この旅はどこまでも

燦々と七色の光と温もりを降り注ぐ太陽
 見渡す限り 吸い込まれるほどに青い透き通る大空
 ほんわかと浮かんで流れる白い雲 
大空を迎えて 大地もこたえます
 草原は風にそよいで どこまでも緑に波打ち
 緑の間に間に 空の色を映す川と湖が 時の流れを湛えています
 そんな空と大地の狭間を、一隻の小さな飛行船が、音もなく飛び続けていました。
雲と空の流れと競争しているかのように。
 ですが、その中はと言えば、周りの景色ほど穏やかな訳にはいかないようです。

「イヤよ!ぜーーーったいイヤッ!!」
 かぶりを大きく振って、アプリコットは全く取り次ぐ様子もありません。
 それを見ているフロークは、ほとほと呆れるやら困り果てるやら。こうなると、もう彼らの手には負えなくなるのです。
「あのね、アプリ。別に次の町で、無理に降りる必要はないんだよ。だって食料も燃料も 補給したばかりだしさ。次に降りる町で遊べばいいじゃないか?」
 フロークが、先程から3回は繰り返した事を説得しました。でもやっぱり返ってくる答えは、3回とも同じか、それどころかもっと頑固になるばかり。 
「私は、今行きたいの!フローク達はいいよ、男の子が3人だもん。でも女の子は私一人よ。たまには、町で他の女の子と遊ぶくらいいいじゃない!?」
取り付く暇もないアプリコットの様子に、思わずフロークがオッターの脇をつつきます。
何で、近くに町があるなんて教えたんだよ?
仕方ないでしょ、何気なく言っただけなんだから。
憮然と小さく囁き返すオッター。
 それを見咎めて、アプリコットは最後宣告をしました。
「とにかく、私は町に行くからね!止めても無駄よ?どうしてもって言うんなら、飛び降りてでも行っちゃうんだから!」
そう言って、タタタッとデッキまで駆けていきます。まさか本当に飛び降りたりしないでしょうが、フローク達もいい加減根負けしてしまいました。
 ねえ、どうするの?
 フローク達をじっと見据えるアプリコットに、大きな溜息を一つ。
「・・・少しだけだよ?それと、やっぱり心配だから、僕らも一緒に行くからね。」
「ありがとう!」
 とうとう根負けしてしまったフローク達に、アプリコットは無邪気な満面の笑顔で応えます。さっきまでの不機嫌はどこへやら。
 フローク達は、諦めやら嬉しさやらで複雑な面持ちで彼女を見るばかりです。
「そうと決まったら、早く降りる準備に入って!」
 フローク達の気苦労も知らず、アプリコットはデッキの前を楽しそうに見つめています。
まるでその先にある楽しみを今見ているように。
「はいはい、了解でございます、お姫様!」
「お姫様はやめてってば!」
フローク達は含み笑いを浮かべつつ、降下準備に移りました。
 こうして4人は、この川と草原の町に降り立つことと相成りました。
思えば、これが騒動の発端であるとは、この時点でまだ誰も気付かない儘だったのです。

帝国同盟都市・ヴィーゼンベルク。草原を拓いて築かれた「草原の都市」。草原のただ中を流れる川を引き込んで発展した、豊かな街です。来る日も来る日も、各地からの数多の行商人や旅人を迎えては送り出す、賑やかな街でした。ここが、アプリコット達の目的の場所です。
 街を囲む川に架かる石橋に並ぶ行列。街の門前で、街に入る手続きを待つ行列です。
 各地からの行商人が、ありとあらゆる品物の台車を馬に引かせ、別の商人と情報交換に余念がありません。旅人も彼らの話に聞き耳を立て、あちらこちらに話の人の輪が幾つもできています。そんな彼らを目当てに、街の土産物屋や飲み食い売りの売り子達が売り声も盛んに売って回ります。
 人のざわめき、歩き回る人の群、馬の息遣い、さながらそこ自体が小さなバザールのようです。
アプリコット達も、そんな商人の一人の話に聞き入っていました。
 何でも、フォンテーンランドの水の飢えもひどくなるばかり、商売にならずに遥かこのヴィーゼンベルクまで出向いたとのことです。アプリコット達は内心穏やかではありません。フォンテーンランド国内の事も忘れて、街に出かけようなどと言い出したことを少し後悔しかけた時。
 やがてその商人が入市手続きに入り、やっとアプリコット達の番になろうとしています。
 フロークが、念を押してアプリコットに言いました。
「いいかい、アプリ。とにかく、僕達から離れないこと。別にアプリの行動を縛るつもりはないんだから。僕らもこの街に遊びに来たんだから。ただはぐれちゃいけないから、こうして念を押してるんだ。この街はかなり広いから、一度はぐれるとその日の内に見つかるかどうかも分からない。分かってくれるね?」
「シツコイ!一度聞いたら分かってるってば!」
 フロークの顔を見るのもうっとおしそうに、アプリコットは応えます。
 ホントカナ・・・?
 フローク達の不安は、募る一方です。
「なあ・・・万一はぐれた時の落ち合い場所を決めておかないか?」
タッティの提案はもっともです。誰でも分かる場所となると・・・
「中央の教会の広場で落ち合おうよ。夕方がいいでしょ?そのまま晩ご飯に行けるから。」
 オッターの提案に、一同異存はありません。
そして、アプリコット達の手続きの番になりました。タッティが手続きと、通行料とを払っています。その間も、アプリコットは珍しそうに辺りを見回しています。
 古めかしい石橋。街を囲む石造りの城壁。荘厳な装飾を施した樫の門扉。門前に立つ兵士。門の向こうでは、絶え間なく行き交う様々な様相の人々。その上に高く軒並み立ち並ぶ、木と石造りの家々。折り重なる煉瓦屋根のずっと向こうに見える、教会の一際高い尖塔。
 今正午なのか、澄んだ鐘の音が石造りの街に響き渡り始めました。
涼やかな青空を、街の生気が脈打っているようです。
 彼女の知る、牧歌的なフォンテーンランドの雰囲気と大分違うので、興味は尽きる事がありません。
そうこうしているうちに、金縁眼鏡の年老いた門番が通行手形に印を押し、アプリコット達はようやく街に入ります。
 瞬く間に、柔らかな喧噪が、絶え間ない人の群の往来が4人を包んでいきます。
 煉瓦や石や木で造られた、色とりどりの家々。広場のように広い、石畳の大通り。そこかしこを、人の数だけ、様々な格好の人々が往来しています。
新鮮な果物や野菜、魚や肉等々、道端で売り声を張り上げている市場や露天の売り子。
大道芸に群がる人の輪。神の教えを説く牧師。店の前で談笑している人達・・・
 区画で綺麗に分けられた通りを、4人は見上げたり見回したりしながら歩きます。
   ボスコの村から出入りの多くなかったフローク達にとっても、この街の風景は珍しさが後から後から目に入るばかりです。目移りするそのままに、周りの風景を見回します。
「おいフローク、あんまりキョロキョロするなよ。田舎者だって思われるぜ。」
「いいよ、田舎者なんだから。」
見咎めて注意したタッティの言葉も気にならない程、フロークもオッターも周りに見入っています。
「あっ、案内所があるよ。地図か何か貰ってこようか。」
 オッターが指さす先に、街の案内板が大きくあります。
「ああ、頼むよ。」
 どうだいアプリ、珍しい風景ばかりだよね?
 フロークがふと振り向いた先にはタッティ,オッター・・・
 そしてもう一人、いなければならない筈の姿が見えません。本当にいつの間にか、アプリコットの姿が影も形もなくなっています。
 笑顔のままフロークが、タッティ、オッターが固まり、思わず周りを見渡します。
どこにもいません。何という見事な手際よさでしょう!
 ヤラレタ・・・!!
慌てて、3人はアプリコットを捜し始めました。周りの目線も気にせず、辺りを走り回り、アプリコットを呼び続けます。ですが当然のように、何の反応もありません。
 当のアプリコットは、たった今オッターが指さした掲示板の後ろに隠れていました。
捜し始めたフローク達をそっと覗き見て、申し訳なさそうに舌を出します。
「ゴメンネ、フローク。だって、一人でゆっくり見て回りたいんだもん。」
そしてすばしっこく、3人の目の届かない通りへと駆けていってしまいました。
後には、頭を抱えて嘆くばかりの男3人が残されるばかり・・・

 路地裏の、駄菓子屋のように何でもありそうな一軒のアクセサリー屋。
 髪飾りやらネックレスやら指輪、ピアスやら・・・手作りと思しきものがきれいに棚に並べられ、一つ一つが手に取ってとせがんでいます。
 その中の銀メッキのブレスレットが、アプリコットの目に留まりました。手に取って少しの間眺めて、ちょっと気に入ったようです。
 店番のおばさんを目に留めて尋ねます。
「これ、幾らですか?」
「10ディナールだよ、お嬢ちゃん。」
丸い小さな眼鏡を目に押し当て、小太りのおばさんがにっこり答えます。
 財布をちらっと見ます。あらかじめ、フローク達から小遣いを貰っていました。ちなみにこのお金、今は行方不明のエンダーが持ち込んでいた一部です。
お金と一緒に、そのブレスレットを差し出します。
「下さいな!」
「ありがとよ。」
おばさんはお金を受け取り、ブレスレットと一緒に側にあった天然石のネックレスをアプリコットに手渡しました。
えっ、となるアプリコットに、おばさんはにっこり笑って言いました。
「お嬢ちゃんは可愛らしいから、おまけだよ。」
戸惑うアプリコットに、おばさんは構わないからと差し出します。
「ありがとう!」
満面の笑顔で、アプリコットは答えました。見送られて店を出ました。
 たった今買ったばかりのブレスレットを左手首に付け、満足そうに笑います。
 大通りの衣服屋のドレスや小物売りのネックレス、ブレスレット・・・などなどに目を通した後、とある路地に入り込みました。街の生の生活に触れてみたかったのです。
 生きている息遣いが、街とはまた別の喧噪でした。
二、三人が何とか通れるかという道の両脇を、空を覆わんばかりに木組みの家が軒を連ねています。石を敷いた道(というより通路)は、大通りのピカピカの石畳とは違ってすっかり薄汚れています。長年の雨風に古びた、質素というより粗末というべきな。彩りに充ちた、大通りの木組みの軒並みとはあまりにも打って変わった、生の生活の音、匂い。
 昼の食事を用意しているらしい音。漂ってくる、煮込んだような匂い。赤ん坊の泣き声、それをあやす母の声。子ども達や大人達の叫び合う声。扉を開け閉めする音。洗濯板を 擦る音。その側で、女達が井戸端会議に余念がありません。そのうちの一人が、見慣れないアプリコットの姿をちらっと訝しげに見ましたが、すぐ話を始めます。
 これを下町の活気というのでしょう。彼女のあまり知らない、日々の営みの生きる匂いに充ち満ちていました。表通りの華々しさはなくても、日々の生活が脈々と息づいている最中でした。
そうして歩いているアプリコットの眼前に、突然マリが転々と転がってきました。
拾って待っていると、5,6歳くらいの女の子が路地から走ってきました。
アプリコットが渡してあげると、こわごわと受け取って、ありがとうと言います。
アプリコットはしゃがみ込んで、女の子に話しかけます。
「一人で遊んでたの?」「うん・・・だってみんな、お家のお手伝いでダメだって・・・」
「じゃ、お姉ちゃんと遊ぼ!」「うん!!」
 そして二人でマリつきやら縄跳びやらでしばらく遊んでいると、どこかで女の子を呼ぶ母親の声がしました。マリーという名のようです。
「ママが呼んでる。また遊んでね。バイバイ!」
マリを小胸に抱えて、手を振りながらマリーと呼ばれた女の子は走っていきました。
 アプリコットも笑って手を振り返します。
 そして彼女は、また歩き出しました。
 と突然、ある路地に入った彼女の足が止まりました。
 目の前の路地で、3人の少年がたむろしています。一目で、他の少年と空気の違う派手な格好の。大方ここの不良少年でしょう。
 嫌な予感がしたアプリコットが、道を変えようとする前に、少年達がアプリコットの周りを囲んでしまいました。
「ねえ彼女?この辺で見掛けない顔だね。名前、何て言うの?」 
「ボク達、今暇なんだけどさ。よかったら付き合わない?いいコトしようよ?」
「・・・ごめんなさい。急いでるんです。」
 俯いて逃げかけた彼女の手を、一人の少年が掴みます。
「離して!」
「逃げることないじゃない?ここを知らないんなら、いろいろ教えてあげるからさ。」
 そして、逃げようともがく彼女を強引に抱き寄せようとした時・・・ 
「火事よ!」
 叫び声が狭い路地に響きました。ギョッとなる少年達。瞬く間に、大人達の足音と叫び声が近づいてきます。こんな狭い路地での火事を少しでも放置すると大変なのです。
「やべぇ・・・逃げっぞ!」
 途端に少年達は、アプリコットに目もくれず逃げていきます。
 そしてさっき、アプリコットが女の子と遊んでいた方から、一人の少女が走ってきました。アプリコットと同年代ぐらいでしょうか。
突然、彼女はアプリコットの手を取るなり、走り出しました。状況を悟るより先に、つられてアプリコットも走るしかありません。
 大人達の喧噪が、だんだん後ろに遠ざかります。
 走りながら、息を弾ませながら、アプリコットは尋ねます。
「ねえ!あなた、誰なの?」「自己紹介は後!走って!」
「火事ってどこ?消しに行かなきゃ!」「バカね、ウソ!あなたがからまれてたから咄嗟に言ったの!」 
途中で何度か、人とぶつかりそうになりながら、二人の少女は路地を走り続けます。
 どこかの家の二階の窓から、小さな男の子の兄弟が走る二人に手を振って笑っていました。気付いた少女も、振り向いて手を振り返します。
兄弟の小さい男の子の方が笑って叫びました。
「ミーシャ、運動会のかけっこ!?」 
「そうよ、どっちが勝つか見ててね!」 
 二人は、そのまま路地を走り抜けます。
 辺りはいつの間にか、高く軒を連ねた家々から、どす黒く今にも朽ち果てそうな、貧相なバラック小屋ばかりが窮屈に集まる様相になっていました。
 黒ずんだ木の壁の所々が朽ち落ち、穴すら開いています。風雨を防ぐ筈の窓の雨戸はあちこちが割れては継ぎ接ぎ、錠のない扉がユラユラ戸口で揺れていました。
ですがこの時は大して意にも留めず、廃墟のようなバラック群の中をただ駆け抜けていきます。

「ねえフローク・・・」「何だい、オッター?」
「アプリはどこに行っちゃったんだろ・・・?」「知らないよ、あんなおてんば娘!」
 名前を聞くのも嫌とばかり、フロークは吐き捨てます。
 3人が行きたい所もお預けで、めぼしい所は捜してみましたが、何分この街は3人の思う以上に広すぎました。そうしてかれこれ2時間は経ったでしょうか。
諦めたタッティが、立ち止まりました。
「とにかく、だ。やみくもに捜しても仕方ない。待ち合わせ場所は決めてるんだから、それまでオレ達もせいぜい楽しもうぜ。」
「それは言えてる!せっかく来たんだからね。」
「ホントだ。あんなわがまま娘に振り回されてちゃ、体が幾つあっても足りないよ。」
 そして、二度とアプリコットは街には連れていくものかと、それぞれに固く決め込む3人でした。そうとも、どんなにせがんでも、すねても!
 そうと決まれば、と、地図を睨み出す3人です。
 ゲーム街を見つけて、オッターは一番に言いました。
「じゃ僕、射的で一稼ぎしてくるよ。」
「オッターは、それだけは得意中の得意だもんなぁ・・・。」
「だけ、は余計だよ。そういうタッティは、どこ行くんだよ?」
「パチンコでもあればな・・・確率ってものを確かめに行くんだけどな・・・」
「さすがはさすらいのギャンブラー!フロークは?」
「その辺を歩いてるよ。」
 アプリがいないんじゃしょうがないし・・・
そう思いかけたのを、慌てて心うち密かに打ち消すフロークなのでした。
「じゃ決まりだ。待ち合わせ場所は中央の教会広場。夕方の鐘の時刻に集合だ!」
やっと、3人のための時間ができそうです。と言っても、アプリコットの事を忘れた訳ではありません。3人が3人とも、それぞれの場所でさりげなく捜す気ではいました。
 こうして3人は、銘々好きな場所へと向かったのです。

小広い広場で息を整えたアプリコットは、まず相手を見ました。
 年は、アプリコットと同年代でしょうか。ポニーテールの赤毛に活発そうな蒼い大きな瞳が、アプリコットを興味深そうに見つめています。身なりは下町育ちの割に小ぎれいで、質素ですが赤いドレスがよく似合っています。
見つめ合う二人の視線が絡み合い、少女は人なつっこそうな笑顔を見せました。
 彼女となら、友達になりたいな・・・。
 そう願いながら、アプリコットは少女に話しかけました。
「ありがとう、助けてくれて。」
「妹と遊んでくれてたでしょ?そのお礼ね。」
 先程の、マリーという女の子のはにかんだ笑顔が目に映ります。
「そうだったんだ?可愛い妹さんね。見たら一緒に遊びたくなっちゃった。」
「そう?家じゃうるさいだけなんだけど。」
「ねえ、あなたの名前は?」
「ミッチェル。みんなはミーシャって呼んでる。あなたは?」
「アプリコット。アプリって呼んで。」
「年は幾つなの?」
「15。ミーシャは?」
「同じじゃない?15。でももう16だから、私の方が少しお姉さんね。」
「ふーん・・・」
「ねえ・・・アプリってこの街の人じゃないでしょ?見掛けない顔だもん。」
「フォンテーンランドから来たの。いろいろ訳あって。」
「一人でこんな所まで?」
「まさか?友達と一緒に、ね。」
「フォンテーンランドか・・・ずっと南の方ね。ここへは何しに?」
「退屈しのぎに、遊びにきてまーす!」
 少し忘れていたフローク達の事を思い出して、アハハとアプリコットは笑います。
「じゃ、いろいろ街を案内してあげようか?私も今日は学校が休みで暇だし。」
「嬉しい!ホント言うと、一人じゃやっぱり面白くないかなって思ってたところなんだ。」
 自分がフローク達を捲いてきたことをすっかり棚に上げて、アプリコットは悪びれず言ったものです。
「じゃ、行こ!」
 笑顔で誘うミーシャには、いろいろアプリコットを連れていきたい所がありました。
ロボットアームで、二人で取ったおもちゃを山分けするゲーム街。
 クレープにシュークリーム、スナック等等ですっかり満腹の食事街。
 街の名所、見所。例えば、大きな時計台。公園。
      計らずも そう 僕らは航海に出た
      揺ぎ無い魂に 南向きの帆を立てろ!
 街から街を歌い叫ぶアーティストのライブ。TAKUROが紡ぎ、JIRO、HISASHIが奏で、TERUが歌い叫ぶ。その名はGLAY。
 そして更に、ミーシャのとっておきの所が・・・。

帝国同盟都市・ヴィーゼンベルク。長閑な農村と違って、街の一日が過ぎるのは早いものです。まして広く豊かなこの街では、一日の時間を過ごし通すのはあっという間です。
アプリコット達が気付いた頃には、もう日も暮れかけ、夕刻を告げる鐘の時刻も間もない時でした。その時にやっとアプリコットは、フローク達との待ち合わせを思い出したものです。
「イッケナイ!もう、夕方の鐘の鳴る頃よね?」
「どうかした?」
「一緒に来た友達と落ち合う時間なの。早く教会の広場に行かないと!」
「そんなに急がなくてもいいよ。もうすぐそこだし。それより、私も一緒に行っていい?私も、アプリの友達に会ってみたいな。」
「じゃ、一緒に行こう。」
話しているうちに、もう教会の広場が見えてきました。
 更に行くと、夕刻のお祈りを待っている人々、待ち合わせの人々に混じって、フローク達3人の姿も見ることができました。
「ちょっと待ってて。まず話をしてくるから。」
 言うが早いか、アプリコットは走って行ってしまいます。
 残ったミーシャは、その辺の適当なベンチに座り、アプリコットの走っていく先を目で追っていました。
 その時、教会の尖塔で、鐘が夕刻を告げ始めました。どこかもの悲しげな音色で。
  夕刻の祈りを待っていた人々が、ぞろぞろと教会に入り始めます。
 赤黒くすっかり陽の光が落ちた夕暮れ空の下。鐘の音の余韻が響き渡る中、人々の動く音と気配だけがしずしずと動いていきます。
 人の群の向こうで、アプリコットが駆け寄ってくるのを見て、何やら3人の少年達が怒鳴っている様子。どうやら、その3人が彼女の友人達のようです。
 懐から、何かをまさぐって捜す様子のミーシャ。なかなか見つからず、つい舌打ち。
 アプリコットは、怒鳴る3人に向かってただただ謝っています。
 ミーシャは懐からやっと取り出したシガレットケースから煙草を一本取り・・・
 怒り続ける3人にアプリコットは開き直ったか、今度は口を尖らせてそっぽを向きます。
火を点けた煙草を吸い、ゆっくり紫煙を吐き出すミーシャ。先程と打って変わった無表情で、アプリコット達4人の様子を目を細めて眺めています。
 逆に、今度はアプリコットをなだめ始める3人。
 4人を眺めているミーシャの視線が、特にアプリコットと話しているそのうちの一人に目を留めます。
 そうこうしている内に、アプリコットが、3人がミーシャの方に向き直ります。慌てて、煙草の火をねじ消すミーシャ。立ち上がり、笑顔で、歩み寄ってくるアプリコット達に向き直ります。
「ミーシャ、紹介するね。フロークに、タッティ、オッター。」
「アプリが世話になったみたいだね。ありがとう。」「ミーシャ・・・か。上品な良い名前 だな。よろしく。」「エヘヘ・・・よろしくミーシャ。よく見るとアプリより可愛いね。」
 アプリコットに紹介されたフローク達は、それぞれミーシャに挨拶をし、彼女もそれに応えます。
ただオッターの余計な言葉には、アプリコットは彼の腕をつねって応えます。大袈裟に痛がるオッターに、笑い声を上げるフローク達。
 挨拶が終わると、アプリコットは薄闇の空とほの白い月を見上げて言いました。
「じゃ、もう暗くなったことだし、私たちはどこか宿で泊まるから。」
「宿に?だったら、私の家に来ない?そんな大したおもてなしはできないけど。」
 それなら、と誘ったミーシャに、慌ててアプリコットは首を振ります。
「ダメよ。いきなり4人も押し掛けちゃ迷惑でしょ?」
「気にしないで。友達を夕食に呼ぶことはしょっちゅうだから。」
 ミーシャは屈託なく言ってのけます。
 ミーシャのせっかくの提案に、アプリコットはフローク達の様子を見ます。
「ミーシャがいいんなら、せっかくだから呼ばれようよ。」「ああ。まだ宿も決まってなかったしな。」「それじゃ一晩、お世話になりまーす!」
 もちろん、異議などあるはずもありません。それなら、とアプリコットも嬉しそうです。
「ごめんね、ミーシャ。じゃ一晩泊まらせて。」
「気にしない気にしない!代わりにみんなの旅の話、ゆっくり聞かせて。」
そう言って、ミーシャはフロークの横にネッ?と並んで歩き出します。
この時点では、ただそれだけの行為と気にも掛けなかったのですが、そうもいかなくなるのはここからの話です。

夕食も食後の後片づけも終わり、出逢いの一日もあとは眠りにつくだけとなりました。
ミーシャの母は、いつもよりずっと大人数での賑やかな食事だった上に、いつもの夕食の準備も後片づけも自分がしないで済んだものです。アプリコット達やミーシャが、ワイワイ騒ぎながら、全てこなしてくれたので。
 やがてミーシャの母は、上機嫌でお礼を言って、まだ起きてるゥ!とグズるマリーを引っ張り寝床に向かいました。
でもまだ眠気が湧かないアプリコット達は、用意してくれた2階の寝室で、静かにトランプに興じていました。
それもそろそろ飽きかけてきた時。
 ミーシャがピョコッと顔を出していたずらっぽく笑いました。
「ヘヘーー・・・いいものがあるんだけど・・・」
 ジャーン!と登場した彼女は、チェックのカーディガンにミニスカートの上下。
 ヒューッと、口笛を上げるフローク、タッティ、オッター。
「ミーシャ・・・その格好・・・?」
 ドレスと違った可愛らしさに驚いた様子で、アプリコットは尋ねます。
「ん?うちの学校の制服。どう?イケてる?」
「イケテマース!!」
口々に叫ぶ3人の少年達。笑っているつもりで笑いきれていないアプリコットは、それが少し面白くないのかもしれません。
・・・何よ、制服が可愛いだけじゃない?・・・
 そうと知ってか知らずか。ふふっと得意そうに笑うミーシャ。
 そして彼女が後ろ手から取り出したものは、ワインとシャンパンの瓶数本でした。
「どう?せっかくの夜だから、みんなで一杯飲らない?」
「オッ!!ミーシャったら気が利いてるじゃない?」
 自称酒にイケる質のタッティの嬉しそうな声に、ミーシャは手際よくグラスを配り、注いで回ります。いやに注ぎっぷりが小慣れた様子。
 さて実際、嬉しそうなのはタッティとミーシャだけのようでした。
自分の前に注がれた赤黒い液体を、フロークとオッターとアプリコットは戸惑いがちに眺めています。
゛参ったな・・・お酒はまだ飲んだことないんだけどな・・・゛
゛僕も、あまり好きじゃないよ・・・゛
゛私も・・・゛
目で戸惑い合う3人の内心を悟ったミーシャは、殊更笑顔で勧めます。
「大丈夫!ワインやシャンパンなんてジュースみたいなもんだから!」
「ほら、葡萄にラズベリー、林檎のワインもあるんだから!シャンパンも飲みやすいよ!」
「ほら、みんなでグッといって、グッと!」 
戸惑う3人に気付かない振りで、大盤振る舞いです。もちろん、自分が飲むことも忘れません。
 瞬く間に、1本の瓶が空き、2本、3本と空いていき・・・

アハハハ・・・と、ミーシャの笑い声が寝室に響きます。
「それでさ、その時フロークったらさ・・・」
 話がミーシャにウケたのが突拍子もなく嬉しいオッターが、赤ら顔でますます旅の道中の話にのめります。ウンウンと、子供のように聞き入るミーシャ。
 既に当のタッティは、アプリコットとフロークが飲んだ倍のワインを飲み空け、寝息を立てています。このまま、多分朝まで起きることはないでしょう。
 フロークは退屈そうにグラスを傾けていますし、飲み慣れない酒を飲んだアプリコットも、あまり良い気分ではなさそうです。
瓶と、皆が吐き出す酒気の臭いで、灯りの薄暗い部屋は淀んでいます。中途半端に酔い切れていないだけ、ますます気分は優れません。
辺りに転がったグラスと瓶。零れた酒。寝崩れた酔っ払い。気分は滅入るばかりです。
゛ねえ、外へ出ようよ・・・゛
フロークに言いかけたアプリコットとの間を、突然ミーシャが割り込みます。アルコールは、彼女の遠慮を酔いの彼方へと押しやってしまったようです。
「フローク、私ィ、酔ってるゥ?」
 舌っ足らずで、横にいるアプリコットにも構わずフロークに寄り添い、ぐっと顔を覗き込みます。むっちりと覗く太ももに、目のやり場に困っている様子。
「ミーシャ・・・そんなにスカート短いと・・・見えちゃうよ?」
「やっぱ見てたんだぁー、エッチ!でも、フロークならいいよ。もっと見せたげよっか?」
 赤ら顔でケラケラと笑うミーシャ。自分でスカートをめくろうとするのを、慌ててフロークが引き止め、その拍子に二人は絡まりあって倒れてしまいます。
 少しムッとした様子のアプリコット。
 それと気付いたフロークが、起き上がりざま、またまた慌てて言い出します。
「ミーシャ、もうこの辺でお開きにしないかい?朝がしんどいし、そろそろ・・・」
 言いかけたフロークの肩に、ミーシャが頬を傾けます。
 触れる頬の温もり。香る彼女の髪。感じる視線。
 ましてアプリコットの目を気にして落ち着かないフロークを、真っ赤な顔で、濡れた大きな瞳でまっすぐ見つめます。
吸い込まれそうで、思わず彼女の瞳に見入るフローク。
「ねえ・・・フロークは、好きなひとがいるの?」
 彼女の質問に、ますます慌てて目線をずらすフローク。
 ミーシャの頭越しに、痛いくらいの視線を感じます。
 フローク・・・私のことをどう思ってるの?
 二人の女の子の痛すぎる視線に、フロークは大弱りです。
 アプリ・・・
 そう考えかけて、フロークは考えました。
フォンテーンランドに着いたら、彼女とは別れるしかない。それが分かっていて、こんな事を言っていいのだろうか・・・
ミーシャの潤んだ瞳が、その瞳越しの視線が、答えを急かしています。
 つい、彼は言ってしまいました。
「・・・いないよ。何なら紹介してくれる?」
「私はどう?お買い得だと思うよ?只今、恋人募集中でーす!」
 冗談めかしていますが、濡れた瞳は真剣でした。逆に彼女の視線越しに感じていた視線が、すっかりなくなっています。
フロークが訊きたい気持ちに応えたように、ミーシャはアプリコットを振り返ります。
「じゃ、アプリはどう?誰か、好きな人はいる?もしかしてここの3人の誰か?」
試しているつもりなのかただ訊いているだけなのか、屈託なく彼女は答えを待っています。
「・・・いないよ。ただの友達。」
冷たく言い放つアプリコットに、今度はフロークが微妙にヘコみます。
一人、ミーシャだけがニコニコ浮かれています。
「そっかー。じゃ私、フロークの恋人に立候補だー!」
 そして、残っていたワインをぐっと飲み干します。
勝手にすれば?
飲み慣れなくても、それしか手元にないワインを飲み下すアプリコット。
 不意に、今までの陽気がウソのように、ミーシャはフロークにぐったり寄りかかります。
「はぁ・・・フロークがいるから、ちょっと飲み過ぎちゃった・・・ちょっと休ませて。」
「私も、飲み慣れないお酒を飲まされて気分が悪いんだけど・・・?」
当てつけに言い捨てたアプリコットでしたが、誰も聞いていませんでした。
ウッと、ミーシャが慌てて口を押さえたからです。フロークが慌てて、彼女の背中をさすり始めます。でも彼女のエヅキは、止まりそうもありません。
「アプリ・・・ごめん。外で彼女を静かにさせてるよ。」
不機嫌そのもので黙り込んでいるアプリコットに、申し訳なさそうに断ると、今にも戻しそうにしているミーシャを抱き抱えて外へ出ようとします。
とその足が、大の字に寝転がっているタッティの足につまづきました。ワッと思わず声を立て、咄嗟に手を着いて支えますが、柔らかい感触が彼の顔にぶつかります。
 顔を上げると、アプリコットの茫然とした顔がありました。すぐ目の前に!
ドキリ!と、思わず仰け反るフローク。こんなに目の前で彼女を見たのは初めてでした。
吸い込まれるように、彼女に見入ってしまうフローク。いつも見ているのに、間近だと何故こんなに見え方が違うのでしょう。
驚きで見開いた瞳。ふっくらとした頬。少し開いた口元。少し乱れた前髪。
その全てが今、新鮮に映えました。
 ドクドクと、高鳴る鼓動が音を立てて聞こえそうです。
 アプリって・・・こんなに可愛かったっけ?
 そして抱きしめたい衝動がどっと沸き起こりかけた時でした。
「どいてくれない、フローク?」 
言うより早く、アプリコットが彼の手元からするりと抜け出してしまいました。
 彼女の冷めた声で我に返ったフロークも、ミーシャを連れて外へ出ていきました。
 ・・・ビックリした! 
 フウッと、一息つくアプリコット。フロークをこんなに間近で見たのは初めてでした。
いつも見慣れているフロークを、こんなに間近で見ると何故こんなにドキドキするのでしょう。高鳴る胸の鼓動が彼にばれなかったかが心配です。
 私・・・フロークのことをどう思ってるのかな・・・
ふと考えてみます。
 フロークは私のために、いつでも体を張ってくれる。私もそれを頼りにしている。
それは確かです。
彼が好きか嫌いか・・・訊かれたら迷わず好きと答えるでしょう。ならその好きとは何なのでしょう。
Like or Love?
笑っているフローク。真剣に考え込むフローク。打ち合わせをしているフローク・・・
 いろいろ考えてみても分かりません。
 ただ、彼がいなくなるとどうなのでしょう。タッティやオッターに同じ思いを抱くことはあるでしょうか。
・・・ないだろうな・・・
ふっと苦笑いが漏れます。やっぱり、仲の良いお友達。
改めて周りを見ると、いつの間にかオッターもツブれて寝込んでいます。何かブツブツ言って、寝返りを打ったきり動かなくなりました。
そう言えばフローク、なかなか戻ってこないじゃない?
一人、薄暗い灯りの部屋に残された自分に気付きます。
 彼のことで考えていたことが、無性に腹が立ってきました。
 何してんの、私をこんな所に一人ぼっちにして!
 ヤケで、側にあったウイスキーのグラスを一気に飲みかけて、激しく咳き込みます。
「・・・バカみたい・・・」
床にバタンと倒れ込んで呟きます。
 そのまま酒の酔いは、今の苛立ちがミーシャの酒癖の悪さか、彼女がフロークにからんでいたからか、部屋にひとりぼっちの自分へなのか、その判断すらつかないまま、彼女を浅い眠りへと導いていきました。