水路補修工法


Tはじめに 

 水路の設計・施工は設計基準「水路工」に見るように農業土木技術の基礎であり、これまで国営土地改良事業で築造された農業用水路だけでも全国で4万kmを超えると言われている。
 これらの水路は、耐用年数の経過により順次更新時期を迎えているが、農業の国際化の下での農政及び経済状勢の変化により、LCCの低減の観点からストックマネージメントが必要とされるようになってきた。このため、今後の水路技術はこれまでのように施設を「作る」技術ではなく、「補修」し「延命化」するための技術が必要とされてきている。
 水路の補修技術についてはまだ歴史は浅いものの、各メーカーや施工業者がこれまでに蓄積された材料技術や施工技術の応用で様々な水路補修工法を生み出しており、試験施工などが各地で行われている。
 ここでは、ネット上に公開された水路補修工法を、コンサル的視点で整理する事とする。

U 工法の材料、施工法による分類

 水路の補修工法は、表面にモルタル類を塗布する被覆材塗布タイプとパネルやシートを貼り付ける被覆材貼付タイプに大別される。被覆材塗布タイプは吹き付けやコテ塗りとなり、現場作業に熟練の技術を要するものが多いが、被覆材貼付タイプは工場製作されたパーツを現場に貼付けるもので、現場作業は比較的容易である。このタイプは養生期間を必要としないため、通水開始を早くできる利点があるが、既設水路に接着剤で貼り付けるタイプは、壁面が湿潤状態では施工出来いないため、天候に左右される欠点がある。


工法種別 表面材 取付材・下地剤 工法名
被覆材塗布 AGモルタル AGプライマー AGモルタルライニング工法
ガラス繊維モルタル プライマー EF工法
ポリウレタン樹脂 超速硬化ポリウレタン樹脂吹付塗膜工法
資料
ポリマーモルタル CS21 CS-21+ポリマーモルタル工法
モルベストモルタル PPMGモルタル PW工法
特殊ポリウレタン材 プライマー 高耐候性ひび割れ追従ウレタン被覆工法
靱性モルタル 靱性モルタルライニング工法
被覆材貼付 FRPトラフ アンカー FRPトラフインサート工法
FRP板 アンカー

FRPM板ライニング工法資料1
 資料2

アスファルトパネル 接着材 ハイブリットライナー工法
可視光硬化シート プライマー コンプロシート工法
紫外線硬化シート プライマー PPSライニング工法
耐アルカリ硝子繊維補強コンクリートパネル アンカー サンフレッシュC工法
ポリウレタン樹脂塗料 OM水路ライニング工法
レジコンボード 接着材 レジンコンクリートパネル水路再生工法
資料
塩化ビニル樹脂製パネル アンカー 樹脂パネル貼付工法

 ここで、被覆材塗布タイプで表面材としているモルタルが種々あるが、ネット上の資料で分かる範囲で解説すると。
ポリマーモルタル
 モルタルの結合材の一部をポリマーで代用したもの、モルタルにポリマー混和剤を混入して作られる。
AGモルタル
  ポリマーセメントモルタルの一種で、アクリル粉末樹脂プレミックスタイプのもの
ガラス繊維モルタル
  ガラス繊維を含んだモルタル
靱性モルタル
  特殊軽量ポリマーモルタルにビニロン繊維を混入したもの
PPMGモルタル
  ポリマーセメントの一種で、ポリアクリル酸エステル系複合高分子材との配合比率により、対コンクリートの接着材としたり、応力下の構造体の増厚材として使用される。
モルベストモルタル
  断面修復保護材


V 断面縮小と粗度係数

 水路を補修する事によって、水路断面が縮小される場合が多いが、表面をライニングすることによって粗度係数が小さくなるため、断面縮小に伴って必ずしも通水能力が低下するとは限らない。水路補修工法の選定では、通水能力の確保が重要な要素であり、補修後の粗度係数の設定により、採用工法が制限される場合もある。
 先に挙げた補修工法について断面縮小厚の少ないものから順に並べたものが下表である。ここに挙げた粗度係数の内、※1を付したものは表面材の材質をもとに水路工 P156 表-6.2.1より判断した値であり、※2を付したものはメーカー等の資料によったものである。


断面縮小厚 粗度係数 工法名
≒0 コンプロシート工法
0〜5mm 0.015※2 PW工法 資料
≒0 0.012※1 高耐候性ひび割れ追従ウレタン被覆工法
1mm 0.012※2 PPSライニング工法
1.5〜2mm 0.013※1 OM水路ライニング工法
2〜15mm 0.010※2 AGモルタルライニング工法
2mm 0.013※1 CS-21+ポリマーモルタル工法
2.5mm 0.012※1 超速硬化ポリウレタン樹脂吹付塗膜工法
資料
6mm 0.014 ※1 ハイブリットライナー工法
6or10mm 0.013※1 靱性モルタルライニング工法
10mm 0.012※2 レジンコンクリートパネル水路再生工法
資料
10mm 0.013※1 EF工法
60mm(標準工法)
 15mm(貼付工法)
0.012※2 FRPM板ライニング工法
19mm 0.013※1 サンフレッシュC工法
25mm (20+5) 0.012 ※1 樹脂パネル貼付工法
30mm 0.012※1 FRPトラフインサート工法


 既設水路の粗度係数n=0.015、補修後の粗度係数n=0.012とし
補修による断面縮小厚10mmとした時、既設断面 B=0.80m、H=0.45mとしてI=1/1000で満流で流れる場合の通水能力を比較すると、下表のようになる。

     既設水路 補修後水路
水路断面 B×H   0.80×0.45 0.78×0.44
粗度係数 n 0.015 0.012
流速 V(m/s) 0.750 0.922
通水量 Q(m3/s) 0.270 0.316

 この場合、改修後は断面が縮小するが通水能力は向上する。
ここで、水路には用水路と排水路があり、水を流す目的、流量設定、流れる水の水質が異なるため、この結果については、分けて考える必要がある。
 上表の計算は水路の通水能力を求めているが、用水路の場合、分水工などで流量が制御される場合が多い。流れる流量が変わらない時、粗度係数が小さくなれば水深は浅くなり水位は低下する。
今、上記のケースについて、既設満水の流量に対して、改修後の水深を求めると。

     既設水路 補修後水路
水路断面 B×H   0.80×0.45 0.78×0.44
通水量 Q(m3/s) 0.270 0.270
流速 V(m/s) 0.750 0.886
水深 h  (m) 0.450 0.391

 幹・支線級の一定流量を輸送することだけが目的の水路でかつ水位コントロールのシステムのある水路では問題無いが、末端の分水機能が必要とされる水路では、水位の低下は分水機能の低下に繋がる。上記の計算では改修後に6cmほど水位低下を起こすことになる。この値が、水管理上どの程度の影響を及ぼすか定かでは無いが、末端水路の補修計画に当たっては、極力水位低下を避けるような配慮が必要と考える。
 一方、排水路では、もともとの流量設定が確率雨量に基づく便宜的なものであるため、通水能力が減少しなければ問題は無い。しかし、流れる水は土砂や汚濁物質を含む場合が多く、土砂の堆積や壁面付着物により、粗度係数は必ずしも補修した表面材の粗度係数にはならないため、通水能力検討時の粗度係数設定を十分検討しなければならない。
 また、粗度係数が小さくなると言うことは、水路面が滑らかになると言うことであり、維持管理面から見ると、滑りやすくなる事である。これは安全面から望ましく無いため、水路底に滑り止めの処理を施した例もあるようであるが、この場合も粗度係数は材料本来の値にならないため、通水能力の検討に当たってはこれを考慮する必要がある。


W 補修工の施工費

 補修工事の施工費の概略を下表に示す。ここに示した単価は、ネット上から拾ったものであり、メーカー等への確認はしておらず、あくまで目安として示したのもである。
施工費(円/m2) 工法種別 工法名
6,500 被覆材塗布 CS-21+ポリマーモルタル工法
8,000 被覆材塗布 靱性モルタルライニング工法
8,600 被覆材貼付 ハイブリットライナー工法
10,000 被覆材塗布 EF工法
13,000 被覆材塗布 AGモルタルライニング工法
14,000 被覆材貼付 OM水路ライニング工法
14,000 被覆材塗布 超速硬化ポリウレタン樹脂吹付塗膜工法
資料
20,000 被覆材貼付 サンフレッシュC工法
21,000 被覆材貼付 PPSライニング工法
21,500 被覆材貼付 FRPトラフインサート工法
23,000 被覆材貼付 レジンコンクリートパネル水路再生工法
資料
25,000 被覆材貼付 FRPM板ライニング工法 資料1 資料2
35,000 被覆材貼付 コンプロシート工法

 上表に示した範囲内では、補修工事の施工費は平均 17,000円/m2程度であり、被覆材塗布タイプの平均は10,000円/m2、被覆材貼付タイプでは平均21,000円/m2程度である。ここで、被覆材塗布タイプの施工費は既設水路のヒビ割れ補修や断面欠損部の補修に要する費用を含んでいないため、必ずしも被覆材塗布タイプが経済性に優れるとは限らない。
 また、経済比較はLCCの観点から行うべきであるので、耐用年数の要素も加味しなければならない。
 ここで、補修工事はあくまで既設水路内面の表面被覆によって施設としての機能回復と構造強度の劣化速度を抑えて延命化を計るものであるため、既設部材が構造体として存続することが前提となる。既設部材の劣化は水路内面だけでなく、外面の土に接する側からも起こり得ると考えられ、側壁にかかる外圧を支えているのは外側にある鉄筋であることから,
水路内面に施した補修材の耐用年数の前に既設部材の改修が必要となる可能性もあり、これを踏まえた経済比較が必要になる場合もあると思われる。


X 工法の選定要素

 工法の選定に当たっては、経済性のみでなくそれぞれの特性、長所・短所を踏まえて判断する必要がある。ここでは、ネット上に公開されている資料で判断できる範囲で、工法の選定要素となる項目についての適否をまとめた。表中、空欄になっている所は資料に明記がなく判断できないものであり、その性能の有無を示している訳ではない。


工法名 耐磨耗性 形状対応性 クラック追従性 湿潤状態施工 湧水有り 耐熱性 温度収縮吸収 補強効果
PPSライニング工法    × ×      
OM水路ライニング工法 × ×      
PW工法           
サンフレッシュC工法                
FRPトラフインサート工法                 
コンプロシート工法       ×        
CS-21+ポリマーモルタル工法       ×        
靱性モルタルライニング工法    ×        
超速硬化ポリウレタン樹脂吹付塗膜工法
資料
   ×        

FRPM板ライニング工法
 資料1 資料2

            
レジンコンクリートパネル水路再生工法
資料
      ×      
AGモルタルライニング工法    × ×      
樹脂パネル貼付工法      ×    
ハイブリットライナー工法              
EF工法                
高耐候性ひび割れ追従ウレタン被覆工法                


・耐摩耗性
  急流水路や落差工などでは、流水の洗堀による損傷が多い、このような箇所には耐摩耗性に優れた工法を採用する必要がある。
・形状対応性
  水路は一般に定型断面が連続しているが、曲率半径の小さなカーブがあったり、断面変化のあるところでは、形状の変化に対応しやすい工法を採用採用する必要がある。一般に被覆材を塗布するタイプやシートを貼り付けるタイプは形状変化に対応しやすいが、パネルを貼り付けるタイプは対応が難しいと考えられる。
・クラック追従性
 既設構造に外圧や振動でクラックが生じた場合、表面被覆材がこれに追従できないと、水路としての機能が維持出来ない。よって、このような状況が予想される箇所では、クラック追従性に優れた工法を採用する必要がある。
・湿潤状態での施工
 水路の補修工事は屋外作業のため天候の影響が大きい。また、用水路で断水が出来ない場合や、断水期間が制限されている場合は、施工面が湿潤状態で施工することも余儀なくされる場合があるため、工法選定に当たっては、これも考慮する必要がある。
・湧水のある所での施工
 一般には、止水処理をしてから表面被覆を行うが、湧水があっても施工可能な工法もあるので、施工速度が重視されるケースでは、これも検討する必要がある。
・耐熱性
 水路に高温の水が流れる事はないので、通常の水路に耐熱性は必要とされないが、野焼き等が行われる地域では、耐熱性に劣る材料を用いると、被覆材の品質の劣化を招くので注意が必要である。
・温度収縮への追従性
 コンクリート水路は温度変化による収縮が生じるため、この影響が大きいと予想される場合は、収縮に追従できる材料を用いた工法を採用する必要がある。
・補強効果
  ここで扱っている補修工法は水路の構造体が健全であることが前提で、構造強度の補強は考慮されていないが、工法によっては補強効果が期待できるものもある。周辺環境の変化により、具体的な損傷はないものの、当初の設計を上まわる荷重が作用しているような所では、予防も兼ねて、補強効果のある工法を採用することも有効であると考えられる。構造強度の補強を目的とっする場合には、 TSバットレスによる構造補強などの工法がある。


Y 目地補修

 水路の機能低下の原因は躯体の劣化だけでなく、目地の摩耗・脱落による漏水等による場合も多い。目地補修工法としては次のようなものがある。


工法名 工法概要
応力機能目地工法 資料 既設水路躯体に箱抜きして応力機能目地を挿入する。
既設目地耐震用ゴム伸縮可撓継手 構造物内面から後付けで施工可能で、耐震性がある。
水膨張性ゴム止水材 既設目地幅を利用し、カッター不要で施工可能。
OM水路ライニング工法 ベンチフリュームの目地の漏水防止工法

目地部やクラックからの漏水を止水する工法としては バンデフレキシン工法
断面修復と目地補修を同一材料で施工できる工法としては ECCSショット工法 がある。

Z 終わりに
 

 設計基準「水路工」の初代は昭和29年に制定されている。その後、昭和32年着工の愛知用水事業では、水路技術の進歩したアメリカの技術が導入され、30年代後半には水路建設が著しく増大した。これらの実績を基に、昭和45年、設計手法の統一、新技術の導入を目的に「水路工」が改訂され、その後、水利形態の複雑多様化、農業を取り巻く状況の変化、技術の進歩に伴い、昭和61年、平成13年と改訂が繰り返されてきた。「水路工」の歴史は農業土木の歴史であり、望まれるものを試行錯誤しながら作っていた時代から、環境配慮やコスト縮減等、世間に気配りしながら事業を進める時代への移り変わりを表している。
 今、水路は主に社会経済的な理由から、老朽化した施設を補修により延命化させる事が要求されている。このため、今後、新たな水路、特に開水路が建設されることは、用水路のパイプライン化も伴い、次第に減少するものと思われる。改訂に伴って厚さを増してきた「水路工」で、水理計算や構造計算に関する内容の価値が次第に薄れていくのは残念な気もするが、これも時代の流れと認識すべきであろう。
 今後、補修により存続させていく開水路は、ある意味、過去の農業土木技術の遺産を残すことになるとも考えられる。古来から培われてきた日本の技術と、海外から導入した新しい技術を融合し、時代の要請に応える水路を築いてきた先輩技術者たちの労を讃えるためにも、補修による水路の延命化は価値あることなのかも知れない。