農業土木の性能設計

T はじめに
  技術士の口頭試験において、性能設計が農業土木にどのように取り入れられるかを質問され、性能設計の意味を十分理解しないまま、とっさの思いつきで返答したが、試験官は納得してくれたようだった。その後、農業土木学会誌で性能設計に関する特集が組まれ、ここに掲載された2,3の報文に目を通したら、性能設計というものが口頭試験で答えたような単純なものではなく、非常に奥の深い、難解なものであることが分かった。いや、分かったのではなく理解できなかったから、そう結論付けたのだが、今年の東海農業土木技術士会総会での特別講演で性能設計についての話を聞くことができ、漠然とではあるが、その実態がつかめてきたような気がしてきたので、学会誌や講演資料を基に、自分として理解した性能設計をここにまとめてみる事とする。

U 何故、性能設計なのか
 
今何故、新たな設計手法に変わろうとしているのか。 これには、世界貿易機構(WTO)と国際標準化機構(ISO)がかかわっている。どちらも最近よく聞く、馴染みのある言葉であるが、こんな所でも関係してきているのである。
 まず、WTO協定の中には「貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)」と「政府調達に関する協定」が含まれており、 「国内規格の基礎として国際規格を採用する」こと、規格を定める際には「デザインまたは記述的に示された特性より性能に着目して定める」ことが規定されている。
 ここから、性能設計という言葉が生まれて来たようであり、国際規格としてはISO以外に無いため、ISO2394が掲げる信頼性設計法を採用し、計算方法として限界状態設計法が用いられるようになったのである。1)

V 性能設計とは何か
  今後、取り入れられていく設計手法が性能設計なら、これまで行われてきた設計は何なのか? これは、仕様設計といわれている。この2者の特徴をみると 1) 
1.仕様設計
  @ 手法や方法を指定することによって目的を達する
  A 過去の経験や事例を基礎とし、許容応力法を用いて設計
  B 手法を拘束しているため、新技術、新工法に柔軟に対応することが困難
  C マニュアル化が容易
2. 性能設計
  @達成すべき目的を設定し、必要な機能を確保するための種々の性能(要求性能)を明示し、設計する
  A要求性能を満たす手段は規定しないが、個々の施設ごとに性能を規定し、要求性能を満たしているかどうかを検証(照査)することが必要になる。
  B新技術・新工法への対応が容易である
  C機能や安全度を選択出来る
  Dリスクの存在、その説明と受認が必要となる

 性能設計が仕様設計と大きく異なるのは設計で重要視されるものが性能(結果)であり、手法や方法(過程)では無いことである。
自立矢板の根入れはCangの方法と釣り合いモーメント法では異なる長さになる。N値から内部摩擦角を推定する場合も、採用する式により大きく異なってくる。このため、会検対策もあり、設計手法の統一が検討されてきた経緯があるが、性能設計となればこの辺りの拘束は無くなるのだろう。 設計の自由度が増すことは良いことだが、設計基準を妄信し、Cangの方法や釣り合いモーメント法の結果を検証したことなどないコンサル技術者に、性能設計が出来るのだろうか?

 性能設計の考え方を示すものに、階層モデルと言うものがある。ここに、平成12年 地盤工学会が国際標準と整合させた形で国内の設計基準作成の基準となるものを目指して提案した「地盤コード21Ver.1」と称される階層モデルと、平成14年、道路橋示方書・同解説の改訂により示された階層モデル、さらに、これらを参考にして土地改良事業計画設計基準が現在目指している階層モデルの3つのモデルを見てみると。2)
 目的→機能→要求性能まではどれも同じであるが、要求性能の検証の仕方の表現がそれぞれ微妙に異なっている。

地盤コード21における性能照査の考え方は
◇アプローチA
 構造物の性能照査に用いられる方法に制限を設けないが、設計者に構造物が規定された要求性能を一定のある適切な確率で満足することを証明することを要求する構造物性能照査のアプローチ
◇アプローチB
 構造物の性能照査に、該当構造物の構造的性能の事業主体が指定する「固有基本設計コード」または「固有設計コード」に基づいて、そこで示された手順(設計計算等)に従い、性能照査を行うアプローチ
 このように、地盤コード21は設計基準等に拘束されない自由設計と、従来のような基準準拠の設計を区分するが、共に要求性能検証の手段として認めている。

道路橋示方書・同解説における考え方は
◇検証方法
 設計は、論理的な妥当性を有する手法、実験等による検証がなされた手法等適切な知見にもとづいて行う(基準等で定められたものではない)
◇適合みなし仕様
 照査方法は、原則自由であるが、極限状態を必ずしも直接に再現しない計算方法などで、構造物の性能を照査する方法であり、従来の許容応力度法で性能照査する「適合みなし規定」とすれば、その方法で性能照査したことになる照査方法。
 道路橋示方書の場合、実務的な基準のため、地盤コード21より現実的な内容になっている。このため、性能照査の手法の定義に苦慮の後が見られる。
 ここで取り上げられた「みなし規定」とは
従来の仕様規定型基準
  『鉄筋の被りは6cmとする』 と規定したものが、
性能規定型基準では
『1.コンクリートと鉄筋との付着を確保し、鉄筋の腐食を防ぐために、必要な被りを確保しなければならない。』 と表現され、性能が保証されるなら被りは6cm以下でも良くなる。
 しかし、実際の設計において、要求性能を満たしているかを個々に実証するのは時間と費用を要し困難である。そこで
『鉄筋被りを6cm以上とした場合は、1項を満足するとみなして良い』という規定が追加される。これがみなし規定である。
 実務者サイドから見れば、「基準」の置き場所が変わっただけのように思えるが、お陰で、基準や設計例さえ見れば設計できる安易な世界が残されるのかもしれない。

土地改良事業計画設計基準における考え方は
◇標準型照査方法
 照査方法として、標準型照査方法を示す方法である。照査の根拠が無い場合、或いはこのような方法が望ましい場合等については、標準照査のみを規定するケースも想定される。
◇性能規定型照査方法
 性能のみ規定する方法であるが
@設計者が作成した照査内容を審査する機関が必要となるが現在、存在しない
A審査期間の照査方法(標準審査基準等)が存在しない
B瑕疵があった場合の判断基準に従来の仕様規定型基準が使用される例が多い
 土地改良基準では目指すものは性能規定型照査方法であるが、当面は標準型照査方法(実質、従来通りの設計手法)とすることを基本として、検討していく方針のようである


W 許容応力度法は何故ダメなのか
 
従来の仕様設計では許容応力法でよかったのに、性能設計は原則が限界状態設計法であり許容応力法は条件付きであったり暫定的な扱いを受けているのは何故だろうか?

@許容応力法は各設計変数のばらつきを表す論理性が乏しい           
A国際標準となりつつある信頼性に基づいた限界状態設計法を安全性など性能照査法の標準とすべきである。  

と言われている 3) が、「設計変数のばらつきを表す論理性」とは何か?それが何故必要なのか?
そもそも、許容応力法とは 2)
材料を弾性体と仮定し、許容応力を設定することによって材料が荷重に対して弾性範囲内にあるよう設計され、破壊に対する安全性が確保される。また同時に、過大な変形や変位による使用性の低下や、過大なコンクリートのひび割れ幅発生による耐久性の低下に対する安全性も間接的に考慮される

また、ISO2394の掲げる信頼性設計法とは 2)
いかに壊れるか : 変形、ひび割れ、座屈、降伏
確  率      : 材料のばらつき、施工のばらつき
構造物はいかに壊れるかに基づいた確率的手法による設計法で、性能や信頼性を明らかにする必要がある。壊れる確率も明らかにする必要がある

「設計変数のばらつきを表す論理性」とはどうも、信頼性設計法の要求しているものを示しているようである。たしかに、今まであまり考える事もなかったが、許容応力度法には信頼性と言う点で問題がある。

◇許容応力度法ではどのように壊れるかを考慮していない
 コンクリートが潰れるか鉄筋が切れるかを検討しているが、阪神大震災で壊れた橋脚の写真を見ると、設計でイメージしている壊れ方と全然違っていた。

◇安全率が何に対してのものか、明確でない
 許容応力にかけられた安全率は、材料や施工精度のばらつき等の考慮されたもので、設計結果が実質どれだけの安全性をもつかが明確でない。

◇材料の安全率、荷重の算定上の安全率が相関していない
 コンクリート壁に水圧(計算値と実際はほぼ等しい)がかかる場合と土圧(計算値は実際の値に等しいとは限らない)がかかる場合で、どちらも材料の安全率が同じであるのは不合理である。

◇水路にひび割れが生じれば水路としての機能を失うのにこれを考慮していない
 最小鉄筋量等で対処しているが、どれだけの安全性があるのか明確でない。

掛けた保険の金額に応じて安全率が異なる国があるらしい。最も経済的な設計法だと思うが、このためには、何に対して、どれくらい安全なのかを明確にする必要がある。今、国際的に求められているのは、このような発想であり(保険このとではない)、許容応力度法では「性能や信頼性を明らかにするのは難しい」ため必然的に限界状態設計法になるようである。

X 限界状態設計法とは

限界状態設計法の特徴は次のとおりである 2)
@ 限界状態という概念が導入され、これが定量的に定義された事により、安全性、使用性、耐久性の確保といった、部材断面の異なる状態(弾性状態、終局状態)に対する要件が、一つの設計体型としてまとめられている
A 荷重と強度に関する事項が別々に扱われており、それらに対する不確定要因が、要因毎に部分安全係数により合理的に考慮されている。

ここで、限界状態とは、終局限界状態、使用限界状態、疲労限界状態の3つに大別されるのが一般的であるが、コンクリート標準示方書では疲労限界の概念は取り入れておらず、前2者を次のように定義付けている。2)

◇ 終局限界状態(安全性)
 最大耐荷能力に対する限界状態。構造物または部材が破壊したり、転倒、座屈、大変形等を起こし、安定や機能を失う状態
◇ 使用限界状態(使用性) 
 通常の使用性や耐久性に関する限界状態。構造物または部材が過度のひび割れ、変位、変形、振動等を起こし、正常な使用が出来なくなったり、耐久性を損なった状態。

コンクリート標準示方書では、それぞれの限界状態について、照査方法を示している

終局限界状態における照査方法
 基本的には設計断面力Sdの設計断面耐力Rdに対する比に、構造物係数γtを乗じた値が1.0であることを確かめる事によって行う
   γtSd/Rd≦1.0
 断面力と断面耐力を比べる考え方は許容応力度法と同様であるが、ここに構造物係数が設定されているのが異なる点である。この構造物係数を含む安全係数の概念が限界状態設計法の特徴であり、他にも、荷重から設計断面力を求める段階で荷重係数構造解析係数,材料強度から設計断面耐力を求める段階で材料係数部材係数が設定されている。

使用限界状態における照査方法
@応力度の検討
 許容応力が応力度の制限値となるだけで、手法としては許容応力度法と同様である
Aひび割れの検討
 曲げひび割れの検討・せん断ひび割れの検討・塩化物イオンの検討が上げられているが
ここには「みなし規定」が随所に取り入れられている。
B中性化の検討
 中性化深さの設計値ydの鋼材腐食発生限界深さyumに対する比に構造物係数γtを乗じた値が1.0以下であることを確かめる事により行う
    γyd/yum≦1.0
これについて、普通ポルトランドセメントを用いてコンクリートの水セメント比を50 %以下とし、30mm以上の被りがある場合は、一般に中性化に関する照査を行わなくても良いとされているが、現在、国公省等では、鉄筋コンクリートの水セメント比を55%以下としており、生コン市場でも55%で対応しているようなので、微妙なところで引っかかることになる。しかし、実質は通常の被りを確保しておけば問題にならない要素であると思われる。    

Y 農業土木における限界状態設計

 土地改良関係の基準書では「土地改良事業設計指針・ファームポンド」で限界状態設計法を取り入れている(最近発行された「土地改良施設 耐震設計の手引き」でも取り上げていると思われるが、現在手元に無い)

 ここでは、地震動を次のように分類している。4)
レベル1地震動 構造物の耐用期間内に数回発生する大きな地震動
レベル2地震動 構造物の耐用期間内に発生する確率の極めて小さい、強い地震動

どの地震動で設計するかは、構造物の種類・規模・設置状況を考慮したフロー図によって決定することになっており、耐震設計を省略できる場合もある。各振動レベルが目標とする耐震性能は次のようになっている 4)

振動レベル 目標とする耐震設計
レベル1地震動 地震後にも機能は健全で、補修をしないで使用可能
レベル2地震動 ファームポンドに、水密性を阻害するようなひび割れや目地の開きが生ずることは認めるが、内容水の急激な漏洩による二次災害が発生し、構造物が破壊するようなことがあってはならない

耐震設計は、原則として震度法で行うことになっており、安全性の確認は次の通り行う4)
レベル1地震動 許容応力度法で行う
レベル2地震動 破壊の検討(限界状態設計法の終局限界状態における照査法)により行う
 
このように、限界状態設計法はレベル2地震動に対応する耐震性能の照査として用いられており、その手法はコンクリート標準示方書に準拠したものである。

以上より、「土地改良事業設計指針・ファームポンド」に準拠して設計されるファームポンドは

 @地震が来たら壊れるかも知れない(地震時の安全性は保証しない)
 A通常の地震であれば大丈夫だが、大地震までは保証できない
 B大地震がきても、災害に結びつくような大きな破壊までには至らない事を保証する

 以上3種類の性能を持つファームポンドが存在することになり、前に示した性能設計の特徴である「リスクの存在、その説明と受認が必要となる」がここに顕在化してくる。


Z 性能規定発注方式
 性能設計に移行した場合、工事発注方式も変わってくるようである。
たとえば、こんな表現で性能規定型発注する場合4)
例.1 土留め擁壁工建設工事
     荷重条件 ○○○
     延長   L=100m
     擁壁高さ H=5.0m
     用地幅  図面に示す範囲
◇設計者(コンサル)
標準案(たとえば逆T式)で設計し、工事費が積算される
◇施工者
土留工のタイプは重力式、逆T、その他特殊な擁壁でもよく、照査方法は自由。請負者が設計する。

例.2 管水路建設工事
     荷重条件 ○○○
     流量   Q=10.5m3/S
     始点水位 100.00m
     終点水位 95.50m
     用地幅  図面の通り
     照査方法は 
    流量、各地点の水頭は観測により
    その他は「みなし規定」または試験施工、室内試験、観測施工によって確認する
◇設計者(コンサル)
比較設計を行い、最も安価なFEPφ2000mmで設計し(例)、工事費が算出される
◇施工者
鋼管、ダクタイル管、その他新素材の管を自由に選択、関係もΦ2000mm以下とすることも可能
ただし、この場合、水理計算上OKでも、実際に設計流量が流れないと目的物を施工した事にならない。

 このように、性能発注方式はVEや設計施工一括方式に似たところがあるが、性能発注方式の場合、工事の完成物が「性能」で評価されることに大きな違いがあるようだ。このような発注方式の中でコンサルの役割は標準案の作成であり、発注金額算出の資料を作るだけのことになる。
 たとえば、今後、増大するであろう水路の補修工事など、水路の規模と施工区間の延長が分かれば
  ・流量 Q=○○m3/S以上が流れる性能を有すること
  ・内面補修材の強度はコンクリート以上の強度を有すること
と性能表示して発注すればよく。コンサルは対象面積を算出する程度の作業になり、メーカーの力をかりた技術力に対する技術報酬は委託契約から外されていくだろう。
 逆にメーカーやゼネコンの持つ技術が日の目を見るようになり、新技術、新工法の開発が進み、健全な技術の発展が推進されることになる。
ということは、コンサルはこれまで技術の発展を妨害してきたのだろうか?
 
Z 終わりに
 性能設計とは階層性をもって表現された基準の示す、要求性能を照査することによって行われる設計行為である。照査方法は原則としては限界状態設計法をめざすが、構造物の重要度に応じ許容応力度設計法も認めて行くというのが、土木関係基準の現時点での方針のようである。
 性能設計のメリットとして自由な設計や新技術の採用が容易であることがあった。建築の世界では、建築基準法(単体規定部分)に性能規定が導入され、 仕様規定では実現出来なかった新しいオフィス空間の創造を行った例 5) や避難安全の検討に性能設計を取り入れた例 6) などが報告されている。建築設計では、設計者が設計行為の主体者であり、設計の善し悪しが経営戦略に結びつくため、経営力と技術力のあるゼネコンなどは積極的にこのメリットを生かしていくと思われるが、農業土木を含む土木設計においては、設計者(コンサル)は発注者に管理される存在であり、ユーザーは設計の優劣の影響を直接享受しない体制となっていることから、趣が異なっている。
 「安全」より「無難」を重視する会検対応の設計思想や獲得した予算は消化しなければいけない予算で動く会計制度のもとでは、本来のメリットが生かせる性能設計への移行は時間がかかるように思われるが、このことが、コンサルの存在価値を継続させてくれる。コンサルとは、性能設計におては「みなし規定」が無いと生きていけない、むなしい存在である。

参考文献
1)農業土木学会誌04/03:性能設計の現状と農業農村整備事業への展開
2)東海農業土木技術士会総会講演資料:農業農村整備事業を巡る技術的課題(性能設計・性能発注を現場から考える)     
3)農業土木学会誌04/03:農業水利施設の設計施工とその性能照査における基本的論点
4)土地改良事業設計指針・ファームポンド 平成11年3月
5)http://www.kajima.co.jp/news/press/200103/9a1to-j.htm
6)http://www.takenaka.co.jp/news/pr0010/m0010_06.htm