64,460 1.58
                          表中の比率は(一般土木/農業土木)の値を示す

 上表にのように、段落しをすることにより、5割から7割程度のコスト縮減になる。「水路工」では壁高が3m以下の場合は詳細な計算を行わず壁高の1/2の位置で段落としてよいとしているが、これより高い場合で詳細な計算を行えば1/2より低くなる場合が多いので、コスト縮減効果は上表よりさらに大きくなることが考えられる。よって、段落しは行うべきである

ここで、段落しをする場合の鉄筋の組合せについて見てみると

配筋
(段落し有り)
段落し前の鉄筋量(mm2) 加工・組立費(材工共)
 (円/10m)
D13@125 1,014 19,701
D13,D16@125 1,301 23,430
D16@125 1,589 30,888
D13,D19@125 1,653 27,984
D16,D19@125 1,940 35,442
D19@125 2,292 74,250
D16,D22@125 2,342 67,760
D19,D22@125 2,694 82,940
D19,D25@125 3,173 93,280
D22,D25@125 3,575 110,660
      
 上表のように、縦壁付け根の必要鉄筋量に対してD16@125でOKであったとしても、段落としをする場合、D13,D19@125としたほうが経済的になる場合がある。(D19@125についても同様)
また、異径鉄筋の組合せは、左右非対称の水路で下図のような配筋とする場合に有利になる



ただし、異径鉄筋の組合せ配筋では、配力筋と連結する関係上、下図のように鉄筋中心位置がずれるため、鉄筋の加工が複雑になる場合があるので、構造規模等を考慮して、単一径配筋との検討を行う必要がある




Ⅳ 鉄筋の継手

 鉄筋の継ぎ手長は農業土木では従来より30φとして来ている。これに対し、以前の一般土木は35φとしていた。これは、付着応力の許容値が農業土木と異なっていた為であったが、配筋図を書くときは発注機関に応じて30φと35φを使い分けていた。
 「土木構造物設計マニュアル」により、一般土木は使用する鉄筋の種類とコンクリート強度が変わったため、現在では31.25φとなったが、まだ微妙に農業土木と異なっている。
 農業土木は、標準となっているSD295の鉄筋とσck=21N/mm2のコンクートを使用するかぎり、継ぎ手長は30φでよい筈だったが、「水路工」が継ぎ手位置による継ぎ手長の割り増しの考え方を示したため、単純に継ぎ手長を決定出来ない場合が出てきた。
まず、継手位置について「水路工」は
 継手位置を相互にずらす距離は、継手の長さに25φ(φ:鉄筋径)か断面高さのどちらか大きい方だけ加えた長さ以上を標準とする
 応力度の大きい部分では継ぎ手は出来るだけ避けなければならない
としている。
①は、一般には25φ≧断面高さ となるため

 こうなる事を意味している。
②は、抽象的で消極的な表現だが、 「土木構造物設計マニュアル」では、函渠の場合「応力度の大きい部分」を『頂版上面または底版下面から函渠全高の1/4程度の隅角部の範囲』としている。
これに準拠することとし、ボックスカルバーとの配筋を考えると、主筋がD13の場合、①②の条件を満たすことの出来る函渠高は、下図のようになる

この図から分かるように、①②の条件を満たす函渠高の限界は 2×(30+25+30)φ=170φとなる

では、函渠高がこれ以下の場合はどうするか?
「水路工」は次のような、継手長の割り増し規定を示している
配置する鉄筋量が、計算上必要な鉄筋量の2倍以上
同一断面内での継ぎ手の割合が1/2以下
の条件に対し
どちらか一方が満足されない場合、標準定着長の1.3倍以上とし、継手部を横方向鉄筋等で補強
両方が満足されない場合、標準定着長の1.7倍以上とし、継手部を横方向鉄筋等で補強
としている。
 ここで、悩むのが、④の条件と①で規定する25φの関係である、継手長の割り増を規定する③~⑥の条件の中に、25φ離すことの必要性が示されていない。つまり、25φ離れていなくても継手長を割り増ししなくてもよいと読みとれる。
 このような函渠の継手位置について 「土木構造物設計マニュアル」は
『重ね継手は、一断面に集中(イモ継ぎ)させないように、重ねた鉄筋の端部どうしを鉄筋直径の25 倍程度ずらすのが望ましい。ただし、これによって重ねた鉄筋の端部が応力レベルの高い(一般には頂版上面または底版下面から函渠全高の1/4程度の隅角部の範囲を避ける)箇所となる場合にはその限りではない。これは、重ね継手による鉄筋を応力レベルの高い隅角部付近で定着すると、コンクリートに鉄筋の端部からひびわれが発生する恐れがあり、それを避けることを優先したものである。』
としており①で標準とすると表現されているものを、望ましい及びその限りではない との表現に変え、②についても出来るだけ避けなければならない避けることを優先に変えている。
①②はコンクリート標準示方書の表現をそのまま使用しており、「土木構造物設計マニュアル」がコンクリート標準示方書に反する規定を行うことは無いと考えると、①②は構造物全般に対するものであり、「土木構造物設計マニュアル」は函渠の特性を考慮した、函渠独自の規定であると解釈するのが妥当であろう。
 このように、①②の条件の解釈の範囲内に「土木構造物設計マニュアル」の規定が有るとすると、農業土木でもこの規定が有効になり、主筋D13で継ぎ手長の割り増しが必要無い限界高は下図のようになる


つまり、2×(30+30)φ=120φが限界高となる
函渠高がこれより小さくなると、下図のような配筋となる

これは、継ぎ手位置が圧縮側になるような場合であるが、鉛直荷重が大きい場合の側壁では、③の条件を満たさないことがあり、この場合の継手長は 30φ×1.7となる
では、この規定が使用出来る最小の函渠高は?

上図のようになり、 78φが最小函高となる。

これより、小さいときはどうしたらよいのか?
そんな小さなものは、どうでもよい
と考えるべきであろう

Ⅴ 急勾配水路の配筋

これは、一般土木との相違に関するものでは無いが、「水路工」の解釈の問題としてここで取り上げる。

ため池の余水吐の配筋で側壁配筋図を

このように書いたら

こう、変更するよう指摘を受けたことがあった

指摘の理由は「[水路工」で『配力筋は版状構造物の主筋と直角方向に配置する』と書いてあるという事だった。他の設計との整合が必要とのことだったので変更はしたが、私はこの配筋方法に納得していない。
私の解釈は「直角方向」とは「平行」に対して使われた表現で、主筋と配力筋の交角が必ずしも90°である必要は無いと考えている。配力筋は主筋間に働く力を主筋に伝える為のものであるから、主筋をつなぐ形で配置されていればよい筈である。主筋と配力筋の関係を下図のようなイメージで捉えると

主筋と配力筋の交角が90°の時Lが最小となり、望ましいが、配力筋の強度が許容される範囲であればLが大きくなっても(交角が大きくなっても)かまわない筈である。この許容範囲をどれだけにするかは、もともと配力筋の量が応力度から決められていないので決定が難しいが、主筋の間隔を最大30cmとしていることから、配力筋方向の主筋間隔(図のL)が30cm以下であれば良しとすれば、それなりに同意が得られるのではないだろうか。この考え方で行くと、主筋間隔@250の時、水路勾配が1:1.16より緩い場合は、配力筋を水路底に平行に配筋して良くなる。
 配力筋を水路底に平行にした場合(タイプ1)と水平にした場合(タイプ2)について、上図を例に配力筋の量(長さ)を比べてみると
 
水路勾配 配力筋総延長(m)
タイプ1 タイプ2
1:2.0 59.5 65.2 5.7
1:3.0 56.0 65.3 9.3

上表のように、水路底に平行にした場合のほうが経済的であることが分かる。さらに鉄筋加工が複雑にならない点でも、こちらが有利である。
 以上のとおり、私の書いた配筋図は間違ってはいないと確信しているが、この仕事には、「信念」より「協調性」が必要な場合があるので、難しい。
 
Ⅵ おわりに

 「土木構造物設計マニュアル」の基本方針は、公共工事のコスト縮減対策として、当時の労務費の上昇、熟練工の高齢化、技能レベルの低下の社会情勢を踏まえ、それまでの「材料ミニマム」から「労務費ミニマム」への転換を図ったものであった。しかし、現在、長引く景気低迷と公共事業費縮減のなか、建設労務者は過剰であり、労務単価も下降の一途をたどっている。さらに「循環型社会」の構築に向けた取り組みが社会の目標になり、資源の有効利用、再利用が重要視されるようになっている。現在のこのような社会に置いて、「土木構造物設計マニュアル」の示す設計方針は必ずしも正しくなく、コスト面でも縮減効果を発揮していないと思われる。
 この点「水路工」は、一時的な経済社会の変化に惑わされることなく「材料ミニマム」の方針を継承しており(単に、乗り遅れただけかもしれないが)、農業土木は時代にマッチした設計方針で設計が行われている。農業土木技術者はこのことを認識し、多少面倒であっても農業土木流を継承して行かなければならない。