「アキユ、起きなさい」
誰かの、太いやわらかな声が聞こえる。
「いい加減に起きて、コーヒーでも沸かしてくれ。疲れてるなんて、駄目だぞ。十分に寝たんだから。さあさあ、ほら、起きなさい」
ドンッという爆発音と振動を感じたような気がして、アキユははっと飛び起きた。が、目の前に広がるのは漆黒の闇だった。ただ、正面に「wake up!」の赤い文字が激しく瞬いている。
「…ジーレン?」
返事が無い。
「ジーレン、どこなの? 俺、起きたよ?」
今度はそれに対応するように、wake up!の文字が一層激しく点滅し始めた。
「BB(ビィビィ)!うるさいよ。一体何なんだ?ジーレンは、どうしたのさ?」
wake up!の赤い文字が緑に変わり、それを写していたモニターが凄まじいスピードでデータを流していく。
「俺が、2000年も寝ていたって?……それじゃあ、ジーレンはもう“起きない”な」
アキユは、ため息をついた。
「よく憶えてないや。最後は、どうしたんだっけ?ジーレンと一緒に…」
言いながら、モニターに向かって伸ばした指先に、パチッと刺激が走って青い火花が散る。
「…BB?どうして、生体反応消去シールドなんか張っているの?ここは、BBの中なんだろ?外では一体、何が起きているのさ?」
フォントが最大まで引き上げられた「wake up!」が、目の前で踊りだし、それに重なるように再びデータの羅列が流れていく。
「緊急事態?……ちっ。BB、データの垂れ流しはやめろ。2000年ぶりに起きたばかりで、データの目視確認は辛い」
アキユは、喉元に手を当てた。戦機スーツの飾りボタンが取れて床に落ち、金属音を立てる。
「…お前の文句は、脳で直接聞いてやる。ラインを下ろしてくれ」
シュッと空気の抜けるような音がして、天井から細い配線を引っ張った金属片が、アキユの左耳を被う。
「ああ、感度いいぞ。外のデータ、取れるだけ取って俺によこせ。……発掘作業中?何だよ?それ」
アキユは、自分の周辺に指を這わせ、モノの位置と状況を確かめていった。
「…BB、お前のが、後から寝たのかな?それとも、途中で起きたの?すべてがうまく、 リセットされている。これなら、立ち上げは容易だな…。え?何?…どこかの軍?」
再び、ズズンッという爆音と振動がして、アキユは椅子の背から体を起こした。
「コクピット・ハッチをこじ開けようとしてるってぇ?なんて乱暴なこと…ええ?冗談言ってる場合か! BB、そんな乱暴をするような奴等が、味方のわけないだろ。俺達を遺跡扱いするなんて、失礼だ」
彼は、ぼろぼろと散っていく手袋をはずした。少し癖のある髪も、寝る前よりも、10cmは伸びている。
「この調子じゃ、戦闘中に服が全部崩れて繊維に戻っちゃいそうだな。まあ、ジーレンじゃあ、5000年対応の戦機スーツを買ってくれるほどの金は持ってなかった……うっ」
今度は、さっきよりも激しく長く、振動する。2000年の眠りから覚めたばかりの背中に、振動が痛みとなって伝わっていく。
「……ああ、それはいい考えだ。BB、やってくれ。判断は俺がする。確認後、全速離脱。自己データを取り直して、全てこっちに回すんだ。お前のモニター? ああ。そこには外環境のデータを流しておけよ。いきなり、エンストするな」
コンピューターが動き出す時の静かな音がしてきて、計器類に緑の明かりが点る。
「起きたばかりで、お前を1人で制御できるかな? バランスは、俺をあまり当てにするな。……ミサイル点検、完了。残弾数10。レーザーソード、レーザー・バリアー使用可能…大剣の使用も許可…。こちらの武器に問題はないな。装甲のチェックもよし…。キノストーン・エネルギー・満タン、臨界点到達可能。戦闘可能時間は21日!いいぞ、視界全オープンと同時に、衛星を打ち上げる!」
ブンッと音と同時に、正面に外の様子が映し出される。視界は3分の1が泥で曇り、どこかの軍の作業服を来た兵士たちが、そこに足をかけ、爆破作業を進めている。
そして、激しい雨が降り注いでいた。
「どこの軍だ?…うわっ!」
いきなりの衝撃に、アキユは肩を竦めた。はるか上方に、BBが打ち上げた偵察衛星が、飛んでいくのが見える。と、同時に彼らの上に居た兵士たちが、一斉に逃げ出した。
「まだ、下半身が泥の中なのか?一体どういう状況なんだ?衛星の観測開始まであと15秒。初回データ送信まで20秒か。BB、無理するな!機体バランス及び制動、攻撃、防御、情報の5系統全てを、俺が1人でコントロールする。BBは、フル・ブーストの維持だけに専念しろ!」
後方から、煙と泥が吹き上げられる。金属が擦れる音と軋む音、そしてエンジン音が入り交じって空気を振動させていく。
「エル・ア・キユ・ル/ブルー・ブラッド!出撃っ!」
熱風は泥を吹き飛ばし、土砂降りの中、アキユは“BB”を2000年ぶりに起立せたのだった。
身長20メートル程の、特殊合金・「キノ・ストーン」製の鎧を纏ったヒトガタ兵器。これを人類は「カレウラ(英雄たちの祖先)戦機」と呼び、カレウラと対で造られた人工生命体を「ヴァイシャ」と称した―――――――――
エンジンの出力が落とされ静かになった中、衛星からの地形情報と激しい雨音が耳に流れ込んでくる。そしてコクピット内では、さまざまな電子音が絶え間無く響いていた。はげしい雨は泥を落とし、“BB”の藍色の装甲に輝きを戻していく。
「ジャングル…そうか。ミセルン・バセルンの泥炭地帯の西側か。寝る前と大きく変わっていない。 …いや、河はもっと向こうにあった。流れが変わっているのか?BB、跳ね上がるぞ!」
背中に着いた飛行機のような翼が、微かに振動して両側に開いていく。
「常に飛行可能な状態でおく。…ほら、相手方の戦機が出てきたぞ。あれは、ヴァイシャの乗らない「ゲフィオン型」だ。あれがまだあるってことは、2000年たっても何もかわってないってことか。……連邦の枠組み?ああ。それは変わっている可能性がある。どこの軍が助けてくれるのかな。いや、軍籍ではなくて何よりも、いい相棒が欲しい。お前と俺を大切にしてくれる、ジーレンのような強い“相続人”が……よし、飛べっ!」
翼の下から青い光が吹き出し、BBは飛び上がった。衛星からの情報と一緒に、アキユは眼下に広がるジャングルを見渡した。
が、ゆっくり見回す間もなく、ゲフィオン型の戦機が後を追ってくる。朝日なのか夕日なのか、緑の地平線に赤い太陽が揺らいでいた。そこから流れる幾筋もの大河が、メタルのように鈍く輝く。
「あっちは、西…なのか?夕日? まあいい。とりあえず、撃ち落とす!」
ミサイルが、敵戦機向かって飛んで行くのをアキユは最後まで見ていなかった。
「そういうのは、お前が見ててくれ。BBの動きに俺の反応がついていかない。5系統制御で手いっぱいだ。結果だけくれ。俺の脳で分析処理をする」
−撃墜−
「了解。うわっ…今度は対空ミサイルか?避けるぞ!」
機体がわずかにぶれ、ミサイルが左の爪先にかする。その途端、BBはバランスを崩した。それを立て直そうとアキユは操縦管を引く。
「落ちるか?BB!再ブースト!」
出力が上がると同時に、アキユはレーザーを打ち出した。自分たちが埋まっていた崖の辺りには、かなり大掛かりなテントが張ってある。
短く3回打ち出されたレーザーは、そのテントを炎で包む。
「設備が大掛かりな割には、チャフが撒かれていない。完全に彼らの陣中なんだろうか。いや、70キロ向こうにチャフの固まりがある。とすると、2000年前同様、この泥炭地帯をめぐって幾つかの勢力が争っているってことだよな」
ピピピピピピピ…と、警報がなった。
「分かってる」
空気の吹き出し口を、押え込んだ音がして、一瞬機体がふんわりと浮き上がる。
「着地!」
ズウウンという地響きととともに背中から倒れた“BB”によって木々がなぎ倒され、天に向かって凄まじい衝撃波が広がっていく。
「ぐっ!」
シートの背に叩き付けられた瞬間、戦機スーツの左肩がほどけ、金具が飛び散り、錆びたベルトが外れる。と同時に、本来なら相棒の座る前面の下方にあるシートから、白い粉と髑髏、そして各骨のパーツが飛び散った。
「これはジーレンなのか? それより、着地どころじゃないな」
アキユは、両側の操縦管を握り直した。
「BB、対スペース・ウォーズ用のクッションを下ろせ。フル装備だ。…駄目だ。俺の体が、外環境に付いていかない…」
複雑な構造をもつ鎧のような覆いが下りてきて、アキユの体躯を包み込む。顔にも覆いが被され、彼は深呼吸をした。
「呼吸が楽になった…。俺の体の状況は、BBに任せる…いや、レベル7で…。それ以上は、体が………!!!!!飛ぶぞっ!」
一瞬にしてBBは飛び上がり、その跡にミサイルが着弾する。
「BB、隠れる場所をどうか探してくれ!」
モニターに映し出されるアキユの生体情報を示す波線が、激しく揺れる。
「くそ、2000年も、しかも‘棺桶’ではない場所で寝ていたせいだな。1ヶ月くらい、外環境調整期間が欲しい…」
不意に、BBが信号弾を打ち上げた。
「BB?!いきなり何なんだよ?どこに信号弾を撃っている?」
信号弾は、漆黒の雨空に蛍光の青い煙を引っ張っていく。そして眼下から、再び対空ミサイルが撃ち出された。
「BB!BB、あれは…」
喘ぎながら、アキユはミサイルから辛うじて逃れる。
BBが放った青い信号弾とクロスするように赤紫の煙が現れ、それを追うようにして真紅、そして灰色の煙が幾筋も飛んで来るのを見て、アキユは再び深呼吸をする。
「……シュウ!紫はシュウだ!アレックに、ノイエルもいるのか?ノイエル!!」
アキユを守るように、続けて幾つものミサイルが漆黒の空から撃ち出された。
"アキユ!あなたって本当にねぼすけね。待ちくたびれるところだったわ"
甘いやわらかな声が、耳元で響く。
「ノイエル…確かに君の声だ……」
"アキユ!俺の管制下に入れ!後退を指示する"
これは、戦闘中の全カレウラ戦機の行動を把握、指示する指令塔役の、シュウの声だった。白と赤紫が入り交じる、セレイ・シュウ/ホワイト・RV(ラヴ)機が雲間から美しい姿を見せる。
「シュウ!」
"久しぶりだな、アキユ。さあ、アレック!奴等を叩きのめせ。指示からの逸脱を黙認する。ノイエルはアキユの援護を頼む。空母・マラグール、‘エル・ア・キユ・ル/ブルー・ブラッド’を保護!収容場所の確保を要請する。応援頼む。敵の対空砲多数!"
アキユのコントロールするBBは、漆黒の鎧を纏ったカレウラ戦機「ノイエル・ベール/CYA2(チャチャ)」の差し出した手につかまった。
"おかえり、エル・ア・キユ・ル。君のことはノイエルからよく聞かされていたよ。絶対に、近いうちに君に再会できるはずだからってね"
優しい男声に、彼は首を傾げた。
「あなたは、ノイエルの相続人?」
"そうだよ。ミハエル・クレセーバ中尉だ。君を相続する男の、親友さ。BB、君も俺を見知り置いてくれよ。さあ、出力を落とすんだ。CYA2が、牽引する"
「了解…。さあ、BB。あとはみんなに任せよう。むちゃさせて済まなかったね。俺達は、すこし休もう」
アキユは、自分を覆い包むクッションの中で力を抜いた。ノ・ア・レック/バスタディン機の派手な戦闘ぶりが、脳に流れ込んでくる。彼は暫くの間、それを映画でもみるような感覚で楽しんでいた。
シュウ、きみの顔が見たいよ…。俺の、一番古い友人だったっけ。アレックは、相変わらずむちゃくちゃやってるんだな。それを許してくれる、いい相棒を、見つけたんだね…
それからノイエル…君の相棒は、またしても‘いい男’なのかな?
起きた早々、皆に出会えるなんて、俺はツイテイル…
シリル惑星連邦軍は、数千年の歳月をかけて作り上げ、そして散逸していたカレウラ戦機とヴァイシャを、少しずつ取り戻していた。
「10人蒐(しゅう)」と呼ばれる超A級のヴァイシャのうち、連邦軍籍にあるのは、「セレイシュウ」「アレック」「ノイエル」「ユナ」「イクサート」、そして最高級品と呼ばれている「アキユ」である。
残る4人のうち、「アイラ」「リガズィ」「イヴ」は独立軍に奪われ、「ラグシスティン」は、未だ行方不明であった。
しかし永遠に等しいと言われる彼らの寿命にも、終わりが見え始めていた……
アキユは、胸に両手を当てた。
「レイバック……。やっと戻れるらしい。あんたの望む永遠ってのは、そろそろ手に入るんだろうか?……また、寝たのか?まあいいさ。あんたには、ちょっと無理な運動だったもんな。眠っている間、俺を抱きしめていてくれたのは、ノイエルでもアイラでも、ジーレンでもなくて、レイバック、あんただったのはちゃんと判っている。だから早く目覚めてくれ。1人じゃ、不安定すぎるよ……」
そして彼は、左サイドの壁面に印された文字を撫でた。
“エル・ア・キユ・ル/ブルー・ブラッド…製作者レイバック・フィリィ”
そしてアキユは、ノイエルの誘導にしたがって、戦艦のデッキにBBを着陸させたのだった。こうしてシリル連邦軍は3人蒐のうち、セレイシュウとアキユを手に入れたのである。
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