素直になれなくて


 「まったく、あのヤロー、頭イカレてんじゃねぇのか?! 何で“HAVE  +過去分詞”が受動態なんだよ! 現在完了に決まってるじゃんか! んっ  とに、ったく!」

その夜、俺はいつも以上に原チャリを飛ばして家庭教師宅から帰った。 

「う〜、さぶっ。」

アパートに着くと、コンポのスピーカーの上の置き時計は、既に10時18分 を指していた。 慌ててテレビのリモコンを探すのだが、部屋がとっちらかって いて、なかなか見つからない。 せまい部屋なんだから直接テレビの本体を操作 すればよさそうなものを、不思議なもので、いつもリモコンを探してしまう。  やっとのことでリモコンを探し出してスイッチオン。 画面では神田正輝が何や ら叫んでいる。 「ストーカー・逃げ切れぬ愛」、これを観るために家庭教師の 時間を、わざわざ15分繰り上げて7時45分から9時45分の2時間にしても らっているのに、今日はあいつの物おぼえの悪さのせいでアタマの所を観逃して しまった。 おっと、高岡早紀だ。 彼女の笑顔をみていると、さっきまでの剣 幕はどこへやら、もうゴキゲンである。 かくしてテレビを観終わり、風呂にで も入ろうかと思っていると、ドアのチャイムが鳴った。

「こんばんは、村上ですけど。」

大家さんだ。

「これ、小包預かってましたから。 それから、おでん作ったんだけど、よか っ たら召し上がって。」
「あ、ありがとうございます。 いつもすみません。 いただきます。」

おでんから、おいしそうな湯気が立ち上っている。 大根、きんちゃく、こん にゃく、玉子、ちくわ。 よかった、大嫌いな厚揚げは入っていない。
 そして、小包の差出人を見ると、瑠美からだった・・・  


「あたし、9月からアメリカへ短期留学することにしたの。いいでしょ?」
瑠美がそう言ったのは去年の春だった。 俺と違って向学心のある瑠美の言葉 にしては不思議なことではなかったが、さすがに恋人と6ヶ月も離れて暮らすの は、正直言ってイヤだった。 しかし、彼女をひきとめることは、俺にはできな かった。 それに、たかが半年くらいで二人の仲がどうにかなるなんて思えなか ったし。
 8月、成田空港で
「留学するからには、精一杯やってこい。俺には電話も手紙もよこすな。 6 ヶ月間、勉強のことだけを考えるんだぞ。」
と見送る俺の目を見つめて、瑠美は毅然とした表情でうなづいた。 そして、 今度はとびっきりの笑顔を浮かべ、俺の頬にチュッとくちづけると、長い髪を翻 して、シカゴへと旅立って行った。
 空港からの帰り、俺は1枚のCDを買った。 “CHICAGO16”、C HICAGOのアルバムである。 他愛もないことだが、瑠美が帰ってくるまで の間、CHICAGOの曲でも聴いてシカゴにいる瑠美に想いを馳せようと思っ ただけのことである。 部屋に帰ると、俺は早速CDを聴いた。 それまで、C HICAGOの曲はあまり聴いたことがなかったが、こうして聴いてみると、な かなかいいものである。 もっともそれは、瑠美のイメージがオーバーラップす るからなのかもしれないが。


 翌朝、俺は電話の音で、目が覚めた。
「・・・・・・もしもし。」
「もしもし、あたし。 瑠美。寝てた?」
「・・・うん・・・で、何?」
「あのね、無事に着きました、って報告。」
「・・そうか。よかった。 でも、電話するなって言っただろうが。」
「うん、ごめんね。じゃ、また。」
「ああ。頑張るんだぞ。」
「うん。じゃ、バイバイ。」
「バイバイ。」

 それから、俺は毎日のようにそのCDを聴いた。(あの時は、つい強がって あんなことを言ったけど、瑠美のことだから、そのうち、きっと手紙でも書いて よこすにちがいない。)そんなことを考えながら。 しかし、2週間が過ぎ、3 週間が過ぎても瑠美からの連絡はなかった。 こっちから手紙でも出そうかとも 思ったこともあるが、「電話もするな。手紙も書くな」と言った手前、俺の方か らコンタクトするのもなんだか気がひけて、意固地になっていた。 そして俺の 方も、1ヶ月、2ヶ月と経つうちに、次第にCHICAGOのCDを聴くことは なくなっていった。


 小包を開けると、中には数十枚の便箋が入っていた。 中身を取り出すと、 小さなメモが俺の足下に落ちた。

         あなたへ
     ごめんなさい。約束を破って、毎週
     土曜日の夜にあなたへの手紙を書い
     てしまいました。
     3月になったら日本へ帰ります。
     半年分の返事を聞かせてネ。
                  瑠美

 俺は、しばらくCDラックに入ったままだった“CHICAGO16”を取 り出してプレーヤーにセットし、<PLAY>と<REPEAT<のボタンを押 すと、瑠美からの手紙を読み始めた。
 24通の手紙を読み終えた時には、何度目かの“HARD TO SAYI ’M SORRY”が流れていた。


(あっき〜♪)


<PC−VANサークル「カフェテリア」#2289、2290より転載>


<筆者からのコメント>

大学の時にサークルの会誌に載せた文章を送ってみます。
これは「三題噺」のコーナーに上奏した文章なので、半ば強引に「原チャリ、 厚揚げ、飛ぶ」の3つの言葉が入っておりますこと、お含みおき下さい。


この作品のに関するご意見、ご感想は・・・