建設CALSにおける電子納品に関する半電脳人的考察
小久保設計CALS対策本部長
可留須 伊志
T.始めに
建設省は,情報化推進による品質の確保・向上とコスト縮減を目的とし,1995年5月に「建設CALS/EC研究会」を設立,検討を開始し,1996年4月,2010年までにCALS/ECを実現させる整備基本構想を策定したが,急速な情報化進展の社会状況を踏まえ,前倒しのアクションプログラムを作成した。これは、1996年から2004年までを3のフェーズに区分し、それぞれのフェーズについて整備目標と実現内容を定めたもので,フェーズ2となる1999年〜2001年は,国際標準に基づく電子データーの基準化と電子データーによる成果納品の実施が,「実施のために不可欠な措置・技術」とされており、すでに建設省のホームページ等を通して「CAD製図基準(案)」や「電子納品要領(案)」が公開されている。建設省では2004年,直轄事業について建設CALSを実現させ、地方公共団体等についても併行実施し2010年には全てに建設CALSの適用を行うとしている。このような状況のなか,我々,業界の最末端でその基盤を支える技術者にとっても,CALSへの対応は必要不可欠な問題となっており,我が事務所においても現在,取り組むべき最重要案件としてその対応にあたっている。以下に述べる内容は,末端の技術者のCALSへの対応の考え方を示すものであり,下請け業務が主の個人事務所はもちろん,これらの事務所に業務を依頼しているコンサル会社にとっても,その成果のとりまとめに当たって,何の役にも立たない内容であることを確信している。
(ところで、「フェーズ」ってどういう意味なのだろう?)U.電子納品業務の体験
11年度業務のなかで,その業務が初めての受注物件となるコンサルさんから,電子納品が義務づけられた業務の一部を受けることになり,打ち合わせに行って,早速「レーヤー構成は? ペンの色は?フォーマットは?」と切り出したところ,コンサルさんの担当者は「そんなの,あとから考えよう うちも始めてで,よくわからんから」と言って業務の内容について話しはじめた。このコンサルさん,業界では早くからシステム開発部を設け,今のようなソフト会社が出来る前には.公共機関から受注して各種の設計システムを提供してきた会社だけに、CALSに対する対策はもうすでに終わっているものと思っていたが、イントラネットの整備さえまだ完全でない事を聞き,愕然としてしまった。
(ここ 大したこと無いな と思った) この業務,他と同様,時間と報酬が少ない割に作業量の多い業務であったが,他と違うのは高度な技術が必要とされた事だった。(要するに 最悪の仕事) 今まで,自分としては経験に裏付けられた技術力を売りにしてきたつもりでいたが、この業務では,単なる雑用係的な役割しか果たすことが出来なかった。そして,年度末に発注された業務で,内容的にも工期内に完成させるのはとても無理と思われた業務であったが,コンサルさんは発注者から厳しい工程管理を受け,当然のことながら私のところにもその余波が襲いかかり,一日が24時間あることを身をもって体験しながら対処したが,工期は無情に差し迫り,コンサルさんに一人の犠牲者を出して完成検査を迎えることになった(仮納品で)。 完了検査後,残業務の取りまとめの打ち合わせに行ったところ,検査用に作ったという一枚のDCRを見せられた。「検査用に作ったんですか、中身は空なんでしょう?」と聞くと「とんでもない 検査官がパソコンで見るんですよ」との答えが返ってきた。電子納品試行業務はたんなる気まぐれでも嫌がらせでもなく本気でCALSを目指した試みのようだった。事務所に帰って,早速 渡されたCDRを見てみると,私がその都度メールで送っていた,DXFファイルの図面はDWGとDWFに,Excelファイルの数量計算書,積算書,構造計算書はPDFになって、他の人の成果と一緒にまとめられ,CDR内に立派な報告書と図面集が出来上がっていた。PDFで見る設計報告書への単純な興味から中身を見てみたところ,要領よくまとめられた検討内容や新工法の提案等,その質の高さに驚かされた。電子納品は私にも出来そうだが,これだけの報告書は私には書けない。建設CALSが完全に実現されたとしても,発注者がコンサルに望むものは,CDRやMOに納められた成果品の,デジタル化されない「内容」なのではないだろうか? マウスを動かす手が暫し止まった。V.電子納品の評価
本来,成果品は決められた期日に完全な形で納品されるべきである。しかしながら我々の業界では,その業務遂行に際し不測の諸問題が発生し,製造業のように線形的な工程管理や品質管理が困難である事と,その成果物の完成度を実体として把握し評価することも困難であるため,この特性を巧みに利用した経営戦略と相まって,特に年度末になると「仮納品」という世間にさらすことの出来ない業界用語に身を隠した未完成の成果が契約工期の閉まりかけた門に駆け込んでいく事が多々ある(
日本は神の国ではない。しかし我々の世界で会計検査院は人々が恐れ敬い,時として生贄さえも差し出すほどの「神」の存在となっている。日本の国土を守り,国民生活の基盤を支えるため日々活躍している第一線の技術者達が,何故に素人相手に技術資料を積み重ねてご機嫌伺いをしなくてはいけないのか?。「無駄な金は一切使っていない、技術的なことは我々に任せなさい」と言い切れる役人が何故いないのだろうか? もっとも,役人にとって会検検査は年中行事のようなもので会検対策は仕事の一部として位置づけられているようである。会検注意報が発令されると,役人たちは対象物件と予想される工事の設計報告書を引っ張り出して勉強を始める,このときまで殆ど開かれたことが無かったであろうページの隅々まで目を通し,疑問点が生じたときは,とにかくコンサルに電話する。(
この頃コンサルは忙しい) そして、原子炉を覆う壁のごとく絶対安全を期せるような資料の作成を何のためらいもなく要求してくる(タダで),これを受けたコンサルマンは若干のためらいを示して,その要求を下請け事務所に回してくる。(この頃 下請けも忙しい)下請け事務所はさらに回すとこがないので,仕方なく資料を作成する事になる(当然、タダで)。かくして,役人はボランティアによって作成された技術資料をもって会検に望むことになるが,時としてここに至るまでに問題が生じる事があるかも知れない。たとえば,設計計算のミスが発見されたときである。当然,工事はこの計算結果に基づいて施工されている。今さら工事をやり直す訳にもいかない。写真は隠すわけにもいかない。ということで,コンサルは工事内容に合う結果が出るよう条件を調整して計算し(これはタダでも仕方ない,こんな時のために日頃サービスしているのだ)この部分を差しかえた設計報告書を役人に渡し,これを持った役人は,すました顔で会検に望んだのだが「この報告書 何故 ここだけ紙が新しいのですか?」との検査員の質問に顔が青ざめたそうだ。という事があるかも知れない しかし,電子納品になればこの点便利である,都合の悪い内容は変更してCDを焼き直してしまえば、その跡は何処にも残らない。ファイルの何処かに更新日時は残るのだろうが,こんなのは何とかなるのだろう(もちろん私には出来ないが)CALSになれば工事写真もデーターとして提出されるわけだから,写真の修正も容易になる。構造計算書と施工した鉄筋量が異なっていた場合,写真を修正しておけばそれでOK! 会検など恐れるに足らず! である。(別の所から捜査が入るだろうが)電子納品の目的は単に結果としての成果品の電子化ではなく,積算、施工、設計変更といった,次ぎに続くステップへの「使えるデーター」の受け渡しである。現在、CADデーターの交換フォーマットについてはSTEP/AP202による図形レベルの交換をめざしているが,最終的には図面からの自動積算や建設機械のオペレイティングデーターとして使用が現実的な目標として設定されている。こうなると従来のようなアナログ的な発想での図面作成は不可能となる。「縦断計画が変わったけれど、1/100スケールでは視覚的に無視できるから横断図は数字だけ変えておこう」とか「現況地形からの離れ寸法から構造物形状を決定し,寸法は丸めた数字を記入しておく」といったことが出来なくなるのである。(
めんどうである) また、報告書については現在PDF等のファイル形式が検討されているようであるが,これもこれだけでは本来的目的を果たすことが出来ないためデーターとして使用可能なオリジナルファイルの添付が必要となってくる。となると,やはり、ワープロソフトや表計算ソフトは市場シェアの大きいあのソフトの使用が半強制的に義務づけられ,バージョンアップがあるごとに対応して行かなくてはならない。ソフト屋さんにとってはおいしい話であるがユーザーにとっては迷惑な話である。さらに問題は、構造計算のソフトにある。これについてもワープロや表計算と同様,市場性のあるソフトを使用していないと発注者や施工業者にとって無意味になってしまうため,これも発注機関が所定の計算ソフトを提供しない限り,◇○や☆▽などの高価なソフトの使用が、半強制的に義務づけられるのだろう。表計算ソフトで作った構造計算ソフトなどは発注者の定める表計算ソフトであれば使用可能であろうが,受付嬢が優しく対応してくれる計算ソフトにおいては、受付嬢の身なりについて設計者の個人的趣味で決定できないことが問題となる。(分かる人にしか分からない話である)W.終わりに
電子納品は我々の業界にとって大きな改革であると同時に、大きな恩恵を与えてくれるシステムとなることが期待されるが、その影響は業界内のみならず,地球環境レベルにまで及ぶものがある。ペーパーレス化によるゴミの減量化,これに伴うダイオキシンの軽減,紙生産の減少による森林資源の保全等,我々がパソコンにへばり付いて仕事をすることが,人類及び動植物にとってよりよい地球環境の創造につながって行くのである。 がしかし,仮納品に使われたCDRの処分はどうなるのか? FDやMOのようにフォーマットして再利用出来ないCDRは廃棄するしかないが,燃えないゴミとして出せばよいのだろうか? こんな私の不安を取り除いてくれたのは,一枚の新聞広告であった。「いたずらカラスの撃退・ 農作物の鳥害対策に「どっきりバード」が大活躍!」円形で虹色に輝くその商品をよく見たら,CDRにひもをつけてぶら下げられるようにしたものだった。やはり、電子納品は世の中のためになるのである。
技術の進歩は時として経済的な脱落者を生み出すことがある。我々の業界関係でも,測量関係のトレース屋さんはCADの普及に伴いその技術の価値を失い,コピー・製本やさんも,電子納品が本格化されれば,その業務内容を変えざを得なくなるだろう。そしてさらにCALSにより効率的な設計,施工システムが構築された時,「机上の土方」である設計の下請けやは何をすればよいのか?IT推進を伝えるマスコミの報道を台風情報を聞く時のような不安な気持ちで聞いている,今日この頃である。