昼食前の、料理や洗い物などに使う井戸からの水汲み。ミーシャにとっては毎日の当たり前のことでしたが、昨日と今日のそれは、ひどく感じの違うものに思えました。
一日中、夢の中でふわふわと動いているような、そんな感じです。
そんな彼女に、何人かの顔見知りは声をかけてくれたようでしたが、どんな返事をしたのかすらはっきり覚えていません。
1000ライヒスマルク。望んでいた大金は、確かに手に入れました。でも今更ながら、それを手に取るのも忌々しい思いで一杯です。毎日通っていた学校も、実は二日休んでいました。彼女を裏切った代償で行っている気がして、とても行く気にならないのです。
昨日の昼、アプリコットと裏切りという形で別れてからというもの。
教会の裏であのビラを見つけた時はあてにもしてなかった彼女でした。でもまさかと思っていたアプリコットが目の前に現れた時、一も二もなく彼女の事を知らせたのでした。
アプリコット達に酒を勧め、気分が悪い振りをして一人教会へと向かったあの夜のこと。
受け取る金の大きさに比べると、何でもないことのように思えたのです。
ところが実際に会って話してみると次第に、彼女が本当に気立ての良い娘だと分かってきました。かと言って、今更手を引くには大きすぎるカネでした。まさに、ミーシャの人生がかかるかもしれない意味があったのです。
斯くして裏切りは実行され、彼女を信じていた友人は彼女への信頼もろとも連れ去られてしまい、後には拭いきれない後悔と使う気にもなれない大金だけが残りました。
後悔と自責の思いは、情け容赦なく彼女の気力を奪っていきます。
沈んだ表情のまま、ただ黙々と水を汲みに井戸へとやってきました。
いつの間にか、井戸の側に、3人の少年達が佇んでいます。
いつか、アプリコットを強引に誘おうとしていた少年達でした。
彼らをちらりと一瞥したミーシャでしたが、何の関心も表さずに通り過ぎようとします。
チッと、一人が舌打ちしました。
「ミーシャ、そんなかったるいことなんかほっといてよ、久しぶりに遊びに行こうぜ。学校も休んでるんだろ?」
ミーシャは、相変わらず興味もなさそうに、視線を送ろうとさえしません。
その一人が、ムッとした様子で彼女の前に立ち塞がりました。
顎を突き出し、彼女を睨み下ろします。
「何だ、てめぇ・・・シカトかコラ?」
そして彼女の水汲み桶をひったくろうとしますが、その前にミーシャがそいつの足を払ったので、そいつはひどくよろけてしまいました。
カッとなったそいつが殴りかかろうとした時。
ミーシャがすかさず、汲んだ水をそいつに叩き付けます。自責の苛立ちが爆発しました。
頭から水浸しになり、勢いを殺されたそいつ。唖然とミーシャを見るばかり。
逆にミーシャは、すっかり侮蔑しきった目で、3人を睨み据えています。
「甘えンなよ。何の目的もなしに一日ふらついてるテメエらと一緒にしてんじゃねぇよ。」 フンッと鼻を鳴らし、また水を汲んで戻っていきます。
あとの二人が、彼女の肩を乱暴に掴もうとします。
振り返ったミーシャがその手を捻り上げ、冷たく笑いました。
「やんのか?でもその前に、周りを見てみな。」
いつの間にか、遠巻きに何人かの住人が3人を見据えています。今にも飛びかかりそうな目で。彼ら以上の強さで、侮蔑と敵意に充ちた幾つもの目線とまともにぶつかってしまいました。
すっかり怖じ気づいた3人は、そそくさと走っていってしまいます。
「群れて強がるだけのてめぇらと一緒にすんじゃねぇよ、バカ。」
惨めな後ろ姿に吐き捨てるように呟きますが、3人を見据えていた住人達には一転微笑んで頭を下げ、ミーシャは家へと戻っていきます。
彼女が家に入ろうとした時。
突然、拍手が後ろで鳴りました。ミーシャが訝しげに振り返ると。
・・・アプリ?
「かっこいいじゃない?ちょっと惚れちゃった。」
アプリコットが、すました顔で立っていました。何故か、片手に花束を持って。
ウソ・・・戻って来れたの?
ミーシャは思わず問いかけようとしますが、黙り込んで家に入ろうとします。
その前に、不満そうにアプリコットが割り込みます。
「私まで無視する気?せっかく会いに来てあげたのに。」
それでもミーシャは、何の関心もなさそうに視線すら合わそうとしません。
「・・・何の用?あんたを裏切った恨みでも言いに来た?何なら殴れば?」
仏頂面で言うミーシャに、何故かアプリコットは嬉しそうに笑います。
不思議がるミーシャに、
「よかった・・・気にしてくれてたんだ。何とも思ってないんだったら、ホントに殴ってやろうかと思ってたけど。」
そう言って、ミーシャの頬を殴るふりをします。
ミーシャは、相変わらず無表情を通したまま。
「・・・戻ってこれたんだ?よかったじゃん?って、私が言うのも変だけど。」
「フローク達が言ってたよ。もしミーシャが門の所で叫ばなかったら、私を助けに間に合わなかったって。」
彼女の反応を探るアプリコットの言葉の前で、思わず表情を変えてしまうミーシャ。
ほーら、やっぱり!
それを見て、ますます嬉しそうに笑うアプリコット。
「な・・・何のこと?」
バツが悪そうに家に入ろうとするミーシャを押し止め、アプリコットはお願いをします。
「悪いと思ってるんなら、少しだけ付き合ってくれない?行きたい所があるんだ。ミーシャに聞きたいこともね。」
そう言って、ミーシャに持っていた花束を見せます。
ますます、不思議がるばかりのミーシャ。
アプリコットに誘われてついてきたミーシャは、目の前に広がるものを見て、ますます不思議そうにアプリコットを見ました。
いつか、二人が出逢った時に駆け抜けた、今にも崩れそうな朽ち果てかけた木のバラック小屋の前でした。
アプリコットは今にも外れそうな扉の戸口にしゃがみ、持っていた花をそっと置きます。
その花束の中の手書きの書き置き。
ーーー頑張って。誰かが、あなた達を見捨てないーーー
思わず、アプリコットを見つめるミーシャ。
照れたような笑いを浮かべて、視線を逸らすアプリコット。
「ミーシャが言った通り、私には何もできないけど、せめてこれくらいしておかないと納得できなくてね。」
彼女が置いた花束を、書き置きをじっと見つめているミーシャ。
自然と、涙が込み上げてくるのを止めることができませんでした。
拳をギュッと握りしめる。裏切りの後悔と、それでも戻ってきてくれたアプリコットへの愛しさが、止め処もなく溢れてきました。
私・・・こんな良い娘を裏切ってしまったんだ・・・!
「・・・ごめんね、アプリ。私、ホントどうかしてた。ほんとごめん。」
深々と頭を下げるミーシャに、アプリコットはすっかり慌ててしまいます。
「や・・・やだ・・・そんな謝らなくても。私、そんな気にしてないから。」
じっとアプリコットを見つめるミーシャ。やがて納得したように深く頷く。
「分かってたよ、アプリ。あなたにそんなつもりはなかったって。あなたはそんな人じゃないって。でも自分の裏切りが許せなくて、ついあんな言い方をしちゃった。せっかくこんな所にまで見に来てくれたのに、それを逆手にとって。卑怯だよね。」
淡々と自白するミーシャの背中に、アプリコットは無言で抱きつきます。
首元に回したアプリコットの手を、そっと握りしめるミーシャ。
「ミーシャ、せっかくここであなたと知り合えたんだから、こんな形で別れたくなかった。あなたとは友達のままでいたいから、戻ってきたの。だから、そんなに自分を責めないで。私はホントに気にしてないから。」
でも、気を付けるべきところは忘れない。それはミーシャの為に、言葉には出しません。
・・・フロークは、ずっとアプリだけに構っていないといけないの?アプリだけに優しくないといけない?そんなの・・・アプリのわがままだよ!・・・
・・・どうせあんたは、この街の楽しい所だけを見に来たんでしょうけど、違うの。
あんなの、この街の何万人ものうちの頂点の一角なのよ。もう15なんでしょ?
気づきなよ!・・・
その事を思い知っただけでも、ここに来た意味があった。彼女は、心から思いました。
握りしめたアプリコットの手の温もりに、厳しかったミーシャの顔つきが初めて緩みました。
ここで、アプリコットは話を変えます。
「ねえ、ところでお金は?」
「使える訳ないじゃない?こんな事で手に入れたお金なんて。」
「いいじゃない、使っちゃえば。悪いヤツらから巻き上げたお金なんだから、有意義に使わなきゃ。」
ねっ?といたずらっぽく笑うアプリコットにつられ、ミーシャもやっと笑顔を見せます。「じゃ、それで決まり!ところで、私から一つ聞きたいことがあるんだけど・・・」
言いつつ、なかなか言い出そうとしません。どうしたことか、そこでいきなり、アプリコットの様子がそわそわし出します。
不思議そうに彼女を見るミーシャ。
意を決したように、やっと口を開きます。
「・・・この間の夜、みんなでお酒を飲んで、ミーシャとフロークが外に出て行ったでしょ?あの時・・・本当に何もなかったの?」
えっ・・・?
なァんだ・・・そんなことを気にしてたの?
拍子抜けしたミーシャをよそに、尋ねるアプリコットの視線は真剣と不安そのものです。
「ミーシャは、フロークの事をどう思ってる?」
ますます、まっすぐ真剣な目で見つめて尋ねるアプリコットを見て、ふとミーシャにいたずら心が沸き起こりました。
思わせぶりな沈黙の後、さも言いにくそうに言います。
「そこは若い二人なんだから、口にはできないわ。フローク?うん、まんざらでもないかもね。好きかもしんない。」
隠さずに答えたミーシャに、アプリコットの顔にはっきりと落胆と戸惑いの影が差し掛かります。
分かりやすい反応ね・・・カワイイ!
「ウソウソ・・・何もないったら。一夜一緒にお酒を飲んだからって、簡単に好きになる程、私は単純じゃないから。ちなみに酒癖はあまりよくないって、言われマース!」
あはは・・・と笑い飛ばすミーシャに、やっとアプリコットは安堵の表情に戻ります。
そこで急に、ミーシャの表情が真剣になります。
「ねえ・・・彼のこと、好きなんでしょ?じゃ、もっと積極的にいかなきゃ。告っちゃえ!」 けしかけるミーシャに、アプリコットは首を振ります。
「ダメ・・・私、そんな素直じゃないから。」
「あの手は、言わなきゃ分からないタイプだと思うよ?」
「でもいい。いつか、自然にそう言える時がくると思うから。」
そういう形でいたいから。
彼女を背負ってくれていた、フロークの背中の温もりと大きさが、その時の想いが、幾度と頭をよぎります。
そう・・・やっぱりただのお友達で終わりたくない。
限られた時間の中で、今なら確かにそう思えました。
となると、何だかじっとしていられない気分です。
ミーシャを振り返ったアプリコットが、笑って提案しました。
「ねえ、あの時みたいに競走しようか。この間行った広場まで。」
「へえ、私にかけっこを挑むんだ?私は足は速いよ?この下町で鍛え上げたからね。」
「じゃ、位置について。よーい・・・ドン!」
生活の垢にまみれながら、何よりも逞しく生きている下町を、笑顔で駆け抜ける少女が二人。バラックから出てきたお爺さんが、そんな二人をにこやかに見送っていました。
土に根付いた雑草くらいに、逞しいものはないのです。
別れの朝はやってきました。
出発前の点検、熱気球の熱を上げる作業など、殊の外てんてこ舞いの様相です。
その中には、アプリコットと作業を手伝うミーシャの姿もありました。
気を使ったフローク達が、何とも思ってないから、と止めたのですが、彼女は手伝うの一点張りです。申し訳ないと思っている彼女の心中を思ったフロークは、好きにさせる事にしました。それに確かに、人手は欲しかったのです。
やがて作業も小一時間ほどで終わりました。
手持ちぶさたでブラブラボスコ号を眺めているミーシャに、フロークが声を掛けます。
「ミーシャ、手伝ってくれてありがとう。喉が乾いただろ?飲みなよ。」
お茶を手にしたフロークが、ミーシャに手渡します。
「あ・・・ありがとう、フローク。」
そして二人は、ボスコ号にもたれかかり、お茶に口をつけます。
少しの沈黙が流れ、フロークが言おう言おうとしていた言葉がやっと口をつきかけた時。
ミーシャが、突然思い出したように口を開きました。
「アプリのこと・・・ちゃんと守ってあげなよ?あんないい娘、そうそういないって!」
思いがけない言葉に、フロークは一瞬言葉が詰まります。
でもそれには、思わず彼は反発してしまいました。
咄嗟に言い返します。
「ミーシャは何にも知らないからだよ。あんなおてんばでわがままなの、どこがいいんだよ?知らないだろうけど、結構大変なんだぜ?」
ムキになって口を尖らすフロークに、ミーシャは思わずクスッと笑います。
「分かんない?それが、あなたに心を許してるってこと。あなたに甘えられるってことなんじゃない?」
ずばり言い切るミーシャに、フロークは返す言葉がありません。でも彼は、ミーシャのメッセージには感づかなかったようです。
あなた、と、強調したつもりだったのですが。
だから、こうして話を変えにきたのでしょう。
「ところで、この間飲んでいた時のことなんだけど・・・」
言おうとしていた事を少し楽しみげに言いかけたフロークに、ミーシャはさも申し訳なさそうに手を合わせ、彼が驚くべき言葉を口にします。
「ごめん・・・私、フロークに何かした?実は全然、覚えてないんだ・・・」
一瞬、彼の顔が固まってしまいます。
「えっ・・・覚えて・・・ない?」
あっという間に拍子抜けした顔のフロークに、更にさも分からないとの様子で訊きます。
「ねぇ、私、フロークに何か悪いことしたの?酒癖が悪いって分かってるんだけど、つい飲んじゃって。で、思ってもない事口走っちゃうんだ。で、何?」
その言葉が、トドメになったようです。しばらく、口を空けたまま固まってしまうフローク。そんな彼の応えを待つミーシャ。
おもむろに、フロークは重く口を開きます。
「・・・いや、何でもない。何にもなかったんだよ、ミーシャ。忘れてくれていいから。」 隠しているつもりでも少しへこんだ様子で、飲み終えたミーシャと自分の茶碗をさっさと取り、ボスコ号へと戻ります。向けた背中が、どうにも寂しく見えます。
少し可哀想に思いましたが、敢えて何も言うことはしません。
お似合いだよ、あんた達。せいぜい幸せになりなよ。
ペロッと舌を出して、その背中を見送るミーシャ。
一休みも終わり、いよいよ出発の時がきました。
フローク、タッティ、オッター、アプリコットの前に立つミーシャ。みんな、晴れやかな笑顔です。
4人に頭を下げるミーシャ。
「みんな、今回は私のために、さんざん迷惑をかけちゃって。ほんっ・・・とうに反省してるから、許してくれる?」
フロークは、にこやかに彼女の手を取って言い聞かせます。
「許すも許さないもないって!僕達、もう友達じゃないか?」
「そうそう!酒癖が悪かったのにはちょっと困ったけどね。でも楽しかったよ。」
相槌を打つオッター。
片や、少しうんざり顔のタッティ。
「オレは散々だったよ。酒には慣れてるつもりだったんだけど、な。」
それでも、嬉しそうに言うアプリコット。
「でも、またみんなでこうして集まれるといいね。その時には私も、少しは飲めるようになっとかないと、ね。」
ニヤリとするミーシャ。
「楽しみにしてる。また遊びにおいでよ。私も、今よりずっと大きくなって、みんなに会えるようになってるから。」
そして、ミーシャは一人一人としっかり握手を交わします。口に出ない言葉が、しっかりと5人の心を今結びつけました。
また会おうね!待ってるから。
「よし、出発だ!」
フロークの号令で、タッティ、オッターもボスコ号へと駆け込みます。
アプリコットも中へ入ろうとしましたが、ミーシャがその手を引き留めます。
振り返ったアプリコットの目に、何やら古びた布の包みと、古びたロザリオを捧げ持つミーシャがいました。
「アプリ・・・これ、あげる!」
はいっ、と突き出してきたそれらとミーシャとを、不思議そうに眺めるアプリコット。
「これからの旅のお守りよ。私の宝物だけど、アプリにあげる。受け取ってくれるよね?」
ミーシャに言われて、少し戸惑うアプリコット。そう言われても、すぐには受け取れません。
「宝物?じゃ、ミーシャが大切に持ってなきゃ。」
「だから、代わりにアプリの宝物を私にちょうだい。」
そう言われて、ますます戸惑うアプリコット。急に言われても、なかなか思い浮かぶものでもありません。
探しているアプリコットの目に、たまたま左手に光るブレスレットが映ります。
そのブレスレットを取って、ミーシャに見せます。
「こんなものしかないけど・・・」
「ありがとう!今日から、これが私のお守りだよ!」
嬉しそうに、銀色に輝くブレスレットをしてみせるミーシャ。似合う?と無邪気に聞くミーシャに、言いにくそうにアプリコットは言います。
「うん・・・似合うけど、そんないいものじゃないんだけどな・・・。」
「何で?アプリにもらった事に意味があるんだよ。大切にするから!」
頷くアプリコット。最後に、もう一度二人は固く手を握り合います。
別れを惜しむ二人を、デッキから見守っているフローク達。
彼らに気付いたミーシャが、彼らに頷きます。
やがて二人が手を離すのを見計らって、ボスコ号はフワリ・・・と浮き出しました。
そのまま、ゆっくりと空に浮かび上がっていきます。
離れても、見つめ合うアプリコットとミーシャ。
やがて推進のプロペラが回り出し、ゆっくりと前進していきます。
少しずつ離れていく二人。
追いすがるように、歩き出すミーシャ。
そしてやにわに、彼女は叫びました。
「ガンバレーーッ、アプリコット!悪いヤツらに負けんなよーーッ!!」
両手を一杯に振り、飛び上がって、声を振り絞って叫ぶミーシャに、デッキで思わず笑いを漏らすアプリコット。
お返しに、彼女も叫び返します。
「ミーシャもねッ、うんと幸せになって、みんなを幸せにして、また会おうねーーッ!!」
操舵室では、叫び合う二人の様子を、フローク達がさもおかしそうに聞いていました。
手を振り合っている二人の姿が、次第にお互いに見えなくなっていきます。
そしてとうとう空の彼方に消えたボスコ号を見届け、ミーシャは満足そうな笑みを浮かべて引き返します。早速、街に戻ったらしなければいけないことができました。
まずは、学校に戻ること。そして、上級学校へ進学する準備を取ることを。
颯爽と歩いていくミーシャの背中を押すように、草原を爽やかな風が吹き抜けました。
今、ミーシャは気分上々です。
デッキで、穏やかな風に吹かれているアプリコットを、フロークは見ていました。
穏やかな顔で、吹く風が髪をかき撫で、乱すままに、ただ前を見続けるアプリコット。
そんな彼女を、フロークは後ろで静かに見つめ続けていました。
彼女と出逢ってから、いろいろと起こった出来事の一つ一つを思い起こします。
・・・出逢った頃より、ずっときれいになったね、アプリ。
でも、あとどれだけ君とこうして一緒にいられるんだろう・・・
そうぼんやり考えていた時でした。
いたずらな風が突然吹き起こり、彼女のスカートを捲り上げてしまいました。悲鳴を上げ、咄嗟にスカートを押さえるアプリコット。後ろで見ていたフロークは、目が点になってしまいました。
そんなフロークを、後ろを振り返っていたアプリコットが赤くなって睨んでいました。
「・・・見たでしょ?エッチ!」
「見たんじゃないよ。見えたんだってば。」
「やっぱり見たんじゃない?あっち行ってよ!」
フンッとそっぽを向くアプリコットに、フロークも負けずにそっぽを向いて立ち去ろうとします。
本当に立ち去ろうとしたフロークを見て、やっぱりアプリコットは呼び止めます。
「フローク・・・待って。ちょっと、お話ししない?」
呼び止められたフロークは、あっち行けって言ったり話しようって言ったり・・・と内心ボヤきながら、アプリコットの隣にやってきます。
いざ二人になったものの、一瞬話に詰まり、黙り込んでしまう二人でした。
そこへ、何か用があるのか、オッターがフロークを呼ぼうとやってきましたが、デッキで二人並んで立っているのを見ると、笑ってそっと立ち去ってしまいます。
それを見ていたかのように、フロークが口を開きました。
「アプリ ・・・ミーシャと何話してたの?」
尋ねるフロークに、アプリコットはポケットから、ロザリオとお守りを見せます。
訝しげにそれを見るフローク。
「ミーシャから、お守りだってもらっちゃった。私も、ブレスレットをミーシャにあげたの。友情の証ね。」
そして彼女は、その古びたロザリオとお守りを胸元で抱きしめます。まるで、それがミーシャであるかのように、大切げに。
「私・・・この街にやってきた事、本当によかったと思ってる。いろいろと教わったわ。ミーシャに出逢えた事も、けして忘れないから。」
ロザリオを握りしめ、思い出すように瞳を閉じるアプリコット。
そんな彼女を、フロークは眩しそうに見つめています。
と突然、彼女はフロークを正面から見据えます。ギョッとなって身構えるフローク。
「そういえば、フロークもミーシャと二人っきりで話してたでしょ?ちゃんと見てたんだからね!何話してたの?」
尋ねるアプリコット。その口調には、既に街にいた時のような焦りは見られません。
それでも、フロークに都合が悪いことに変わりはありません。ミーシャに尋ねたことを思い出し、黙り込んでしまうフローク。
その内心を見透かしたように、フフッと笑うアプリコット。それが少し腹立だしくて、ついムキになるフローク。
「な・・・何がおかしいんだよ、アプリ?」
「別にィ?」
意味ありげな視線を彼に投げかけ、アプリコットはさっさと室内へと入っていきます。
フロークには、私がいるじゃない?
その言葉は今はそっと胸に温めて、自室に入り、ベッドに寝転がります。
じっと見上げている彼女の瞳には、何が映っていたのでしょう。
やれやれ・・・女の子のこころってよく分かんないや・・・
さっさと部屋に行ってしまったアプリコットの後ろ姿を見送ったフロークは、肩を竦め、タッティとオッターのいる操舵室へ歩いていきます。
果てしなく彼方へと続く青空の色は希望の色?それとも涙の色?
でもそれが希望とまっすぐに信じ、彼らは今日も旅を続けていくのです。
この旅はどこまでも
信じる力ほど 強いものはなくて | 夢を捨てることは簡単
頑張ってる人に 天使は舞い降りる | だけど 後に何が残るんだろう
|
愛する人たち想えば ほら | 迷いながら もがきながら
ちょっと・・・ちょっとぐらい | 耐え抜くこと
胸の傷 傷んでも | それもlifeなんだろう
|
今日も光る星の中で | 変わり続けてく この街の片隅で
いくつ出会い 別れ繰り返す? | どんな風吹いても
| アスファルトには花が咲いてる
夢も恋も |
思うようにはいかないもんだね | きっとこの先も
それがlifeなのかな | 自信をなくしたり
| 愛する人さえ失うこともある
どれだけの涙 流せばいいんだろう | 負けない気持ちを 描いて行こう
でも 痛みのない幸せなんて | もっと僕らは上を向いて行かなくちゃ
きっとないから |
| たとえ今が くじけそうでも
信じる力ほど 強いものはなくて | 奇跡は起こる
頑張ってる人に天使は舞い降りる | きっと勇気ひとつで変われる
愛する人たち想えば ほら |
ちょっと・・・ちょっとぐらい | 信じる力ほど 強いものはなくて
胸の傷 傷んでも | 頑張ってる人に 天使は舞い降りる
| 愛する人たち想えば ほら
| ちょっと・・・ちょっとぐらい
| 胸の傷 傷んでも |
| きっとこの先も
| 自信をなくしたり
| 愛する人さえ失うこともある
| 負けない気持ちを描いて行こう
| もっと僕らは上を向いて行かなくちゃ
|
岡本 真夜「life」
戦い済んで、日が暮れて。
土中に舳先を突っ込み、船底をすこぶる地面に打ち付け引きずり、後ろのローターまで吹っ飛んだスコーピオン号の惨憺たる有様を、茫然と見るばかりのフードマン。
何故だ・・・何故、私だけがこんな目に遭うンだぁぁーー!!!
おいおいと泣き出すフードマンの肩を、フランツとジャックがにこやかに叩いて言います。
「泣かない泣かない、ボス!オレ達が付いてますゼ!」
「そうそう、オレ達はボスを信じてるもんな!」
そしてアハハハ・・・と笑う二人を張り倒し、逃げる二人を拳を振りかざしてフードマンは追い回します。
「ふざけるな!お前達がしっかりしていれば、私はこんな目に遭わないですむんだ!!」
日が沈みゆく草原の直中を、3人はいつまでも追いつ追われつしていました。
そんな彼らにも、いつか幸運は訪れることでしょう・・・多分。
*この後、本当にささやかですがあとがきへと続きます。
前作「向かう道は違っても」でも、歌詞とエピローグの後ページが変わってあとがきがあるので、よかったら読んで下さいね!
a Boy〜ずっと忘れない〜
2作目、書き終えました。推敲すること十数編、少しは自分の納得するものに到達できたかな、の感に一人喜ばしく思っています。皆さんは如何でしたでしょうか。
でもね、ここまで書き及んでなお、日が変わればもうそんな事、忘れちゃってるんだな。ありとあらゆる、彼らの動きやこころが咲き乱れ、留まるところを知りません。
確かに、僕の中で彼らが息づいているんだな・・・そう思わずにはいられません。それが嬉しい。もうちょっと早く、作品に取り掛かるべきだったなと、ちょっぴり後悔も。
でも、だらだら書いてるだけじゃキリがないし、僕だけやってても仕方ないし。
だから後は、皆さんの手に委ねたいと思います。本当のボスコファンの皆さんに、ね。心の中だけでもいいし、それを形にしてくれたらもっと嬉しいけど、何より皆さんがこの作品を忘れないでいてくれることを切に望みます。僕も、ずっと忘れない。彼らに出逢えたあの日の、少年の日のこころで。
最後に、またまたこの場を借りて紹介したいと思います。作品にも名前が出てきたけど、GLAYです。幕張の二十万人ライブは空前絶後、まさに圧巻でありました!
岡本真夜さんの歌は女の子の恋への励ましだと思うけど、GLAYの歌は男の恋の理想だと思います。
この世で唯一無二のあなたへと捧げるよ your happiness
愛してる・・・愛してる・・・
クゥ〜〜〜〜ッ!カッコイイ!こんな台詞、好きな女性に伝えられたら最高だと思いませんか?
あなたのやさしさ降らない日はない・・・あなたの夢を見ない日はない・・・
あなたの空が曇る日はない・・・あなたの歌が届かない日はない・・・
あなたの温もりを求めない日はない・・・あなたの未来を支えない日はない・・・
あなたの道を照らさない日はない・・・あなたの笑顔に酔わない日はない・・・
あなたのくちびるに触れていたい・・・あなたの愛そのものになりたい・・・
どこかで失くした心のかわりに 全て引き受ける それもかまわない
−−−あなたの幸せ 願わない日はない−−−
GLAY「UNITY ROOTS&FAMILY,AWAY」のALL STANDARD IS YOUの歌詞を抜粋しました。
今回のアルバムは、より深い愛を感じます。今までより、更に深まった。より熟成した。世界が広まったような。単なる恋人ふたりに留まらず、国の境すら越えたような。このアルバムで、GLAYは一つ生まれ変わった、確かにそんな気がします。
ちなみにこの歌は、作詞・作曲を手がけるTAKUROが、ニューヨークのグラウンド・ゼロを訪れて、その時の思いから作られたとのことです。
この魂のこもった愛の歌を聴きながら、いつか僕もこれだけの想いを寄せる誰かに出逢えたらと願うこの頃なのであります。
SPECIAL THANKS
道の向こうに戻れない夏がある あんなに激しくゆれるまま夢中になった
流れる汗を拭おうともせず 抱きしめあった
真夏を駈ける肌の暑さよ さめぬままで
不意に薫る風 歩けない旅人を撫でるよ 急な雨でさえ 傘の無い二人をさけた
陽だまりはしゃぐ先の一秒先も見えない侭で 名前を口にすればそれで幸せだった
予期せぬ出逢いを 初めての朝を
無邪気な自由を KISSのあとの笑みを
儚さで綴る 人生の至福として 想う
夕映えに咲いたぎこちない愛を もっと素直に言えたのなら
一粒の涙 優しさの縒りで きっと受け止められたのだろう
君といた日々は宝物そのもの
海鳴り秋を告げる響き 時を感じて
誰にも過去の地図の上に忘れ得ぬ人がいる
いつかは・・・一人でもう一度ここに戻るような
そんな気がしてた be back in your eyes
まるでその場所に想い出の跡に 忘れ物がまだあるようで
まだ見ぬ未来の帳のどこかで不意にめぐり逢えるのなら
懐かしさにただ立ち尽くす前に お互いの今を愛せるだろう
夏の向こうには 戻れない夢がある
君といた日々は宝物そのもの
何だか僕一人で盛り上がってしまった感じでスンマソン。もしよかったら、感想とか 頂けると嬉しいデス!
それでは、この想い出を縒りに、また何処かでお会いしましょう。see you!
2003年、新緑の頃に herr Blau von Meer
PS:もし、今回紹介した岡本真夜さん、GLAYの歌を一度聴いてみたいと思われた方がいらっしゃれば、ぜひご一報下さいネ。カセットテープの郵送という形でよろしければ、マイベストをお贈り致します。
音楽とは、流行廃りで聴くのではなく、自らの感性が渇望してやまないものを求め聴くもの。そして楽しいときも辛いときも、賑やかなときも孤独なときも常に傍らにあって欲しい、こころの栄養剤。僕にとっては、ネ。
そういったことを一人でも多くの方と分かち合いたいと常々思っております。
ちょっと興味を持って下さるだけでも十分です。よかったら、ご連絡下さい。
少しだけ、あなたの世界が広がるかもしれませんよ?
それじゃ、よろしく!