静かに開いた扉の向こう。そこに立っている姿を見て、思わず息を呑むフロークと
アプリコット。
華やかな、しかしひどく古風なドレスに身を包んだ少女。年はアプリコットより少し上でしょうか。長い金髪の、利発そうな切れ長の蒼い瞳。通った鼻筋。口元に、上品な笑みを浮かべて。
しかし、何か雰囲気が違います。そう、生きた人間を前にしているという実感ではないのです。まるで、生きた映像を見ているような。
「あ・・・あなたは?」
やっとのことで、口にするフローク。
少女は腰を折ってふくらんだスカートを持ち上げ、
「私はこの城の主、アルベルト・フォン・ゼーラントの妹、ルシーラと申します。」
澄んだ、流れるように心地よい声でしたが、
ルシーラ?
その名に思わず聞き返すアプリコット。
たおやかな微笑で頷くルシーラは、静かにアプリコットの傍へとやってきます。
アプリコットの傍に腰掛け、そっと彼女の額に手をやるルシーラ。
「兄が、あなた達に大変なご迷惑をおかけしました。どうか、許してやって下さい。」
そっと頭を下げるルシーラ。
アプリコットの額に当てた手はそのままです。
不思議な感覚にとまどうアプリコット。
しっとり冷たく、しかしアルベルトのような氷の冷たさではありません。夏の湖のような、なめらかで心地よい涼しさ。
そして不思議なことに、ひどく熱を持っていた頭や全身から、少しずつ熱が引いていくのを感じます。
不思議そうに見るアプリコットに、静かに微笑むルシーラ。
「いいのよ。このままこうしていたら、少しは楽になると思うわ。」
見つめるルシーラの瞳に頷くアプリコット。彼女の瞳は、何故か安心させてくれる何かがありました。
彼女の手に身をゆだね、目を閉じるアプリコット。
手持ち無沙汰で、後ろで立ち尽くすだけのフロークにルシーラは振り返ります。
「兄は・・・アルベルトは、どこへ向いましたか?」
見上げる瞳は一転して、ひどく不安そうな表情。
知ってもらわなくては・・・
フロークは話し始めます。自分達がここへやってきたいきさつ。アルベルトとの関わり。
そして何故アルベルトが、どこへ向ったのかを。
フロークの話を聞き終え、更に表情を曇らせるルシーラ。
「・・・危険だわ。この城の周りは私達の戦で浮かばれない者たちが、いまだ彷徨う地。」
そして、兄自身も。
このままでは、兄も彼らに取り込まれてしまう。
「行くんですか、あなたも?」
彼女の気持ちを察したフロークが訊きます。
頷くルシーラ。でも、と傍らのアプリコットを見ます。
「もう少し後・・・彼女の悪いものを吸い出してからね・・・」
今はすっかり眠りに落ちたらしい彼女の額を、そっと撫でます。
辺りをすっかり取り包む真っ黒い霧の闇。ですが、その黒さが幾分和らいだかに思えるのは気のせいでしょうか。
先ほど出くわした化け物以来、不快な気配は感じ取れません。
黒い霧の中を、ささやかな松明を手に進み続けるタッティ、オッター。
待ってろよ・・・アプリ、フローク!
押し潰されそうな恐ろしさを、残っている2人を懸命に思い押し殺して。はやる足取りを、その思いを支えに冷静に。覚えているボスコ号から古城への足取りの記憶を一つ一つ手繰り寄せ。
何となく、ボスコ号に近づいていると感じ出していた時でした。
歩いていたタッティが、パタリと歩を止めました。
「ど・・・どうしたんだい、タッティ?」
恐る恐る尋ねるオッター。今度は何事かと、辺りを見回します。
「向こう・・・ほら、あれが見えるか?」
タッティが指差す先。目を凝らしたオッターも驚いた様子。
暗闇の霧の向こう、うっすらと揺れるほの赤いもの。確かに何かの灯りのようです。
その灯りが、少しづつこちらに近づいてきます。こちらの灯りに気づいたのでしょうか。
やがてそれが間近になり、うっすらとその灯りの主が顔を現した時。
「アッ・・・お前達!!」
思わず声を上げるその相手。
「アッ・・・そういうお前達は!!」
フードマンでした。後ろにはジャック、フランツもいます。
でも、何でこんな所にフードマンが?
問いかけようとする前に、フードマンの方が一気にまくし立てます。
「いや〜〜、ここでお前達に出会うとは助かった!実はあれから、こんな気味の悪い城からは出ようと外に出たはいいが、この闇と霧ですっかり動けなくなってな・・・何とか
ここまでは来れたが、ここからはどうにも動けなくなっていたところだ・・・ところで
お前達もここにいるということは、ボスコ号も近いってことだな?」
黙ってフードマンの話を聞いているタッティ。知った顔を見た余裕が、タッティの知恵
を探り寄せていきます。
これを、どう使おうか・・・
「どうした?何で黙っている?」
尋ねるフードマンに、タッティは何食わぬ顔で答えます。
「いや、何でもないさ。オレの予想でも、確かにボスコ号はこの近くのはずだ。もう少し
歩けば・・・」
言って歩き出した矢先でした。
ふとかざした松明の灯りの先、見慣れた木組みが垣間見えた気がします。
もう一度、念入りに目を凝らします。
霧が刹那途切れ、見慣れた気球屋根、木組みのデッキ。ボスコ号でした。
「よしっ!!何とか着いたぞ!!」
それを目にしたタッティがオッターが、フードマンまでもが歓声を上げます。
タッティは振り返り、フードマンに言います。
「さあ・・・ボスコ号がここなら、スコーピオン号も近くにあるはずだろ?」
言っている間にも、フードマン達はその方向へと駆けていきます。
それを確かめ、オッターに向き直るタッティ。
「さあ・・・今のうちに薬草を取ってこよう。そして早く城へ戻らないと。」
「そうだね。ある場所は覚えているよ。取ってくる!」
勇んでボスコ号へ飛び込むオッター。
それにしても・・・
タッティは呟きます。
フードマン・・・あんな連中でも、まさかあの顔を見てほっとできるとはね。
まだ見ぬ神様より、知った鬼とはこのことかな・・・
後は、どう安全に城へ戻るか、だな・・・
早くも、城への帰り方に考えを及ぼすタッティでした。
振り下ろした棍棒が唸りを上げる、
背後の一瞬の殺気、
よけるアルベルト、風を切る棍棒、
すかさずくり出す槍、たまらず吹っ飛ぶ雑兵、
返す槍、横の兵をなぎ払う、
ひゅんひゅんと、頭上で舞う槍、
微かな月明かり、闇の中でぬるりと光る白刃、
言葉にならぬ叫び声、四方から八方から、
殺気漲らせる白刃、一斉に踊りかかる棍棒、
隙間を掻い潜り、白刃を掻い潜り棍棒を掻い潜り、
目に付く雑兵を槍で薙ぎ倒す、
片っ端から、片っ端から、
一人、二人、三人、四人、
五人目が槍を受け止める、
背後に迫る白刃、
乾いた音で折れる槍、飛び散る破片、
手元の槍の片端でその兵を突き倒す、
背後の白刃を槍の片端で受け流し、
すかさず抜き放った剣一閃、背後の兵の首を掻き切る、
再び背後に風切る棍棒、
振り向きざま一閃、
棍棒もろとも首を真っ二つ、
声にならない叫び声、正面に振り下ろす白刃、
受けるアルベルト、ギインと鈍い音、青白い火花が散る、散る、散る、
力任せに押し出す兵、そのまま受け流すアルベルト、
前につんのめる兵、すかさず後ろ首を斬る、
四方から一斉に襲う兵、
隙間を縫い、一人抜き二人抜き三人抜き四人抜き、
すかさず振るう剣、手応えすら伝わる暇なし、
振り上げ振り下ろし、横に払い縦にすくい上げ、突き出し突き下ろす、
斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!
フウッと深く息をつき、正眼に剣を構えるアルベルト。
倒れる兵たち、一人二人三人四人・・・
残る兵達にわずかに伝わるうろたえ。
そう・・・やはり私には、この生き方しかない・・・いや死に方だったかな。
武に生まれた者の宿命か。
あの時は父も兄達もこうして共に戦ったが、今はもう私一人か・・・
眼前には、まだまだひしめく兵たち。斬っても斬ってもまた起き上がってくる亡者達。
不意に、どうしようもない悲しさに、顔を曇らすアルベルト。
こやつらも、同じか。
起き上がっては斬られ、そしてまた向ってくる。
私もこやつらを斬り捨て斬り捨て、いずれ誰かに斬られる。
永遠に、その繰り返しか・・・
もういい。疲れた。そろそろお開きにするか。
もっとも、また起き上がった時にはまたこの繰り返しなんだろうが・・・
「どうした・・・もう来ぬか!?この素っ首、うぬらの誰かにくれてやろうというのだぞ!」
声を振り絞り、怒鳴るアルベルト。ビクッと反応する亡者達。
一瞬の間合い。
そして。
カアッ!!
一斉に三度襲い掛かる亡者達。
初めの一人を撫で斬り、二人を袈裟斬り、三人目・・・
ドッと倒れるアルベルト、背後から体当たりしていた兵、
その兵を殴り倒し、眼前の兵を蹴倒すアルベルト、
構わず、すかさず押さえ込む亡者達、
その下で、アルベルトを押さえ込む兵。
土気色に変じた顔、落ち窪んだ眼窩。
しかし不思議な親近感。
「・・・よくぞ組みしめた。うぬの名は?」
「・・・確か、クンツって名だった・・・」
ぼそりと答えるクンツ。ふっと笑うアルベルト。覚悟は決まった。
「よかろう、クンツ。この素っ首、うぬにくれてやろう。」
アルベルトの言葉に、クンツが錆びた刃をその首に押し当てた時でした。
やにわにざわめく亡者達。
何故か、せっかく押さえ込んだアルベルトを忘れ、一斉に立ち上がりだします。アルベ
ルトを組みしめたクンツも。
そして一方を向いたまま、身じろぎもせず。
同じく立ち上がるアルベルト。不思議と、その方向を見ます。
そこに彼が目にしたのは。
あまりの驚きに息を呑む。呆然と立ち尽くすアルベルト。手にしていた剣が落ちました。
闇の中に、何やら薄明るく光る存在。そこにあった、あまりに見慣れた、片時も忘れることのなかった顔。それが、今目の前にあったのです。
静かに微笑む、その顔、その姿。あの時の、あの姿。
恐る恐る、歩みだすアルベルト。近づいて、また消えてしまわないように。
被っていた兜を脱ぎ捨て、ほんの目の前で、今一度確かめます。間違いありません。
その頬に、手を触れます。確かに手に触れた感覚。
今、アルベルトは確信しました。
「・・・ルシーラ・・・」
アルベルトの呟きに頷くルシーラ。
そして、立ち尽くす亡者達の前に歩み出ます。
「・・・あなたを待っている人たちがいるでしょう?ここは、あなたのいる場所ではありません。」
静かに語りかけるルシーラ。
その前に、クンツが歩み出ます。
「この戦に勝てば、里へ返してくれると殿さまは言った。でもどうすればいいんじゃ?
さんざん、探し回った。でも、どこにもいないんじゃ。どこじゃ、わしのおっ母は、倅は、どこにいるんじゃ?」
「あなたの心の中にいるはずよ。」
そして、土気色のクンツの額に手を触れます。
「想い起こしなさい、大切な想い出を。そしてその人を、一心に想いなさい。」
茫然と、ルシーラを眺めるクンツ。頷くルシーラ。
ルシーラを見るクンツの落ち窪んだ眼に、みるみる涙がこぼれて来ます。
やにわに、クンツの体がほの明るくなってきました。土気色だったクンツの頬が、生気
を取り戻していきます。打って変わって、和らいだ表情。
そして、ほの明るい光と共に姿を消すクンツ。
同じ事が、そこかしこで起きています。
呆然と、その様子を眺めるばかりのアルベルト。見守るルシーラ。
気づいた頃には、そこに亡者は一人もいませんでした。
「・・・ルシーラ・・・お前は・・・お前は・・・」
呟くアルベルト。それっきり、言葉が出ません。
力には力で。憎しみにはそれを超える憎しみで。それで以ってしても倒せなかった亡者
達を、一瞬にして消してしまった。いや、消してしまったと言うこと自体が誤りでしょう。
その存在を受け入れ、包み込み、そして導く。
それはつまり、王という存在。
私にはできなかったが、ルシーラにはできたということか。
ではできなかった自分とは?ルシーラには何故できた?私が間違っていたというのか?
立ち尽くすのも忘れ、自問自答のアルベルト。
「お兄様を、迎えに来たの。」
そして、アルベルトに抱きつくルシーラ。我に返るアルベルト。
「会いたかった・・・お兄様・・・」
それっきり、ルシーラも言葉が出ません。ただ、涙だけが溢れるばかり。
その細い肩を、ガッと抱きしめるアルベルト。彼の頬にも、涙が伝いました。
「・・・すまなかった、ルシーラ・・・」
今まで何千回、何万回と思ったことでしょう。しかし今たったこの一言で、満ち足りた思い。心は軽くなりました。
そのまま、身じろぎ一つしない二人。
そして偶然、その近くを歩いていたのも二人。
「・・・不思議だな。あれだけいた化け物たちが、全然見当たらないけど。アルベルトがみんな退治しちゃったのかな?」
不思議そうに呟くオッター。そういえばあれだけ濃かった霧も、何だか薄れてきた気が
します。
「さあな・・・いなけりゃいない方がいいだろ。あっ、見ろオッター!」
返したタッティが、東の空を指差します。
見ると、東の空の雲間に、ほの赤い光の幕。
「・・・もう夜明けなんだ・・・あっという間の1日だったね。」
呟くオッター、ほっとした表情です。
少し、夜明けの雲間を眺める二人。
「さあ、急ごうオッター。夜明けまでにこのヒカリゴケの薬草を、アプリに届けるんだ。」
向き直って、手にある袋をかざすタッティ。
「ああ・・・そうだったね。急ごう、タッティ。」
答えたオッターもすぐに向き直り、再び先を急いでいきます。目指すは、アプリコットとフロークの待つ古城です。
少しづつ、少しづつ、明るさを増していく空。
明けない夜は、ないのです。
ふと眠りから覚めたアプリコット。まぶたの向こうに感じる微かな光。
そっと目を開けると、窓の向こうの東の空の雲間に、薄明るい光の筋。
「もう夜明けなんだわ・・・」
そっと呟くアプリコット。
ふと視線を転じた先に、彼女のベッドに寄りかかったまま寝息をたてているフローク。
表情をやわらげるアプリコット。彼の肩に、自分の毛布をそっとかけます。
「ごくろうさま、フローク。心配かけてごめんね。」
その気配で、ビクッと体を動かすフローク。彼も眠りから覚めたようです。
ベッドから起き上がり、床に降り立つアプリコット。少し気だるさはありますが、高熱だった昨日の苦しさに比べたらウソのようです。
額にずっと手を当ててくれていたルシーラ。思い起こし、ありがとうと呟きます。
「あ・・・アプリ。もう気分いいのかい?」
目を覚ましたフロークに頷くアプリコット。そのまま、部屋の外へ向っていきます。
慌てて追いかけるフローク。
「ま・・・まだ無理しちゃダメだ。もう少し寝てないと。」
ベッドへ促すフロークに首を振るアプリコット。
「ううん、もう大丈夫。それより、私のために出かけてくれたみんなを迎えに行きたいの。」
タッティにオッター、それにアルベルトにルシーラ。
みんなに見せたいの。私はもう大丈夫って。
部屋を出て行くアプリコット。でもまだ足元は覚つきません。
支えようと横に立って歩くフローク。彼に寄りかかるように歩くアプリコット。
部屋を出て廊下を歩き、出口を出る二人。
久しぶりに触れる外の空気は少し肌寒い。少し震えたアプリコットに、フロークはそっと自分のチョッキをかけます。
微笑むアプリコット。
朝日を浴びて、霧が動いています。あれだけ深く濃密だった霧が、少しづつ晴れてきているのが分かります。
きらめく朝日と霧の向こうで、誰かが歩いてきます。誰かは分かっていました。
タッティ、オッター、アルベルト、ルシーラ。そしてアプリコットにフローク。みんな無事でした。
得意げにヒカリゴケを掲げてみせるタッティ、オッター。頷くアプリコット。親指を
グッと立てるフローク。今は和んだ表情のアルベルトにルシーラ。
揃って見上げる東の空。雲間の上にすっかり姿を現した朝日。空気の新鮮な、新しい
朝でした。
ヒャッホー!!
湖に、弾けた笑い声が響き渡りました。
湖面を疾走する水上バイク。運転するのはフローク。
それにロープで繋いだ足場で、水上を滑走するのはアプリコット。
見上げると、雲一つない真っ青な晴れた空。眩しい太陽。足元で上がる水飛沫。頬を
撫でる風切る心地よさ。日の光と水の匂い。水の上を滑って駈け抜ける爽快さ。ほんの
昨日までの霧まみれの空が、ぼやけた夢のようです。
何もかもが最高でした。
見渡すと、湖の上に浮かぶボスコ号で釣りに興じるタッティ。その近くで、ボードを
浮かべ、ぷかぷか浮いているオッター。目の前では水飛沫を飛び散らせ、水上バイクを
気持ち良さそうに駆けるフローク。
「タッティ、オッター!!」
弾ける笑顔で、手を振るアプリコット。
「タッティもオッターも、これしてみない!?すっごく楽しいんだから!」
アプリコットの呼びかけでしたが、ボードの上で寝転がったまま手を振るばかりのオッター。
「アプリこそ、油断して落ちて溺れるんじゃないぞー!!」
叫ぶタッティ。そして、それとなくフロークに目配せします。
いたずらっぽく笑うフローク。
「平気だってば!タッティこそ・・・」
アプリコットが言いかけた時でした。
突然、バイクが右に転じます。反応する間もなく、キャアッ!っと水面に倒れる
アプリコット。派手に立ち上る水飛沫。
程なく、その横にバイクを止めるフローク。さも申し訳なさそうに水面を覗き込みます。
「やあ、申し訳ない。いきなり目の前にオバケが現れてさ・・・」
言いかけて、少し?となるフローク。水の中に投げ出されたアプリコットが、なかなか
現れません。
少し不安になって、水の中を覗き込んだ時でした。
突然、水の中から手が伸びて、彼を引っ張ります。為す術なく、ワッ!と水の中に落とされるフローク。
「よくもやってくれたわね!この、この・・・」
派手に水をかけてくるアプリコット。彼女の反撃に、さすがのフロークもたじたじです。
「ごめん、ごめん、降参!だってタッティがやれってさ・・・」
湧き起こる笑い声で、それ以上は言葉になりません。少し飲んだ水と腹の底から湧き起こる可笑しさで、咳き込んで仕方ないのです。
見ると、何事もなかったようにボードで浮かんでいるオッターに、何食わぬ顔で釣りを
続けるタッティ。
あいつら・・・
思わず苦笑するフロークなのでした。
その横で、さっさと水上バイクに乗るアプリコット。フロークに目もくれず、さっさと
駆け出します。
「お・・・おーいアプリ、どこ行くんだい!?僕も乗せてくれよ!」
叫ぶフロークに、
「私、誰かさんのせいで溺れて疲れちゃったから浜に戻る!フロークは泳ぎが得意なんでしょ!?泳いで戻ってきなさいよ!」
そして思いっきりアッカンベエ!呆気に取られるフロークを尻目に、さっさと浜へと
戻ります。ボスコ号の傍を通り、わざと派手な水飛沫でタッティとオッターを水びたしに
したのはほんのご愛嬌。
後に残されたのは、水びたしの情けない面持ちの3人・・・
アメイジンググレイス その美しい輝き
Amazing Grace,how sweet the sound 私のような堕落した者も救ってくれた
That saved a wretch like me 一度道を見失った私だけど
I once was lost,but now I`m found; 今は神に見出された
Was blind,but now I see. 眼が見えなくなっていた私だけれど
今は見える
T`was grace that taught my heart to fear 私の心に怖れを教えてくれたのも神の恵み
And grace my fears relieved ; そしてその怖れから解放してくれるのも
How precious did that grace appear 神の恵み
The hour I first believed. 私が最初に信じたその時
その恵みがどんなに貴く思えたことでしょう
Through many dangers,toils and snares, 多くの危険、困難、誘惑を避けて
We have already come. 私達はここまで来ることができた
T`was grace that brought us safe thus far, ここまで安全に来れたのも神の恵み
And grace will lead us home. その恵みが私達を家まで導いてくれる
When we`ve been here ten thousand years 太陽のように明るく輝き
Bright shining as the sun. 私達がこの世に一万年生きたとしても
We`ve no less days to sing God`s praise 私達は最初に唄い出したときと同じように
Than when we`ve first begun. 神を称賛する歌を唄っているでしょう
Hayley「Amazinng Grace」
静かに口ずさみ、水遊びに興じるアプリコット達を、遠くから眺める存在がありました。
湖を見下ろす古城のバルコニーに出て、その様子を眺めているアルベルトにルシーラ。
口ずさんでいたルシーラ。そしてアルベルトの様子を伺います。
しばし聴き入った後で、アルベルトはニヤリと笑います。
「・・・私のことを歌ったつもりか?」
「・・・さあ、どうかしら?」
同じく、いたずらっぽく笑って返すのはルシーラ。
「一つ、疑問がある。」
「何?」
「この空さ。」
そう言って、すっかり晴れ渡った空を見渡すアルベルト。
城の眼下に豊かな水を湛える青い湖。その周りに壁のように広がる、深い緑の森。白い
鳥の群れが、小さい音を立てて飛び立ちます。連なり生い茂る森の遥か向こうには、
やはり衝立のように連なる氷色の連山。
ほんの昨日までの霧の世界が、まるでウソのようです。
「あの霧は、ルシーラが立てていたのか?」
「私も、お兄様も、そして戦で浮かばれなかった者たちの心の淀みだったのよ、きっと。」
でも今は・・・
「心の鏡か、我々の。」
アルベルトの言葉。我々の、という言葉に、妙に感動を覚えて頷くルシーラ。
眼下ではしゃぎ回るアプリコット達を眺め、溜息混じりに漏らすアルベルト。
「・・・ああいう生き方もあったのだな・・・」
「想像もしなかった?」
そっと訊くルシーラ。
「ああ・・・誰よりも強くなり、誰かに認めてもらうことが全てだった。それが王なのだと信じていた。だがその挙句が・・・」
手すりをググッと握り締めるアルベルト。
その手を、ルシーラが優しく包み込みます。
少し戸惑った後で、
「・・・私は、間違っていたのかな?」
向き直り、まっすぐにルシーラに尋ねるアルベルト。その視線は哀しいほどに真剣です。
静かに首を振るルシーラ。
「それを決めるのは私じゃない。でもお兄様は、その生き方を後悔はしてないのでしょ?」
「後悔?後悔などするものか。」
「だったら、それでいいじゃない?その時はその時。今は今。確かに充実して生きていたなら、誰にも正しいか間違いかなんて言えはしない。お兄様自身が分かること。それで満足しないなら、また生き直せばいい。」
ルシーラの言葉に、空を仰ぐアルベルト。
「・・・私自身にも分からないかもな。」
「それも答えなのよ。だから・・・」
真っ直ぐに彼女を見つめるアルベルト。彼を、そっと抱きしめるルシーラ。
目が覚めたような表情のアルベルトに、とびっきりの笑顔のルシーラ。
「・・・また、やり直せばいいのよ・・・。」
なお心配そうなアルベルト。
「・・・私の手は汚れてしまった。こんな私でもやり直せるだろうか?」
「私を殺め,200年も彷徨っていたんでしょ?罰はもう充分だと思う。」
「先に逝った父や兄は、往生できただろうか?」
「お兄様の目で確かめてみたら?」
促すような視線のルシーラ。今はもう納得できた表情のアルベルト。その表情にもう
迷いはありません。
パシッ!!
掌を拳で打つ音が、力強く響きました。ルシーラが驚くほどに。
「よし・・・それじゃいっちょう生き直すか!」
吹っ切れた様子で、晴れた空に叫ぶアルベルト。
それを見届けた後で、嬉しそうにルシーラは言います。
「それはいいけど、その鎧のままだと重過ぎない?もう脱いだらどお?」
言われて初めて気づくアルベルト。まだら模様にすっかり汚れた白銀の鎧を見回します。
愛しそうにそれを一撫ですると、彼は部屋へと戻っていきました。
そんな彼を、嬉しそうに見送るルシーラ。ふと空を見上げます。
雲一つない、どこまでも続く真っ青な空。優しく強く照りつける太陽。静かに吹くそよ風。こんな晴れた空を見るのは彼女も久しぶりでした。
「・・・いい空・・・」
眩しそうに見上げるルシーラ。七色の陽光は天から無限に降り注いで、彼らをどこまでも包み込んでいました。
陽光が降り注ぐ中、パラソルを立てた下で寝そべっているアプリコット。
ウ、ウーン・・・と、気持ちよさそうに伸びをした時でした。
不意に影が陽光を遮り、彼女は目を開けます。
「早かったね、フローク。」
身を起こし、何事もなかったように笑って言うアプリコット。
「ああ、おかげさまで。誰かさんに置いてかれて、泳ぎにたっぷり堪能できたよ。」
「へえ〜、誰だろ?」
アハハと屈託なく笑うアプリコット。
まったく・・・
溜息まじりに笑うフローク。
二人の笑顔が、視線が、想いが交錯する一瞬の時。
フロークの肩がアプリコットの肩に触れ、どちらからともなく合わさる頬・・・
とはならず、どちらからともなく、視線を外してしまいます。
そのまま二人して、湖面を眺めています。
降り注ぐ陽光は、虹色のきらめきを放つ万華鏡。キラキラと、今はすっかり高くなった
陽の光を映す海面は、まるで宝石を散りばめたかのよう。静かに打ち寄せる波打ち際。
寄せては返す波の音。ここだけには永遠があるようです。
ふと、横に座るアプリコットを見ます。
ポニーテールにくくり上げた髪。湖を見つめる大きな瞳。ほんのり色づいたくちびる。
パレオの付いた白い水着とふっくらふくらんだ胸元。しなやかに伸びた脚。
アプリって・・・
どきどきと胸打つ鼓動は、いつしか波のリズムを追い越して。
こんなに可愛かったっけ・・・
もう一息で告白と、あおる波。津波のように溢れる想い。それでもこの鼓動を、想いを悟られないように、慌てて目を逸らすフローク。
「フローク?」
不意に呼びかけるアプリコット。ギクッと振り返ったフロークの目に、アプリコットの
笑顔が弾けます。眩しいのはその笑顔か太陽か。
「いい天気だね。」
エッ???
「あ、ああ、そうだね。」
思いもしない言葉に、戸惑いがちに頷くフローク。
よかった、ばれてない・・・
「ねえ、フローク。」
またしても呼びかけるアプリコット。またしても飛び上がるフローク。
「今日の私・・・どう?」
またしても思いもしない言葉。どうって?何て答えればいいんだろう?
「ど・・・どうって?」
「ほら・・・何か、いつもと違ったりしない?」
サラッと髪をかきあげるアプリコット。何かを期待するような視線を感じますが。
何なんだよ、いったい?
「いつもと違うって・・・どう違うんだい?アプリはアプリだけど・・・」
アレレ?
たちまち不機嫌になっていくアプリコット。
何か、悪いこと言ったかな?
「・・・もういい。私、泳いでくる。」
「そ、そう?じゃ、僕も・・・」
言いかけたフロークの顔に、ビーチボールがしたたかにぶつかります。
たまたま足元にあったビーチボールを投げつけたアプリコット。
そのままフロークに見向きもせず、白い砂浜を駆けていきます。
どうしたんだろ、アプリ。
波を分け入っていくアプリコットの後姿を、為す術なく見送るフローク。
やれやれ・・・女の子ってよく分かんないや。
タッティ達といた方が、よっぽど気が楽だよ。
仕方なく、彼女が寝そべっていた砂浜に、彼も寝転がります。
その様子を、波の隙間から垣間見るアプリコット。
さっきまでのドキドキは、やっと収まりつつあります。
「・・・気づいてよ、バカ・・・。」
せっかく結い上げたポニーテールをほどこうとしますが、それを結構気に入っている
自分にも気が付きます。
「・・・まっ、いいか・・・。」
呟いて、波打つ波に身を任せるアプリコットなのでした。
訳も分からないまま、浜辺に寝そべるフローク。波に身を任せ、一杯に伸びをする
アプリコット。ボードの上で大あくびのオッター。いつしか釣り竿を手にしたまま
こっくりこっくり舟をこぐタッティ。それぞれの、短い夏が過ぎていきます。
太陽は、今真っ盛り。
泳ぎから帰ってきたアプリコット達を、古城のバルコニーで迎えるルシーラ。そして
アルベルト。
その姿を見たアプリコット達は、みな一様に驚きました。
今まで身に付けていた、まだらに汚れた鎧はもうありません。代わりに清潔そうな、
真っ白いシャツに身を包んでいるアルベルト。
アプリコットも、フローク、タッティ、オッターも、みんながしげしげと眺めています。
思わず、照れ笑いを浮かべるアルベルト。
「何だ・・・このありふれた格好がそんなにおかしいか?」
「ううん・・・素敵よ、すっごく似合ってる!」
自分のことのように嬉しそうなアプリコット。ますます照れることしきりです。
「君のようなお子様に言われても嬉しくないな。私は年上のオトナの女性が好みでね。」
「何よ、どうせ私は子供ですよーだ!」
舌を突き出して見せるアプリコットに、みんなの笑い声が弾けます。
クスクスと笑っているルシーラ。それなら、と、彼女が考えていたことを実行する時のようです。
「それじゃアプリ、こっちにおいでなさい。」
彼女の手を引くルシーラ。不思議そうに見るアプリコットに、ルシーラは囁きます。
魔法のお時間よ・・・
そして、やっぱり不思議そうに見ている一同に、いたずらなウィンク一つ。
それから何分か後。
どこへと連れ去られたアプリコットが戻ってきました。
その姿に、アルベルト以上の驚きで見る一同。
少し古風ですが、目の覚めるような青さのドレス。きらめくガラスの靴。胸元には贅沢に飾られたネックレス。ワンポイントの赤い薔薇。アップに結い上げた頭に燦然と輝く
ティアラ。耳にはきらめく小さなイヤリング。そしてほのかなルージュの化粧。
特に信じられない様子のフローク。その呆けた顔!
「・・・誰?」
バカ!と小突くアプリコット。しかし当の本人が、一番恥ずかしそうです。
「ルシーラさん・・・やっぱり私にはこんな格好、似合いません。せっかくだけど・・・」
脱ぎかけるアプリコットを、まあまあとなだめるルシーラ。
「あなたの服、だいぶ汚れちゃったからね。洗濯して乾くまで、しばらく我慢してくれる?」
そして改めて眺め、似合うじゃない?と、彼女の肩をポンポン叩くのでした。
それでもアプリコットには抵抗があるのでしょう。
ルシーラにペコンと頭を下げ、胸元の幾つものネックレスを1つ外し2つ外し・・・
一番質素なネックレス1つと胸元の薔薇だけ残し、鏡を覗いてようやく納得の様子。
呆然と眺める一同に、アプリコットは爽やかに笑って言ったものです。
「私には、これくらいでちょうどですから。」
晩餐会が始まりました。主催はアルベルトにルシーラ、客人はアプリコットにフローク、
そしてタッティにオッターです。
広々とした大食堂。壁に掲げられた年代物の油絵の数々。豪華そうな食器類。テーブルに並ぶささやかなご馳走。全てルシーラとアルベルトの手作りのはずでしたが、結局客人のはずのアプリコット達も手伝ってしまったのでした。
招待され、青いドレス姿のアプリコットをエスコートしてくるフローク。
凛と澄ましても嬉しさを隠し切れない様子のアプリコット。逆にやはりアルベルトに服を借りたものの、しっくりこずに小さくなっているフローク。
その様子を後ろで、笑いを噛み殺しているタッティにオッター。
何だ何だ,大した仮装大会じゃないか?
ホントホント。アプリはともかく、フロークは、ね・・・
奥まった席に座って待っているアルベルトにルシーラ。
一同が席に付いたところで、早速シャンペンの栓が抜かれました。
乾杯ッ!それぞれの未来に!
ポンッと小気味よい、栓の抜かれる音。キャッと驚きの声を上げるアプリコット。
飛び出す栓をぶつけ合うフロークにタッティ、オッター。飛沫くシャンパンは、溢れる
ままにラッパ飲み。
楽しそうに見ていたアルベルトも、同じくラッパ飲み。
隣に座るルシーラは、グラスのシャンパンの泡立ちを満足そうに眺めています。
その背に、‘お姉さま!‘とバッと抱きつくアプリコット。彼女達のパーティに、妙な
気取りは必要ありません。
おもむろに、ギターを持ち出してくるアルベルト。
TAXI DRIVER あいつはDIVER
みんなはHYPER Oh Dig it, Oh Dig it,
Yes,I know「We are not alone」
終わらない世界 全て黒く塗りつぶす
俺は 糞だ!
Come on! Over the top!
Come on! Over the top!
Come on! Over the top!
You`re just Beat me over me! GLAY「COME ON!!」
がなり立てるように歌いだすアルベルト。
手拍子喝采、自然とリズムに乗って揺れる体。分からないなりに、その歌詞を同じく
がなり立てます。
珍しそうにギターを取り巻くアプリコット達。早速フローク達は、弾き方をアルベルト
に教わっているようです。
あなたがいればいい・・・本当は気づいてた、
初めから・・・
この愛の終わりを 誰も止められずに
一人の夜・・・
何故 ぬくもりは今でもここにあるの?
ふれあえるこころが途切れても・・・
ずっと・・・ずっと、そばにいて
離さないで愛を
たとえ何を失くしてもいい
あなただけで・・・あなたがいれば
本当はふたりで歩く道がある
ずっとあなたを信じてたのに
どうしてこんなに、今も好きなのに、
愛は届かない・・・ 華原 朋美「あなたがいたから」
不意に、歌いだすルシーラ。しっとりしたその歌に頃合を見計らい、静かにギターの
伴奏を付けるアルベルト。
しっとりした失恋の歌でした。ルシーラが歌い終えて早々、どんな恋だったの?と尋ねるアプリコット。
最初は、少し戸惑うルシーラ。
やがてアルベルトやルシーラは語りました。彼や彼女の小さい頃や数々の出来事を。
彼女の短い人生の小さな恋の話を。
しんみり語って少し泣いて、最後に笑顔で言いました。
今でも彼を愛していると。
頷くアプリコット達。ルシーラの髪をくしゃくしゃと掻き撫でるアルベルト。やめてよと、照れながらもその手を振り払うルシーラ。
アプリコットもフローク達も語りました。今まで彼らが出会ってきた冒険の数々を。
どの顔もどの顔も、一点の曇りもない、弾ける笑顔。湧き起こる笑い声。
こうして、楽しいひと時は、飛ぶように過ぎていきました。
やがて宴もたけなわとなり、不意に立ち上がるアルベルト。
何事かと、注目するアプリコット達。
おもむろに口を開くアルベルト。
「・・・君たちのおかげで、最後に最高の思い出ができた。心から礼を言う。ありがとう。」
真剣な面持ちのアルベルトに、じっと見入るアプリコット達。
「ルシーラと決めたんだ・・・明日の日の出と共に、私とルシーラは逝こうと思う。」
その言葉にしんと静まり返る一同。
「・・・ついては、ぜひ君たちに見送って欲しいと思う。・・・いいだろうか?」
悲しむにはあたりません。もとよりここは、彼らのいる世界ではないのです。
そうと分かっていても、しばらくうつむくアプリコットにフローク達。
一同を見回し、答えを待つアルベルト。
「・・・うん、分かった。私達で見送ってあげる。」
やがて上げた顔には、いつもと同じ笑顔がありました。頷くフローク、タッティ、
オッター。
それを見届けたアルベルトとルシーラのほっとした様子。永かった彼らの結末が、
ようやく迎えられそうです。
いや、それは始まりでしょうか。
どちらにしても、まだ夜は長い!再び宴は盛り上がっていきました。
このままこの時間がずっと続けば、どんなによかったでしょう。
バルコニーへ歩み出るアルベルト。満天の夜空を見上げます。
きれいな漆黒の夜空に、ダイヤを散りばめたような無数の星々。
見上げているだけで、心が透き通っていくような爽快さ。何もかもを忘れ、小さいことと励まされるような、無心。
思えば、夜空をゆっくり見上げることなどほとんどなかったか。
この空をもっと早く知っていれば、少しは変わっていたかな?
横に並び、同じく夜空を見上げるルシーラ。
「・・・逝くには、いい空だ。」
ポツリと呟くアルベルト。頷くルシーラ。
後ろには、見送るアプリコット、フローク、タッティ、オッター。
最後に、彼らをざっと見回すアルベルト。そしてフロークに歩み寄ります。
ずっと傍らにあった剣を差し出すアルベルト。意外そうに彼を見るフローク。
「君達にはさんざん迷惑をかけてしまって本当にすまなかった。礼をしようにも何もないが、せめてこの剣だけでも受け取って欲しい。」
「最強の騎士から贈られる剣だね。光栄だな。ありがたく受け取るよ。」
剣を受け取るフローク。しかしその意外にずっしりした重みに、危うく取り落としそう
になります。
「何だ?そんなへっぴり腰じゃ、彼女を守れないぞ!」
高らかに笑い、フロークの肩をバンッと叩きます。
改めて剣を眺めるフローク。見覚えがあります。
城でアプリコットを探していた時,どこかの柱で立てかけてあった剣でした。
しかしその場所の意味を,フロークに分かるはずもありません。
何気なくルシーラを見ます。
ルシーラは、何やらアプリコットに話し掛けています。
「・・・あなた達には、いろいろお世話になったわ、ありがとう。お礼に、何かすごく
困ったことがあったら、強く私達を呼び出して。心の中でね。一度だけだけど、何か
力になるわ。」
「ありがとうございます。少ししんどかったけど、私もいろいろ楽しかったです。それと、
ずっと看病してくれて、ありがとうございました。おかげで、もうすっかり元気です。」
「God save those who help themselves.」
不意に口にするルシーラ。意味が分からず、アプリコットはきょとんとするばかり。
可笑しそうにクスッと笑うルシーラ。アプリコットの肩をポンと叩きます。
「あなた自身頑張れば、きっとうまくいくってこと・・・頑張ってね!」
「はい!」
満面の笑顔で頷くアプリコット。
「ところで・・・」
話を切り出すタッティ。
「フードマンがおかしなことを言っていた。この古い城の地下には、財宝が眠っていると・・・本当にそんなもの、あるのか?」
「フードマン?・・・ああ、君達と一緒にきていたあの黒装束のか。」
ふっと苦笑するアルベルト。
「そんなもの、この城が落ちた時に敵が根こそぎ持っていったに違いないさ。今ではこの美しい城だけが宝だな。」
その言葉に、アルベルトの手をそっと握るルシーラ。再び憎しみにとらわれないかと
心配したのでしょう。
その頭を、心配性だなと小突くアルベルト。
「じゃ、じゃあ、夜、あんた達がお城の窓から窓を全部開けていたのは?」
すかさず尋ねるオッター。
「ああ、見ていたのか。」
答えを考えるアルベルト。やがてすぐに答えます。
「大した事じゃない。朝になれば分かるさ。」
合点がいったような、いかないようなオッター。
そして、しばしの沈黙。
ふと、視界の端に感じる光。
そちらへと視線を移す一同。
バルコニーから見はるかす連山の頂きに、光の筋が走ります。
地平線に赤い光が走り、黒墨の夜空は群青色に。
光を受け入れようと、バルコニーに立つアルベルト、ルシーラ。
やがて、ぼんやりと地平に灯る赤い朝日。
「さらばだ、諸君。世話になった。」
君たちに出逢えて、私は確かに生きていたことを知った。
そして、やっと逝くことができる。
今からは、また始まりさ。
カチッと踵を合わせ、最敬礼のアルベルト。
スカートを持ち上げ、腰を折るルシーラ。
茜色から曙色へと染まっていく空。
少しづつ、ほんの少しづつ。
「アルベルト、ルシーラ。」
呼びかけるアプリコット。
「みんな、生まれ変われるよね?」
穏やかに彼女を見ているアルベルト、ルシーラ。
そして何か言おうとしましたが、
一際、強く輝きだす太陽、世界は金色に輝きました。
一瞬、眩しさに目を奪われるアプリコット達。
眩しさに目が慣れ、ようやくバルコニーに視線を転じた時。
既に、そこにアルベルトとルシーラの姿はありませんでした。
さようなら、アルベルト、ルシーラ。
いろんなことがあったけど、あなた達があなた達の時代を一生懸命生きていたことを、
いっぱい知ることができた。
私も,今を生きる!
そしていつかどこかで、また会おうね。
茫然と、黎明の空を眺め続けるアプリコット達。
朝日は、まだ昇ったばかり。まだまだ昇り続けます。
逝きし者も、今を生きる者もすべてを受け入れて。
ふと、思いついたように振り向くアプリコット。
「おはよう、みんな。」
笑いかけるアプリコット。しかしその頬に涙が伝っているのを、フロークだけが見て
取れました。
うすい朝靄が帯となって、亜麻色の光が包み込みます。地平の下はすっかり忘れ去られ、
また今日という一日が始まりました。
朝に終わるものはありません。すべてが、はじまり。
ボスコ号に戻り,シャワーを浴びているアプリコット。
すっかり汗ばんだ体を洗い落とせて,ようやく一安心です。
シャワーを浴びながら,目を閉じ,物思いに耽る様子。
生きるって,強いことなんだ。
生きるって,悲しいことなんだ。
生きるって,すごいことなんだ。
みんな、その人なりに,一生懸命に。たとえ他人から見れば滑稽でも,その人はその人なりに、今を一生懸命生きている。
アルベルトもルシーラも、あの人たちの時代をあの人たちなりに、一生懸命生きた。
だから私も・・・
目を見開き,キュキュッとシャワーの栓を閉じます。
「頑張らなくっちゃね!!」
両の頬を一杯に叩き,叫ぶアプリコット。
目に迫ってきます。
豊かな水を,こんこんと湧き出す泉。咲き乱れる花に生い茂る緑。笑いあう人々。
それが、私の生きる道。
確信しながら,脱衣室で濡れた体を拭いていきます。髪を,下肢を,おなかを,胸を・・・
あれ?
拭きかけた彼女は気づきました。
アルベルトに傷つけられた右肩には,傷一つありません。
ふと、ルシーラを思い浮かべます。彼女が傷を取り去ってくれたのでしょうか。
・ ・・ありがとう、ルシーラ・・・
ぎゅっと、拭いていたタオルを思わず抱きしめるアプリコット。
朝になって城を見回っていたフローク達。一様に仰天していました。
廊下に灯っていたはずのロウソクの数々は,影も形もありません。
脚の折れたテーブル。ぼろぼろに破けた壁と油絵。割れて穴の開いた床板。散乱する
家具食器。どこもかしこも、拭いきれないほどの埃の山。
昨日まで、奇妙なまでに整然としていた室内という室内が,すっかり荒れ果て朽ち果て,埃まみれになっています。まるで200年分の時の流れが、一瞬で過ぎたように。
窓は開け放たれ,静かに出ては入る風。ぼろぼろのカーテンらしい布きれを揺らしています。
アルベルトが言ってたのは,このことだったんだ。
去り際に,自分たちの場所を元の時間に戻していったんだ。
今はすっかり荒れ果てた部屋を,昨日まで見ていたきれいな部屋と見比べ,時の流れの
悠久さをかみ締めるばかりのフローク達なのでした。
すっかり長居をしてしまったようです。
今は修復を終え,快調に飛んでいるボスコ号。
目前に,城が見えます。中はすっかり朽ち果てたとはいえ,白い壁に青い屋根の美しさは、むしろ陽の光を浴びてより際立っています。
周りを押し包む真っ青な湖、絨毯のような深緑の森。その真中に聳える薄茶色い城壁、そして白い巨塔と青い屋根の古城。
このままここでバカンスといきたいところですが、あいにく時間は限られています。
さようなら。また冒険の旅に出た時は,またここへ遊びに来るよ。
湖上の城に,ボスコ号の一同が改めて別れを告げた時でした。
風に乗って,何か異音が聞こえてきます。
次第に大きく。
まさか?
オッターが、後ろのデッキへ駆けていきます。
そこで彼が目にしたもの。
やはりいました。スコーピオン号です。森の中から飛び立ってきました。
見る見る,ボスコ号へ迫ってきます。
「おーい、みんな!」
慌てて前のデッキに戻るオッター。
「スコーピオン号だ!下の森から,こっちに飛び立ってきた!」
息せき切って,話すオッター。
「そうか、すぐに加速だ!オッター、ボイラーを頼む!」
「了解!」
勢いだってボイラーへ向うオッターでしたが・・・
スロットルを最大にするフローク。
一方で周りを見回すタッティ。
白い雲が転々と流れる青空。姿を隠せそうな場所はありません。
「参ったなあ。この船の足じゃ,すぐ追いつかれる。かといって,姿を隠せそうな場所もないし。」
「一つ,手があるわよ。」
得意そうに言い出すアプリコット。
「手?」「何だい,それ?」
二人同時に訊くタッティ,フローク。
「まあ、見ててよ。」
そして、自室へと戻っていくアプリコット。
ベッドの上に座り,目を閉じて祈ります。
深く,深く。
やがて、声が届きました。彼女のこころに。
あの、流れるように澄んだ声。ルシーラでした、
‘‘呼んだ?アプリ。‘‘
伝わったと分かり,嬉しそうなアプリコット。
‘‘よかった。本当に通じたのね。‘‘
‘‘約束だもの。で、何?何か,困ったことでも起きた?‘‘
‘‘うん。私達を邪魔してくる,悪い連中がいるんだ。落っことしてくれる?‘‘
‘‘ああ、いるわね。あなた達の船を追いかけてる大きな船が。でも、いいの?‘‘
‘‘いいって?‘‘
‘‘だって、あなた達を助けられるのは一度だけ。この先,もっと役に立てる時があるん
じゃない?‘‘
ふふっと笑うアプリコット。
‘‘いいの。この先もいろいろ困難があるかもしれないけど,それは私達自身で乗り越えていかなくちゃ。それに、そうしたいの。私に、フローク、タッティ,オッター。みんなの力で乗り越えていくの。絶対に負けないから。‘‘
‘‘そう・・・分かったわ。強いのね、アプリは。‘‘
‘‘強くなんかないよ。ただ、そうしたかっただけ。‘‘
‘‘分かったわ。じゃ、外で見てて。お兄様が腕を振るってくれるから。‘‘
声は一度途絶えます。
後ろのデッキに出るアプリコット。
既にスコーピオン号は間近。すぐ真横です。
スコーピオン号のデッキで怒鳴るフードマンの姿。
「いたな、アプリコット!あの気味悪い城では捕まえられなかったが,今ここでお前も、あの城の宝も私のものだ!!」
「あなたの方がよっぽど気味悪いわよ!捕まえられるもんなら捕まえてみなさいよ、このハゲおじさん!」
風で乱れそうな髪を押さえながら,負けずに叫び返すアプリコット。
その声を聞きつけ,慌てて駆けてくるフローク。
「何やってるんだ,アプリ!早く中に戻って!」
「大丈夫よ,ほら・・・」
アプリコットが指差した時でした。
スコーピオン号のローターが、勢いよく回っています。
それが、音もなく根元から離れました。全てのローターが、示し合わせたように一度に。
目の錯覚ではありません。離れたローターは、お互いぶつかり合い,スコーピオン号の
船体にぶつかり、粉々に。
その凄い音にフードマンが驚く暇もなく,スコーピオン号は森の中へと真っ逆さま。
瞬く間に,深い森の中へ見えなくなってしまいます。
騎士の礼をするアルベルトを見た気がしました。笑顔で拍手のアプリコット。
隣では,何が起こったか理解できない様子のフローク。
再び,ルシーラの声が届きます。アプリコットにしか届いていません。
‘‘これでいい?‘‘
‘‘うん、ありがとう。ここからは、私達でやっていくから。‘‘
‘‘アプリは強いから大丈夫よ。‘‘
‘‘私達,またどこかで会えるかな?‘‘
‘‘さあ?でも思ったより早いかもしれないし、気の遠くなるほど先かもしれない。もう
会えないかもしれない。神のみぞ知る・・・よ。‘‘
‘‘また会おうね。その時は,また一杯お話したいな。‘‘
‘‘そうね。じゃあ、またどこかで会いましょう。‘‘
‘‘じゃ、サヨナラはいらないね。バイバイ!‘‘
‘‘あ、それと・・・‘‘
何か言いかけるルシーラ。
‘‘隣の彼と,うまくいくといいね!‘‘
「ええっ!?」
思わず声を上げるアプリコット。ルシーラとの‘会話‘を知らないフロークはその声に
びっくりした様子。
‘‘じゃあね、頑張って!!‘‘
慌ててその言葉に反論しかけたアプリコットでしたが、とびきりの笑顔と笑い声を残し,
ルシーラは去ってしまいました。
もうっ!勝手に決め付けないでよ。
誰が,フロークなんかと!
隣に立つフロークを見て,またフンッと顔を反らすアプリコット。
「あのさ、アプリ。」
いつになく小声で話し掛けてくるフローク。
「今,気が付いたんだけど。」
気づかず,さっさと部屋に戻りかけるアプリコット。
「髪型,変えたんだね!」
一際大きく言うフローク。
えっ?と振り返るアプリコット。
「ポニーテール・・・その・・・」
何を言い出すの?と、戸惑いげにフロークの言葉を待つアプリコット。
思い切って言い切るフローク。笑顔で,まっすぐにアプリコットを見ています。
「よく似合ってるよ。すごくかわいい!」
今までのどの冒険の勇気にも負けないくらいの、彼なりの勇気でしたが・・・
しばし、フロークをじっと見ているアプリコット。
しかし何も答えず,そのままプイッと部屋へ入ってしまいます。バタンッ!と荒々しく閉まるドア。
ひとり残されたフローク。弱々しくしぼんでいく笑顔。
何で,怒るんだろ?泳いでたとき気づかなかったから,今言ったのに?
やれやれ・・・女の子って本当に分からないや。
どうしようもなく、肩をそばめるフローク。
部屋に戻ったアプリコット。
鏡の中の自分を見ます。
普段見慣れない髪型。ルシーラに教わった,ほんのりのルージュ。何より,フロークの言葉に赤くなった顔。何もかもが自分ではないみたい。
・・・何よ,これ。こんなの、私じゃない!
せっかく結い上げたポニーテールを勢い任せにほどき,くちびるのルージュも拭き取ってしまいます。
そして、いつもの自分を鏡に見ます。やっと安心したような,寂しいような,不思議な
気持ち。ふうっと、色の分からない溜息ひとつ。
「・・・いまさら気づかないでよ,バカ・・・」
弱々しく呟く声は,届けたい相手に届いていません。
ックシュン!と、デッキで大きなクシャミをするフローク。
森に落ちて,煙をくすぶらせているスコーピオン号。せっかく修理を済ませた船体が,
修理前よりバラバラです。
いまだ、何が起きたか分からず舵を握ったままのフランツ。目をパチクリさせるばかりのジャック。もとデッキだったがれきと木の欠片の上。
隣にうずくまる黒い塊。それが彼らのもとボスでした。
「大丈夫ですか、ボス。起きて下さい。」
恐る恐る叩き,フランツとジャックが呼びかけます。
よろよろと起き上がるその姿に,あっと声を上げるフランツ,ジャック。
フードマンのトレードマークのフードがはだけ,みじめに禿げ上がった頭に毛が3本。
バラバラのスコーピオン号も生い茂る森もビックリの、見事な禿山でした。
ク・ク・ク・・・と、笑いをこらえきれないフランツにジャック。
ハッと我に返るフードマン。慌てて3本の髪を整え,フードを被り直します。
「き・・・きさまら・・・今,何を見た?」
歯軋りして訊くフードマンに、フランツは爽やかな笑顔で答えたものです。
「ああ、見ましたよ。ボスの、見事なハゲ頭を。なあジャック?」
バカッ!と、慌ててその口を塞ぐジャック。
しかし改めてフードマンの顔を見て,ププッと笑いを漏らしてしまいます。
「きさまらあッツ!!」
踏み出しかけた足場が崩れ,がれきの山から真っ逆さま。フードマンもフランツもジャ
ックも、仲良く3人転げ落ちます。
地面に落ち,またフードのずり上がったフードマン。それを見て,今度は大声で笑って
転げ回るフランツ,ジャック。腕を振り上げ,追い掛け回すフードマン。逃げるフランツ,
ジャック。
追いかけながら,涙混じりに,叫ぶフードマン。
「チクショウ、チクショウ、チクショウ、もうあの城の宝はもう誰にもやらんッ!私だけのものだ!」
その後,宝が見つかったかどうかは、また別の話。
バンッ!!
叩きつけられる拳。怒りに滾り立つ瞳。
フォンテーンランドの宮殿の奥深く,深い闇の主の間。
スクリーンに映る,ボスコ号とスコーピオン号を示す赤と白の光点。
白い光点が消えました。スコーピオン号の方です。
スクリーンに叩きつけた拳を収め,闇の玉座に向き直るダミア。
「これでお分かりでしょう!もはやフードマンなどに任せておけません、アプリコットを
捕らえる件,たった一言で結構でございます。この私に行けと,お命じ下さいませ!」
燃え立つダミアの口上にも瞳にも,主はあくまでも沈黙です。何か,思うところでも
あるのでしょうか。
猛り立つ苛立ちをやっとのことで抑え,ようやくいつもの凛とした笑顔。しかし燃え
立つ瞳の激情。
「・・・もう、これ以上時を無駄にはできません。陛下。今後の事々,何卒よきに図らえられます様。」
そして、さっとお辞儀をして主の前を辞します。彼女のいまだ発揮されない、知略同様
洗練された様子。
後には,深く冷たい無言の闇。
夕闇の迫るボスコ号。
デッキで舵を取っているタッティ,双眼鏡で周囲に注意を払うフローク、ボイラーの
仕事から休憩で手持ち無沙汰の様子のオッター。
時々,フロークが後ろの部屋の方を振り返っては双眼鏡を覗き込みます。
舵を取る手を止め,タッティがフロークに向き直ります。
「どうした?フローク。さっきから後ろを気にして。部屋に何かあるのか?」
「い、いいや、別に?」
口ごもるフロークに、オッターが追いの手を。
「あっ、そういえばアプリも全然デッキに出てこないし。さてはフローク、アプリと
ケンカでもした?」
「そんなんじゃないよ!」
強い口調で言い返すフローク。ヒューとくちびるを鳴らすタッティ,大げさに怖がって
みせるオッター。
と突然,後ろのドアが開きました。一斉に視線を転じるフローク達。
「ねえ、そろそろ夜だし,もうどこかで降りて休まない?おなかも空いちゃったし。」
出てくるなり,言い出すアプリコット。いつもと何も変わりません。
ただ、フロークだけは少しがっかり。彼女のいつもに戻った髪型を見て。
それが分かっているような,気づいてないようなアプリコットの様子。
一斉に顔をほころばすタッティ,オッター。
「おっ、そうだな。下にはちょうどいい森も川もあるし,この辺でキャンプファイヤーだ。
今日はカレーだぞ!」
「あっ、いいねいいね!炊飯は僕に任せてよ。材料を切るのはタッティで、カレーは・・・」
そこで、顔を見合わせて笑うタッティとオッター。
「じゃカレーを作るのは,フロークとアプリだな。」
えっ?となるフロークとアプリコットでしたが、構わずに着陸態勢に入るタッティ,
材料を確かめにデッキを後にするオッター。
見つめあう視線が合うフロークとアプリコット。
たじろぐフローク、ベエッと舌を出すアプリコット。
そしてその後で,何もなかったように笑って言うのでした。
「仕方ないな・・・でも邪魔しないでよ,フローク。お料理なら私のほうがずっと得意
なんだから。」
「それはこっちのセリフさ!僕だってボスコの森じゃ、ちょっとは名の知れたシェフだったんだぜ!」
「へえー、そいつは初耳だな。」
横でしたり顔で呟くタッティ。ほーら、と得意顔のアプリコット。余計なことを,と
タッティを睨むフローク。
そうこうしているうちに、森のほとりの小川の傍に着陸したボスコ号。
「よーし・・・じゃ、みんなに見せてやるよ。男の手料理ってヤツを。」
腕をまくって見せるフロークでしたが、不信顔のアプリコットは言ったものです。
「ふーん、楽しみ!でも、材料がよく切れてないのを手料理って言わないのよーだ!」
アハハと面白そうに笑いながら,デッキから地面にヒョイと飛び越えるアプリコット。
その拍子に,スカートの奥から白いものが。
驚くフロークに、ヒューと口笛を鳴らすタッティ。
慌ててスカートを押さえて振り向き,二人をにらむアプリコット。
「見たなあ、二人とも!」
「ああ、見えたな,白いのが。でももう見慣れて何とも思わねえ。」
戸惑った様子のフロークと逆に,タッティは笑って平然と言って返します。
その開き直り様に,ムッとした様子で呟くアプリコット。
「・・・後で,タッティのカレーにだけ毒入れておくんだから!」
「おいおい、そいつは勘弁してくれよ!」
慌てて頭を下げるタッティ。
「アプリ・・・そんなに気になるんならその服,変えればいいんじゃないか?どこかの町に寄った時にでも。」
フロークの提案でしたが,アプリコットは首を振ります。
「そうなんだけど・・・この服が好きなんだ。ママが作ってくれたんだけど、初めてこの色を見て,好きになった服だから。」
少ししんみりした様子のアプリコットに、すかさずタッティは言います。
「じゃ、スカートの中を変えたらどうだ?白じゃなくて黒とか?だったらオレももっと
興奮するかも?」
言うや否や,落ち葉混じりの土が飛んできます。慌てて避けるフローク、タッティ。
「バカッ!エッチ!ヘンタイ!タッティなんか死んじゃえッ!」
足元の土を投げつけ,思いっきりアッカンベエのアプリコット。
そうして二人に構わず、キャンプファイヤーに良さそうな場所を探しに行きます。
後に残されたフロークにタッティ。
フロークが、思わず肩を竦めてぼやきます。
「前よりおてんばになったんじゃない?あれじゃ、元気のないアプリの方がよかったよ。」
「・・・だな。でも、いいんじゃないか。いつもに戻って。」
「あーあ、これからの旅が思いやられるな。」
「とか言って,本当は嬉しいんだろ?」
「何か言ったかい,タッティ?」
すごむフロークを尻目に,早くも暗くなった夜空を見上げます。
「おいフローク。見ろよ,きれいな月が出てるぜ。」
「あっ、ホントだ。」
見上げると,黒々と深くなりつつある低い夜空に,くっきり仄白い満月。
しばし見とれますが,
「男同士で見ても面白くない。あとでみんなで眺めようや。」
タッティがつまらなそうに言った時でした。
「フローク、タッティ,何してんの!?早く準備を始めようよ!」
小川のほとりで,手を振って叫ぶアプリコット。
「おっと、いけねえ。お姫様がお呼びだ!」
呟いて,フロークの肩を叩いてデッキを降りるタッティ。続いてフロークも降ります。
その様子をじっと見つめるアプリコット。
視線を感じて振り向くフローク。
プイッと向き直るアプリコット。さっさと準備に入ります。
材料を切る音や食器のふれあう音,火の燃え立つ音。その合間に小川のせせらぎ、森の
ざわめき。
燃え盛る焚き火と、グツグツ煮える鍋。
辺りに漂うまろやかないい香り。辺りに響く楽しそうな歓声,笑い声。
食事も終わり,かすかな湯気を上げている焚き火の跡と鍋。
夜も深まり,ボスコ号の気球の上で白い満月を見上げる4人。
少女の肩に,自然と触れる手。驚く少女。でも今は拒みません。そっと少年の肩に寄り
かかり,そっと口ずさみます。
Boy Meets Girl
出逢いこそ 人生の宝探しだね
少年はいつの日か 少女の夢 かならず見つめる
Boy Meets Girl
輝いた リズムたちが踊りだしてる
朝も 昼も 夜も
風が南へと こころをときめかせている・・・
TRF 「Boy Meets Girl」
何もなかったようで,大きな何かがあった年代(とき)。振り返ればそう想えたあの頃を,
ひとは恋と呼ぶのでしょう。それはもう、遠い時のかなた。
そんな時が積もり積もって,幸せはやってくるのでしょう。人生のピークは、まだまだ
先にある。
昨日まで見てきたものは,明日への積み重ね。
今,眺めるものは、まだ光の彼方。
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・・・色あせた日記を読む手を止めるフローク。
いろんなことがあったな・・・
ほんの刹那に,数え切れない想い出たち。
窓に吹きこむ風と遊ぶ木々の緑が、あの森で繰り広げられた冒険の日々を彩ります。
あの日 君が指をさして
フワリ泳いでる飛行船
嬉しそうに眺めてる君
僕は羨ましかった
そんな普通にある
気にもとめないものの中に
きっと幸せはあるんだろう
僕は そう思う
柴田 淳「ちいさなぼくへ」
そう・・・もう、あの頃には戻れないけど・・・
ふと後ろの気配に振り向きます。
大人びても,あの頃と変わらない笑顔のアプリコット。
不意に,寝室で賑やかな泣き声が始まりました。
そうさ、これからが新しい冒険のはじまり。
微笑みあい,寝室へ向うふたり。
開きかけのダイアリーを,窓にそよぐ風がいたずらにめくっていました。
眺める光,彼方 Fin
明日も あなたが
幸せって思えますように
かけがえない人よ
昨日よりも 愛おしく思っているよ
いっぱい涙しよう
いっぱい喧嘩しよう
でも隠し事はやめようね
ちゃんとね 言葉にしよう
ちゃんとね 謝ろう
逃げることもやめようね
平凡な毎日を
素晴らしい毎日にできる工夫
今日も一緒に 見つけてみようか
いつか あなたが
懐かしく思う時を
私 どれくらい
残してあげることができるだろう
明日も あなたが
幸せって思えますように
かけがえない人よ
昨日よりも 愛おしく思っているよ
沈んだ表情(かお)に‘うた‘を
ケガには‘おまじない‘を
頑張った勇気に‘やさしいhug‘を
あなたに‘I love you‘を・・・
いつか あなたが
迷って立ち止まったとき
勇気となる思い出
誰より多く 残してあげたい
どんなにあなたが
つらく 悲しいときにも
かけがえない人よ
あなたのそばで
そばで見守っているから
私がいなくても
たとえば いなくなっても
‘自分らしさ‘・・・忘れないで
岡本 真夜「かけがえない人よ」
あなたのかけがえないひとは、誰ですか?
どこかで、オルゴールの音が流れてきます。
床には、所狭しと置かれたおもちゃ達。楽しそうな姿形は、今にも自ら音を奏でそう。
壁の棚には、イヌやらクマやらネコやらのぬいぐるみ達。にこにこ顔で、今にも頬擦りをしてきそう。
天井を見上げれば、何やら面白そうなものが、ひらひらと回っています。優しい音も、
どうやらそこから流れてきているようです。
恐る恐る、伸びていく小さな手。でも届きません。
小さな体が寝ている、小さなベッドの上。傍らには、ぬいぐるみの小さなお守りさん。
もう一度、今度は立ち上がり、小さな体と小さな手で精一杯伸ばします。
やっぱり、まるで届きません。遥か頭の上で、からかうように回り続けます。
不意にバランスを崩し、小さな体はベッドに転げました。
小さな体から、驚くほど大きな泣き声が迸ります。
ほどなく、パタパタと誰かがやってくる足音。
その見慣れた顔を見つけた小さな顔が、泣き顔からたちまち満面の笑顔に変わりました。
男の子に女の子。誰もが羨む,元気な赤ちゃん兄妹。
僕なりの宝物
ご無沙汰致しております。最近ZZ−JAPANさんのボスコサイトにカキコミが
少なく少々寂しく思っていましたが,いかがお過ごしですか?皆さんのボスコへの
思いは変わらないですか?
ここで読者の方々へのお願い。
エンディング「かけがえないひとよ」をもう一度見直して下さい。そして想像して
下さい。この暖かくてやさしい歌が流れながら,パステル調の絵の数々が次々と。
アプリコット,フローク、タッティ、オッター、そしてボスコ号。湖の古城。
(分かります?ドイツ・バイエルンのノイシュヴァンシュタイン城がモデルです)
騎士のアルベルトにお姫様ルシーラ。肩を組んで笑う化け物たち。フードマン、
フランツ、ジャック。ダミアにスコーピオン。並んでVサインの少女のアプリコットと大人のアプリコット。ボスコの森。そして最後にボスコ登場の全キャラクターの記念
スナップでシメ・・・いかがです?
前回3作目「この生命はばたいて」で筆を置くつもりでしたが,何か書き足りない
ものを感じ,敢えて今回の4作目「眺める光,彼方」を書き上げました。
今作をお読みになった皆さんはお気づきかもしれませんが,今回は特に
アプリコットというキャラクターに力を入れて書き上げました。
少しわがままだけど素直な普通のわがままで、それより素直で繊細でやさしい、元気な女の子。こんな感じの娘を将来授かれたら,育てられたらと思いつつ書いていました。
人間,やっぱり30歳を過ぎると何かが変わりますね。
変わったといえば、とうとう買っちゃいました。MAZDA RX−8!いかにも
スポーツカーってクルマ。RX−7ほどのパワーはないけど、運転していて楽しいです。手を加えずにはいられません。まずはマフラー交換で音を野太く加速をスムーズに。次に見た目。フロントスカートにサイドスカート,リアスポイラーにリアバンパー。
大阪で黒に近い緑のRX−8を見かけたら,それは僕かも??
僕の作品は今回で最後となりますが,もしよかったらZZ−JAPANさんのHPに
お寄りの際にはたまに覗いてみて,皆さんのボスコへの思いの足しにして頂けたら
嬉しいです。少し贅沢を言えば,今までの作品への皆さんのご感想も頂けたらな〜
なんてね。でもいいんです、ボスコファンの皆さんに楽しんで頂けたらそれで満足です。
最後に4度までも,この長い作品を投稿させて頂けましたZZ−JAPANさんに、
そしてここまでお付き合い頂けた皆さんに厚くお礼申し上げます。
そろそろクリスマスですね。この季節になると,ふとボスコのことを思い出したり
します。ちょうどこの季節だったなあ,って。それが僕の,小さな宝物。
それでは良い想い出を,良いクリスマスと新しい年を!
2005.12.2.herr Blau von Meer
明日は きっとHAPPY DAY
今日よりもっとHAPPY DAY
あなたの声を聞くだけで元気になれる
遠く離れてても いつもパワーをくれる
あなたは私の一番の宝物
忙しい毎日
なんだかついてゆけなくて・・・
あなたに電話しちゃったよ
夜中にごめんネ
午前2時 届いてたFax
‘ガンバレ‘の文字に
涙 あふれた
出逢えて うん よかった
いてくれて よかった
あなたの声を聞くだけで元気になれる
遠く離れてても いつもパワーをくれる
あなたは私の一番の宝物
今でも忘れない
卒業式の夜
「お互い頑張ろうね」って
約束したよね
手紙に はさんでる写真
胸に抱きしめて 今日は眠るよ
どんなに悲しくったって
どんなに傷ついたって
信じることが一番大切なんだよね
‘明日は きっとHAPPY DAY‘
‘今日より もっとHAPPY DAY‘
夢への扉は自分のこの手で開けなきゃ ね
出逢えて うん よかった
いてくれて よかった
ありきたりな言葉だけど ホントありがと
何も言わないけど きっといろんなコト
あなたも抱えて頑張ってるんだよね
どんなに悲しくったって
どんなに傷ついたって
あなたの声を聞くだけで元気になれる
出逢えて うん よかった
いてくれて よかった
あなたは私の一番の宝物
明日は きっとHAPPY DAY・・・
今日よりもっとHAPPY DAY・・・
岡本 真夜「宝物」