砂塵 Tactics5

報酬DoubleBooking!

<1>

ミリオンダラーって、知ってる? 直訳すると、100万ドル。

この名前を持つカクテルがあって、それは、ジンベースでパイン風味の甘口。意外な事に、日本の横浜で生まれたカクテルなんだとか。

その日俺は、彼女に誘われて夕方から出かけていった。彼女とは、恋人っていうほどの仲ではないけど、まあ、特定の相手であることは間違い無い。

彼女はインドからの留学生で、名前は“ラクシュミー・アナンタ”、通称シータという。

ヒンドゥー教の、ヴィシュヌ派の神様の名前なんだ。神話・ラーマーヤナに出てくるヒロインの名前がシータ(英雄ラーマの妻で、羅刹王に誘拐されてしまう)で、これの本当の姿が「ラクシュミー」という美と幸運の女神と言われてる。仏教では吉祥天と名をかえるけどね。

ちなみにアナンタというのは、無限を表す大蛇の名前なんだ。

名前は一見派手だけど、国ではそんなに珍しいものではないそうだ。そんな彼女は、額に赤い印をつけてて、褐色の肌と瞳の、見た目はかわいい女の子。民族衣装のサリーを着ている姿は、写真でしか見たこと無い。普段はジーパンにシャツという格好だった。

彼女の国には、今もカースト(身分)制度が残っているけど、昔ほどきびしくないし、あまりこだわらないようになっているみたい。でも、彼女は軍事・政治をつかさどるクシャトリア(王族、武士)の出身なんだそうだ。

彼女は俺を、珍しくも飲酒デートに誘った。

「どうしても飲みたいカクテルがあるの♪奢ってあげるから♪ね♪」

彼女は、ザルなんだ。俺だってけっこういけるほうだと思うけど、全然及ばないよ。ま、お酒の入るデートは、けっこう久しぶりだし、まあいいか…。

だけど、彼女の「奢ってあげるから♪」っていうのは、要注意。分かっているけど、断れない。

連れて行かれたのは、マスターが元傭兵という、何喋ってても安心な店だった。普通の客ももちろんいるし、俺「達」みたいのもいる。

週の真ん中だったせいか店は空いていて、俺達はカウンターの端っこに座った。隣りの客まで、椅子4つの距離。

「やあ、デートかい?二人で来るなんて、ずいぶん珍しいね(^^)」

と、「元」とつくわりには若いマスターは、シータを前にしてご機嫌だ。

「元気だったぁ?マスター」

シータは彼に愛想を振り撒く。若いっていっても、40くらいかな。戦傷で、引退したんだ。それで、こういう店を開いて、裏で傭兵の人材紹介業や、情報屋をやっている。

「シータはいつも元気だね。何飲む?1杯目を、二人にサービスするよ(^^)」

「ありがと〜マスター♪そのうち、大量に飲んでお返しするからね♪」

「………」

俺は溜息さ。シータの奴、この店の裏も表も上得意のくせに…☆

「でね、注文は…… MILLION DOLLARね」

「景気、いいね」

マスターは、にやっと笑い、そして俺にウインクした。

---------

オレンジ色の液体が、俺達の前に置かれる。

俺達は、ちん♪とグラスをぶつけ合った。

「それで?」

と、俺は聞いた。

「それでって?」

と、彼女。俺達は顔を見合わせる。

「…いきなり『本題』にはいるつもりなの?ちょっとくらい、他の話しましょうよ♪」

絶対に、「他の話」なんか無いくせに〜と、思ったけど、まあ仕方ない。俺は溜息をついた。

「…帰省のついでに、トルコ行ってきたんだろ?どうだった?」

「もうねぇ、最高よっ♪」

と、シータはその質問を待ってましたとばかりに身を乗り出した。

「トプカプ宮殿、最高よね♪いつ行っても、エメラルドが山のようにあって…。あんなにいっぱいあるんじゃ、ホント、私たちがいくつ『盗ってきても』ばれないはずだわ♪(^^)」

「…………」

「ほ〜ら、見て見て♪」

そして彼女は、バッグの中を俺にちらっと見せてくれたのだった。

中には、エメラルドのついたアクセサリーがぎっしりとつまっている☆

そ。これが彼女の裏稼業。何でも盗るし、何でも荒らす「シェルター」と呼ばれる窃盗チームの一員なんだ。欧州では最もタチの悪いチームだけど、誘拐だけは絶対にやらない。

そして、ボス同士、つまりファーダとシータのボスが、すっごく仲悪い☆

「で…このカクテルの意味は何なんだ☆100万ドルの強奪なんて、協力しないぞ」

「いやん♪100万ドルなんて、重くて盗めないわよ(^^)これはね、報酬の額」

「ちょっ、ちょっと待てっっ(^^;;;)」

俺は慌てて、シータを遮った。

「報酬?!100万ドルっつったら、1億2000万円以上じゃないかっ(^^;;それ、健全な依頼なのか?」

オルの通貨単位「シバル」も、1シバル1円前後だから、1ドル120シバルくらいだ。

「健全かどうかってのは、難しいところね」

と、シータは溜息をつく。

「内容は、けっこうヤバイのよ」

「そういう内容の仕事には、いくらシータの頼みでも、協力したくないぞ」

「ターゲットがあるビルの、詳細な見取り図が欲しいの。それから、いざってときの逃げ道案内をね…」

「だから、協力しないってば!」

渋る俺に、シータはおねだり視線攻撃をしかけてくる。

「そんな目で見てもダメッたらダメ!絶対引き受けないぞっ!」

「………」

しばし沈黙。

「………お前ら、建物の中とかは、うちのチームの連中より詳しいじゃん…。盗みの仕事で、どうして地図読みが必要なんだよ…」

忍耐の足りない俺は、敗北感とともにカクテルを味わった。

「うちのボスが認めてくれる範囲なら手伝ってもいい」

「やっぱりそう言ってくれると思った!マスター!カクテルお代わりねっ♪お勧めちょうだい♪ストロー2本さしてね!」

シータは満面の笑みでマスターに手を振る。すると、二人分以上入りそうな大きなグラスに、青い液体がなみなみと注がれたものが出てきた。カキ氷のようなサラサラした氷が山盛りで、まるでフラッペ。上には氷と果物がどっさり乗っかっていて、何本ものポッキーに混じって、ストローも2本、刺してある。

「ささっ、私のおごりよ♪いっぱい飲んでね」

ああ、俺って、ダメ男かもしれない。でも、カクテルは飲むんだよなあ…

「詳しい話、してもいいかしら」

「…ご拝聴しますよ」

俺は、ミリオンダラーを一気飲みしてから、新しいカクテルのストローを噛んだ。シータも肩を寄せてストローに口を近づける。

「実のところ、あまり健全な依頼とは言えないのよ。ちょっと不明な部分が多くて」

と、そこまで言ってシータはストローに口をつけ、一気に半分くらい飲み干す。

「要約するとね、アメリカの民間企業が、宇宙人の細胞を手に入れたらしいの」

「この話は、やっぱりお断りします」

「待ちなさいよッ」

ストローから口を離した俺を、シータは強引に引き戻した。

「最後まで聞きなさいってば!」

「最後まで聞いたら、断れなくなっちゃうだろ。頼む、そういうゴシップ誌ネタは今のうちに辞退させてくれっ」

「もうだめよ!」

シータは、俺の腕を掴んで離さない。傍目には、一つのカクテルを腕組んで仲良く飲んでいるベタベタ・バカップル(死語)だろうなあ…

「もとは、イタリアのとある寒村からの依頼なの。殺傷沙汰に巻き込まれてで死んだ若者が、病院で司法解剖を受けて村に戻ってきた… 遺体の様子を不審に思った司祭が、村の医師に相談、調べてみたら、脳と内臓の一部、それから生殖器が亡くなっていたそうよ」

「つまり、それがその民間企業の仕業だと?」

「そう。村人は、以前から、というより、昔から特殊な体質ではないか、と言われていたそうよ。典型的なイタリア人とは見た目もちょっと違うらしくて、他国からの難民が定住したのではないか、っていう説もあるようなの。もっとも、3流どころのメディアは、宇宙からの移民説を唱えているけどね」

「そんな説があるくらいなら、その村には当然、疫学的な調査が入っているはずだろ?」

「ええ、郡の保健局が、採血やらなにやら…。その結果、移民説も難民説も否定されたの。今でこそ、交通の便もよくなっているけど、地理的にも歴史的にも孤立した土地だったから、近親婚を繰り返したりして、特殊な遺伝的因子が他の土地に流れることなく守られてきたんじゃないかっていう結論に落ち着いたそうよ。でも、その結果に納得できないんでしょうね。遺体からごっそり内臓盗むわけだから。でもまあ、Xファイルじゃあるまいし、本当の目的は、宇宙人説の裏付けではないと思うのよね」

「村人からの依頼は、そういうのを抜きにして、ただ、取り返してくれってことなわけ?」

「と、思うわよ。家族の感情を思うと、報酬をいくら出してもぜひ取り返して欲しいのだ、と言ってたから」

「だからって、村人一人の臓物に、100万ドルも出すかよ?」

「まあ、その辺が納得できないんだけど、地域的かつ宗教的な感情っていう説明だったわ」

「ふうん…」

俺は、これ以上の詮索をやめておいた。どうせシータたちだって、細かいことなんか聞いてないのだろうし、独自に調べていたとしても、俺には教えてくれないだろうしな。

「で、俺に何を手伝えっていうのさ?」

「このビルよ。知ってる?」

シータは、俺にメモをちらりと見せた。

 『ウィルト・スターリック・オフィス・ビル』

「…この話、聞かなかったことにしてもいいか?」

「やっぱり、知ってるのねッ」

シータは、俺の腕をぎゅうっとつかんだ。

「知ってるも何も、地図読み仲間じゃ有名なビルだ。民間のオフィスビルとは思えないほど、強固なセキュリティで、米大使館なみの警備が敷かれてるところだ」

「じゃ、入れるわよね?」

俺はシータをちらりと見た。

「報酬による」

俺のこの返事に、シータはちょっと考える。

「友情出演じゃ、ダメかしら?」

「ほかの場所ならともかく、ここに、しかも泥棒の手伝いに入るのなら、報酬は必要だな。いくらシータの頼みでも」

「しょうがないわね。うちのボスは、3万ドル(360万円)までは交渉可能って言ってたわ」

「さっ…」

俺はストローから口をはなし、シータを見つめた。

「シータ、頼むから正直に言ってくれっっ!!! 俺に何か、隠してないか?おまえらがそんなに出すなんて、絶対裏に何かあるはずだっ!」

「ないわよっ(^^;;;)」

シータもカクテルから口を離して背筋を伸ばした。

「たぶん、ちょっと危険だし、もとの報酬も多いから、ボスもこんな額を提示する気になったんだと思うわ。だから、金額が高いっていうことについては別に心配しなくていいと思うの。もっとも私としては、2万ドル(240万)くらいでコージが納得してくれれば、ボスに顔が立つんだけど。どうする?」

「じゃ、2万ドルでいいよ」

と、俺は即答した。本当はタダだっていいんだけど、タダだと、いざっていう時に責任の所在がはっきりしなくなる。無料で請け負ったからとか、金払って雇ったわけじゃないからってね。
万が一にも危機的状況に陥ったとき、タダの仕事はヤバイ。

顔見知りでも、チーム組んでる仲間じゃなければ、金はやり取りしておいたほうがいいわけだ。ま、いわばお互いの保険金。値切りすぎれば、危険が増す。だからといって高額報酬を要求すれば、契約には到らない。

「そのかわり、ちょっとでいいから、成功報酬か戦闘報酬をつけて欲しいな。ボスに掛け合っといて」

「やーん、コージ、ありがとーっ♪」

シータは素直に大喜びだ。あーあ。うちのボスは、なんて言いますかねえ・・・

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アジトに辿り着いたのは、日付がかわる寸前だった。

「おかえり。作戦会議、してるんだ。っても、始まったばかりなんだけどさ」

上機嫌で、ヤーブが俺をリビングに招き入れる。

「作戦? 仕事が入ったのか?」

「そ。とびきり大きな仕事だよ。ジェシーが持ってきたものなんだけどさ」

リビングには全員が集まっていた。

「よう、コージ。お前の好きそうな仕事、もってきてやったぜ」

と、ジェシーが俺に手を振る。俺は、ヨハンの隣りに座った。

「ちょうど、話そうとしたところだったんだ。ファーダには、あらましを話して了解とってあるから」

彼は、咳払いをする。

「他の奴には繰り返しになっちゃうけど、俺に対する直接の依頼者は、欧州統一軍衛生局。とある人間からの代理依頼なんだってさ。依頼内容は、奪還。報酬は依頼者が、100万ドル払うそうだ」

はあ?ジェシーの言葉に、俺はあっけにとられた。そんなよーなの、今さっき、どこかで聞いたような…

でもジェシーは、俺が報酬額に驚いてると思ったようだ。レイが俺に、コーヒーの入ったマグカップを渡してくれる。レイの入れるコーヒーは、なかなか飲めないくらい、熱いんだ。

「早い話が、宇宙人の細胞を取り返してくれってな依頼なのさっ♪」

「げふっ、あちちちちっ!」

俺は思わず、熱湯コーヒーをごくっと飲み込んでしまい、慌てた。その拍子に、手に持ったマグカップが揺れて、俺の右隣に座ったレイの腕にコーヒーがかかる。

「あちーっっっ!!!コージっ!何するんだよっ」

「あちちちちっ!げほっ、げほっっ!」

俺はコーヒーカップをテーブルに置き、ティッシュを三枚とって鼻を押さえた。口の中も熱かったけど、鼻水も出そうだったんだ。ヤーブが投げてくれた雑巾で、レイは自分の腕を拭き、それから俺の顔に押し付けた。

「ほーらほーらっ!顔拭いてあげるよっ」

「ぎゃーっ」

「まったくお前らは…」

と、皆が呆れる。

「コージもコージだけど、レイも、コーヒーの熱さはもっと加減しろよ。マクドナルドだって、客に火傷させないように、コーヒーはぬるめになってるんだぜ」

と、ランディ。

「僕は熱湯コーヒーが好きなんだ。ぬるいのがいいなら、冷ましてから飲めばいいだろ」

と、レイは開き直る。

「だいだい俺だってな、レイのコーヒーの熱さにもびっくりしたけどさっ、ジェシーのセリフにも驚いたんだよっ」

俺は、ジェシーを睨んだ。

「何だよ、そのふざけた依頼は」

「別にふざけていないよ」

と、ジェシーはニヤニヤしながら答えた。

「米軍キャンプに、殺人事件で死亡したイタリア人男性の細胞が、保管されているんだそうだ。事件で司法解剖した遺体から、勝手に持ち出されたものらしい。それを取り返して欲しいというのが、正確な依頼の内容。付け足すと、臓物を勝手に持ち出した奴らは、その遺体を宇宙人だと信じていたってこと」

俺は、眩暈起こしてひっくり返りそうだった。

「依頼者は、もともとは欧州統一軍に頼んだそうだけど、いくらなんでも、同盟軍のベースキャンプからモノ盗むのはちょっとね…ということで、統一軍はオル軍から俺ら紹介してもらったんだってさ。依頼者了解済み。」

「で、なんで細胞が勝手に持ち出されたワケ? と俺が質問したところで、コージが帰ってきたんだ」

と、アーサー。

「統一軍の担当者の話によると、持ち出したのは、民間の研究所でね。以前から、このイタリア人の住んでいる地域は、長寿だったりして…まあ、医学的に何らかの価値があるグループらしいんだな。採血とか、疫学的な調査はしてあるそうなんだけど、遺体が手に入らない。宗教上かつ地域的な理由とやらで、誰も献体しないんだそうだ」

「それでその研究所が、我慢できなくなって、司法解剖のスキに臓物抜き出したってこと?」

と、ヤーブ。

「まあ、そうだろ。村にしてみりゃ、自分たちの血肉が商業利用されても困るし、世紀の大発見があった場合、もっと面倒なことになるもんな。内容によっては、自分たちの生活やみの安全が脅かされる」

なるほど。シータの話よりは、理解できる(^^;;;
そしてジェシーは、地図を俺の膝に置いた。

「それが、支給された地図。米軍キャンプの見取り図ね。当日の警備については、統一軍がなんらかの手助けをしてくれるはず。実行日は、9月20日だ。乗るだろ?」

「ちょっと待って」

と、言ったのはファーダだった。彼は俺に視線を向けた。

「話にのるかどうか決める前に、さ、コージ。白状してもらおうか。100万ドルの報酬も、宇宙人の話も、知ってて驚いたよーな態度と見受けた。さあ、この件に関して知ってることを喋ってもらおう」

みんなの視線が、俺に集まる。

「なんでそんなに鋭いんだ?」

「鋭いも何も、コーヒーなんか噴出すからだ」

と、ヨハンが、俺の隣りで聞こえよがしの溜息をついた。

こうなったら仕方ない。俺は、シータから聞いた話と受けた依頼を白状した。だいたいシータも、俺に口止めはしなかったしな。

「でも、シータたちの襲撃場所は、『ウィルト・スターリック・オフィス・ビル』って言ってたよ」

「考えられるのは、奪還を警戒して、モノを二つに分けてあるってことだよな。両方本物か、両方偽物か、わからないけど」

と、ファーダ。

「問題は、どうして別々のチームに、相手のことを知らせないまま頼んだのかってことだよな。シェルターの決行日も、9月20日なんだろ?」

と、ヤーブ。

「そっちもやっぱり、ご指定なんじゃないかな。統一軍の担当者は、翌日9月21日に、モノが米国にはこばれる予定になっていると言ってたよ。それで俺には、20日の夜を指定してきたんだ」

と、ジェシー。

「ま、同じ日に同時にやらないと、残された場所の警備が厳しくなっちまうもんな」

ランディが溜息をつく。

「別々に頼まれた、っていうのは、軍キャンプは統一軍のがいいが、民間オフィスは泥棒集団が適してる…という判断で、別に気にしなくてもいいのかな」

と、レイ。

「気にしておく必要はあると思うけど、、まあ、そういう判断が働いたのは間違いないだろうね。同じチームに2箇所同時に依頼しても、そのチームの人数の問題もあるしさ。お互いの存在を知らせないものも、セオリーと言えなくもない」

と、ファーダが答える。みんなも、同意見だった。同時依頼の仕事についてお互いの存在を知らせると、チームの人数に余裕があった場合、余裕のあるほうがもう片方のチームの仕事を横取りしようと、妨害工作を企てることもありうる。情報合戦にもなって、かえって機密が漏れる可能性もでてくる。
たとえ依頼の存在が複数で、その存在や他チームのことを知っても、目的が同じなら内容によっては無視するのが最上の策ということもある。

「だが、ひとつ疑問がある」

もったいぶった口調で話し始めたのは、ヨハンだった。彼は優雅に足を組み、皆を見回す。

「普通は、報酬の包みは依頼を受けたチームの数だけ用意されているものだろう。だが、今回の報酬は100万ドルだ。そんな高額報酬が、2包みも用意されてるとは思えないのだがね。どうだろう」

「…」

俺たちは、しーんと静まった。誰も身動きしない。

「ふっ、ふふふふ…」

沈黙を破っていきなり笑い出したのは、ファーダだった。

「100万ドルの報酬をもらうのは、俺たちだっ!シェルターの『くそアマ』なんかに渡してたまるかっ!」

「いや、あの、二包み用意されてるかもしれないし、それになにより、100万ドルに値する内容かどうか調べたほうがいいと思うんだけど、おーい…」

ランディが呼びかけても、ファーダには全然聞こえていないようだった。

今までの経験からして、金に目がくらんだときの依頼は、ロクなモノじゃないんだ。

あーあ。やっぱり嫌な予感がするよ・・・

<2>

9月20日の決行当日。俺とレイは、シェルターのアジトにいた。アジトって言っても、正確には、町外れの僧院だ。ファーダの言う「くそアマ」の「あま」とは、「女」じゃなくて、「尼」のこと。

シェルターのボス、ウィリストリナ・スルウィードは、ファーダやランディと同じ職、つまりシスターなんだ。商売敵と本人たちは言ってるけど、カタキも何も、同じ会派に所属している。まあ、仲が良くないのは本当だけど、実はそんなに悪くも無い。

ウィリストリナ、通称リナは、俺とレイを上から下までじろじろ見る。

リナは、24、25くらいじゃないかな。けっこう美人で、金髪をさっぱりショートにしているけど、見かけよりもおっとりしてて、お嬢様タイプ。もちろん普段は、金髪を濃紺のベールで包んでいるけどね。

シェルターのメンバーは、女ばかり10人。みんな抜群の運動神経を誇っている。俺なんか負けそうだよ。

「で、ファーダが彼までよこしたのは、どういうことなの? コージの監視? それにしたって、報酬一人分でいいから彼も参加させてくれなんて、ケチのファーダがよく言ったわねえ?」

と、彼女はドケチのドを強調してレイをちらりと見る。

「彼はレイ・ヴァール。うちの新人なんだよ。今回はシェルターへの挨拶と、ちょっと変わった依頼の対応を兼ねての参加。だからファーダも、レイの分の報酬はいらないって言ったんだよ」

「ふうん…。で、役に立つんでしょうね?」

「白兵戦の実力は保証する。アフリカとアラブの実戦で、ファーダとランディがそれぞれ合格点出したからね」

「で、仕上げが私たちのチームで?」

「ジャングルの作戦より、繊細な仕事のほうが向いてそうだって、ファーダが言うので。ぜひよろしくお願いします」

レイは、にこっと笑う。これはもう、奴の必殺技だろう。ファーダだって、そのあたりは計算ずくで、レイを仲間に引き入れたんだ。

「…そうね。ファーダよりは信用できそうな笑顔だわ」

と、本当に思ってるわけではないのだろうけど、リナはそう言って頷いた。

「足手まといには、ならないでよね」

「心得ておきます」

レイは、にっこりと笑った。

「じゃ、マップの説明、始めていいか?」

と、俺は中央のテーブルに地図を広げた。みんなが、地図を取り囲む。

「はっきり言って、難攻不落だな。俺が一人でうろうろしてくるのは可能だったけど、こうも大人数で、盗みに入るのはちょっとね」

「はい?コージ、今なんて言ったの?」

シータが聞き返す。

「俺は一人でうろうろしながら地図を完成させたけど、大人数で行くのは無理っぽい」

「呆れた。いつ行ったのよ?」

「昨日。でも、標本が収められていると思われる、S24号資料室には、さすがに入れなかった。というわけで、未確認の見取り図しか出せないんだよね」

と、俺はS24号室の見取り図を出した。壁に沿って、ロッカーが並んでる様子しか書いてない。。

「よくもまあ、こんなの…」

リナはその部屋の見取り図を手にとり、溜息をつく。

「内容はこれだけなのに、扉が4枚ね。本当に、これじゃちょっと入るのは無理ね」

「そっちの作戦は想像つかないから、何をもってきていいのやら…これとこれと、あと警備体制」

「気が利きすぎて間が抜けてるってこと、ないでしょうね」

リナの奴、俺の出した資料を見て、そんなことを言いやがった。

「失礼な。ここまで資料出してやって作戦失敗したら、もー、こっちこそ二度と協力しないぞ」

「ま、善処しましょう」

シェルターの彼女たちは、ジーパンにシャツ、スニーカーという格好。俺とレイも、同じような格好だった。靴の裏には、足跡取られてもメーカーを絞れないように、特殊加工が施してある。荷物は分散して持つから、一人当たりはそんなに多くない。みんな、ウエストポーチや小さいリュックサック程度。

「へえ、こんなに軽装備とは思わなかったよ」

と、レイが喜ぶ。それでも、俺とレイは、みんなの倍は持たされている。それでも、チームでの作戦時からは想像もつかないほど軽いよ。

「一応、何通りかシミュレーションしてあるの。コージとレイにも、協力してもらうわよ」

リナは、にっこりと笑った。

----------------

ビルへの侵入は、そんなに難しくはなかった。監視カメラには、シェルターの面々が白い泡を吹きかけていく。

深夜のビルは、あまり人がいなかったけど、最初にカメラに泡を吹きかけてから1分ほどすると、ビル内はざわざわし始めた。派手に警報を鳴らさずに、知らん顔して敵を追い詰めて捕獲するタイプの警備システム。

陽動のB班がカメラに泡吹きかけて回っている間、俺たちは地下の配電室にまず忍び込み、電源をあらかた爆破した。別経路で電源を確保された警報が鳴り始める。

A班が俺とリナ、シータで、地下施設破壊組担当。B班が陽動で1人。C班が運搬4人。F班の3人が監視室制圧。そしてレイが一人D班で、1階の制圧。

「ここまでは、予定通りね」

と、リナは水道施設のある部屋から出てくると、ドアを閉めた。

ドンッと音がして、ドアが震える。彼女はドアの中をちらっとのぞき、また閉める。

「水が漏れ始めたわ」

「F班の3人が、監視室を制圧したようよ。エレベーターの予備電源も切断。もう全機使えないわ」

と、シータがイヤホンをつけた右耳を押さえる。

「外部の警備員が入ってくるまで、15分はかかるはずだ」

俺は、地上1階へいく階段を駆け上がった。

「コージ、1階は確保したよ。C班が7階到達、作業開始。B班は6階で待ってる」

と、レイが来る。高さはあまりないビルだけど、地下1階から地上6階まで、吹き抜けている。建物内は真っ暗になってしまっていたけど、非常灯だけはついている。

「警報停止。連絡から3分後。制圧に問題なし」

と、シータが時計を見る。警報も、すぐには止めずに連絡用に使っているんだそうな。よくやるよ。

「上で少し、銃撃があったけど、大丈夫だ。緑のライトが光ってたから」

レイの言葉が終わらないうちに、上のほうで緑のライトが瞬く。7階から、細いワイヤーを5本束ねたものが降りてくる。ま、これを一人で持つと重いし、かさ張るんで、さきに7階行った者が細いものを2巻きずつ持って行ってる。これを5本にして下に垂らしてまとめれば、丈夫な一本のロープが出来上がる。俺とレイが、持たされていた金具で、それを壁から2メートルほど離れた床に固定する。

「さあ、行きましょうか♪」

リナはそのロープに、ロープーウェイのような形の握り手を取り付けた。中心部から、しゅっとロープを引き出し、その先端の輪になった部分に足をひっかける。

手元のスイッチを入れると、それがロープを一気に上り始めた。1階にいた俺たちは、それに続いていく。

俺としてはあまりやりたくないんだけどね、ま、仕方ない。

6階に到達した俺たちは、すぐに7階へ上がった。階段の横に、警備員がしばりあげられ、目隠しされて転がっている。

問題の8階は、エレベーターと非常階段のすぐ前が、問題の部屋となっている。俺とレイは、持たされていた爆薬を扉の前に仕掛けた。合計3キロ。うまくいけば、扉がぶっ飛ぶ。

C班の4人は、問題の部屋の真下で、すでに作業をはじめていた。天井とそれから床に、壁にそって爆薬を仕掛けていく。爆薬っていっても、粘土みたいな超高性能爆弾。手のひら大のホットケーキみたいな形にしたものを天井に、折りたたみのステッキを長く伸ばしてうまく貼り付けていく。そしてその真ん中に、一つずつ小さなヒューズみたいなのを押し込んで、セット完了。

天井に50個、床に70個。そして、梁と柱に数個ずつ。これをわずか10分弱でやるんだから、たいしたものだよ。

「サイレンが聞こえる」

と、レイがつぶやく。

「かなり多い。警備会社と…その他。警察ではない、ね」

でも、そんなの誰の耳にも聞こえてない。

「さすが、ファーダのチームの人間ね」

と、リナたちが変な関心をする。そこに、監視室を破壊してきたF班が合流する。

「予定通り、警備員とここの職員がきたよ。急がないと」

「了解。でも、これなら予定の範囲内だ」

と、俺はレイの操作している端末を覗き込んだ。今日の爆破担当は、レイなんだ。

「どう?」

「上の14、18、41、それから下の12と24に起爆装置追加」

レイは、液晶画面に流れるデータを読んでいく。

「それから、上の11と39、下の46、柱の11に爆薬追加を」

リナたちは、無駄口叩かず冷静に指示どおり動く。その間に、俺は手のひら大の薄いナビ端末を確認した。

「計算が正しければ、予定通りの6階で待機してれば、大丈夫だと思う」

「その計算、正しいんでしょうね?!」

「勘も含まれてるけど、多分大丈夫だ」

「よしっ、6階に撤収!」

リナが、声を上げる。俺たちは、部屋を出た。6階に下り、二手に分かれて吹き抜けに面した回廊の物陰に潜み、30秒もたつと、1階のフロアが騒がしくなる。警備員数人が、正面入り口から入ってきた。。

「一体どういう状況なんです?!」

「泥棒ですか?」

1階に、ゆるめに縛り上げておいた警備員たちが泥棒だと訴える声が聞こえてくる。が、彼らには覆面した俺とレイの姿しか見せていない。計画どおり、泥棒は二人組みだ、と騒いでいる。

ここまでは順調だ。5分もすると、警備員たち数人が、5階から6階へ、階段を昇っていくのが暗視野スコープが確認できた。

「爆破!」

レイが呟いたと同時に、8階の扉の前に置いた爆弾が爆発する。

「よしっ♪扉がぶっ飛んだぞ!」

警備員たちが、何か喚きながら慌てた様子でさらに上へ急いでいく。俺たちは、じっと息を潜めていた。レイの端末に、彼らがなにやら運び出す様子が映し出された。仕掛けた小型カメラが捕らえた映像だ。さすが、一枚目の扉はぶっ飛んだけど、2枚目以降はびくともしてないし、開錠するための暗証キーの電源も落ちていなかった。

警備員が二人、銀色をした直径50センチ、高さ1メートルほどの円筒形をした容器を運び、その回りを残りの警備員が囲んでいる。

「あれだわ、間違いない」

と、リナの目がきゅっと細くなって怪しく光る。

「テロかもしれない!」

「7階で、失神状態の警備担当者を二人発見!」

盗聴している彼等の無線通話が、イヤホンから聞こえている。容器を囲む警備員の、後方二人が俺たちが縛り上げた同僚を背負っている。6階に来た瞬間。

「爆破」

レイが呟くと7階の天井にしかけた爆弾が爆発した。凄まじい衝撃が、建物を揺らす。

「なんだっ!?さっきの場所か?」

彼等が上を振り返ったとき、俺たちは飛び出した。シェルターの面々が彼等を階段から次々に蹴り落とし、レイが俺に端末を投げ渡して代わりに容器を奪取する。

俺とシータは、吹き抜けの空間を挟んで反対側にある回廊の手すりめがけて、一発ずつ鉤付きロープを打ち出した。2本とも、うまくひっかかる。俺たちは同じようにロープの端を鉤で固定し、昇ってきたときに使った金具をロープにひっかけて宙に飛び出した。生身のリフトは、本当に怖いよ(^^;

隣りのロープをすべるシータが、下に火薬量を減らしてある手榴弾を落とす。1階から、ビームみたいに伸びている懐中電灯の光が一斉に下を向いて、壁際に向かって散っていく。。。どーん。手榴弾が、景気良くふっとぶ。

下から何発か銃弾が飛んでくるが、次々に滑空するシェルターの奴等が、同じように手榴弾落として黙らせてしまう。俺たちは、鉤を引っ掛けた6階ではなく、ロープのたわみを利用して、5階の回廊に次々と飛びこんだ。

「最後だよっ!」

叫びながらリナとレイが飛び込んできたのと同時に、俺は爆破操作端末のキーを押した。最初に7階の柱、そして床に仕掛けた爆弾が爆発する。レイたちは用意してきた登山用の大型リュックサックに容器を詰め、レイが背負う。すると、リナたち数人が、床に銃を数丁投げ捨てた。

「さっき倒した警備員からの戦利品だけど…もういらないわ」

ううっ、怖いっ。火薬半減手榴弾で人のいなくなったフロアに、7階の天井の一部が落ちていく。

漏水で使えなくなった地下駐車場に入れない車と、漏水を察知してやって来た水道局やこのビルの職員、騒ぎを聞いて駆けつけてきた警察官などで、外は大混乱している。

俺たちは、そんなに焦ることなく、ゆっくりと支度をしてから外に出たのだった。


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