FAIRY SWORD
外伝/聖なる剣
滅びればいい…
登場人物
セディ>第7代聖総帥。スールを滅ぼすと予言を受け、苦しむ。
リトゥーム>第8代聖総帥。滅びを食い止めるために遣わされし者と予言を受けている。
「君は、この剣の所有者になれないよ」
7代目の聖総帥、オッド・アイは、俯き加減に足元を見た。口には笑みが漂うが、嘲笑でもなく、ただ、困惑しているような表情だった。
金色の長い髪が、さらっと音を立てて肩に掛かる。
「多分、そうでしょう」
と、8代目の聖総帥に就任したばかりのリトゥームは、素直に返事をした。柔らかな春の日差しが緑の芝生を明るく照らし、空気を暖めている。
誰も居ない静かな墓所。
正確には、聖総帥という位を持つものと、精帝以外は入れない墓所、だ。
だから、今この聖騎士廟の前には、リトゥームとオッド・アイしかいなかった。
ひとつの時代に二人の聖総帥が存在したのは、これで二回目だ。
初代と二代目。そして今、7代と8代目。
聖騎士廟は小高い丘を刳り貫いて作られ、その入り口の前には、大理石を敷き詰めた美しい長方形の泉がある。深さは膝の辺りくらいまでだが、この水に濡れていかなければ、廟には入れない。
オッド・アイの養父、6代目の聖総帥が暗殺されたときの葬儀を、リトゥームは、参列したにも関わらず、あまりよく憶えていなかった。
あの時、自分がすでに8代目になることが決まっていたのかもしれない。とにかくリィは、まだ3つ4つだったにも関わらず、その葬儀に参列したのだ。
同じ年頃で、この廟の前で参列が許されたのはリィだけだった。
漆黒のマントで覆われた柩は、2列になった兵士たちに担がれ、この泉の上を運ばれて行った。その後に唯一人、ついていくことが許されたのが、このオッド・アイだ。
黄金の髪、華奢な体。暗殺者たちに対する残酷な仇討ち。
彼は、柩が納められて廟の扉が閉められ、泉の中に一人になると、参列者たちを振り返った。
彼は微笑んだが、泉の中央に、埋め込まれるようにして沈められている剣には触れなかった。
憶えているのは、その瞬間だった。ゾッとするほどの、あの妖しい瞳と笑み…
「…私は、絶対にその剣にさわれないでしょうね。何故なら」
「8人目の騎士は、滅びを食い止めるために遣わされた…、からだよね」
と、オッド・アイは、無邪気に声を立てて笑う。
「7人目の騎士は滅びを願い、その強大な力を持って世界を滅ぼそうとする。…ひどいと思わないか? リトゥーム。誰が、生まれ育った故郷が滅びることを望むのだろう? わたしは滅びなど願わなかった。だから6代が亡くなられた時、剣に触れなかった…」
彼は、自分から水の中に降りた。漆黒のマントの裾が、水面に浮かんで揺れ、そこに流れる長い金髪が光って引き立てられ、淡く輝く。
「おいで、リトゥーム。君も、歴代の聖総帥に挨拶をしなければ」
リトゥームも水に入り、二人は廟の正面まで、10メートル余りを静かに進んだ。そして、随分長い間、祈りを捧げた。
「昔ね、士官生になる前、一度だけ、養父上に、精帝軍の兵士になりたくないと言った事があった」
と、オッド・アイは、鈍い銅色の扉に彫られた、6代目の名前を細い指でなぞった。
「…黙って受け入れたのだと、思っていました」
リトゥームの返事に、彼は俯いたまままた微笑む。
「楽師になりたいから、軍人にはなりたくない。どうしてみんな、僕の未来を軍人にしようとしてしまうのか…と。7代目がこの地を滅ぼすと予言されているのに、何故7代目を作り出すのか・・・何故自分を、その7代目にしたがるのか。養父上は、少し笑って答えたよ。どちらにもなればいい、と。なりたいものに、なればいい。。。ここに来るたび、あの時の会話を思い出す」
彼はそこで、初めて自嘲するような声をたてた。
「寛大な養父上が死んで、私は自分で、聖総帥になる道を選んでしまった。生きていてくれたら、私は7代目にはなにらなかったし、君は、8代目ではなかったかもしれない」
「……」
「なんて…今も未練たらしく思ったりするんだ。そんなはず、ないのにね」
「…どうでしょうか。何か少しくらいは、違う結果を得たことが出来たかもしれません」
オッド・アイは笑い出した。
「そうだ。何かが違っただろう。でも、最後は同じだ。どんなチャンスが何度与えられても、私自身に抗う強さがないのだから」
「…ほっとしました、閣下。あなたの弱いところが見れて。。。でも私は、抗う強さや意思は捨てません。絶対に」
リィの言葉に、オッド・アイは首を振る。
「君が、予言に流されなければいいと思う…。だけど、抗うことは望まない。予言が的中したほうがいい」
「閣下…」
「この剣を手に入れた者が、世界を滅ぼすであろう…」
オッド・アイは水の中に膝をつき、剣に触れた。ぱしっと音がして、剣は大理石から外れ、彼はそれを両手で持ってリトゥームに恭しく捧げた。
「…」
水の滴る、真珠色の美しい剣…。リトゥームは、恐る恐るそれに触れた。
パチッと火花が散り、指先に凄まじい電撃が走る。
「うっ」
「…」
オッドアイは、それを再び水中に戻した。
「やはり、私にしか触れられないのか…」
と、彼は溜息をつく。
「リトゥーム、いつか私が狂い、暴走し始めたら、予言の通り迷わず私を殺してほしい。わたしは、この大地の滅びを望まない。予言が成就するとすれば、それは私が私でなくなるときだろう」
春の日差しが、水面をきらきらと光らせる。剣の姿が、ゆらゆらと揺れていた。